降谷零に成り代わったが原作をクリアできない   作:ラムセス_

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夜のハミング

 

 パーキングエリアで車を降り、西多摩市に新しくできた遠いツインタワービルを眺めながら、俺はぼんやりと夕陽を眺めていた。

 

 俺が今回挑むのは高難易度ミッション「シェリー抹殺」の発生阻止である。

 

 毎周この時期になると発生する大事件イベント「天国へのカウントダウン」。

 そこでジンからの好感度が一定以上あると、ジンの代わりにシェリーの抹殺指令が下されることがあるのだ。

 

 これがまた曲者で、下手を打つとコナン君と決定的な敵対をしてしまい再走確定、そうでなくても任務失敗でジンに処理される可能性大なのだ。

 まさに、良いことが何もない。

 

 ただ、これを防ぐのは意外と簡単だったりする。

 

 まず、ジン達が気づく前にそーっと事前に宮野明美の隠れ家に忍び込み、電話番号を逆探知。

 電話番号から住所を割り出し、阿笠邸の住人を裏どりする。

 そして電話の声の一致する住人が灰原哀ただ一人だときちんと調査し終えたら。

 

 任務の帰り、高速から降りてそのまま阿笠邸に向かう。

 

 一応だが、上記作業は無くても行動自体は起こせる。

 しかし証拠を見せろという話になると論理破綻を起こして、最悪リセット案件になるだけだ。

 

 ぴんぽーん、と阿笠邸のチャイムを鳴らす。

 

 この際必ずコナン君が同席していることを確認すること。

 ここまでに調査されていることに気がついたコナン君が警戒のために阿笠邸に入り浸るので、条件の達成自体は簡単だ。

 

 もし万が一コナン君がいなかったりすると、パニックを起こした灰原さんが一人で阿笠邸を脱走してしまう可能性があるため要注意。

 

「安室さん?」

「こんばんは、コナン君。少し上がって行っても良いかな?」

「………いいけど、先に用事を聞いても良いかな」

 

 警戒している。当然だ。

 阿笠邸近辺を調査する謎の気配を察知しているのだから、この程度の警戒は予測の範囲内だ。

 

 ここで嘘をつくのは悪手。

 コナン君から超高レベルの「洞察」技能が飛んできて程度の低い欺瞞など軽く叩き潰される上、中途半端に好感度を下げるからだ。

 ベストは直球で切り込む!

 

「ここにシェリーがいることは調べがついているんだ。代わってくれるかな?」

「!!!……てめぇ、まさか」

「僕のコードネームはバーボン。君がシェリーの庇護者ってことでいいよね?」

 

 一気に緊張感を抱いたのか、彼は半身を後ろにずらして臨戦態勢をとった。

 腕を後ろに回し、腕時計型麻酔銃をそっと構える。

 

 ちなみにこれを食らうと高レベル薬物耐性スキルがあっても一瞬で昏倒するので絶対回避を優先すること。

 つーか日頃どれだけ強い麻酔を毛利のおっちゃんに食らわせているのかと突っ込みたくなる性能である。

 

 ビリビリとした警戒を隠さないまま低い声でコナン君が俺を睨み上げる。

 

「あいつに何の用だ。ここ最近あいつの周りを嗅ぎ回っていたのはお前だろ」

「そうだな。なんというか、少しばかりアドバイスをと思ったんだ。彼女の身が危険そうだから」

「……どういう意味だ?」

 

 訝しげな顔をしている。

 裏切り者の命を狙うにしては奇妙な言い分だ、とでも思ったのだろう。

 

「彼女、最近xx市にある宮野明美の隠れ家に電話をしていただろう?」

「電話……まさか、この頃夜にあいつが電話していた相手って」

「留守電の声、だろうね」

 

 それを聞いてコナン君は一瞬、悲痛そうに顔を歪めた。

 たった十秒足らずの声を聞くためだけにこんな危険を冒さざるを得なかった彼女の孤独はいかばかりだろうか。

 幼少期からの唯一の心の支えを失った彼女は、いったい何を思い夜な夜な死者へと電話をかけたのか。

 

 俺は静かにコナン君を見やり、言葉を続けた。

 

「それで、最近になってあの隠れ家が組織にバレそうになってたから声をかけにきたんだ」

「おっちゃんに弟子入りしたのもそれが目的か?」

「そっちは別件。で、シェリーには取り次いでもらえそうかな?」

「………」

 

 コナン君は押し黙って瞳を伏せた。

 きっとその思考は凡人である俺には計り知れないほどに先を読み、回転しているのだろう。

 

「テメーの目的は何だ。組織の裏切り者であるシェリーを助ける義理はないはずだ」

「教える義理はないな。君もあまり悠長にしていたらいけないよ。組織の牙は長く鋭い」

「………はっ、そうかよ。そっちこそ油断してると食い付かれるぜ?」

「元気だね、良いことだ」

 

 能面のように変わらない表情で俺は淡々と答えた。

 これは仕様であって仕方ないことなんだが、何の感情も変化していない様子にコナン君は焦りを強くしているようだった。

 

 久しぶりに彼と喋ったが、また好感度も一から稼ぎ直しかー、なんてがっかりしつつもおくびにも出さず。

 

 コナン君の額に冷や汗がたらりと垂れた。

 そんな緊張しなくても、俺が今君に手出しする理由は何一つない。

 

「彼女には会えないようだから、僕はもう帰るとするよ」

「そうかよ」

「彼女にはくれぐれも注意するよう伝えておいてほしい。それと、君もね」

「……」

「じゃあ、またね」

 

 来た時と同じ歩調同じ動作で門をくぐり、ただ淡々と去っていく。

 これでミッションクリア。

 天国へのカウントダウンの大きな関門は突破できたと言えるだろう。

 

 あ、今ので交渉スキルの成長効率がアップしたようだ。

 ミリしか違わないが、この無限回のループにおいてこういう小さな一歩が嬉しいのであったりする。

 

 

 

 

 

 これは語られない話である。

 

 宮野明美は、「なぜいつも己を見る降谷零の瞳が哀しみを帯びているのだろうか」と疑問に思っていた。

 

 10億円の強盗なんて無謀な試みに走る前夜、犯行に使う銃器と睡眠薬とを用意しながら、宮野明美は自らの生を回想していた。

 妹は無事に生き残れるだろうか。組織から抜けられるだろうか。

 彼氏である諸星大は元気だろうか。命を落としていたりはしないだろうか。

 

 ああ、なぜ。

 なぜ幼馴染の降谷零は、この組織にいるのだろうか。

 

 幼少の彼は虐められやすかった。

 能面のように表情のない顔に、機械じみた顔。そしてあらゆる科目で完璧すぎる成績。

 ロボット野郎、キモいんだよ、なんて心無い言葉を浴びせられることも少なくなかった。

 

 今思えば、彼は何らかの障害を負っていた可能性が高い。

 痛みをまるで感じない点などまさにそうだ。

 触覚も無いらしく、同級生がこっそり手を握っても気付かなかった。

 

 と、その時。

 マンションの玄関扉がノックされた。

 

「!」

 

 思わず身構えれば、静かな男の声で「バーボンです。宮野明美、いますか?」と声がかかった。

 どうやら噂の彼が来たらしい。

 任務の伝達事項でもあるのだろうか。

 扉越しに「入って」と言えば、彼は無感動に部屋の扉を開けて玄関へと上がったようだった。

 

「何か用かしら。今は明日の準備で忙しいから追加の話は難しいんだけれど」

「………」

 

 いつもの機械じみたなめらかさとは対照的に、彼は黙ったままこちらを見るばかりであった。

 少しそれが気がかりで、宮野明美は手を止めて彼の様子を見る。

 

「……何?」

「なぜですか。なぜ、成功しても失敗しても殺されるとわかっていて、そんなにも愚直に前に進めるのですか」

 

 彼の声には相変わらず感情の色がない。

 でもその表情が、雰囲気が、底知れない悲しみを映しているようで。

 宮野明美は少しだけ首を傾げ、訝しげに口を開いた。

 

「そんなの、妹のために決まってるわ。私がやらなきゃ責を負うのは妹だもの」

「妹も後を追うかもしれない」

「そんなのやってみなきゃわからないわ」

「全て無駄になるかもしれない」

「だからって私がやらない理由にはならない」

「……どうして」

 

 彼が言葉を切った。表情に変わりはない。

 幼少期から思っていたが、彼の感情は随分とわかりやすい。

 周りはロボットだ何だと喚いていたが、こんなにも感情豊かな人がロボットであるはずがないのに。

 

 宮野明美はにっこり笑った。あとは頼んだから、そのつもりで、なんて気持ちをこっそり込めて。

 

「───ゼロ君は、元気でね」

「!!!」

 

 彼は絶句したようにしばらく言葉を発さなかった。

 常人なら言葉を探してパクパクと口を開け閉めしているところだろうが、彼はピクリともせずフリーズしたままだった。

 

 しばらくの沈黙の後、彼がようやっと口を開く。

 

「なぜ、言わなかったんです。組織に言えば、NOC発見の功績で命ぐらいは助かったのに」

「やだ、私に幼馴染を売れっていってるのかしら」

「……でも」

 

 言葉を失う彼を「はい、それだけなら準備の邪魔だから帰ってね!」と無理やり追い出し、またごちゃごちゃとした室内を片付ける作業に戻る。

 

「─────」

 

 彼がドア越しに何かを言いかけて、止めて。

 そのまま遠ざかっていく足音を聞きながら、宮野明美は小さな音量で古いCDをかけた。

 

 お気に入りの名曲だ。鼻歌でハミングしながら行うのは身辺整理。

 死んで自分の無惨な死体が見つかってもいいように。妹が困らないように。

 

 そんな、静かな夜だった。

 




「助けられなくて、すまない」
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