ムダに生きるか 何かのために死ぬか
お前が決めろ
クルシュに託した仕事には最短でも数週間がかかる。
最低限1ヶ月ほど時間を確保できればある程度の勝算が見込めるだろうか。
彼らの進軍速度を考えれば、2週間ほどでカルステン領の中心部へ侵攻するだろう。
色欲がいるなら、もっと短くなるかもしれない。それを数倍に伸ばす必要がある。
ここからケイがすることは、端的に言えば『いやがらせ』である。
いざとなれば兵士の命を奪うことに躊躇いなどないが、それは現状では悪手であるからやらない。
観察していればわかる。彼らは非常に困惑している。
これまでのカルステン公爵の評判や噂、中にはその姿を見たものもいるだろう。
彼女の姿を一度でも見ているものはこの侵攻に正義があるのか、ルグニカ王国民同士で戦いをするというありえない事態に本能的な忌避感が働いている。
そもそも彼らに戦争の経験はない。一部の老兵となった指揮官にはいるかもしれないが現役世代ではありえない。
今彼らの覚悟を決めさせてしまうような攻撃をするべきではない。
つまりやるべきは嫌がらせ、遅滞戦術のゲリラ戦ということになる。
僕の能力は正面戦闘で相手を容易に打倒できるようなスペックではない。
公爵家クラスであれば、きっとエルザやロブル程度の強者は一人か二人用意しているだろう。彼らと決闘でもすれば殺され続けることになる。あまり負ける気はしないが、軍全体を止めることはできない。
非常に不本意ではある。しかし不意打ちや妨害、破壊工作にかけては恐らくこの世界でも上位の力を持っていると自己分析している。
現在手元に用意した手駒は5人だけ。彼らと自分自身を運用して目的を達成する。
永井圭は、自らの血で作った特殊部隊の装備を纏い、森に潜んで仕掛けを作っていく。
『さぁ。永井君。私たちならできるよ』
脳内の声を抑えつけずに活性化。佐藤の思考と、自分の思考を議論させる。
二人の声が重なる。
『「ゲームスタートだ」』
最悪の創造性が何も知らない人々に牙を剥く。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カスター家の重臣であり、現在は将としても任につくジョンはすでに発狂しかけていた。
領地に入ってからわずか1日でその異変は起きた。それは宣戦布告が届く前の時点のはずだった。
一週間以上は、のらりくらりと言い訳を並べて軍を進めて、向こうが迎撃を考える頃には重要拠点まで抑える速攻。そんな計画は初日で躓いた。
攻撃は静かな夜に始まった。
公爵が乗っている竜車への襲撃が突如起きたのだ。
広い警戒網を嘲笑うかのようなその襲撃は異常の一言に尽きる。
投石だ。
それも極小の石が同時に広く投げられる。その威力は高く軽装の歩兵たちは負傷を負った。
2~5cmほどの小石。そう思ったが、それは氷の粒だった。六つの頂点がどこでも刺さるようになっており悪質な形状だった。それは甲冑を貫くほどの威力はない。
全身甲冑を着込んだ騎士たちが盾を構えて、竜車の防衛にあたる。
全軍が公爵を守るために壁になり、敵を囲むように動いていく。
恐慌が一部では起きていたが、概ね訓練通りに動けているのはやはり騎士団だ。
それが、囮とも知らずに動いてしまった。
氷礫の投射は、地竜を執拗に狙っていたのだ。
地竜にもある程度の矢避けの防備はしていたが、全面的に投げられる小さな礫を防ぎ切ることはできなかった。
10分にも及ぶ雨のような投射は、一向に敵を捕捉できず接近したものたちは空振り続ける。
達人と精鋭によって捜索するも気配が飛び飛びに動くのだ。
完全に軍によって包囲したころ、ようやくその攻勢が終わった。
「ジョン!大丈夫か?みなの被害はどれほどだ?」
大きな声で公爵が周囲に健在を叫ぶ。
「若様…いえ、失礼しました閣下!まだ安全は確保できておりませぬ。どうか竜車にお隠れください。」
「いや、あの膂力を持ってすればさらに大きな岩も投げられよう。身軽に動けるようにした方が良いと思い途中から抜け出ていた。むしろ安全であったよ」
初陣とは思えないその貫禄にジョンは心震わせた。まさに今、敵意が自身に向けられたというのに我が主は強くそこに在る。
その姿は、負傷したものたちに希望を伝播させていく。
「損害は軽微です。死者はおりません。負傷者は多いですが治療可能でしょう。ただ、地竜たちを狙った攻撃だったようです。彼らも生きておりますが、治療には少し時間がかかるやもしれません」
「動物を狙うとは、やはりその精神は戦士でも騎士でもない。魔女教のやり口であろうな」
そう言って、周囲を見渡し求められた言葉を投げかけてやる。
「このような卑劣な手には決して屈してはならん!皆のもの!聞いてくれ!我らは今の襲撃を死者なく防ぎ切ったぞ!勝鬨を上げろ!」
おおおおーーーー!!!!
その咆哮は戦場の興奮が増幅させて森に響き渡る。
士気の維持こそ最重要なのだ。
若きカスター公爵はその点を直感で理解していた。彼にはその才能があったのだ。
しかしその興奮は、重臣たちの発奮だけは長く続くことはなかった。
もたらされた報告が、最悪のものだったから。
「輜重部隊の竜車と地竜が、壊滅だと?」
公爵を囮に、地竜を狙ったという読み自体はあっていた。
しかしそれは、はるか後方。公爵を守るために前に詰めた時に置き去りにされる補給部隊の足であった。
戦争の初手で足を失うような大失態。その報告に歯噛みする。
「どこまで、人を陥れる術に長けているのだ!あの『傲慢』は!」
その失態も当然小声で報告する。
「想定が甘かった。ヴォラキア皇族の大罪司教と事を構えているのだ。これくらいの手は当然予想しているべきであった」
しかし。と考え込む公爵の横顔には憂いの色は見えない。
「そちらが本命であったか。しかし、そちらも死んだのは地竜のみで死者はいないのだな?」
「はい。大変申し訳ございません。手練を一人後方からも動かした私の失態です。罰は何なりと」
「良い。それに普通ならばこれで動けなくもなろうが、こちらも大罪司教を想定しているのだ。まだ問題はない。それよりこのことを全軍に布告し健在を示す演説を行う。昼飯はあえて豪華にしておけ。ジョン」
肩を叩いて度量を示す。それに感涙しつつ、彼も被害の処理に奔走していく。
進行はこれで遅れることになる。しかし、問題ない。本当に問題はないのだ。傷は癒せる。食料は調達できる。
向こうが反則じみた権能を使ってこようが、一丸となって竜の恩寵を活用すればきっと道は開ける。
そう演説で語り、実際にそうなった。通常の軍であれば撤退するしかないほどの痛打を被っても進み続ける。
兵たちの足取りは以前よりも軽く、力強くさえなっていた。
若き公爵は、紛れもなく将の器であった。
彼のために人は死ぬことができる。人を死に駆り立てることすら可能な狂奔の才能すら片鱗が出ている。
平和なルグニカにおいて不要であった戦の才能を開花させ若武者は進む。
その勇壮な足を泥濘から引っ張るのは、異世界からの魔手だった。
笑顔を絶やさず、人好きをしそうな愛想の良い微笑が張り付いたこの才能だ。
毒華のような才能が、悪意の花が咲き誇る。
「ほ、報告いたします。地竜たちが謎の病に倒れており進軍が困難になっております。一度態勢を立て直すべきかと。一部の兵にも兆候はありましたが、そちらは治療が問題なく進んでおりますが」
「もしや、呪いの類か?」
「その可能性も、ございます。いえ、むしろそちらでしょう。既存の治癒魔法では効き目が薄い。悪意の塊のような病です。かの先代『傲慢』ストライド・ヴォラキアも呪いを扱ったと聞きます」
そこで、ハッとジョンが気づく。
「もしや、先日の襲撃の際に投げられていた。謎の魔石かもしれません。そちらの解析にも手を回します」
「何、そんなものがあったのか。なぜ報告をしていない?」
「起爆しなかった魔石だと判断され、触らぬようにと通過したのです。指揮の判断を私も追認しました。申し訳ありません」
「良い。しかし今後は些細なことでも報告するのだ。我々だけならまだしも、あの御方に何かあれば取り返しがつかない」
「はっ!委細承知いたしました」
そうしてジョンは主に報告すべき事柄があることに気づいた。
「であれば、一つ気になることがございました。川のことなのですが…」
「川が、どうかしたか?」
「何やら水量が減っているようです。今朝の報告の際にそのような話がありました。」
「水はどうにもならないぞ。すぐに確認させろ!」
斥候が調査に走り、そして戻ってきて報告するまでに6時間ほどがかかった。これでも早い方である。
「じょ、上流に、氷で作られた堰のようなものが、それが水の流れを留めております。あんなもの、見たこともない…」
「閣下!皆が腹痛を訴えております。どうやら水に何かが入っていたのでは?」
「いや、呪いなのかもしれん」
「『青』は病を操ることもできると聞くぞ。それなのでは?」
憶測が不安を呼び、さらに疑心を加速させる。
水とはまさに生命線だ。それを失えば300名を超えて増え続けるこの集団は一瞬で瓦解する。
「まずは、その堰、氷の壁を壊しに行こう。さらに上流なら飲み水も確保できるだろう」
ここから彼らは、特級の危険生物である『混成獣』プラタとの削り合いを行うことになる。
魔獣は本来、人を見れば遮二無二襲いかかってくるはずなのに、それは水中から一向に出てこない。
しかも、魔法を使って遠距離で攻撃をしてくるのだ。
陸上であれば倒せるだろうという達人も、水中では無理とのこと。
その熾烈な妨害を掻い潜って、上流に回り込んだ彼らは絶望の光景を目にすることになった。
そこにもまた、堤防のように作られた氷の壁が水を止めている。そして下流にいたはずの魔獣がこちらに遡上してきているではないか。
「っ!この川からは一度離れる!迂回になるが、小川があったはずだな。そちらにまず陣を移すぞ!」
決してあきらめはしない。士気は保っている。
けれども、決して。何一つ順調にはいかないのだった。
汚泥の中を進むかのような息苦しさを感じている。得体の知れない黒い手が、底なしの沼に引きこもうとしているような恐怖だ。
妨害の天才の手札はまだまだある。発想は止まらない。
陥れている側であるはずの風魔の隊員は、もはや同情すらしていた。
この最悪の天才から、森の中で矛先を向けられ続けるのは嫌すぎる。
味方でよかった。
心の底から、そう思うのだった。
ルグニカ王国内乱編 スタートです。