部屋の空気が明確に変わる。
この場にいるスバルを除く6名—— 屋敷の主人であるクルシュ。その従者のフェリスとヴィルヘルムの後ろには書記が控える。スバル側のアドバイザーとして王都でも有数の実業家であるラッセル・フェロー。そして勇気を与えてくれるレムだけだ。
それぞれが反応するが、中でもヴィルヘルムの反応は劇的だった。スバルは一瞬感じた違和感もすぐに吹き飛ぶような圧に襲われる。
内臓を剣先で掻き回されるような違和感に思わずヴィルヘルムを見る。
「大変、失礼いたしました。私もまだまだ未熟ですな」
中座を提案したヴィルヘルムをクルシュが留めて会話が進んでいく。
「どんな議論をするにしてもその前に聞かせてもらいたい。その情報の根拠とは何だろうか。それを示してもらえねば全ては空論となろう。今日までの卿の姿を見ても相当に急な話でもある」
正面から疑いを隠さずにぶつけてくる。
魔獣の脅威度も、スバルがなぜそこに思い至ったのかも今はどうでも良い。重要なのはまず、その情報が本当かどうか。その一点を最短で的確についてくる姿勢に冷や汗が噴き出る。だが、表情には出さない。もう少し時間はかかると思ったが、どうせ聞かれると確信していた問いだった。
準備の通りにキーとなる物を取り出して説明を始める。
「俺が白鯨の出現を事前に知ることができたのは、こいつが理由だ!」
思い切って差し出したのは、メタリックボディが光るこの世界におけるオーバーテクノロジー。
それを見つめるクルシュの目には疑問しかない。
「これは一体、なんだ?」
「正式な名前は俺も知らねぇ。目利きにすげえミーティアだって太鼓判押された道具でな。この世界で唯一無二の一品だ。全部を使いこなせるってわけじゃないが、今回使う機能に関しては問題ねぇ。これが、魔獣が来る正確な時間を教えてくれる。」
自身の眼力に絶対の自信を持つクルシュに嘘を言わないよう細心の注意を払った言葉だった。
機能に疑問を投げかけるクルシュ。それに答えるスバルにレムが自然とアシストをする。これまでの魔獣へのスバルの対応はこのミーティアがあれば説明できるという彼女の言葉にもクルシュは納得したようだった。
「嘘は、言っていないな。ふむ。やはり、魔獣関連であったか」
彼女の方にも何かしら納得する要素があったらしい。運も味方についているようだ。
「それにしても、まるで嘘が本当にわかるみたいに言うんだな」
肩から力を少し抜いて軽口を叩く。
「それは知らなかったのか。自慢になるがその通りだ。観察眼というよりは我が身に与えられた『風見の加護』の恩恵だな」
「え?…なんて?」
その事実に体が凍る。そこまで厳密にわかるなんて聞いてない。一応ミーティアであると宣言せずに誤魔化しておいて助かったようだ。
嘘をつくものには特有の風が吹く。その風を見ることができるのだという。反則ではないか。とはいえこの場においては説得力を持たせる方向に転がってくれたようだと内心安堵する。
しかしようやくスタート地点につけたという程度だ。ここからが本番である。
気合いを入れ直していると、別の人物の声が響く。
「その『ミーティア』のお話、ウチも混ぜてもらってええ?」
割り込んだその声に、応接間を驚きが支配した。
アナスタシア・ホーシン。スバルが手配した最後のピースが間に合ってくれた。
儲け話に飛び込んできた彼女にそれぞれが反応する。王選候補者として。王都での有力商人として。
同盟相手の候補として天秤にでもかけるつもりかと一悶着起きかけたが、すぐに勘違いは解けて話は前に進む。
「あんたが計画している白鯨討伐。俺の情報は絶対に役立つはずだ」
それぞれが沈黙し思考する時間が生まれる。
「一つ、考えを聞こう。ナツキ・スバル」
沈黙を破り最初の一言を放ったのはやはりクルシュだった。
「なぜそのように重大な情報を今になって提供しようとするのだ?」
無感情に放たれた為政者としての貫禄に気圧されつつも、レムに張り手をもらって気合いを入れ直し向き直る。
一歩前進した。
「単純に、昨日までの俺は知らなかったんだよ。白鯨が来るなんて、夢にも思ってなかった。だから、割と最短でこの話はさせてもらってる」
「そうか。当家が白鯨討伐をしようとしていることは、多くの知るところとなっている。その我々に対してギリギリまで手札を伏せていたのかと思ったのだが、やはりそうではないか」
これも乗り越えた。あと一歩!
「改めて言う。エミリアとクルシュの同盟に関してエミリア陣営が差し出せるのはエリオール大森林の魔鉱石採掘権の割譲と白鯨出現の情報。つまりは長いこと世界を脅かしてきた魔獣討伐—— その栄誉だ!」
「白鯨を、討伐しよう。 ひと狩り行こうぜ」
あの異形であり災厄。霧の魔獣の討伐をスバルはクルシュに提案する。
「一つ、問いを質そう」
これがクルシュの放つ最後のハードルであると直感する。
「卿が、白鯨の出現時間と場所を知っている、これは確実なのだな?伝聞や又聞きの類ではなく」
「—— ああ、本当だ」
スバルは答え、勝ちを確信した。
「いくらか疑問の余地はある。しかし最短での情報提供や、この場を整えた周到さも見事だ」
「それじゃ…」
「卿の心意気と、この目を信じるとしよう」
——交渉は、成立だ。
握手を交わす。
つもりが、直前に知らない声に遮られる。
「クルシュ様、恐れながら少しお待ちを」
一体誰だ、この瞬間に割り込むやつは。そう目を向ければ、発言したのは書記であった。
これまで聞いたことのないような冷たい声。訓練の時とは印象の全く異なるその様子に、自分の記憶を疑った。
最初からずっと存在感がなかった書記の介入。これまでのループでも訓練の時以外は一言も発しなかった彼が、なぜこのタイミングで?激情に駆られてティースプーンを握ってしまった時にも微動だにしていなかったやつがなんで今更…
今思い返せば、あの状況で動揺したりリアクションがないのはおかしい。一体こいつは何者だ。
悪い想像が加速する。
まさか訓練の時の、あの八つ当たりじみた打ち込みの仕返しでもされてしまうのだろうか。これまでは放っておいても失敗するから放置して、今はまとまりそうだから妨害に?
あの時の腐っていた自分の振るった剣がフラッシュバックして今のスバルを打ち据える。アナスタシアの言葉を思い出し血の気が引いていく。
過去は変えることはできない。
彼はクルシュに近づき耳打ちする。
それを聞いたクルシュは目を見開き、懐疑的な目で書記を睨む。
クルシュからも何かを返しいくつか言葉を交わしている。
緊張で吐きそうだ。でも今は待つしかない。
「あらら、決まりかと思ったんやけど、魅せてくれるわぁ。あの子はどちら様やろ」
スバルに向き直るクルシュは珍しく、少し居心地が悪そうに口を開いた。
「一つ、最後にもう一つだけ問いを許せ。ナツキ・スバル」
息ができない。どうやって息をしていたのか忘れてしまったようだ。
質問が死角からやってきた。
「『この物体が白鯨の情報をもたらすミーティアである』と言ってもらえるか?」
致命的な、問いかけが。
皆さんがどの原作を読んだことがあるのか、またはないのか知りたいと思いアンケートを作成しました。
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ハーメルンのアンケートだと複数回答できないのでgoogleフォームに頼りました。
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