さて。
今日は公安で溜まりに溜まった作業を行う日だ。
灰色のスーツに着替えて登庁し、自席へとどかりと腰を下ろせば待っているのは書類の山、山、山。
潜入中なんだから免除してくれよ、と思いつつもそれは制度が許さないのか、単に俺が舐められているのか。
真偽は定かではないが、定期的にこうして俺は公務を余儀なくされていた。
朝。
登庁してすぐに周囲の空気が変わった。
俺を恐れる目、俺を疎む目。何万回も感じたであろう化け物を見るようないつもの視線。
まあそれも当然だ。
なにせ、入庁して以来ありとあらゆる場面においてミスらしいミスを一度もしていないのだからな。
陰口も叩かれていて、完璧仕事ロボットだとかターミネーターだとか好き勝手に言われている。
確かに動きは機械っぽいかもしれないが…。
ノーミスに関しては俺の繰り返しの賜物なのだから、そこは正当に評価して欲しいものだ。
事務処理って安全な上に思考系スキルの基礎能力ポイントがもらえるから、ついついやりこんじゃうんだよね…。
と、そのときそっと俺の机の端の端に、そーっとへっぴり腰で書類を置く同僚の姿が見えた。
どうやら引き継ぎの仕事があったらしい。
目があった途端取り乱され、「あっ、あの、これ、頼むよう言われてて…」と言った後逃げるようにそそくさと自分の机に戻っていった。
完全に腫れ物扱いである。
仕事はできるのに…コミュニケーション能力も悪くないはずなのに…。
ああもう。
時代錯誤の押印資料、下からの報告書、調査の進展の報告書、etc。
ため息をつきたい気持ちで仕事を黙々とこなしていれば、ちょうど電話がかかってきた。
風見に頼んであったデータの用意が完了したようだ。
「すぐ合流する。ポイントはいつもの箇所で、20分後に」と言って一方的に電話を切る。
行儀が悪いが、どうせすぐに会うことになるのだから構うまい。
車を走らせて公園に着けば、先に風見が営業のサラリーマンぶりながら街灯下で待っていた。
横にあったベンチに腰掛けると、背中を向き合わせる形になる。
風見が後ろを向いたまま他人のふりをして口を開いた。
「例の件、予定通り進んでいます。下準備は明日完了予定。USBメモリは奪取済み」
「ご苦労。あとはこちらで引き継ぐ。USBは前回使ったロッカーに入れておいてくれ」
「承知しました」
事務連絡をこなした後、俺は持ってきていた弁当箱をさりげなく後ろにいた風見に持たせた。
「ええと、降谷さん。これは……?」
「料理の練習をしていて余った。これから昼だろう。食っておいてくれ」
「わ、わかりました……」
たじたじとした様子で風見が弁当箱を受け取る。
料理スキルは実践の量と質で決まるからな。
こうして食べてもらってフィードバックを貰うのも大事なスキルLvアップの嗜みなのだ。
ちらり、とだけ風見の後ろ姿を確認して問いかける。
「前回の料理はどうだった。忌憚なく教えてくれ」
「美味しかったですよ。その、ただ、すこし副菜の味付けが濃かったかな……みたいな、その。やっぱりなんでもないです」
「いや、いい。そうか。塩分濃度か。ありがとう、参考になった」
「すみません…」
何故か毎回気まずそうなのは、そんなに味が良くなかったのか俺に言いたいことでもあるのか。
味の方はすでに万回のループで改善してきているはずだから、あとは俺への意見といったところか。
成長効率ポイントになるんだから別にそんな顔する必要ないのに、なんとも律儀な男である。
俺は立ち上がり、そのままズボンについた砂埃を払って前を見る。
「じゃあ、俺は行く。お前も無理はしすぎるな。適宜休憩を取れ」
「はい。かしこまりました。降谷さんもお気をつけて」
それだけ言って、本日の場は解散となった。
俺は近場の駐車場に停めた車…RX-7に乗ってゆるゆるとアクセルを踏む。
午後は珍しく休みだから、ドライブにでも行こうか。
と思案しながら内心ニコニコと頬を緩ませた。
実際には能面のような表情は1ミリだって変わってないし、目だって「ガラス玉のよう」と揶揄される無感動さだろうけど。
ともかく。
ドライブは何千周しても変わらない俺の趣味だ。
脳内にある詳細マップを埋めることができて気分がいいし、時々サブクエなんかも発見できてお得だからだ。
こう、プチプチを一個ずつ潰していくような快感と言ったらいいか。
コンプリート欲を絶妙に刺激するシステムなんだよな、これ。
もはやこの繰り返しにおいて俺の脳内で都内に走ったことのない道は無い。
少し遠出してマップの霧を晴らしていく作業は多少面倒だが、新たな発見をした時の感動もひとしおだ。
流れる景色はアニメ調の変わり映えのしない景色で、道ゆく人々はコピペした挿絵のようにのっぺらぼうだ。
遠景より見る朝日は劇場版のように美しいが、それでもこれだけ見れば飽きるというもの。
変わり映えのしない世界で唯一、ループを超えて引き継がれるスキル達。
それだけが、俺の心を慰撫する友なのである。
・料理スキル
味は実装されていないので、完璧な手順遵守のオートメートで作っている。
一応美味しい。
使っているレシピの影響か、ちょっと味濃いめ。