こんな自分を、逃げようとした自分を好きだと言ってくれた人。
ダメな全てを全部ぶつけても決して弱さを許してくれなかった一番優しい否定をくれた人。
ロズワール邸にいた時には、眠り続ける彼女に毎晩話しかけるのが日課だった。
それが自己満足だとは知っていた。世話もいらない不思議な状態であるのだから毎日通い詰める論理的な意味はない。
それでもスバルはしたかった。だからやっていた。
この旅だってそうだ。
感情抜きで、理屈だけの話をするならば彼女を目覚めさせるのは、誰でもいいと思う。
決して目の覚めない、とんでもない病気みたいなもんが蔓延してて、それから救い出すだけの話ならワクチンやら特効薬やらなんて、誰が開発してくれてもいいとは思う。救われてくれるなら、過程なんてどうでもって思う
「でも、そこに感情をぶっ込んだら、過程も俺の手でやりたい。俺が助けてやりたい。俺が起こしてやりたい。俺の全部で、全部を救ってやりたい」
だから、ナツキ・スバルがいくのだ。
もっと強い人間なら、いくらでもいる。
もっと頼れる人間なら、いくらでもいる。
もっと賢い人間なら、いくらでもいる。
もっと素晴らしい人格者なら、いくらでもいる。
だけど、その全部を自分のエゴで蔑ろにして、ナツキ・スバルがいくのだ。
彼女を救い出して、彼女に称賛されたい、ただそのためだけに。
彼女を取り戻す。それから全てが始まる気がする。
もちろん。レムも助けたい。でもきっとそれはスバルがやり遂げる。そんな気がする。いや、これは確信だ。私の騎士様はすごいのだ。
水門都市で変えられてしまった人たちも戻してあげたい。クルシュの腕に巣食う呪いを消してあげたい。
でもでも、私の一番の願いは、きっと最初の願い。
凍りついたあの森を、元に戻す。みんなの時間を溶かして進める。そのために王になると決めたのだ。
もし、この旅でその方法がわかったら?『龍の血』以外の方法があるとしたら?
それを自分が知ったとしたら、私は一体どうするのだろうか。それは知りたいような知りたくないような。
モヤモヤした何かを抱えつつもエミリアは塔へと向かう。
スバルによって外の世界に出してもらえたこの一年はこれまでの停滞した数百年と比べるべくもない鮮烈な日々だった。
彼以外とも少しずつ関係性を築き、友情のようなものを感じ始めている。
だからこそ一緒に過ごすごとに、幸せを感じるほどに、別れが怖い。
かつてのことを思い出し、体が震えるのだ。この後の孤独に耐えられる気がしない。
この一年。ずっと眠り続ける自分と瓜二つの相貌と全く違う水色の髪の妹を見守ってきた。
彼女を思うと頭の一部が欠けそうに痛む。いや、それはすでに欠損した痛みなのだろう。
バルスの語る妹の話には何一つ心は動かない。実感がない。今でも嘘なんじゃないかとすら思う。
それでも、その口から声が出て、自分を呼んでくれたなら。何かが変わる気がするのだ。
このところずっと抱えていた強さに対する漠然とした焦燥感は水門都市で結実し、多くの被害を生んだ。
ミミが一番わかりやすいが、ギャレクだってそうだ。ガーフィールが弱いから頼りないから起きたのだ。
最後に見た闘神と戦うあの女を見た時に思い出した。
純粋に強さを求め続けるその姿に触発されて、ようやく自身の強さというものに気づき始めることができたと思う。
でもまだだ。こんなものじゃない。ラインハルトはあまりに高く遠かった。ヴィルヘルムはあまりに鋭く無駄がなかった。クルガンはあまりに深く広かった。
ナツキ・スバルはなぜか強い。ケイとかいう参謀。あれも強い。
強さとはなんだ?それが、知りたい。強くなりたい。
水門都市で失われたという意味では、アナスタシア陣営が最も甚大な被害を受けている。候補者本人の意識は沈み、一の騎士は全てから忘却されている。
どうにか時間は作ったが、時間は決して多くない。すぐにでもアナに返さないと二度と会えなくなってしまう。
そのために自分が消える必要があるならそうしよう。
ユリウスは未だ、混乱の只中にいる。私は一体なんなのだろうか。
ユークリウス家の者たちは誰一人として覚えておらず、王国騎士であることを証明できるものもない。一の騎士としても忘れられ、その主すら眠りについている。
記憶は取り戻さなくてはいけない。主を起こさなければいけない。そうだ。蕾たちとも再びわかり合いたい。
周囲の記憶を取り戻すために戦うのか?騎士ならば主のために戦うべきではないのか。
何を優先すべきか。わからなくなってしまっている。それでも足を止めることだけはすまいと。歩み続ける。それくらいしか、できないから。
魔獣と触れ合いわかったことがある。まだまだ、魔獣のことを何も知らないということだ。
魔獣について考えていると自分が何も知らないということを自覚できる。
魔獣を覗く時、魔獣もまたこちらを見ているのだ。
魔獣の愛らしさとは、存在の本質を超越し、概念としての善美を具現化するものである。その瞬間、感覚は純粋なる悦びへと収斂し、論理の網は解かれ、理性すらも陶然とする。いや、相互の視線は誤りだ。無垢なる瞳がこちらを見つめるとき、そこには『見る』という能動と『見られる』という受動の二元論はなく、ただ万象を包摂する無限の優しさが、静かに世界を満たしていくのである。魔獣という現象の認識というのは…
ケイのお兄さんから出された宿題が難しい。
この%とかいう概念は一体何?算数どりるが終わらない…
おじさんも魔獣ちゃんを見つめてもう3時間もそうしている。見ているだけでウルガルムを怯えさせることができる人間がいるなんて知らなかった。
かわいそうだけど、うるさいおじさんには魔獣を見せておけば大人しくなるから、まだそうしててもらう。
ごめんねえ。悪い動物ちゃんたちい。辛いと思うけど頑張ってえ!
このところ、腹を割いて中身を浴びてもあまり満足できなくなった。
強者との戦いとその死闘を制した先に浴びる臓物の甘美な味を知ってしまってからはもう。ただお腹を割くのだけじゃ足りない。
だから、もっと強くなる。剣について。純粋な刃の美しさを自身が体現してみたい。
いつか、お母様のお腹を切り割いてみたい。
クルシュ様を取り戻す。それだけだ。他には何もいらない。
知りたいことはすでに知っている。
それは剣の強さと美しさ。それだけでいい。
息子との確執を『賢者』に解決してもらおうなどとは思わない。複数ある一つの要因。義娘の症状も主たちが目的を果たせば自ずと解決に近づくだろう。
ならば滅私の境地にて、一振りの剣になっているほうが良い。それが自分の役割だ。
妹の治療法を持ち帰る方法を知りたい。元の世界に戻る方法が知りたい。クルシュの呪いを消す方法を知りたい。この世界の創造主が知りたい。脳内の人格を黙らせる方法を知りたい。この世界の仕組みが知りたい。スバルの力の仕組みを知りたい。アルの正体が知りたい。強欲の魔女の意図が知りたい。嫉妬の魔女を消す方法を知りたい。ラインハルトを動かす何かを知りたい。魔獣の創造目的を知りたい。亜人の出生の秘密を知りたい。マナとは、オドとは、魂とは何かを知りたい。
知りたいしりたい識りたい。
知らなければならないことが、多すぎる。
たった一つだけだ。
誰もが知りたいことを抱えて、全てを知るという『賢者』を求める。
識るための旅が始まる。
長きにわたる間話でしたが、これにて終了です。
書き溜めましたので、明日から大放出していくぞい。
明日は三話更新です。
加速せよ。加速せよ。加速せよ。