「全然ダメ。ていうか今考えただろ。論外だぞ」
ロールバック。全修。振り出し。リセット。
そんな単語がスバルの脳裏を駆け巡る。
未だ働いたことなどないが、きっと世間のサラリーマンたちはこんな風に意見を叩き潰されているのではなかろうか。
水門都市の事件が終わったすぐ後。水門都市を離れる前にケイと今後についてを相談していた時だった。
世が世ならパワハラだぞ!その言い方は!そう言って逆ギレすることも可能だが、いかんせんこちらはお願いをする立場である。
アウグリア砂丘を抜けるため、メィリィへの協力を要請したのだが、当然のように『賢者』探索に向けての計画を話せと言われたのだ。思いつくままを話したのが全くもって良くなかったのだろう。
「というより、何も想像できてないよな。どうしてそこの内政官に考えてもらわないんだ?ていうか彼に裁量を持たせて交渉に当たらせてくれ。時間の無駄だから」
オットーがほらみろと言った顔でスバルにデカい顔を向けてくる。
「せめてどこがダメとか意見くれよ!直しようがねぇだろ!」
「全部。これを教えるとなれば明らかに領分を超えることになる。金取るぞ。いや、やっぱり有料でもやだ」
そうしてスバルは、計画策定班から追放された。
「ちくしょう。覚えてろよオットー!俺が抜けた後にわかるんだぞ!俺という存在の大きさというものに気づいた時には俺はざまぁって言うのに忙しいから、田舎でスローライフ送ってるからもう手伝えないからな!」
スバルはさめざめと泣きながら追放された。
「ひとまず意味不明な叫び声を聞かずに済むことが確定して安心しかしていないですね。だいたいナツキさん。計画外の対応力は理解できないほどありますけど、計画能力ゼロじゃないですか。こんなに大事なこと、僕に言わずにおくなんて最悪ですよ!」
「正直すまんかった。これまでの経験則からどうにかなると、どっかで思っちまってるかもしれん。ぶっちゃけケイがその辺考えてくれてるとかまだ思ってるところもある」
実のところスバルの勘は正しい。
ケイはすでに脳内で計画を練っていたが、相手方の陣営にも思考させた方がいいに決まっているから突き放しているのだ。
最終的にはかなりの部分を、こちらがアレンジすることになるだろう。
「じゃあ、邪魔者が消えたところで。早速詳細についてお話ししても?」
頷くケイ。そして抗議するスバル。
「もういないものとされてる?マジかよ。仕事できる奴らってこう不都合なことを視界に入れないのもスキルの内なのか?」
そう言ってちょこまかと動き続けるが、スバルの奇行を無視することに長けたものたちには通用しない。
苦もなく無視してケイがオットーへと詰めかかる。
「そちらの陣営の戦力。その出し渋りは理解できない。どんな意図が?」
「うちのガーフィールのことですね。彼は家族が被害に遭ってまして、その身辺整理と感情の整理を含めて少し時間を取らせたいというのが我々の方針です。まぁ主にエミリア様とナツキさんが混乱してるガーフィールを思って提案したら、意外と本人もそれに乗ったというのが実際なのですが」
「ああいうタイプは戦ってた方が好転するのでは?それに、トンプソン家ですね。彼のところはこちらでも対処します。彼が前向きになればいいんですね?」
「え〜と。あんまり良くない想像ばかりが先行するんですが、まぁ理屈としてはそうですね。はい」
「なら彼の同行は計画に組み込んでおいてください。最大戦力かつ治癒魔法を使える人を連れて行かないなんて馬鹿げていますよ」
「あの、なぜそちらはそれほどの戦力を出し惜しみもなく集中させようと思うのですか?何か情報をお持ちと考えても?」
内政官オットーの顔を見れば、こちらを伺う表情であって純粋に情報を引き出そうとしているようだった。
これくらいの認識であれば、それを揺らがせることはすべきなのだろうか。
「いえ、こちらと大分前提が違うようなので少し驚きました。気にしないでください。質問への回答ですが、あり得る危険への備えをするのは当然であって。いつもしているから。そして今回ですが、非常に確率は高いと思いますよ。また大罪司教やそれくらいの何かに襲われるというのは想像に容易い」
「一体、それはなぜと伺っても?」
「歴史的に見て、近年のこの国における魔女教の活動は異常です。そしてエミリア様を狙って『怠惰』が現れ、先の水門都市では揃い踏み。こんなことは当たり前じゃない。何か偏っていると考える方が自然です。それがエミリア様狙いなのか、スバルが引き寄せているのかはわかりませんがね。だから、僕はごく普通にこの旅路においても大罪司教の襲撃があると仮定しています。それがそちらとの緊急度や重要度の差異でしょう。ご理解いただけましたか?」
オットーは口をつぐんだ。もちろん魔女教がエミリアを狙っていることは周知の事実だが、先の水門都市に限れば他の目的もあったかもしれない。
とはいえそんなことをここで自己弁護しても何にもならない。あり得る危険に事前に備えるというのなら大賛成だからだ。
「ちなみにですが、メイザース辺境伯は同行できないので?引き出せるように努力はしておいてくださいね」
彼にかかれば、通常の業務など無きに等しいのだろう。
ナツキ・スバルとはまた違った形で周囲を巻き込み変えていく力を目の当たりにして、オットーは弱気になりそうな自分を叱咤した。
ケイの論理にシバかれつつも、そこに段々と対応するオットーは立派だった。なぜなら彼は本来一介の個人商人。
貴族同士の機微を含む王選の内政官という役職はかなりの無理があるのだから。
不要と捨てられたスバルに声がかかる。
「おう、もう追放はいいのか?」
「ここからは僕との個人的な会話だ。オットーには退室してもらった」
現在この部屋には二人だけ。その口ぶりは先ほどと違って遊びがない。
スバルも即座に、相応の態度に切り替わる。
「聞かせてくれ。一体どうした?」
「今回の旅に協力するにあたって、絶対に譲れない条件がある。それを飲んでほしい」
…
……
…………
スバルは、その条件を聞いて息を呑む。
反射的に拒否をしたくなる自分を、本当に殴りつけて黙らせた。
「わかった。それでいい。それなら……協力してくれるってことだよな?」
「ああ、『賢者』が見つかるならそれは願ってもない。望むところだ」
そう言いながら、二人は握手を交わした。
「なぁ。ケイ。最後にちょっとだけいいか?」
もちろんと首肯する。その真剣な眼差しはくだらない冗談の類ではなさそうだ。
「水門都市のことを全部踏まえて、今の俺の考えを聞いてほしい」
息を吸って。吐く。
そして話し始めた。
「俺の認識不足がいろんな被害を生む。でも、俺はそんなに頭が良くない。わかるだろ?あれでも、俺なりに精一杯やってたんだぜ?死んじゃった人も変えられた人も、クルシュさんにも。こんな言い訳意味ないんだけどさ…」
「はっきり言って、僕はお前には感謝してる。全力だって言うのも同感だし、責任は各人が負うべきだ。能力のある奴が責任感を感じるのは勝手だが、それでパフォーマンスが落ちるなら本末転倒だろ」
この男は、言いたいことを全部言ってくれやがって。
それはスバルの考えを否定する優しい言葉だった。
スバルのことを英雄などとは思っていない。そのタネも割れている相手。それでもここまでの信頼を向けてくれると言うのは、あまり経験がない。というか皆無だ。
「俺は、お前みたいにはできない。やりたいとも思わない」
「奇遇だな。僕も全く同じ意見だよ」
互いのやり方の違いを認める。そして尊重する。だってお互いにできることもやりたいことも違うのだから。
全てが同一である必要も仲良しである必要もない。同じ場所を目指すときには協力すればいいのだ。
「俺は、エミリアを王にするよ」
決意を言葉に。そして現実を追い付かせる。やってみせる。
「…もうちょっと勉強させた方がいいぞ?」
ケイから出てきたのは純粋な心配。そうなったら大変だよ?と本気で心配してくれている。
小っ恥ずかしくなってきた。
「そこは、クルシュさんを王にするって張り合うとこだろうが!男同士のさ!なんかそういうとこなの!ここは!」
スバルはメイザース辺境伯領へまず向かい、そこからさらに東へと向かう。
ケイは一度カルステン領に戻り、その後に東の果ての街で待ち合わせだ。
水門都市の戦いは、はっきり言って辛かった。
特に最後の治療においては、これまでの全てを足しても足りないほどやり直した。
繰り返すその度に、自分が周りよりも多くを知る。
みんなとどんどん離れていく。自分の時間だけが進んでいく。
それはまるでレグルスと真逆の孤独じゃないか。
誰にも理解させることはできない。伝えられない。
スバルの苦労が真にわかる人などいない。
この心の傷。絶対の孤独こそが英雄の証なのだろうか。
きっとロズワールの望むスバルは、その先にいる気がする。
でも、その思惑には乗ってやらない。だって、ケイがいるから一人じゃない。
完璧な英雄にはなれない。
なら中途半端な英雄でいい。それでもスバルなりの英雄であり続ける。
明日で間話は最後。なので2話投稿です。
加速せよ!加速せよ!