アウグリア砂丘にはすでに本隊が出発している。
黒竜に乗れば後から余裕で追いつけるため、ケイたちは後発組だ。
エルザとメィリィの姉妹とゴドフリー。そこにヴィルヘルムも同道する。
エルザと剣鬼。魔獣使いと魔獣狂い。この二人はよくセットで行動していたため仲が良くなっている。
エミリア陣営からは、エミリア。スバル。ベアトリス。レム。ラム。
アナスタシア陣営からは、エキドナ(アナスタシア)。ユリウス。
そこに後からクルシュとフェリス。ケイも合流して砂漠の攻略にはケイとフェリスも参加する予定だ。
クルシュは近くの村で青蓮獅子団とギャレクと待機である。この配置を彼女は文句も言わずに了承した。
いよいよ準備を完了させ、明日出立となったカルステン家。
多くの人員が出払っていても人は多いが、首脳陣がこの三人だけ残ることは珍しい。
「そういえば、珍しいかもですネ。ヴィル爺もいないって落ち着かにゃいな〜」
「そうですね。二人だけなら、あまり肩肘張らずに済みます。ここのところ忙しかったですから」
水門都市の事件が終わってからの1ヶ月以上はあまりにも多忙を極めていた。
黒竜をいかに国に認めさせるか。カペラを追い詰めるために本の大量印刷と流通にも踏み切りもした。
大罪司教の護送とそれ用の監獄の整備なども、国の甘いやり方にケイは大いに修正をしていたものだ。
ここにいる三者はそれぞれにやることが多く、個別の行動も増えていたためカルステン領で集まってゆっくりと過ごすのは時間以上に久々と感じるのも仕方ない。
アウグリア砂丘の準備も行い、ようやく落ち着いたのはこの数日である。
「ケイきゅんも先に出てれば完璧だったのに。な〜んでギリギリまで仕事してるワケ?」
「実験の計画もしなきゃいけないだろ。これは一年以上サボってたお前のせいだぞ」
フェリスは自身で墓穴を掘ったことに気づいて、舌をベーっと出してクルシュの影に隠れる。
クルシュは笑いつつ、ケイを見て話しかける。そこに以前のような躊躇いや気恥ずかしさはない。
「でも終わったのでしょう?今日はケイもお酒を飲めるのではないですか」
そこに思い至ると、ケイのまとう風が少し変わった。少し浮ついたような風を無表情で吹かせる彼を見て可愛らしさを感じてしまう。
それを言うと、機嫌が悪くなることを知っているから当然言うことはないが。
「ええ、まぁ。そうですね。酒を飲めるくらいには片付けましたし、いいんじゃないでしょうか」
「ふむ。ケイはやはり、敬語をやめるつもりはないのですね?少し会っていなかったから楽しみにしていたのですが」
「それは…いや、…そちらもそうでしょう。口調を変えるのは違和感があるのでこのままで」
クルシュは気づいた。今、クルシュと呼び捨てに挑戦しようとしてそちらに逃げた瞬間に気づいた。
「では、今日の晩餐には誰が参加するのか。報告してください」
にっこりと笑って彼を捕まえた。
「ええ、別にいいですけどね。僕と、フェリスと、クルシュ。以上の三人です。これでいいですか?」
大変よろしいと満足顔で頷くと、当然ながら異議が入る。
「良いわけないでしょ!?クルシュ様を呼び捨てなんて不敬、このフェリちゃんの目の黒いうちは絶対に許さないんだから!死んで詫びて?」
フェリスの目は透き通るような茶色である。黒くない。そして死ねないから詫びれない。
「じゃあ、フェリスの意思を尊重して呼び捨てはやめましょう」
「クルシュ様の言いつけを守らないとか死にたいの?そんな不敬したら絶対殺すから」
そんな変わらぬやり取りも、フェリスの姿はこれまでと異なる。女装を辞めた姿にクルシュは最初驚いたものの。彼の心境を汲み取って、その上で変わらず接すると決めた。
狂人の妄言には付き合いきれないとケイはそこを離脱する。
しかし、その足は食事のために向かっておりクルシュは嬉しくなった。彼は忙しいと食事をとることも削りはじめるから心配だった。身体的には問題ないのも、それはそれで問題である。
三人が雑談をしながら席につく。酒が注がれて、料理が並べられる。
カルステン家の料理人の腕は良い。そして肉質に差はあれど現代日本と最も差異が少ない料理が肉料理だ。
金色に焼き上げられた猪の丸焼きが中央に鎮座している。この猪は、香草とスパイスでじっくりとマリネされ、皮はパリッと焼き上げられ、中の肉は柔らかくジューシーに仕上げられている。その周りには、果実が添えられ、豊かな味わいを引き立てている。
また、ローストした鳥も豪華な一品だ。白鳥の羽毛は慎重に取り除かれ、皮が黄金色に焼き上げられている。その中には、レーズンやナッツのような何か、香ばしいスパイスで満たされた詰め物が施され、肉の甘みと香ばしさがこれまた良い。
いよいよ食べるぞと、そう意気込んで乾杯した時にそれは起きた。
「ケイ殿!緊急です!報告します!!」
ご機嫌から一点。表情を凍らせて即座に応対する。そこにはショックも動揺も感じさせない。
けれど、その酒盃を置く動作はいつもよりだいぶ乱暴だった。
「二人は食べながら聞いてください。僕が聞きます。報告を」
フェリスとクルシュは急いで食べ物を口に運びはじめる。ここから夜を徹しての行軍もありうる。食べられる時に食べなくては。
食事マナーを平時の貴族から陣中の戦士ものに切り替えてかきこんでいく。
「南部貴族連盟の魔獣討伐隊、これの接近に際して配置したものたちから速報が入りました。進路が計画よりもこちらに少し逸れており、さらに討伐隊の数も事前報告より多いようです」
それだけか?と普通ならそう聞き返したくなるだろうが、彼はケイが訓練をした風魔の精鋭だ。報告連絡の方法についても徹底しておりそこは信用している。
口を挟まずに聞き続ける。
「そして増えた討伐隊の中心に、おそらくですが巨人族が確認されました。3m〜5mほどの体躯は隠せるものではありません。もっと小さな者もいる可能性があります。異常事態と隊長が判断しそのため急ぎ報告に走った次第です」
それは…おかしい。確かに異常だ。
「フェリス。巨人族はほとんど絶滅していると記憶しているが間違っていないか?」
「え、うん。確か亜人戦争の頃に確認されたのが最後のはず。それも混血が進んで3mなんていなかったって記録を見たことあるもん。5mなんてあり得にゃい。一体どこに?」
疑問の言葉は正しい。しかし意図は間違っている。
「ああ、問題は『一体どこに向かっているのか』だ。出自や真贋はこの際どうでも良い」
クルシュは即座に準備を整えて、出発前の家族団欒を楽しんでいるはずのギャレクの元に向かう。
彼には申し訳ないが、クルシュが先行して準備をさせなければいけない。
天翼で降り立ったのはカルステン領でも少し外れに位置する場所に用意したトンプソン一家の住処である。
今まさに、彼らは焚き火を囲んで語り合っているところだった。気まずい。これで大事でなければさらに罪悪感を感じてしまうだろう。
以前の私であったなら。今なら最善を尽くすということの重要性を知っている。
「緊急事態です。すぐに出発を。旅に出るのは遅れることになるかもしれません」
凛とした声が響けば、彼らにも異常が伝わったのだろう。リアラとギャレクの反応は素早いものだった。
肯定を示す左の瞬きを以て、ギャレクは動ける状態になる。けれど、その体には娘と息子が乗っている。
彼らには、この事態がまだ飲み込めていないようだった。母が引き離そうとするが泣き出してしまった。
ゴルルと低く恐ろしい音がする。それはギャレクの唸り声だった。
それは父の叱責と分かっていても、人間である体は硬直してしまう。大人であっても失禁するほどの恐怖だ。
抵抗する気を失った子供達は母によって抱えられ、適切な距離に離れた。
「ごめんなさい。でも、あなたの力が必要です」
黒竜は呼応するように翼を広げて空に飛び立った。クルシュも飛び立ち、空中でその背に乗り込む。
「まずは当家で装備を、ケイとフェリスともう一人を運んでもらいますよ」
その後、カルステン邸の離れにて装備を整えて黒竜は再び空を飛んだ。
4名の装備を着込んだ大人が乗っていてもその重量を感じさせない力強い羽ばたきが風を掴む。
「加速しますよ!」
クルシュの風魔法によって加速していく。夜の闇に紛れるうちに移動して、できれば巨人たちを確認もしておきたい。
フェリスは多少夜目が利くし、猫人族の風魔隊員とギャレクは全く問題ない。風を見ることで情報を拾うクルシュも偵察能力は実は高いのだ。
数時間の飛行で目的地へ到達すると、敵の陣容が見えたようだった。
ケイにはいくつかの焚き火しか見えないが、息を呑むフェリスとクルシュには違うものが見えるのだろう。
「報告より、さらに増えているようです。これは、異常ですよ」
報告のためにここを出立したのは数日前だ。そこから変化はあると思ったが想像以上の討伐隊の様相は、もはや行軍と言って差し支えないようだった。
その異様に膨らんだ軍が、不気味に佇んでいる。そして報告にあった巨人族の巨躯はどこにも確認できないのだった。
朝日が昇る頃、森林にギャレクを隠して風魔と合流する。
この地域のカルステン領騎士も帯同しており行動を共にしているようだった。
「まずは状況の確認と、これ以上カルステン領に侵入するなら妨害をする必要がありますね」
把握できるだけの全部を知ったケイは決断した。
指示を受けて、クルシュたちは一度帰還することとなる。
その後も各所へと忙しい移動をし続ける指示を受けている。
「あなたは、何をするのですか?」
そこには、なんともないように自傷して血を流すケイがいる。その身に血が纏わりついていく。
「時間稼ぎのための、嫌がらせですかね。正面での戦闘でなければ得意なのでそちらは仕事をしてください」
クルシュが戻り次第、領内の有力者を即座に各地へ集めた。全員を公爵邸に呼び寄せるよりもある程度集まったところにクルシュが向かう方が早いからこのように通達している。
貴族たちの反応は劇的だった。
ルグニカ王国において内戦が発生したのは亜人戦争のみ。
貴族同士の小競り合いはあれど、戦争状態になったことは一度としてない。
家臣たちは当然の如く大いに動揺した。王家が断絶した時と同じかそれ以上の困惑だ。
誰もがその危険性を頭でわかっていても、体が理解に追いつかない。
何かの間違いでは?手違いでは?そんな甘い願望を口にするものもいた。
この国に生まれて常識を少しでも持っているなら当たり前だ。貴族でなくてもそうだろう。
こんなことはあり得ない。あるはずがないのだ。
けれど、カルステン家の現当主と参謀はその積み重ねが一切ない。
予想外ではある。何かがおかしいという確信も、それについての恐ろしい予想もできる。
けれど、揺らがない。
クルシュ・カルステンはもはや想像を恐れない。
永井圭は現実をただ直視するだけだ。
クルシュは剣を抜いて風を起こし、全ての後ろ向きな風を断ち切った。
「アウグリア砂丘に行くのは中止、状況を把握して対処する。剣を捧げた者たちよ。今こそ忠誠を果たせ!」
公爵の一喝で甘えが吹き飛ぶ。その勢いのまま領軍と青蓮獅子団が出撃する。
誰もが感じる戦いの予感。それはいつだって唐突なのだった。