亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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同志ケイ。お前は農村送りだ!



【FILE:107】追放!強制スローライフ!

 

「ケイ。あなたをこの屋敷から追放します!カルステン領の農村にお届け物でもしてきなさい!」

 

 

ビシリと刺すような指。まだ動く方の腕を存分に振り回し、槍で突くような勢いをもって突きつけられた。

 

水門都市の一件から随分と頼もしくなったと思っていたのに、下手くそな演技から繰り出されるのは…これ、一体何だろうか。

 

そこそこ遠めの村のはずだそこは。今いる領都からまともに行けば1日かかるが。

 

「にゃはははは!聞こえた?ケイきゅんはお払い箱ってこと!ついにフェリちゃんの時代がキタ〜〜!」

 

我が世の春が来た。とばかりに興奮するフェリスは演技ではない。

しっし!と手でケイを追い払う悪役の如き姿には貫禄すら感じる。

 

 

「でも一週間も空けたら仕事が滞るからそれまでには戻って片してよネ。サボんなおら!」

 

どっちだよ。はっきりしてくれ。

 

「フェリス!何を言うのですか。休んでもらうためにわざわざ追放などと過激な言葉を使っているのに…」

 

「演技が通用してると思ってるクルシュ様たすかる」

 

おほん。と仕切り直すクルシュ。

 

「とにかく、あなたは働きすぎです。たまには危険もなく、策謀もない環境で思いっきり羽を伸ばしてください。と思ったのですが…」

 

ここで精一杯ケイを睨みつける。

 

「どうせあなたは休まないので、すごく簡単に終わる仕事を任せます。その道中を休暇として休んできてください。いいですね?追放なんですからね?」

 

 

まぁ、確かに。この世界においてはやるべきことが多すぎて心は休まらないかもしれない。

かつての逃走中、おばあちゃんのところで大人しくした頃はその点完璧だった。待機が最善の状態でしか完全なオフというのは難しいのかもしれない。

 

 

「じゃあ、やってきますよ。でもしばらく空ける分。今日は仕事を片付けますからね」

 

休むためにどこかに皺寄せを作る。これもどうなのだろうか。

徹夜で仕事を三日分は終わらせて、エリーゼの朝食となりリセットを果たす。

 

この異常な最高効率の日常に慣れてしまった自分は一般的な平穏を享受できるのか?

 

普通でいたいという願望がないためどうでも良かったが、労働基準法や今回のように雇い主が休めと言った場合はどうするか。何か時間を潰す趣味でも見つけておくべきかもしれない。

 

そういえばみんなは何をしているのだろうか。

 

 

 

【カルステン陣営に聞いてみた】

   〜休日の過ごし方〜

 

 

「魔獣ですなぁ!朝にケイ殿の肉片を与えるところから、訓練までしていれば夜が明けておりますわ!」

 

動物の世話は良い。これは僕の趣味であると言えるかもしれない。

 

「酒。酒ですわ。たまには飲んで全てを忘れて後で後悔するくらいに飲むのです。これもまた淑女…」

 

酒も良い。深酒は好きじゃないが別に酒を残さないこともできるから関係ない。

 

「剣の稽古…」

 

知ってた。次だ。

 

「フェリちゃんは当然クルシュ様ウォッチ…」

 

それも知ってた。次だ。

 

「私も剣の稽古と、あとはメィリィに手紙を書いてるわ。ローズに言われて日記もつけているからこれも趣味と言えるかもしれないわね。できればお腹が見たいのだけれど、仕事の時の方が見えるから」

 

なるほど。日記というのは面白い。内臓はいらない。

 

「わたしはそうねえ。ぬいぐるみを買いに行ったり。あとはお料理の勉強をしたり?結構メイドさんたちとも仲良いのよお。エリーゼとも遊ぶわねえ」

 

買い物に料理。かなり興味はないが、友人と遊ぶというのもあるか。というかメィリィが一番まともじゃなかろうか。

どうなってるんだここの連中は。

 

 

「お兄ちゃんと、勉強!」

 

エリーゼはこのところ感情の強弱が語気に出るようになってきた。良い傾向だろう。アラクネとなった者も成長するのだ。

 

「私にも聞くんですか?知ってるでしょうに。エリーゼの世話と、そうですね。読み聞かせのための絵本や物語を集めて…」

 

「お姉ちゃんの作った話も好き〜」

 

「こら!エリー!それは秘密と…なんですか?ええ。自分でも書いてますけど。何か文句でもあるんですか?」

 

創作活動というのもあるのか。エリノアが良ければ絵本にして売ってやってもいいが。売れっ子作家の許可さえあれば。

 

「誰が売れっ子作家ですかぁ?本当に扱いが一向に良くならないですけどぉ。もう辞めたい…」

 

ツバキも自分で決めればいい。お好きにしてくれ。それよりこいつが操れる魔虫の採集と繁殖が非常に難しいのだ。それが成功して能力を使えるようになるまでは、あんまり頭の良くない内政官である。エリノアにこき使ってもらえ。ずっと色欲の権能に頼っていたツケを払っているだけだ。

 

「あらびっくり。あたしにまで聞くの?そうねえ。墓参りと、あとはチェイスかしら。他の盤上遊戯もあたしの時代より増えてるし、結構面白いわよ?」

 

蛇人のロブルはボードゲームとのこと。ゲームに近づくと脳内の亡霊がうるさいので却下。

 

 

「グ ル ル」

 

唸るのは黒竜ギャレク。彼の休日は知っている。家族と過ごしているのだ。

 

 

本当にそれぞれ、休日を謳歌しているらしい。

 

 

 

「な・ぜ・私に聞かないのです!?待ってたのに!」

 

ダン!と音を立てて机を叩くクルシュ。相当待っていたらしい。

割とよく時間を過ごしてるから把握したつもりになっていた。

 

そろそろ出発の時間だ。追放だからな。従わなくてはいけない。

 

地団駄を踏む女児と化したクルシュを置き去りに、ケイはパレトという名の農村へと旅立った。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

村の入り口を抜けると、石畳の道がのどかな農村の中心へと続いていた。両側には木造の家々が並び、屋根には干し草の束が積まれている。白い壁にはツタが絡まり、小さな花壇には色とりどりの花が咲き誇っていた。

 

街と村のちょうど間くらいの規模だろうか。

 

広場には大きな木がそびえ、その木陰では村の老人たちが丸太のベンチに腰掛け、静かに世間話を交わしている。子どもたちは元気に走り回り、ボールのようなもの蹴ったり、追いかけっこをしたりと無邪気な笑顔を見せていた。

 

村唯一の商店なのだろうそこには、焼きたてのパンや干し肉、農産物が売られている。店先には籠いっぱいのリンゴや葡萄が並び、通りかかった村の女性たちが真剣に品定めをしていた。パン屋の軒先からは甘いバターの香りが漂い、焼き上がったばかりのパンを手にした子どもが、はふはふと頬張っている。

 

鍛冶屋の前では、赤く燃えた炉の熱気が通りにまで伝わり、鉄を打つ力強い音が響いていた。村の青年が馬の蹄鉄を交換してもらいながら、鍛冶職人と談笑している。

 

パレト村の村長は突然の訪問に驚いたようだった。

 

「公爵様の使いがこんなところまで!?あ、いえ。大変失礼いたしました」

 

「こちらがクルシュ様からの手紙です。内容を確認していただき返事をいただければ持ち帰りますので」

 

「承知いたしました。それでは村長宅までご案内します。そちらの客間でお寛ぎくださいませ」

 

 

そう言われて案内された場所でしばらく待機。

ちなみに先ほど見かけたパンを買って食べていた。焼きたてなら割と美味い。

 

さて、一人になったのでIBMでも出して周囲を探索しようか。そんなことを考え始めたら冷や汗をかいた村長が声をかけてくる。

 

「申し訳ありません。どうやら、公爵様はあなたの処遇についてお考えがあるようです。指示を受けましたので、よければこちらに…ああ、すみません!これは失礼を!」

 

食べ物を勝手に調達したのが行けなかったようだ。自身の手落ちとして反省している。

 

「お気になさらず。僕はただの平民ですよ」

 

付いていくとそこは農家の家らしかった。ニコニコと笑みを浮かべるおばあちゃんに、少し心配そうな母親だろう女性。その横には光すら放ちそうな満面の笑みの少女と少年がいた。

 

「マーサ婆はその昔、先代のご当主様に刺繍を褒められたことがあるそうです。その息子さんがカルステン様のお屋敷の庭木の手入れを依頼されたというのが彼女の自慢なんですよ」

 

カルステン家大好き一家らしい。居心地が良いんだか悪いんだかわからない。

 

「あなたはカルステン家の期待の新人執事ということにしろとのことです。屋敷のお話でもしつつ、ごゆるりとお過ごしください」

 

ホームステイみたいなものか。

ケイを一人にしておくと、森の資源でも調べて見つけてきそうというクルシュの鋭い読みが当たった形である。

 

12歳くらいの少女と、7歳くらいの少年に連れられてお部屋の案内ツアーとなった。

 

「こちらがケイ様のお部屋~!狭い、けど!あったかいよ!!」

 

「ありがとう。ところで君の名前は?」

 

「私はマリー!です…」

 

敬語は慣れない様子。

 

次は仕事場を見せてくれるらしい。畑をやりつつ刺繍をするのがこの家の家業なのだとか。

 

「ケイ様は、刺繍は好き?ですか?」

 

問われて考える。

 

「そういえば、あまりちゃんと見たことがないな」

 

ええ…というショックの反応。それも気にせず弟の方がケイの手を引っ張った。

 

「じゃあ見てよ!こっち!こっちに来て!」

 

弟に連れられて庭の倉庫に行くと、刺繍糸が大量にあることがわかる。布の種類も様々で、色鮮やかなものからくすんだものまであるようだ。

 

「これがね!わたしのお気に入り!」と見せてきたのは綺麗な夕焼けの空が描かれていて、花の刺繍が施されたものだ。

ケイはその花に見覚えがある。カルステン領でよく咲いているこの花はよく意匠にも使われている。

 

兼業農家が結構いるらしく。鍛冶屋も畑をやっているのだとか。

この村自体、裕福な方なのだろう。というより、カルステン領が裕福なのだ。

 

善政を敷いて不正を行わず、民と国のために質実剛健な暮らしぶり。

このところは多忙を極めて金遣いも大いに増えているが、領民たちに負担はさせていない。彼らから見ればいつもと同じだろう。

 

彼らの誇りと幸せな日常がそこにあった。

 

刺繍を見せてもらってその意味や作り方をなんとなしに聞いていると。

母親から声がかかる。

 

「そろそろ夕食にしちゃいましょう。村長さんったら大奮発してくれたの。こんなに上等なお肉がほら!」

 

年に一度あるかないかの豪勢な食事に色めき立つ。

 

「お肉〜?焼いて!」

 

「お肉ならシチューでしょ!何言ってんの。」

 

「やだ!やくの〜!」

 

肉があるのは良いことのはずなのに喧嘩が始まる。

母親は意に介さず。ケイを家まで案内して彼らの諍いを放置した。

 

「いつものことですから。それより、二日間よろしくね。ケイ君。いっぱいお話聞かせてちょうだい」

 

 

二日もここにいるのか。初耳である。

 

 

まぁ、いいか。

 

 

 

なんのこともない。あまり思考しない穏やかな時間が過ぎていく。

 

カルステン家のことを語ってやれば、マーサ婆は泣いて喜び。

冒険譚を語ってやれば子供達は目を輝かせて聞き入った。眠る前に聞かせる話じゃなかったと少し後悔。

 

翌日は畑仕事を朝から手伝い、刺繍も一緒にやってみた。

IBMに捕まえさせた猪を持ってくれば、村ではお祭り騒ぎになった。

 

質の悪い安酒がほとんどだったが、案外美味いものだった。

喉の渇きと労働の疲れは、酒の美味さを増すらしい。

 

 

 

カルステン領は、平和だった。

 

 

それは知っていたが、あくまで書類上の話だ。

彼らの声を、姿を、そして体温を知った。

 

新たな情報はそこにはないが、あまりに感覚として違いすぎる。

 

 

『メアリーの部屋』という思考実験を思い出す。

 

『あるところにメアリーという女性がいた。

彼女は生まれてこのかた、部屋から一歩も出たことがなく、外界の情報は全てモニター画面を通してのみ得ていた。

さらにこの部屋は何もかも白黒で薄暗く、彼女には自身の身体すらもモノクロに見えている。

 

一方でメアリーは非常に聡明な科学者であり、特に視覚に関する神経生理学の権威である。

彼女は視覚に関する全ての情報に精通しており、我々の目がものをとらえて脳内で処理されるまでの過程を全て把握し、当然ながら「赤い」や「青い」といった色の情報も知っている。

 

さて、ここで彼女が突然部屋から解放され外の世界を目にしたとする。

このとき、彼女は何かを新しく学ぶだろうか?』

 

 

決まっている。知識としては更新はない。

 

しかし、体感と付随する情報量は桁違いだ。

メアリーが人間であるなら、何かを得た感覚を感じるだろう。

 

人は何かと何かを紐づける生き物である。

星座に動物を見て。言葉に印象を付随させる。

 

物語る生き物なのだ。それを進化させて生きてきた。

 

 

 

ふと気づいた。自分は案外一人じゃないのだと。

 

ケイは自分のために生きている。

 

しかしその自分とは。自分の幸せとは一人で完結することはない。

一人で完結する者、その中で最も好きに振る舞う者をこの世界では『大罪司教』と呼ぶのだろう。

 

誰かが喜ぶ。誰かに頼られる。人と人との関係性の中で作られるのが自分なのだ。

 

彼らの命を実感できてよかったと素直に思えた。

すごい速さで走っていると、風景に気づかないことも当たり前だ。

 

 

しかしケイは、ここの幸せの中に留まることはしない。

暖かな湯船のような居心地の良さがあるが、そこにずっといるだけなら冷めてしまう。

 

この風景を守りたいなら、そう願うだけではいけない。行動をしなくては何一つ守れやしない。

なんでもやってやろう。できる限りは。

 

 

そう決意した時には、すでに仕事は終えた。

 

 

最後に村のために一つカカシを見本で作った。

 

使わなくなった毛糸をぐるぐるに巻きつけた不恰好なカカシ。

 

「この糸には魔法がかけてあります。これを立てれば周囲の肉食動物や魔獣はしばらく寄ってこないでしょう」

 

おお!とみんながざわついて感謝される。疑う者は一人もいなかった。これはクルシュの威光だろう。あともしかしたら、昨日一緒に飲んだのが効いたのかも知れない。

 

俺にもくれ!私にも!とマーサ婆の家の糸を使った商品が売れていく。

魔除けの効果があると信じて彼らはつける。これは詐欺ではない。

 

なぜなら糸を巻きつけたIBMで周囲を回り、危険な動物や魔獣を殴って回ったので効果はあるはずだ。

殺してはいない。魔獣の躾や学習についてはよく知っている。

 

 

最後に仕事をしてから別れを告げて、パレト村を後にする。

 

お守りにともらったミサンガのような結び紐。それを身につけて帰路に就く。

 

 

ケイを一人の人間としてだけ接してくれるというのは新鮮で悪くなかった。

村の娘たちをこぞって嫁にしようとしてくるのは変わらないが、どうにも王都の令嬢たちの時ほど不快感はない。

 

 

抱えるものが増えていく。守りたいものが、やりたいことが増えていく。

 

人間であるということ。大切なものを抱えるということは疲れもするし、恐れも増えるものなのだろうか。

 

ケイは穏やかな気持ちで竜車に揺られる。クルシュに感謝しないとな。そんなことを思いながら。

 

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