遅々として進まぬ行軍。
しかしそれでも、南方からの増援は到着し続ける。膨れ上がる軍勢は一歩ずつではあるが、カルステン領の深部へと近づいきていた。
そして彼らから正式な文書がカルステン公爵への正式な文書が届けられたのは、侵攻をケイが確認してから一週間が経った頃であった。
それはカルステン領における初めての大きな街を前に布陣した彼らからの布告である。
一週間で防護を固めて要塞と化した街。領軍の騎士へと渡され、それがケイに届いたのだった。
「昨日の夕方に使者がこちらを渡してきました。クルシュ様に届けるようにと言うだけ言って街の周囲に野営を始めています。さらにまだ移動する様子も見せているとか。この侵犯は歴史上類を見ない愚行ですぞ」
憤慨する騎士の意見は正しい。そしてもはやこれは戦争行為で間違いないがまずはこの手紙を確かめよう。どんな言い訳が書かれているのだろうか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
我が名はアレクシス・カスター公爵。
今は亡き父に代わり、正義のために行動をするものである。
これを以って、正式に貴君、クルシュ・カルステン公爵を名乗る者に対し宣戦を布告するものである。
まず、我が決断の背景を貴殿に説明する義務があると考える。近年、貴領及び陣営が出自不明の参謀により実質的に掌握され、数々の不正と暴力行為が行われていることは、もはや明白な事実である。彼の奸計によって操られた貴殿の圧政は、領民に苦しみと悲劇をもたらし、無辜の者たちがその犠牲となっている。特に目立たぬ辺境の村々においてもその影響が及び、多くの尊い命が失われた。
先の惨劇、すなわちコガラ村の虐殺は、その不正義の象徴である。他領民であっても同じ王国民である同胞としてその危険から守られるべきだ。貴君の参謀による策謀と、無辜の者たちに対する暴虐は、もはや看過することができない。これ以上の悲劇を防ぐため、我々は立ち上がり、正義をもってこの脅威を排除し、王国の安全を確保せねばならぬ。
ケイを名乗る参謀についての出自は調べがついている。黒髪黒目で奸計を弄する傲岸不遜なその姿はかねてよりヴォラキアの間者を疑われており、その一点においてもこの介入には正当性を持たせることができる。我らが南方領は常にヴォラキアの脅威に晒されており、内憂を抱えることは看過できない。
しかし、それだけであれば賢人会に掛け合う手順を踏むべきと考える。それよりも重篤な秘密が明らかになったための行動である。
『人狼は月に潜る』とはよく言ったものだ。奴は『傲慢』の大罪司教である可能性が高い。
かつてルグニカにおいて暴虐の限りを尽くしたストライド・ヴォラキアも『傲慢』であった。今思えば、『怠惰』討伐を犠牲なしで成し遂げたという不可解な実績。そのほか王都での謎の脅迫者や情報網など、その行動と結果はヴォラキア皇族などでは理屈に合わない。しかし、大罪司教であるならば説明がつく。
もしまだ貴君が無事ならば即座に安全を確保されることを薦める。かの『傲慢』には他者を縛る権能があったと聞く。貴君も縛られている可能性を念頭に我々は行動をし続ける。
さらに最悪の想定としては、貴君がすでに『色欲』に倒されその姿を奪われている可能性である。我々にはその可能性を示唆する証拠を手に入れた。
従って、我が軍は貴殿の支配を解き、貴領の人民を悪しき参謀の影響から解放するために行動を起こすことを宣言する。この行動は、我らが王国民の保護と貴君の正義の回復を目的とするものである。
我が希望するところは、貴君がこの状況を正しく理解し、自らの意思で不義を排除し、和平をもたらすことである。しかしながら、これに応じぬ場合、我々はやむを得ず武力によって正義を貫く。
我が父の仇として大罪司教の暴虐は決して許すことはできない。黒幕は必ず私の剣にて首を刎ねると約束しよう。
もし我々が大罪によって蹂躙されることがあれば、その時こそ王国の剣によってその罪は討ち払われるであろう。
アレクシス・カスター公爵
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最寄りの街でそれを読み、カルステン邸まで即座に戻る。
文章は伝令に持たせて運ばせるが、どれだけ急いでも1日はかかるだろう。ケイはそれより早く転送で屋敷に戻っていた。
これくらいの文章を暗記するくらい訳はない。
この宣戦布告文を読み上げた時の反応は、それぞれ若干に異なっていた。
クルシュは怒りで髪を逆立たせ、フェリスは思案顔。
「カスター家のご当主様は元気だったはずだけどネ。何があったのやら」
風魔の隊員と隊長は、一度納得しかけてその考えを打ち消したようで首を小さく振っていた。
領軍の騎士は露骨にケイを警戒し始めた。
かつて『傲慢』を名乗ったこともある『奸雄』永井圭はどうか。
これは…
よくできているな。
正直言って感心してしまった。これは結構信じる奴が出るのではないだろうか。
現に騎士はこちらを疑い始めている。
「どうやら不穏な風が味方から吹いているようですね?」
怒り心頭のクルシュから質問が飛ぶ、騎士は冷や汗を垂らしながら言い訳し、風魔のものたちも佇まいを正した。
「クルシュ。それは、やめてください。威圧はやめましょう。疑念を膨らますだけですよ」
呼び捨ても大概ではあるが、今は彼女の機嫌を優先しておこう。そして正直な感想を聞く必要がある。
「で、どう思いましたみなさんは。どんな回答でも罰しはしません。嘘はバレますけどね」
騎士は慌てつつも、クルシュの加護を思い出しそれを持って恥入ったように小声で返答する。
「いえ、申し訳ありません。クルシュ様のお力を失念しておりました。ただ、一瞬そんなこともありうるのかもしれないと、ケイ様のあまりの偉業にはかねてよりどうしてそんなことができるのかと理解を超えておりまして」
ケイは笑った。
「いや、これで疑いは晴れないでしょう。過去の『傲慢』は人を操る権能があったようですから。クルシュを言いなりにしているのかもしれない。その場合、『風見の加護』は当てにならない」
「ケイ!あまり変なことを言って自分を追い込まないください。何を笑っているんですか!」
「いや、これは結構見事ですよ。そちらはどうです?」
話を振られた風魔は、真っ直ぐな目でしっかりと答えた。
「いえ、その…正義に目覚めた大罪司教とかもいるのかなって。そんなことを一瞬考えてしまいました。いや、でも忠誠は一度も揺らいでませんよ!あなたが大罪司教でも構わないというか、その方がちょっと納得できるってだけで…」
絶句するクルシュは、その認識が追いついていなかった。
「これが周囲からの認識でしょう。そして、黒幕もはっきりしている。ちょっと驚きですが」
彼には一体何が見えているのか。その回答を一同が固唾を飲んで見守る。
「これは、『色欲』からの攻撃です。あれは全然諦めていないみたいですね」
その一言で、クルシュの雰囲気が変わる。
これまでは轟々と怒りの赫炎を上げていたが、その炎は静かな蒼炎へと変わったようだった。
視認が難しいが、より冷静で温度の上がった眼差しが怒りに燃える。
矛盾した熱を抱えてクルシュは待ち侘びた仇敵へと意識を切り替えた。
「こんなことはできないと思ってました。あれは長く人を騙すことができない精神状態を持っている。しかもこの前悪化させた。だから長期にわたってどこかを支配し続けるなんてできないと思っていたのですが、何かしら変化があったようですね。あと、これは別の助言者もいるんでしょう。明らかにあれにはできない芸当ですよ」
論理的には否定できないこの文章は、実際かなり厄介である。
カスター公爵は色欲の用意した何かしらの証拠を掴んで、本気で国のためを思って兵を挙げたのだろう。それはこの国の貴族の中では相当に立派な部類だ。何せ自分たちが殺されても良いという覚悟の決まり方である。素晴らしい精神性だ。
『亜人でもないのに、現実でローラー作戦できるなんて。すごい権力者だねぇ。もしかして、良い人?』
その通り。彼は自身を犠牲にしてでも大罪司教を討ち取ろうとしている。今時珍しい正義の貴族と言える。
当然他の公爵家や有力貴族はチェックしていたが、理知的で愛国心にあふれたカスター家の警戒などほとんどしていなかった。見事に盲点を突かれた結果だ。
そもそも南方領主たちからヴォラキア関連ではないかと疑われているのは知っていたが、行動を起こすほどではありえなかった。
起爆させたきっかけらしい村についても調べるべきだろうが、解決のための手配が間に合うかどうか。
まぁ、運に任せたりしない。間に合わせれば良いのだ。
すでに進めている作戦を追加した情報を加味して修正する。それを伝えると、一同からは本気か?という目で見られている。
自分が本気で無かったことなどあるものか。クルシュはそれがわかっているらしい。彼女に疑念はなさそうだった。
「基本方針は先の通りに、僕がさらに時間を稼ぎます。相手もそろそろ変わったことを仕掛けてくる頃合いでしょう」
ケイは再び前線となった簡易要塞へと戻る。わずか一時間での帰還はまさに反則的な効率だった。
そこから数日にわたって妨害を繰り返し、相手の補給を潰し続ける。
それでも様々なルートから彼らは増援を受け入れ続け、最終的には400名近い規模の軍となった。
当然400名全てが戦闘員ではないが、通常の軍では機能不全をきたすであろう程には戦士の割合が多い。
南方貴族の盟主という肩書きはしっかり機能しているらしく、各地から戦力を足しているようだった。
これは通常の弱兵が400名とは異なる。それぞれの領地の選りすぐりを連れてきての400名だ。決して油断できるものではない。
IBMの接近を肌で鼻で、耳で感じることのできるような強者が、ざっと4人ほどはいるようだった。
そしてその一人が、公爵その人である。
武闘派公爵とはどこかで聞いた覚えがあると、フェリスに確認する。
「クルシュ様とは昔から縁談が上がるお方だったネ。カスター家のお坊ちゃまは。実際いい人だし、有能だし強かったし…まぁご縁はなかったけど…」
広く知られている人物だったようだ。
全部の貴族が従うことはあり得ないが、南部の猛者が集結していると思っていいだろう。
ちなみに、王国南部にもう一ついる公爵家は参戦していないようだった。補給の食糧はどれもグリーフィル家の家紋はついておらず彼らが敵に回った様子はない。
先の王都でクルシュが負かした相手でもあったため心配していたが、どうやら好転したらしい。これが終わったら『豊穣』の歌を流行らせるように吟遊詩人たちに言っておこう。
ケイによる遅滞戦術は効果を上げ続ける。
しかし、どこからか生み出される謎の食糧と、この世界の常軌を逸した身体能力を持つものたちの行軍を止め切ることはできない。
徐々に奥地へと踏み込まれていく。
削られながらも、脱落者を出しながらも彼らは止まらない。
そうして中規模の集落まで到達し、その陣容を見て硬直した。
5重に引かれた塹壕線は、何も知らぬ彼らにも未知の威圧感を与えている。
『塹壕』とは人間が地上に作り出せる地獄の一つだ。
まだ知らぬものも肌で感じる。そして知恵が回るものは意図を理解して血の気が引く。
それでも彼らは止まらない。止まれない。
そして遅々として進む彼らの目前に魔法の雨が降り出した。
白鯨にすら有効打を叩き出した魔法隊の斉射である。その威力を前に、誰もが足を止めざるを得ない。
遅れて、戦士たちによる投石もかなりの数が飛んでいく。
これに当たって死ぬのは弱兵に限るが、達人であっても怪我くらいはする。
さらに遅れて一筋の氷魔法が飛んでいく。他のどれよりも遠く、奥深く、そして速く到達した青の一閃。
その軌跡は、着弾地点で爆発を巻き起こした。
その爆破は熱が少なく、その代わりに砕けた氷が周囲に細かく突き刺さる。
かつて戦場でも猛威を振るった二属性の爆撃。
戦場における『氷炎華』が咲き誇る。
それは中心に氷の青が咲き、周囲には敵の血が赤で彩る。氷の内に炎を閉ざす装飾の『氷炎華』とは逆の光景である。
青蓮獅子団魔砲兵隊 隊長ローズ・フローラインが参戦したことを知らせる『
あまりにも派手なそれは、味方に熱狂を。敵に恐怖を植え付けた。
さらに第二射。『氷炎華』が打ち込まれると、敵は盾を構えて身を固くする。
着弾地点を予測し、そちらに土魔法の防壁を立てるものもいる。
だが、無駄だ。彼女もまたケイによって魔改造されていた。
正確な着弾予測ができるのはすごいが、その軌跡は最後まで到達せずに空中で解き放たれた。
最も効果のある空中炸裂の氷榴弾が、再び戦場に華を咲かせた。
たまらず一度撤退するようで、今日の戦闘もこれまでとなる。
射弾観測をしていたIBMを通して、各部隊追加で2,3発撃ち込み。ダメ押しとする。
彼女にはこの一年間。とにかく射程を伸ばしての観測射撃を訓練してもらっていた。
中々に戦力としては仕上がった方だろう。これはこの世界で最長の射程を持つ戦闘部隊だ。
「なんか、罪悪感がすごいですわね。これ。手応えがないというのが心にくるとは、知りませんでしたわ」
新人たちのケアをせねばと、隊長も仕事をしている。
現代戦の悩みにすら到達したのが、手塩にかけたこの部隊である。
そこからは二進一退の侵攻を受け続ける。
これでも下がらない。士気が折れない。負傷者が目立たない。
相手もまた、異常。
尋常ではない戦いが始まっていた。
【ローラー作戦について】
狙いを定めない総当たり的な調査方法。人狼ゲームにおいては疑わしい容疑者を全員処刑する作戦。おおむね役職者が対象となる。
占い師と占い師を騙る人狼の両方を殺せば安全が確保されるという方法である。
厳密にポイント制を意識すれば取りづらい戦法だが、一般に行われる人狼ゲームでポイントを考慮されることは少なく、有効であることが多い。