【FILE:1】始まりはいつも
———その生物は
———何度でも立ち上がる
何度でも挑む
何度でも思い描く
何度でも立ち戻る
何度でも抗う
何度でも
何度でも
何度でも
何度でも———
「———ふざけんなよ」
映画のセットのような城下町に、特殊メイクのような人々。
現実味のない街並みに永井圭はいた。
そういえば最初の時もそうだった。
あの時も横からいきなり跳ね飛ばされたのだ。決まったように二度ともトラック。
「いや、落ち着け…」
轢いた方だけが悪いわけじゃない。先のことを考えすぎて不注意だったのは自分もだ。そこに文句なんてない。
文句があるのはその後だ。なぜ僕は轢かれるだけで済まないのだろう。
一般的に、確率的に、普通に考えて起こるべきことから逸脱するのはなぜなのか。
「頼むから落ち着いてくれ…」
一度目にはねられた時。死ねない体だと気づいて世界が変わったように思えた。
二度目にはねられた今。自分には一切変化がなく、世界の全てが変わったように見える。
というか世界が変わっているとしか言いようがない。
人型の異形が闊歩し、恐竜が馬車を引く。そして周囲は全て中世、というよりファンタジー映画のような、テーマパークのような街並みを眺め、努めて冷静に混乱する。
訳のわからない異世界に自分はいるらしい。
その光景を見ての感想は「ふざけんな」という単純な怒り。
そして、憤ったところで事態は変わらないことも理解できた。
ほんの30秒ほど前まではようやく順調だったのに。亜人に、不死になってからの全ての事件にようやく区切りをつけて出発するところだった。
そこでトラックに轢かれて一度死んでしまったのは間違いない。
けれど、そこからがおかしかった。
気づけば知らない石畳の上でうずくまっており、そしてその上を恐竜が引く馬車が通過した。
そこでもう一度命を落とした。
ああ、またかという感覚の後に驚愕。
その瞬間にまるで世界が止まったかのような、経験したことがない感覚を味わったのだった。
世界から色が消える。周囲の時間が止まる。されど思考は進み自分だけが置いていかれる。
いや、一人ではなかった。感じるのはもう一つの気配。
まるで呪詛のように。愛を囁く得体の知れない何かがそこにいた。
見えないが、いた。
「愛してる愛してるあああああああ」
認識すると、相手もこちらを見たようだった。
「ああああああ あなた 誰…?」
言葉と共に体全体を引き裂かれた。
復活する。
「あの人はどこ?」
疑問に合わせて内臓を捻り潰された。
復活する。
「違う違う違う違う違う違う違う違う」
拒絶に合わせてその言葉の数だけ心臓を削られた。
復活し続ける。
「違う。あの人はどこ?」
最後に首から上を吹き飛ばされたらしい。視界が一瞬で消えた。
そして、再び意識は石畳の上に戻る。
世界は色を取り戻し、自分は呆然と首を抑える動きを許可された。
人をひいてしまった馬車、いや恐竜車?の運転手が慌ててこちらを見ている。
ふざけんな
なんだ今のは。ふざけるなよ。
あいつは何なんだ?あいつだよな?これをやったのは。
人違い?その上で何度殺された?あんなに必死で守った頭も容易く消された。
それは亜人にとって、ある種の死だった。普通の人が死にたくないように、自分ですら避けていた事だったのに。
「———ふざけんなよ」
そして冒頭へ時は戻る。
異世界の街並みに加えて、周囲には『黒い幽霊』としか表現の難しい、人型の異形がひしめいていた。
それぞれが一様に、まるで怒りを溜めるように。悔しさを内に抑えるように身悶えしている。
永井圭はその黒い幽霊たちの気持ちが自分のことのようにわかる。
これは『フラッド』と呼ばれる現象だ。きっかけは人生に一度あるかないかの感情の昂り。そして死と復活。
IBMという黒い幽霊たちはその昂った感情に合わせて氾濫し、その感情の通りに動く。
すでにその一生に一度は終わったと思い込んでいたが、大きなショックと死の連続で更新したらしい。
落ち着け…
頼むから落ち着け…
自分にはわかる。だって彼らの感情の大元は自分なんだから。
こいつらは爆発する寸前だ。
だってあんな理不尽に苦痛の限りを尽くされて、初めて頭を潰されて、その上で人違いだと?
こんなの誰でもキレるだろうが。
そう思ってしまったのが悪かったのか。感情の氾濫は始まってしまった。
石畳を砕くもの。近くの出店を破壊するもの。道ゆく人を傷つけるもの。自傷行為をするもの。
各々が好き勝手に怒りを周辺に吐き出していく。
「やめろ、やめろ!!」
そんな叫びも無力だと知っていた。次の瞬間には自分の分身である黒い幽霊。IBMと呼ばれるものに腹を貫かれて捨てられた。
何度も死んだことでわかる。この傷は致命傷ではない。まずい、リセットしないと。
前回は30分以上はフラッドが続いたそうだ。殺意を元に発生したからだろう、死傷者も凄まじい数に及んだ。今回は殺意ではなく八つ当たりだろうが人は死ぬだろう。
舌を噛んでもなかなか窒息などできない。むしろ噛んで傷を増やして出血性ショックと失血死に向かった方が良いかもしれない。そう決意した瞬間。
目の前に燃え盛る炎が、いや炎のような男が着地した。
「そこまでだ」
手を振ると、大通りで暴れていたIBMが10体はまとめて消し飛んだ。
足が地を踏めば、露店を破壊していたIBMだけが跳ね上がり、それに追いついて一撃を見舞っていく。
なんか今、空中でジャンプしなかったか?
「まだいるようだね。けれど、少しわかりづらいかな」
どうやら、IBMが見えていたわけではないらしい。身動きしないIBMを捕捉できないでいる。
体は動かないが口は動く。
「砂を、撒いて、見えるはず…です」
言った後に、あれなんで言葉が通じるのだろうと疑問を持ったが、次の行動を見て細かな思考は消し飛んだ。
「なるほど。目がダメなら音と思ったが、感謝するよ。君は安静にしていてくれ。見たところ死にはしないが重症だ」
砕けた石畳を拾うと、それを握りしめた。パンと乾いた音がしたけど、それで砕けるのかよ。
その炎のような男の働きで、30秒もかからずIBMは駆逐されていった。
それを見届けて気が抜けた。すると気が遠くなってくる。
「本当に何なんだ。ここ…」
永井圭の異世界生活が、ゼロから始めさせられた。
【亜人について】人として生まれるが老衰以外では決して死なない不死の性質を発現した者の呼称。
世界で46体が確認されており、日本では2体が確認されていた。