その人にとって有益かどうか
【FILE:11】男子、三日会わざれば
今日も朝から日課が始まる。スバルがヴィルヘルムやケイと打ち合い、そして倒れるまで稽古をする。
王選開始が宣言された日、スバルとエミリアが決別した日から三日。
ナツキ・スバルは順調に腐っていた。
そしてそんなスバルが一時の身を置くクルシュ・カルステンの陣営には一月前とは別の風が吹いている。無謀な戦いへ身を投げるような、自暴自棄のような雰囲気を誰一人まとってない。本気で白鯨を斬るつもりであった剣鬼ですら、頭ではそれが難しいこともわかっていた。それが今では『これなら勝てるのではないか』そんな希望が醸成されている。
そんな雰囲気に居づらさを感じていたのだろうか。昼間の鍛錬から休みをとってスバルとお付きのレムは街へ出掛けて行った。その間に手早く彼らの調査について話し合う。
ケイは本日を区切りとして、ナツキ・スバルへの稽古という名目の調査を一旦切り上げることを提案した。
「今の方向からの調査はもう十分でしょう。明日以降はなしで」
彼は嫌なことからの逃避に精一杯であり、これが演技でないことは確認できている。
剣を交わせば剣鬼には相手の心が手に取るようにわかる。
マナに触れるフェリスはその揺らぎから精神に触れることができる。
クルシュは自身の加護によって相手を見定める。
ケイはこれまで集めた事実をもって、ナツキ・スバルに特別なところはないと判断した。
エミリア陣営における活躍について詳細は聞けていないが、魔獣討伐関連であるとは聞いていた。呪いも受けたらしい。もしかすると、その対魔獣に特化した能力があるのかもしれない。その検証はここではできない。
「たしかに王城とこの邸宅での振る舞いからは理解し難いほどの献身をあのメイドは注いでいる。それも本心から。それを受ける自称騎士の謎解きはまたの機会にするとしよう」
異論はない。魔獣を用意などできないのだからこれ以上は無駄だろう。
「こちらの意向で振り回してすまないな。許せヴィルヘルム。途中で指導を捨て置くことに抵抗はないか」
「特にはございません。互いに本気での稽古でもありませんでした。それに、捨てることだけは得意としております故」
「捨てる、か。そういえばケイが興味深い話をしていたな。なんでもこの世界では、何かを捨てねば何か為すことができないというのが真理の一つであるらしい。確か…作用・反作用の法則であったかな」
「ええ、運動の第3法則ですね。『すべての作用にはそれと等しい反作用がある』これは調べる限りこの世界でも通用していそうです。恐らく無尽蔵に見える何かであっても、何か反作用が働いている。マナと魔法の関係もそうらしいですね。まだ不明ですが、僕の復活もきっと何か支払っているんでしょう」
厳密には違うが、科学的な指摘を比喩に持ち出してもそれはお門違いだろう。
「捨てねば、進めぬと」
「捨てれば、進める。と言い換えることもできます。全てを拾って何も捨てずに進んでいるように見えても、実は相応の何かを払っているということですね」
「ていうかケイきゅん?いつそんな話したのカナ?フェリちゃんの知らないうちにクルシュ様と密会なんていい度胸だネ。 ね!!」
取り合わない。決して。
考え込む剣鬼をよそに、クルシュが場を進めていく。
「今日はいよいよラッセル・フェロー本人が腰をあげ当家に訪れる。会合に向けて抜かりなく備えを」
次の予定もある。当主が結論を出してスバルとは距離を空けると方針は固まった。
その夜に全てをひっくり返すような提案を、他でもないナツキ・スバルから受けるまでは。
部屋には沈黙が、そして張り詰めた緊張感が満たされていた。
スバルはその緊張から乾いた唇を舌で湿らせて、最後の一人を待っている。
力も知恵も能力も人脈も何もかも、全てが足りないスバルにできることはこれまでの
「ようやく、夕食の時間を遅らせて集められた趣旨が理解できそうだな」
ソファに腰掛け、膝の上で手を組むクルシュ・カルステンはつぶやいた。
「そうですかぁ?フェリちゃんは正直、まだまだ疑ってるんですけどネ。あれだけへたれてた男の子が、急にどうしたらあんな目をするようににゃるのかにゃーって」
口調と顔つきこそ軽い調子だが、その目は一切の油断をしていない。いかなる危険からも主を守るという気概に溢れている。
ヴィルヘルムはフェリスと対照的に沈黙を守っている。黙してそこにいるだけにも関わらず、剣気が迸っており城下から戻ってきたスバルたちを迎えてくれた温和な雰囲気は微塵もない。
主であるクルシュの一振りの剣。その役割だけを全うしているのだ。
後ろに控える書記とはよく訓練をしているが、実のところほとんど話したことはない。これまで過去に二度この場所で臨んだ話し合いにおいても一言も発さず、書記として後ろに控え続けている。くすんだ白髪は存在感を発揮せず、まるで白い影のようだった。
クルシュ邸の応接間にはいつもの顔ぶれが並ぶ。クルシュ。フェリス。ヴィルヘルム。書記、の名前はなんと言っただろうか。この四人と相対するのはスバル自身。そして。
「出戻りとはいささか居心地が悪いものです。ナツキ殿にはこの居心地の悪さを払拭するような、そんなお話を期待させていただきますよ」
そう言って、くすんだ金髪にオシャレな顎髭が特徴の優男がスバルに隣から笑いかける。王都で大きな影響力を持つ商業組合の代表者、ラッセルフェローその人だ。夕方に商談を終えて帰ったところをスバルが捕まえ出戻りしてもらった。
スバルとラッセルが軽口をかわして時を待つ。すると。
「皆様、大変お待たせしました」
レムが戻り、最後の招待が無事済んだことが知らされる。本当に良かった。これでスバルの綱渡りのための準備は完了だ。
「最後の参加者は少し到着が遅れるって話だけど、とりあえず役者は揃ってる。これ以上待たせるのもなんだ。始めようか」
緊張で震えるがレムに勇気をもらって前を向く。
「ーーーうし」
不敵に笑い、恐怖をその笑みの裏に隠して、スバルは最初の壁に挑む。
「一つ、確認したいことがある。ナツキ・スバル。この集まりの趣旨を。ーーーー卿の口から、な」
すでに答えはわかっているだろうに、スバルの口からそれを語らせるクルシュの姿勢には一貫して甘さがない。
話の始め方一つとっても、すでに勝負は始まっている。そのことが、
「そりゃ、もちろん」
大仰に腕を開き、強気に笑う。見透かされてもいい、最後まで突き通せ。
「エミリア陣営とクルシュ陣営の、対等な条件での同盟。そのための交渉がしたい」
ナツキ・スバルの挑戦が始まった。
「同盟…か」
クルシュは考え込むようにわずかに顎を引いてチラとレムを見た。
「ロズワール様の言い付け通り、レムは何も申し上げていません。全てはスバルくんがご自分で辿り着いたことです」
「ならば此度の交渉役はレムから卿、ナツキ・スバルに移譲されたと受け取っても?」
「ああ、そうなる。ロズワールも底意地悪い真似してくれたもんだけどな」
推測を並べて、ここまで至った思考の流れを自然なものであると説明する。
さらに交渉の内容、魔鉱石の採掘権にまで言及すると事前の打ち合わせ通りに、ラッセルが介入する。
「聞き逃せないお話が聞こえました。近年需要が高まる魔鉱石の、それも手付かずの地のものとは」
大喜びの商人にそのカードの価値を確かめさせてもらい、クルシュに向き合う。しかしここまでならレムがした話と同じであり結果も変わらない。ラッセルというアドバイザーを得つつも交渉はこれからだ。
「ラッセル・フェローを味方として側に置き、この場を整えたか。認めようナツキ・スバル。卿がメイザース卿の名代、並びにエミリアからの正式な使者であると。この交渉において卿と私の間で交わした内容は、そのまま私とエミリアの間で交わされたものであると」
エミリア陣営を代表する名代。今この時からはスバルが交渉役となった。
正面に臨む、ただそれだけで、これほど人間は気圧されるものなのだ。狙った威圧ではない。彼女は私人から公人へ、クルシュ・カルステン公爵としての意識に切り替えただけ。これが、このルグニカ王国で最も王座に近い女傑の本当の姿だ。
「交渉の内容は一通りレムから聞いてる。でもこれまでは上手く行っていなかった。そうだろ」
「肯定する。エリオール大森林の魔鉱石その採掘権の分譲。それらの条件を聞いた上で合意に至っていない。交渉役が変わること自体に意味はなく、内容が変わらねば結論もまた変わらない」
冷徹に、淡々と事実を並べる。そう。その変化がないならスバルに変わった意味がない。
「言い訳をいくつか並べてもいいが、最近の私は多忙でな。単刀直入に言わせてもらおう。今の我々に対して利益の種類が単純に不足している。採掘権の分譲割合については満足な数字でありこれ以上を求めれば他からの横槍が入るだろう」
別の利益を提示せよ。これがスバルに課せられた課題だ。ハーフエルフであるエミリアとの同盟にも抵抗はないと人柄から感じていたが、それはそうとしてやはり甘くはない。ここからは完全に、これまでの経験にもない完璧なアドリブだ。
欲しがっているのは間違いない。そこに不安はない。
けれど、それにどれくらいの価値があるのかがわからない。だが、きっとクルシュは乗ってくる。
「同盟締結に向けて、うちから差し出すのは採掘権と、情報だ」
「情報…」
続きを一同が待つ。
「聞かせてもらおう。卿の口にするそれが、果たしてこちらを動かせるものか」
不安と緊張が、スバルの全身に震えをもたらした。だがそれは微かに肘あたりに感じる温もりが打ち消してくれる。
レムがスバルの腕に指を添えて、借り物の勇気に火をつけてくれたから。
息を吸い、一息にスバルはそれを口にする。
「白鯨の出現場所と時間、それが俺が切れるカードだ」
【IBMについて】
遠隔操作ができるが、永井圭のIBMのように指示に従わなかったり、亜人佐藤のIBMのように指示には従うが一応自我は持つ、などのように完璧に操作できるわけではなく、ラジコンというより従順な飼い犬などのような存在とも言える。また使用者の脳とリンクして動かしているため雨の日は情報伝達が妨害されてうまく操ることができない。