亜麻色の髪をセミロングで切り揃えた、愛らしい顔立ちの少女。
そうとしか見えない人物が鏡に映る。
華奢な体を動かす仕草ひとつひとつに女性らしさ。女の子っぽさを自然と滲ませる。
亜麻色の髪は白いリボンで飾られ、大きな瞳を好奇心に輝かせる姿はまるで猫のような愛嬌があり、そして実際にその頭部には、頭髪と同じ色をした獣の耳がピクピクと動いている。
水門都市の激戦を終えてもその美貌に翳りはない。しかしその目線と表情は常とは違った。
鏡の前で身支度を整えつつ考える。
これまでの自分を。これからの自分を。
そして最愛の主のことを。
それだけに没頭できればどれだけ良かったか。
憎きあいつのことも、考えないわけにはいかない。
フェリックス・アーガイルは永井圭が嫌いである。
様々な要因があるが、冷静になって振り返ればそれはつまり、劣等感からくる自己嫌悪。そのぶつけ先になっていたのだと思う。
それこそ最初はそれくらいのシンプルな感情だった。
揺れぬ自我に人を巻き込んで変化を起こしていく。
彼に関わると変化を強いられて、そしてそれは加速していく。
自分には出来ないことを平然とこなしてクルシュ様に頼られる。専門の違いだと頭では分かっていても心は焦燥に焼かれ続ける。
それでも、上手くやれると思っていた。事実それなりに上手くやっていたと思う。
この気持ちはおどけた態度には少し含ませて、憎まれ口を叩いても、本気でぶつけるようなものではなかった。
だって実際に、永井圭という人間はすごかった。
幼い表現だが的確だと思う。
他の誰があれと同じことができるだろうか。
同じ不死の力を得てもああはなれないと断言できる。
あいつはムカつくけど、すごい。
クルシュ様のためになるなら、何でもいい。有能なら歓迎だ。個人としての気持ちは別にしても、そう在れた。
けど、クルシュ様の記憶が奪われてからは全てが狂った。
私もおかしくなった。
当たり前だ。それが当然だった。
堰き止める壁がなくなれば水はただ流れ出すだけ。それくらいの必然だった。
私の世界にはクルシュ様だけ。あの姿が声が、その全てが私を救って形作ってくれたのだ。
かつての地獄を思い出す。
フェリックスはアーガイル家の第一子として祝福に包まれて生まれてきた。
しかし祝福も、その獣人のごとき特徴的な耳が頭から生えていることを見られるまでの話である。
その姿を見た父は激怒し、産後の母を罵った。
亜人なんぞと不義の子をもうけたと罵倒され、母の心は壊れてしまった。
あの時に『血縁の加護』なんてものがあれば変わっていた。
それはもっと凄惨な結果に変わっていたのかもしれないけど。どちらにせよそんな加護はなかった。
もっとも、後になってフェリスの治癒魔法の才能を見れば父と血縁がある事は明白で、しかも歴代当主たちを遥かに凌駕する才覚を見せた時にはすでに全てが手遅れ。
アーガイル家とフェリスの関係性は決まりきっていた。
生まれてから10年も監禁され虐待された家になど、誰が帰るか。誰が継ぐものか。関わる事すら悍ましい。
その後の事件も、もはやどうでもいい。
父も母も死んだ。それで終わりだ。
大事なのは一つだけ。彼女があの地下から助け出してくれたこと。
人としての全てをくれた。怒りと恨みを含んで父を振り返ることが出来るのもクルシュ様のおかげである。
暗闇に閉じ込められた期間は、そんな事すら考えられなかった。何も与えられないと怒りどころか疑問すら生まれないのだ。
自分ではどうにもならないところを、優しい風がさらってくれた。
そのまま放逐されても当たり前なのに、さらに主にまでなってくれて、フェリスはようやく自分を見つける。
もちろん全てが上手くいくことも、かつての後遺症が消えることもない。特に体の生育は絶望的なまでに止まってしまっており、どれだけ鍛えても筋肉がつく前に体が壊れそうになってしまう。
それでも前に進んでいった。
すると人生に新しいものが加わった。
敬愛できる友人といえる存在。
尊敬できる師匠。
フェリスは遅れた分を取り返すように人間になっていく。
しかし、大切なものとは失うものだと。そんな当たり前を師は最後に教えてくれた。
彼が死を通してそれを学んだ。いや、学んだつもりになっていた。
寿命による死というのは、どこか納得もできるところもある。自分が『青』を継ぐのだと使命感にも燃えた。
そんな使命感などでは何も救えはしないと、そう現実が嘲笑うことなど知らず、呑気なものだったと今なら思う。
次に友人を失った。
フーリエ・ルグニカ王太子殿下。
主の想い人であり最高の友。王族であるからではない。その人間性にフェリスは忠誠を誓いたいと思っていた。
もちろん、主の次にだが。
この喪失は、あまりにも辛いものだった。
だってこの死は、寿命と違って防げないものじゃなかったから。原因不明の病。それがルグニカ王族を襲ってじわじわと蝕む中で、『青』たるフェリスには何一つ出来なかった。
その手から守るべき王族たちが一人、また一人とこぼれ落ちていく絶望。無力感でどうにかなりそうだ。
クルシュ様がいなければ耐えられなかった。けれどフーリエ殿下の意志を継いで王選に臨むと、クルシュ様はさらに立派になってやはりついて行こう。この人だけは自分が守ろうとそう決める。
なのに失ってしまった。
いや、考えてみれば当たり前だ。これまで失い続けておいて、なぜ今度は大丈夫などと思ったのか。
バカすぎる。愚かだ。無能に尽きる。こんな罵倒もことが起こった後では何の意味がない。
永井圭はそれをずっと指摘していたのだろう。
大罪司教によって奪われてからはケイからの指摘がより直接的になっていった。
けれど、私は、フェリスは耐えられない。変わるのが怖かったから。
クルシュ様が、フーリエ殿下が自分に残してくれたものを一つでも、少しでも変えると消えて無くなりそうな気がして。
フェリスという人間は一年前のあの時から、最初の暗闇の中に戻ってしまったようにその場から動けない。動こうとしない。今だってそうだ。
でも、見られた。
見られてしまった。
クルシュ様が今度こそ本当に全部を失おうとしている時に、うずくまっている姿を。一番見られたくない奴に見られた。
でも、言われた。
言われてしまった。
決して認めたくないことを認めろと。ずっと逃げ続けてきた現実というものはこうであると。
一番言われたくない奴に言われた。
もう一つ。本当に癪だが、言われて気づいた事がある。
悔しくないのか?と絞り出すように問われて初めて気づいた。
私は地下に繋がれていた昔の私じゃない。
友の生き様は知っている。
主の優しさと厳しさが大好きなのだ。
師の教えは生きている。
だからだろうか。
心の奥底から湧き上がってくるのは無力感でも後悔でもない。
逃げたい、変わりたくないなんて泣き言でもなかった。
この沸々としたどうしようもない大きなものは『怒り』だった。
悔しいに、決まってる。
許せないに、決まってる。
私が助けると、決めたのに。
フェリスが立てないならもういい。
もう、フェリスは置いていく。
今、私はただの『青』でいい。
自分のことなんか、クルシュ様を助けた後でいい。
あいつの口癖。優先順位。大嫌いな言葉だった。
けど、その正しさは誰より知ってる。
だからきっと理想を語るスバルにも苛ついてしまったのだろう。同族嫌悪というやつだ。
だから、優先順位をつける。
全部を救うなんて自分にはできない。
自分もいらない。他の誰もいらない。
だから、クルシュ様だけ。
過去と未来と現在の、クルシュ様だけを助けよう。
フェリックス・アーガイルはクルシュ・カルステンが大好きである。
主従。家族。友人。恋愛。どれもしっくりこない言葉だ。
フェリスにとっては全てであるから当然か。
『青』にとっては救うべき、ただ一人の患者だ。
大嫌いなあいつとも、大嫌いな自分とも、上手くやらないといけない。
やってやる。
なんでもやる。絶対助ける。
今度こそ私が、クルシュ様を助けてみせる。
ここまで思考して、やっと着替えが終わった。
それでもいつもよりも経過した時間は少ない。
髪のセットも少なく、服や装飾も最小限にしているのだから、まぁ順当だろう。
クルシュ様のために引き受けた女性らしさをクローゼットにしまいこみ、鏡を見る。
白のシャツに緑がかった紺のスーツ。同じく紺のネクタイを締めた中性的な美しい『青』がそこにいた。
無理して男らしくする必要などない。
だけど、これまでのように女としての強調もまた必要ない。
『その者にはその者の、もっとも魂を輝かせる姿こそが似合う』
姿は変われども、その本質は変わらない。
かつての主の言葉に従っている。
そうして『青』は、『賢者』捜索の準備へと身を投じていく。
「お待たせ。私がいなくて、寂しかったかナ?」
大嫌いなそいつは、こちらの服装の変化を気にしない。
気づいて触れないのではない。本当に視界に入っていないのだ。
軽口も自然に無視されるが、それでいい。
「今日は早いな。じゃあ、もう始めるぞ」
フェリックス・アーガイルは変わりつつも、変わらない。
赫炎の怒りを灯す目は、たった一つの目的だけを見つめている。
見つめ続けている。
リゼロス フェリス
で検索していただくと、今のフェリスと似た姿を見る事ができます。
あそこまで目は虚ろじゃないですし、ダウナーな感じじゃないですが服装は似てますね。