亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:104】剣鬼昇歌

 

ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。

 

この名を得るまでには、想像を絶する戦いと修練。

そして想像だにしない愛。その全てが必要だった。

 

その名を捨ててから再び名乗るまでには壮絶な旅と犠牲が必要だった。

 

 

白鯨を討ち、かつての名を取り戻した男は。

孫と同じ年頃の若者に言われるがままに家族と仲直りまでして、恥知らずにも過去と向き合った。

 

まだ全員と向き合い切れてはいないが、すべき謝罪をすることができたのだ。

 

 

水門都市へ入る直前。

 

月光に照らされた中で剣を振りながら、これまでの全てを思い出していた。

 

全てを含んだ剣は重い。鋭さは失われ年齢相応の遅さで剣を振るう。

この方が、思考が晴れるから。

 

 

永井圭という人物のことをいつも考える。

 

もう一人の恩人。好意と敬意を向けてくれるナツキ・スバルとも違う。

 

ケイから感じるのは圧倒的な信頼だ。

自分ならば敵を切るだろうというそれだけの信頼。

 

人として期待など欠片もない。そんな無駄な期待を一切持たぬ彼は自分という剣をあまりに鋭く研いでくれた。

 

その結果。これまで必死に捨てまいとしたものを捨てることで全てを拾うことができた。

なんと、人生とは皮肉であろうか。命懸けで抱えるよりも投げ捨てた方がうまくいくことがあるなんて。

 

大切だからこそ捨てるのだと彼は言う。

結局は何を言うかではない。何をするのかだけだと。行動で示し続ける若者に気付かされるばかりだ。

 

 

 

もう一つ。感謝していることがある。

 

これまで自分には向いていないと言い訳し避けていたことを、やれと命令されたのだ。

 

それは人に剣を教えるということ。

指南や指摘などではない。真に教えるということは本気で斬り合うこと以外にないと確信している。

 

だから人に教えることはできなかった。

それも彼に見抜かれていたのだろう。

 

切ってもいい。むしろそうでないと教わりたくないという変わった教え子ができたのだった。

 

 

エルザ・グランヒルテと名乗る。元殺し屋。

 

 

当初は暗殺者が戦闘もこなせるという程度のものだった。その才覚は自分よりも優れているだろう。しかしあまりに磨き方が未熟であり、戦士というには精神も追いついていない子供といった印象。

 

最初はまさにそんなもので、一刀の下に切り捨てた。

やる気を出せば打ち合えるだろうに、油断すれば一瞬で殺されるのだとその身に刻んで教えてやる。

 

そこからの修練は、彼女以外には耐えられないものだったろう。

 

彼女は自身の傷を治せる。しかし一定期間に治癒できる限界はあるようで、そうそう消耗していいものでもない。

 

しかしそれはフェリスの治癒魔法によってクリアされる。

血を滲ませた糸によって少し離れたところから治癒をし続けることができるようになり、そこから修行は進んだ。

 

そう。死線に佇む時間が一気に増えたのだ。

だから、もっと斬ってやった。

 

武器で遊ぶな。

目線を泳がせるな。

血に誘われるな。

腹を意識する癖をなくせ。

 

命を舐めるな。

 

その全てを剣にのせて彼女の魂に斬り入れる。

 

刻む度に動きが良くなるこの教え子は、本当に優秀だった。

年甲斐もなく、多くを語りすぎたかもしれない。

 

血に酔う悪癖も徐々に落ち着き、純粋な剣への没頭が彼女の中を駆け巡っているのがわかる。

かつて自分も体験した、死闘の中で学ぶあの感覚。

 

自分よりも才能にも環境にも恵まれている。

ならばこの老木を超えてみせろと剣で叱咤する。

 

エルザは仕事のないときは、ヴィルヘルムによく付いてきた。

一挙手一投足を見られている。ならば無駄のない体捌きというものをそこでも教える。

 

多くは語らないが、互いに言葉を持たぬわけではない。

時たま問われる。

 

「あなたは、どうしてそう在るの?」

 

「愛のため。全てを捨ててでも、全てを斬ると決めました。それ故ですな」

 

「愛を捨てても、愛のためなの?それって…何か変だわ…」

 

「ええ、きっとおかしいのでしょう。ですが私はあまり頭でものを考えないのです。その方がうまくいくと。この歳になってから若者に言われて気づきましたな」

 

「それは、私もそうかもしれない。難しく考えるのって得意じゃないの」

 

「あなたにも、守りたいもの。斬りたいものがあるのでしょう。ならば、ただ戦いなさい。我々のような足りないものたちは考えるのは信頼できるものに預けるのがいい」

 

その声は優しく。そして次の言葉は鋭かった。

 

「迷えば、敗れる」

 

エルザはそこからも剣鬼に学ぶ。

わかっているのにケイに散々迷わされて磨かれていく。

そして最大の武器は相手を迷わせることだと知って、演技と変装まで手に入れた。

 

 

「定期的に戦うことに意味はあるでしょうが、これまでの頻度で打ち合う必要はもはやなさそうですな。これからは強敵と戦い、その後に語りましょう。気分転換程度であればいつでも相手になりましょう」

 

エルザは師に一礼し、別の戦いへと赴いた。

ケイとローズはどうにも彼女の苦手な攻め方をするようで、辛くなったらここにきて斬り合うのが日課になっているようだった。

 

 

さらに思い出すのは、カララギでの一幕。

大精霊捜索の折に、ケイ殿が消えたあの時のことだ。

 

あれは、かつて対峙したどんな強敵とも違った嫌な雰囲気があった。

やはり私は斬ること以外に能がないと思い知らされた。

 

恩人であり、恩師であり、そして未来を守るべき若者を失って無力な剣に何ができると言うのか。

 

あそこでクルシュ様が駆けつけてくれなければ、無様を晒し続けることになっていただろう。

 

主である彼女もまた、強く気高く成長した。

一年というあまりに短い期間であってもできる限りを尽くすその姿には、畏敬の念が増すばかりである。

 

 

そして、フェリックス。

彼は出会ってからずっと何かを心に秘めているように思えていた。クルシュ様が健在だった頃は安定していたが、しかし記憶を失ってからは当然彼にも影響が出た。

 

それはあまりに強い負の情念。その眼光は自らも宿した経験がある。妄執とすら言える激情は決して他人事ではない。

彼は今、変わることを拒み一つの目的のために自分を保っている。

 

一度、声をかけたこともある。しかし、いつもと変わらぬおどけた様子で何一つ響くことはなかった。

言葉になど意味はない。自身の経験を全く上手く活かせない自分に嫌気がさす。

 

願わくば、彼もまた歩き始めることができるようにと祈った。

あまりに無力で無責任な祈り。自分には何もできないと言うのに。

 

ここまでを思い出し、剣鬼は剣に月を映しながら鞘にしまった。

 

スッと音もなく放たれる居合の如き一閃。

 

これから向かう水門都市で、何があろうと敵を斬る。

 

それ以外の全てを捨てて、その覚悟だけをのせた剣はあまりに速く、鋭かった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

水門都市の各所で上がる煙が消され、悲鳴と怒号が止んだ頃。

戦いが終わり、その戦場を後にする直前。

 

先日と変わらないように見える月に剣を向け、再び振るう。

 

 

やはり此度も無様を晒した。

大罪司教の悪意は容易に想像を超えた。悪辣を極めたその手練手管。それを切り捨てる一歩まで迫ったが、またあの笑い声が聞こえた時に全てを失いかけた。

 

剣神の嘲笑。

 

それが聞こえる時があるのだ。音としてというよりは体と魂で感じるものなのだが。

ここぞと言うときの大一番。そしてこの非才の剣が本物の才を打ち負かそうと言う時に決まって聞こえる笑い声。

 

無駄だと大声で怒鳴られるような感覚を、人生で幾度か確かに得ている。

 

そんなものは存在しないと、これまでは見て見ぬふりをしてきたが今回の一件で確信に至った。

剣の神などではない。人を愚弄して観察して悦に浸る、何かが我々を見ているのだと。

 

当然ながら、この気づきはケイ殿へと即座に報告した。老人の妄言と切り捨てるような浅慮は決してしない男だ。

 

「そうですか。わかりました。いえ、いくつか考えていたこととも符合する気がします。助かりました」

 

それどころか、これすら予見していたと言うのだ。やはり底知れない。

 

どれだけ剣を研いでも、この水門都市ではすべての敵を斬ることは叶わない。それを痛感した。

最後の最後、自らの感情ではなく知恵でこそ切り開ける道もある。それを学ばせてもらった。

 

 

「ケイ殿。…感謝を」

 

 

一礼し、万感の想いを伝える。

 

「…?いえ、助かっているのはこっちですけど…」

 

怪訝な顔で感謝は空を切るが、それでいい。

 

そうして彼が去ってから、こんなことを考える時間があったのだった。

 

 

 

月下、一人での没頭にエルザがどこからか現れた。

 

彼女は剣を抜き放ち、こちらに剣気をぶつけて意思を伝える。

 

言葉もなく合図もなく彼女と斬り合う。

 

驚いた。

 

成長している。間違いなく。

 

手数が多彩になっている。そしてその全てに鋭さが宿り一手一手が油断ならない。

 

そして打ち合いの佳境。決定的な蹴撃がヴィルヘルムの芯を捉えた。

 

初めてもらった有効打。

 

それに感動しつつも、それを捨ててさらにその勢いを利用し加速した刃で彼女の両手を切り飛ばした。

 

骨にヒビが入った感覚がある。大したものだ。

 

 

「良い出会いが、あったようですな?」

 

腕を拾い上げて、傷口に当てがいながら問いかける。

 

「ええ、最高だったわ。今日は本当に気分が良いの。晩酌に付き合っていただける?」

 

珍しい誘いだ。もちろん付き合おう。しかしなぜ?

 

「ふふふ。この物語、彼が書いた傑作よ。これを流通させるんですって。あの時の演説も…ああ、いま思い出しても笑えるの」

 

そういって笑う姿は、まだ片腕を失っているとは思えぬ様子だ。

どうやら、彼女を縛り付けていた闇はまた一つ晴れたらしい。

 

負傷した剣士の師弟は、夜遅くまで酒を傾けつつ語るのだった。

 




いつぞや要望いただいたヴィル爺回です。

そのうちフェリスのもやるよ!
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