亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:106】ケイ・ソロ

バイバイと手を振るクルシュの表情はまるで今日の陽光のように明るい。

 

「では気をつけて行ってきてくださいね。お土産話を楽しみにしていますよ!」

 

そう言ってクルシュが休暇に送り出すというのはこれが初めてだ。

異世界に来てからもうすぐ一年が経とうとしているが、休みをまとめてもらったこと自体が初である。

 

早朝から王都とかいう危険地帯からすぐに離れる。

 

ラッセルが用意した竜車に乗り込めば目的地まで連れて行ってくれるのだから楽でいい。

ちょっとした休日にはちょうどいい案件だろう。

 

竜車に揺られつつ考え事、と思ったがほとんど揺れはない。

 

舗装されていない道を進んでいるにも拘らず、車内にその揺れが及ぼす影響はごくごく軽微。

これが『風除けの加護』の効果だ。

 

これもおかしな話である。

 

風による影響や揺れをなくすという加護を、地竜という種族がなぜ持っているのだろう。

まるで人間に乗られるためにいるような種族じゃないか。

 

この世界には人のために用意されたようなものが非常に多い。

明らかに進化論とは別の力学が働いているものがそこら中にある。

 

異世界の違和感に向き合わなくてはいけない時が来るのかもしれないが、今はまだいいだろう。

覚えておくだけに留めておく。

 

 

しかし快適だ。まるで舗装された道路を走る乗用車に乗っているような心地がする。

恐らくこの世界でスプリングが開発されるのは遥かに後じゃないだろうか。

 

必要は発明の母であるが、この世界では需要に対して魔法という供給が万能すぎる。

 

魔法や加護に依存するのも納得の利便性。むしろ魔法を極めないことこそ不合理だ。

 

 

ごちゃごちゃと考えるが、思考もまとめずに打ち切る。

 

まぁ、今はいいか。

 

 

小さな小川が道沿いを流れ、陽光を受けてきらきらと輝いている。川縁には背の低い草花が風に揺れ、時折、小魚が水面を跳ねるのが見えた。

 

その向こうには、広々とした草原が広がっている。緩やかな丘の斜面には、牛や羊がのんびりと草を食み、時折、尻尾を振って蠅を追い払う。羊飼いの少年が長い杖を手に、ゆっくりと群れを誘導しているのが見えた。

 

和やかなひと時。今のようなやるべき事の合間の余暇が好きなのだった。

 

丸ごと休日を渡されても、正直困る。

何かをしていないと落ち着かないのだ。待機が最善の状況でない限りは何かをしていたい。

 

 

昼寝をしていると、目的地に着いたようだった。

 

王都から距離のある寒村。目ぼしいものはないと記憶しているが、どうやら裏社会の組織が巣食っている場所だったらしい。

 

偉そうでいかにもな風体の大男が、挑戦者たちを所定の位置に押し込んでいく。

片手で酒を飲みつつの仕事ぶりだ。先ほど口を拭った手で乱暴に触られた。きったねぇな…。

 

先ほど積み上げた心の平穏を一気に消費しながら、説明を聞く。

 

十数名が並ばされて恫喝にしか聞こえない説明を受けるが、レース運営側のチンピラたちはいやらしい笑みを絶やさない。

ケイは彼らの笑みの理由を知っている。

 

このレースはまさに出来レースだ。

 

 

挑戦者には貧民からの一発逆転を夢見る若者も混ざっているが、生きて帰れれば幸運な方。

若い兵士崩れの少年と毛むくじゃらの亜人のコンビが悪目立ちしていたようで、荒くれ者たちに殴られていた。

 

彼らのような闇社会においては、人を浪費してでも箔をつける事が重要視される事がある。

19名のレースを勝ち抜いた強者。そんな称号を得るためだけによくやるものだ。

 

 

この無駄な時間が早く終わらないかな。と天に祈っていると、ようやく終わったようだった。

 

試験の内容はシンプル。

指定の村まで走って、証を受け取り、別の村までそれを届ける。

 

それだけだ。

 

それぞれの機転や足の速さを測ると言ってはいるがそんなことは期待しない。

 

 

渡された地図を見れば、最短ルートが示されている。ここには間違いなく待ち伏せや罠があるのだろう。

 

地図はいらない。地形は覚えているから。

街道は使わない。必要ないから。

山は避けない。遠回りになるから。

 

飯は食べない。睡眠は取らない。休まない。

 

悪いが流石に圧勝する。

 

 

なぜならば、IBMの最高速度はおよそ毎時100㎞に迫る。

それをIBMの出現可能時間まで持続する事が可能であって、ケイはIBMに背負われて1時間で60〜70㎞を移動する事ができる。それを複数体連続で出せるのだ。

 

はっきり言って近衛騎士団最精鋭の地竜相手であっても余裕。

 

ケイが速度で負けるのは、空を飛ぶ相手かラインハルトなどの出鱈目くらいである。

ワープを使うなら、ラインハルトよりも早く移動すらできる。

 

 

「オラァ!てめえらクズどもの夢を掴め!その足で出世しろ!」

 

 

そう言って始まったこの運び屋決めレース。

 

当然始まるのは、貧民たちによる地竜の奪い合いである。まずはこれを手に入れないと話にならない。

血で血を洗う戦いが巻き起こる中、仕込みの連中はすでに隠していた地竜に乗って出発した。

 

 

ケイは一人で森に向かう。最短の街道ルートからは離れる行動に笑いが起きるが、いやはや笑える。

 

森から向かうのは、断崖絶壁だ。

 

ここを落ちれば大きくショートカットできる。

 

 

グシャっという音を聞くものはいない。

 

復活して、IBMを出しいよいよレースの始まりだ。

命を使ってすでに1時間分はリードしている。

 

森は木を飛び跳ねながらスイスイと。

崖は直線でひょいっと越える。

目当ての川にどんぶらこと流されつつ泳いでさらに加速。

 

二度ほど溺死しつつ、目当ての場所まで辿り着きそこから走って村に向かう。

 

村で証を寄越せと言ったら、まだ準備ができていなかったらしいそれをぶん取り再度走り出す。

 

通常なら、この村に着くまでに1日かかるのだ。それを4時間ほどで踏破した。

 

そこからは半日以上かかった。

 

夜も関係なしに走り続け、夜明け前にはゴールの廃村に到着した。なんの障害も、誰にも遭遇もせずに終了である。

 

予定ではどれだけ早くとも4日は掛かるはずなのだ。

 

ついてもまだ運営側の人間も含めて誰もいない。

 

肝心のゴールにまだ人が来ていない。

彼らも予定より3日も巻くとは思ってもいないだろう。

 

 

 

まぁ、野宿でもするか。

徹夜ではあったので、ひとまず眠る。

 

 

目が覚めると夜だった。

 

欠伸しつつ燃料になる薪を集めて、大きめの倒木に腰掛ける。

 

どうにも居座りが悪く、IBMに地面を少し掘らせて足を下ろした。よし。これでいい。

 

薪も集めさせておこう。

 

 

 

この放棄された村には人がいない。家畜もいない。

 

あるのは焚き火と、満天の星空だけ。

 

そういえば、こんなに星をはっきり見るのは初めてだな…

 

スバルやプリシラのように天体や星座を好む訳ではないが、意外とこの光景は見ていて飽きない。

現代の首都圏がいかに光で溢れていたのかがようやくわかる。

 

 

バチっと音を立てて、薪が燃え盛る。時たま座る位置を調整して風上を見極めた。

 

こんなに静かな夜はいつ以来だろう。

この世界に来てからはいつも誰かや何かが近くにいた気がする。

 

その温もりも悪くはないが、純粋な一人の時間というものが好きなのだと今気づいた。

 

やるべき事もない。ただ待つだけの空き時間。

 

枝で火を突きながら取り止めもない事を考える。

 

 

僕は戻れるのだろうか。

 

戻ると決めているし最善は尽くしている。けれど、この純粋な問いからは逃げられない。

 

僕をここに移動させたのはきっと『嫉妬の魔女』の力だろう。

しかし、そんな意図は絶対にあの女にはなかった。それは断言できる。何かが起こって僕を誤って喚んでしまった。

 

つまりは嫉妬の魔女は世界を移動するほどの魔法。おそらくその類の陰魔法が使えるのだろうということだ。

 

しかしだからと言って、あれが僕を大人しく返すだろうか?

これだけ嫌われているのだ。確実に排除できる方法があるのならならとっくにやっていると思う。あれは心臓を掴む以外にできることがないのだろう。それならばどれだけ痛かろうが怖くない。

 

周囲への巻き込みは気をつけるべきだが、悪用すれば攻撃にも使えそうだ。

 

この想定はもう一つ、よくない仮説が立ってしまう。

嫉妬の魔女はスバルを返すつもりはないだろう。つまり、帰還の魔法など作っていない可能性のほうが遥かに高いのだ。

 

スバルが消えてしまうかもしれない魔法を開発しろなんて、アレは死んでもやらないと負の信頼から断言できる。

 

嫉妬の魔女の力を奪うか、言いなりにさせるか。はたまた、どうにかして僕を返さねば不都合が起きるように仕向けるか。

最高峰の陰魔法の使い手であるベアトリスに、山のような魔石を献上すればどうにかならないだろうか。

 

まだ具体の案はほとんどない。

それでも足掻き続けよう。

 

まぁ、帰れないなら、それはそれで暮らせばいい。

 

 

最善を尽くすだけ。そして結果は受け入れるだけだ。

 

 

脳内の佐藤も囁かず、そこから丸一日以上ぼうっとしていた。

 

 

運営のものたちが到着した時、ケイに気づいて絶句する。

 

当然排除のために暴力を振るわれたが、数度殺されつつ全員を縛り上げた。

仕事をしただけなのにこんな仕打ちを受けるとは。このバカ共の元締めの大馬鹿に責任をとってもらおう。

 

 

ケイは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の大馬鹿を除かなければならぬと決意した。

 

 

というか、今頃すでに除かれているはずだ。ラッセルが代わりの手駒をそこに配置しているだろう。

心の中で思ったなら、その時スデに行動は終わっているものだ。だから終えた。

 

レース参加者が戻るまで、縛って放置したものたちと一緒に野宿だ。

お手洗いに行かせるわけもないので、事前に遠くに放置しておく。

 

 

優勝するつもりのバカも翌日到着し、決闘騒ぎになるが。

 

華麗な剣の舞で威嚇してるところを普通に光線で撃ち抜いた。

 

バカなのだろうか。バカなんだろうな。

 

その後もめちゃくちゃ後処理した。

 

休日も、悪くない。

 

 

 

新薬はもちろん。『赤蛇』という組織ごとお土産に屋敷に戻る。

 

 

「どうやら、異世界では休みという概念が我々と違うようですね?ケイ。しっかり答えてください」

 

こっちは休みを満喫してご満悦だというのに、こちらの雲行きは怪しい。

 

「あなたは、休むという言葉の意味を私と同じく理解していながら、それとは異なる行動を自ら取りましたか?はい、かいいえで答えなさい。ちなみに私の休みの定義は、成果もなく、ほとんど生産をせずとも。それでも心が元気になるように好きなことに時間を使うというものです。いかがですか?」

 

 

おお、質問の仕方が上手くなっている。素晴らしい。

 

 

ミスターストーンのことを考えながら、クルシュの攻めを受け流す。穏やかな夜となった。

 

 

誤投稿、見ちゃった?

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