「……あ、ロビンさん!本当に無事だったんだ!」
彼女の姿を見つけるなり、なのかは声を上げる。ミーシャの案内によってドリームリーフの顔役、「墓守」のミカとの顔合わせを済ませ、姫子達との合流も果たした星とヴェルト。ひとまずの目的を果たした彼女達は、ミーシャと別れ、丁度ロビンを探しているところだった。
「あら、星穹列車の皆さん。また会えて嬉しいわ」
同じく彼女達の姿を見つけ、そう挨拶したロビン。姫子も「もう一度無事な姿を見れて何よりだわ」と彼女に答える。
「きっと、外の世界の話よね?私の失踪が明るみに出て大騒ぎになっていると聞いたわ。私のせいで……本当にごめんなさい」
「君が気にすることじゃない。それより、ここにいるということはロビンさんもピノコニーの現状について理解しているということだな?」
「ええ、話は聞いたわ。ピノコニーに戻ってから、私の声はだんだんと出なくなっていったの。最初はアスデナを長く離れていたから、高濃度の憶質に耐性が薄れたのかとも思ったけど……きっと、その原因はそうじゃなかったのね。私の歌声は「調和」の旋律だもの、「調和」と相容れない何かがピノコニーにあると言うなら……声が出なくなるのも当然のことだわ。美しい夢の崩壊は、現実のものとなりつつあるのね」
「美しい夢の崩壊……あのメモキーパーも言ってたやつだ……」
「私がピノコニーを離れている間、12の夢境はどんどんと拡大し続けていたの。でも、私が夢の異変について触れようとする度、クランの当主達は話をはぐらかしたわ。答えてくれたのは兄だけだった……。そして、あなた達と初めて出会う少し前、カンパニーの使者から密かに手紙が送られてきたの。それも、カンパニーの持つ、ピノコニーについての様々なデータも添えてね。私はそれを見て、ピノコニーの夢の中には決して人に言えないような重大な秘密があることを確信した。そしてオーク家の資料から幾つかの手掛かりを手に入れ、「殺される」ことでここに辿り着くことが出来たの。カンパニーの監獄、夢に沈められた「流刑地」、本当のピノコニーに」
「こうして聞く限り、もうロビンの声は戻ったんだ?」
「無理矢理にノイズを取り除いたから、今はまだあまり無茶は出来ないけど……それでも、ここの「調和」は美しい夢よりもずっと純粋だから。近い内に表舞台に戻れると思うわ。でも、この事実が示すのは……」
「「ファミリーに裏切り者が存在する」ということだな。ピノコニーの大部分を支配する彼等の中の誰かが「調和」を語り、ピノコニーを美しい夢という死水に溺れさせた……」
「……そういうことよ。残念ながら、「宴の星」はファミリーの掲げる「強きを以て弱きを助ける」とはかけ離れてしまっている。それどころか、これじゃあ「強きを以て弱きを支配」しているだけだわ。私利私欲にまみれた見かけだけの旋律じゃ、其だって歌声も加護も授けてくれるはずがないもの」
「だが、そう簡単にファミリーが揺らぐものなのか?アベンチュリンさんや黄泉さんの例から考えても……この夢に大きく干渉するには「使令」レベルの力が必要だぞ。外部勢力が関わっているという可能性もあるんじゃないか?」
ヴェルトが尋ねるが、ロビンは「残念ながら、それは考えにくいわ」と首を横に振った。
「もしファミリーが潔白だと言うなら、この夢境の変化を見逃すはずがないわ。このアスデナの共感覚夢境に最も詳しいのは彼等だもの。これほどの状況に陥るには、ファミリーが裏切って、敢えてその目を瞑っていることしか考えられないの」
「……いや、それもそうだな。失礼した」
「とにかく、私は自分の故郷が「調和」を騙って誤った方向へ進んでいくのは到底受け入れられないわ。今なら、どうして「時計屋」のミハイルがファミリーと決別したのかも理解できる。そして、私も私の答えを出さなければいけないわ」
そして、彼女はゆっくりと息を吸った。
「──私は、諦めなければならない。「調和セレモニー」の舞台には、私は決して立たないわ」
「調和セレモニー」開幕まで、残り11システム時間。
◇◇◇
昔、幼い双子の兄妹の下に、一匹の「ハーモニーピジョン」と呼ばれる鳥の、怪我した雛が現れた。少女はそれを小さな両手で優しく掬い上げ、少年はその手の中を覗く。
「この辺はハーモニーピジョンの生息地じゃないのに……独りぼっちでどうしたのかな?」
「なんだか弱ってるみたい……クッションを持ってきて、その上で寝かせてあげるのはどうかな?」
「いや、外じゃ危ないよ。ボク達の部屋まで連れて行って、木の棚に簡単なカゴを作ってあげよう」
「そうだね。きっときれいな声で鳴くよ。私達が見守ってあげないと。……あ、でもカゴの中じゃ自由に飛べないや……」
「おやおや……其の最も忠実な代弁者である君達が食後のデザートを忘れてしまうほどの何かがあるのかい?」
「少し私に見せてごらん」、そう言って彼等の背後から覗き込んだのは、星核の災いによって故郷を失った双子を拾い育てている、「
「それでも、君達はこの命を救いたいかい?」
「もちろん、でも、閉じ込めるのは少し違う気がするの……」
「それは何故かな?」
「この子はまだ小さいし、羽も生えそろってないし、歌も歌えないだろうけど……でも、きっとカゴに閉じ込められるために生まれたわけじゃないだろうから……鳥は、空を飛ぶために生まれてくるんだと思うの」
「幼い歌姫はとてもロマンチックだね。では、小さな博士はどう思うかな?」
「ボクも、ロビンが言う事は間違ってないと思います。でも……この子が今のまま空を目指してしまったら、きっと数日もしないうちに死んじゃうとも思うんです」
「ふふ、君もまた優しいな。では、未来ある子供達にある話をしてあげよう」
そう言って、彼はゆっくりと語り出す。
「君達が知る通り、ハーモニーピジョンは数少ない「大気圏を飛ぶ鳥」だ。彼等はその時、まるで流星のような光を纏う。その羽が摩擦によって、高温で優麗な輝きを放つんだ。だが、それは彼等が初めから持つ力などではない。その輝きは、彼等が数百琥珀紀を乗り越えた勲章なのだよ。ハーモニーピジョンの祖先はあまりに弱かったがゆえに、地上を追われた。だが、彼等は他の生き物の獲物となる「運命」に立ち向かうべく、誰よりも高い、高い空を見上げ、そこを目指し続してその羽を動かし始めた……そして数千、数万……気の遠くなるような世代を経て、たった一羽がその術を得た。そして大地に別れを告げ、遥かなる空へ飛び立ったんだ」
「つまり……鳥は、自分で「飛ぶ」ことを選んだってこと……?」
「やはりロビン、君はとてもロマンチックだ。サンデーは、これについてどう考える?」
「鳥は空を飛ぶものだと考えられているのは……人が、地面に落ちて死んだ鳥を見たことがないからだと思います」
「ふふ、どうやら、君達の意見は出揃ったようだね。ならば、どうするべきかも分かるだろう?」
尋ねられると、兄妹は頷いた。
「まず、この子をカゴに入れます。少なくとも、独りぼっちでも生きていけるようになるまで……ボク達は、この子に生きていてほしいから……」
「うむ。私も、君達の理想が実現されることを祈っているよ」
「……ゴフェルさん。あと1つだけ聞きたいことがあるんです」
「言ってみなさい」
「もし、このハーモニーピジョンが最後まで飛べなかったら……一生飛べない雛鳥がこの世にいたとしたら……ボク達は、彼等が地面に落ちて死ぬとしても、彼等を空へ放つべきなんでしょうか……」
◇◇◇
「久々の「夢」はどんな味だ?小鳥」
そう声を掛けられて、サンデーはハッと目を覚ます。自分を殺したはずのギャラガーは、目の前で「立てないってんなら肩くらい貸してやるが」と大して焦りもせずに言う。彼はその目を見開いたまま辺りを見回した。
「……死んで、いない……?ワタシは……」
「随分嬉しそうだな」
「……おしゃべりは結構です。今すぐにロビンの居場所を教えなさい」
「言うと思ったさ。どうせお前が真っ先に気にするのはいつだってあの妹のことだ。だから、まずは安心しろ。今頃は町の住人を尋ねて話を聞いているところだろうからな」
「どうやら、お前はいつだって自分が一番後回しらしい」とギャラガーは鼻で笑う。
「自分を殺した野郎が目の前にいるんだ、もう少し焦っても良いんだぞ?」
「もしアナタが本当にワタシを殺そうとしているなら、こうして話す意味がありません。早く目的を言いなさい。……「時計屋」の犬」
「流石だな。いや、あの「夢の主」やら四大クランの曲者共とやり合うならそれくらいは必要か。俺の期待以上だ」
「期待?」
「ああ。そこまで分かってんなら、俺の目的にも薄々感づいてるだろう?「虚構」が見抜かれた存在は、そう長くは保たない。……だから、俺はお前と手を組みたい」
「この状況で良くそのようなことが言えますね」
「いいや、お前は必ずそうするさ。裏切り者の手掛かり、ピノコニーの本当の未来、そしてロビン……これだけのものを材料にしたカクテルを、お前が口にしないはずがない」
「なぜその言葉が信じてもらえると?」
「なら俺を信じる必要はない。だが、お前自身の心にある「正義」だけは信じたって良いんじゃないか?」
その言葉に、サンデーは額に手を当て、目を瞑る。そして数秒の沈黙が流れた後、「分かりました」と彼は口を開いた。
「ですが、まずはロビンに会わせてください」
「ああ、良いぞ」
その声とともに、一つの少女の足音が響く。そこに姿を現したのは、1人の密航者の少女だった。
「……これも、お得意の「虚構」ですか?」
「そう焦るな。この密航者のお嬢さんが俺達をロビンのとこまで連れてってくれるんだ。そうだろ?」
「うん。あたし達も、星穹列車も……あなた達に聞きたいことは沢山残ってるから」
「いいぜ、好きに答えてやる。……で、これでどうだ?高貴なるオーク家御当主様。役者は既に揃ったぞ」
「……分かりました。行きましょう」
◇◇◇
「着いたぞ」
「墓守」ミカは、そう言って星穹列車とロビンを三つの小さな慰霊碑の下へと案内する。それぞれ「ラザリナ」「ティエルナン」、そして無名。二人共、かつて星穹列車に乗り込み「開拓」を果たした者達だった。
「ピノコニーがまだ「辺境の監獄」と呼ばれていた時代、「開拓」はその力を以てピノコニーと他の星々を繋いでくれた。本来であれば、アスデナを救った英雄がこんな小さな石ころにだけ名を刻まれ、忘れられていくなんてことはあるべきじゃない。だが、「宴の星」は美しい夢に溺れ、積み上げてきた重い歴史は水底に葬られようとしている」
「その名が石碑に刻まれているということは……」
「ずっと昔に、亡くなっているようだな」
「ラザリナは、かつての独立戦争で命を落とした。アスデナの憶質の流れを調べるために、たった1人でシャトルに乗り込んで星系の中心に向かい、ありったけのデータを手に入れた後に……その命を落とした。ティエルナンは、銃が何よりの友人と言っていいほどの勇ましいカウボーイだった。かつては「巡海レンジャー」だったともな。だが、そんな頼れる男は対外戦争を乗り越えるために死力を尽くし、そしてピノコニーに訪れた平和に辿り着くことなく、宇宙の塵になった。戦争の果ての内憂外患を凌ぐため、彼は勇敢な人々を引き連れて星系の外を探索したんだが……その途中に「蝗害」に遭ったんだ」
「……やっぱり、そういうことだったんだね」
「未知に挑み続けた彼等の人生に、今の「開拓」を歩む者として最大限の敬意を示すわ。でも……この無名の慰霊碑は?」
「その慰霊碑達を作った時、そこに入る予定だった男は死んでいなかったんだ」
ミカに代わって、背後から一つの声が響く。そして「それでも、その人は来る日のために自分の墓を建てた」、そう言う彼に、星達は振り返った。
「……!あんたは……」
「また会ったな、星穹列車ご一行」
妹を前にぐっと握りこぶしに力を込めるサンデーと、自らの主の墓を前にしたギャラガーの姿が、そこにはあった。