どれくらい長いかというと異世界スマホなどアニメ本編が20分とした時に12話分。つまり1クールと同じ程度なんですね。
長すぎじゃない?
英雄になれるほどの特殊な加護を持っている人間は、あまり長生きしない。
それはこの世界の統計が示す事実だ。
剣聖の加護などの戦闘に使われるものは使用者を戦いに駆り立てる。
どんなに強力でも短命になるのは避けられない。
剣聖であっても人間であるなら、勝ち続けることはできないのだ。
英雄にはなれないが有用な加護に目覚めたものも短命に終わることが多い。
その扱い方を誤れば即座に命の危険が及ぶのだ。貴族などでは加護を隠すことも多い。
クルシュも本人が力をつけるまで『風見の加護』の存在は秘匿されていた。嘘がわかるなど、それだけで暗殺の対象になってしまう。
カルステン陣営においては、広く人材を募集している。
それは特異な体質の亜人族であったり、加護を持ったものは優先して確保するのだ。大家であればどこでも有能な人材を囲うことはするものだが、ケイほど熱心に集めているものは珍しい。
すでに陣営には戦闘で使える加護や偵察で使える亜人族など、様々な特殊人材を招いている。
それありきで物事を組み立てることはしないが、使えるものは使う主義だ。
今回はそんな人材発掘の情報網に、二人ほど同時に引っかかったのだった。
なぜかといえば、まさにその二人がとある一人の貴族によって消されようとしているからだ。
どこからともなくきな臭い案件を持ってくることでお馴染みのラッセル・フェローが今日ばかりは苦笑いをして話を進める。
「この方は領地経営の才覚は本物なのですが、女癖が悪くその辺りの素行が良くないのですよ。先日も若妻、というより幼妻を側室に迎えて奥様方は大騒ぎだったとか。そんな金と能力はあるが女にだらしない、いっそ貴族らしさを体現したような男がとある二人の平民に追い詰められてしまったようです」
そう言って紹介されるのはとある若い男の話だ。
貴族社会で今話題のプレイボーイ。
彼は出会う貴族令嬢や有力者。外国の貴人を次々に落としている。
その実態は『初恋の加護』の覚醒であった。加護によってモテているという仕組みだが、本人にも魅力はある。
容貌は整い、声は美しい。引き締まった体つきと清潔感のある服装は女性たちから歓迎されている。
加護頼りではないのだろう。それが幸いしたのか不幸だったかはわからない。
本人の加護の自覚としては、相手が初恋をしたことがあるかがわかる程度という認識であった。
つまり、相手の内情を知っているものの普通にモテていると自分では思っているということだ。
実際の効果としては『初恋をしていないものが感じる好意が大きく増える』というもの。それを初恋と認識してしまうものが続出した。さらに幸か不幸か、彼はそこそこ善人だった。
関わる人に良い顔を振り撒き、彼に恋するものが増えていく。彼を思うものが、両手で数え切れるか否かという人数に及んだところで問題が起こる。
既婚者が彼に初恋をしてしまったのだった。そしてその夫は嫉妬深い性格でもあったし、権力もある貴族であったのは不味かった。
王国には加護を検知する手法が存在しており、使われた加護がどんなものかを知る方法も存在している。
それを使ったとき、その男がある意味で他者を変えてしまう精神干渉系の加護であると判明した。
監査機関は特に制御をするつもりもないようで放置されているが、自らの妻を誑かした愚かな男を許す理由はない。
彼は自身の力を使って、初恋量産マシーンである男を捕縛。処分してしまおうというところだった。
妻の心が他に向いたのは、そもそも地位と金に物を言わせた側室としての結婚であり、直近の自身の浮気による物であることは自分では認識していない。
ある程度鬱憤を晴らして、女性を惹きつけられるような見た目を壊してから貧民街にでも捨ててやろうと気軽に決心しすでに半ば実行している。
男は呆然と牢に繋がれて悲劇を嘆く。
「「なんでこんな目に…」」
その声が重なったことに驚いた。
ここからは見えないが、隣の牢にも人がいることは気づいていた。
その人物が全く同じ時に、同じ調子で同じ言葉を言ったのだ。
「あ、あの。あなたは一体誰ですか?ここはどこで、僕は一体どうなるのでしょう?」
「そ、そんなの。そんなのわかりません!私だって意味がわかってないですよ。なんで、いつも通りに占っていただけなのに。こんな、こんなこと許されるはずがありません」
そう言って嘆く女は、『血縁の加護』を宿していた。
効果は、二人の人を見れば、その人物たちが血が繋がっているかがわかるというもの。
加護を自覚して扱えるようになるまでは、農家の娘として地味な畑仕事をただしていた。
目覚めてからは孤児院で兄弟の判別をしたり、依頼されて判別したりと占いと称して仕事にしていたが。こんなことになるなんて思ってもいなかった。
その日の依頼は、顔を隠した男性がとある赤子を抱えてやってきたところから始まった。
こういうのはたまにある。もしかしたら自分の子供ではないかもしれないと、怪しんだ父親が鑑定を依頼してくるのだ。
どうなろうと知らないし、関係ない、私は見たままを伝えて親子関係がないとはっきり伝えて仕事を終えた。
いつもならそのまま終わりのはずなのに。私の仕事部屋に屈強な傭兵のような人が入ってきていきなり私を攫っていったのだ。
私をどうにかしても、事実は変わらないのに。なぜ?
特に説明もされないまま、牢に入れられている。きっと相手は貴族なのだ。ああ、失敗した。
「「なんでこんな目に…」」
言葉が重なって、似たようなものが隣にいることに気づく。
ああ、ここまで自由にしているなんてきっと強大な権力者なのだ。殺されはしないだろうか。身売りされるのだろうか。
そうしてどうにか対話をしていると相手の事情がわかってくる。
「え、あんた最低じゃない?そりゃ恨まれるわよ」
「え、君ってバカじゃないか。そりゃ消されるよ」
お互いに素直に感想を伝えて喧嘩が始まる。
それでも、ここで孤独に一人震えるよりもずっとマシだった。
罵り合いが佳境になった時、奥の扉が開いた音がする。
そこから入ってきたのは、黒髪の目つきの鋭い青年。そして外套で顔を隠した女性が一人。
「あなたが『血縁の加護』、あなたが『初恋の加護』。それぞれ間違いありませんか?」
冷たい事務的な声がかけられる。
「あ、ああ。僕はそんな加護を授かっているが、しかしそれを悪用したことなんて!」
手で制止され黙らされる。
答えぬ女に答えを求める視線が突き刺さった。
「はい。そうです。どうか助けていただけませんか?」
「助けることもできます。その代わりにあなた方には我々のもとで働いてもらうことになりますが、それで構いませんか?」
構うに決まってる。相手が誰なのか。助けるとはどういう意味なのか。あの貴族よりもマシなのか?判断材料が何もないのか?
「あ、あの。失礼ですが、あなたは一体どなた様なのでしょうか?」
女が反射的に了承をしようとすると、男が恐る恐ると質問で遮ってきた。
「誰に見えますか?遠回りな聞き方で恐縮ですが、これは試験のようなものと思ってください。あなた方の推測を教えてください」
男は考え込んで話し始める。
「あなたはきっと。僕たちを捕まえた貴族じゃない。それにただ売ったり、痛めつけるならこんな会話は必要ない。もしかして、王国の調査とか。そういう人じゃないんですか?」
女の方に返事を促す視線が再び向けられる。その圧に、ついに耐えられなくなってしまう。
「わ。わかんないわよ。あなたが誰かなんて!もう嫌!帰りたい。帰してよぉ!!」
溜まっていた恐怖が、不安が爆発して泣き喚く。
すると横の女性が男の脇腹を小突いて何やら言っている。
「ええ、わかりました。やりすぎでしたね。けど、これで彼女には高い負荷の仕事は任せられないとわかったでしょう。いや、わかりましたよ。もうやらないですって」
そうすると、外套をとった女性が二人の前に進み出る。
「お二人ともごめんなさい。でも安心してくださいね。私は助けに来たのです」
そう言う相手に、二人は声を失った。
だってその相手は、彼らでも知っている。王都を歩いたことがあるならあの人相書きで見た目を。そこらの噂話で逸話を。歌に乗って英雄譚を語っているのだから。
「クルシュ・カルステンがあなた方の無事を約束しましょう。こんなところは、早く出ますよ」
男は、初恋に落ちた。
ちなみに女も落ちかける。
それほどまでに、この救世主の姿は美しく。衝撃であったのだ。
ラッセルから二人の加護持ちの話を聞き、その処分に介入することを決めたケイは以前から試そうと思っていた手法を実施していた。
それはIBMに持たせたスマホによる録音と写真撮影である。
件の貴族の政治的手腕は高く、論理的な問題解決能力も優秀。ぱっと見で付け入る隙はなかった。
この二人の処分にしても、罪状が作られており書類上は全く問題のない処罰になっている。
彼を揺さぶるには、明確な証拠とそれを流す先が必要だ。
以前に傘下へ収めた新聞社。そこに所属していた挿絵担当の絵描きのことを思い出す。
彼の不貞の瞬間を撮影して、その光景を絵にしてもらおう。
そして録音データを文字起こしして、それに添付する。
これで週刊誌のような砲撃の準備は整った。
込められた弾丸は、この世界初の漫画である。
これで折れればそれでよし、まだ折れないなら連載にするまでだ。
漫画という媒体に人々は注目するだろう。しかもドロドロの不倫もの。ケイとしては興味はないが世の中の関心がやけに高いのは知っている。悪趣味だと思うが、まぁそんなものなのだろう。
交渉は呆気なくうまくいく。
それ以上に、この表現手法をどうにか一緒に事業にしないかと提案すらされた。
最悪発表されても構わないから、一緒に利益を追求しようという姿勢は、いっそ感心させられた。
女関連のトラブルを多くかかえていた側面はダメダメだったが、商才と仕事についてはラッセルが評した通りに有能であるようだ。
こちらに恨みを抱く様子もなく、加護持ちの二人もこちらの好きにしてくれという。
最終的にこちらが大いに得する形になるが、相手もそれほど損害は受けずにこの修羅場を乗り切ることに落ち着く。
ケイは別に勧善懲悪に興味はない。こちらに利益が大きい形でまとめるだけだ。
ことの経緯を話すと、陣営の女性陣からは白い目で見られた。
サイテー。と言わずとも伝わる非難の目線でなぜかケイが刺されている。
仕事の出来不出来と、人間性は別物じゃないか?と反論するも。
周囲からの反論はこない。これだからこいつはという諦めの顔で首を横に振る女性陣。
反論がないなら勝ちだが?とでも言うように。自分の意見をそのまま通す。それに気後れなど一切ない。
ケイは渦巻く感情を無視してその処理を進めていった。
カルステン陣営は今や、貴族社会において脅威を超えて絶対の不可侵領域になりつつあった。
対抗する勢力はもはや別の王選候補者とその傘下くらいのもの。一介の貴族が刃向かえるレベルではない。
なぜなら彼女たちは、
嘘を暴くことができる。
なぜか秘密を知っている。
謎の脅迫者が協力している。
剣聖と懇意である。
独自の情報網を持っている。
さらに追加で以下の脅威が加わった。
血縁を確かめることができる。
初恋を確かめ、させることができる。
誰にも聞かれていないはずの会話を文字起こしされる。
そしてその光景を絵画にされてしまう。
貴族たちは震え上がった。これまでやってきたあれこれを振り返って、それを暴かれると思うと吐きそうになる。
カルステン陣営を敵に回すことができない貴族が増え続けている。
大瀑布の彼方に消えたスマホの写真フォルダには、以前は書類とスクリーンショット以外はほとんど写真はなかった。
しかし、観察記録とわざわざ銘打ったファイルに魔獣たちや愛竜の写真。エリーゼの写真も少ないが入っていた。
そのデータは消えたが、ケイは忘れない。
覚えているのに記録する。自身の矛盾に気付かぬまま、スマートフォンは異世界の彼方に消えたのだった。
貴族たちの権勢もクルシュの前では等しく弱められていく。その姿をこそ人は王と呼ぶのかもしれない。
【初恋の加護について】
人の精神に干渉するタイプの加護。常時発動かつ性別を問わないため制御できなければ大変なことになる。
今は放置だが、ケイが対処しなければ王国の暗部に消されていたかもしれない。
好感度を大きくしているだけで、意図して発動しているわけでもないので彼が悪かどうかは人によって評価が分かれる。