大罪司教の不在を確認してから2日も経たない夜。
領都を占領したものたちに致命の一手を打ってから、ケイは最短で行動する。後回しにし続けていたことを済ませる必要がある。
それはプレアデス監視塔、その捜索隊の竜車への転移である。
すでに予定から大きく遅れてしまっており彼らが無事ならばすでに帰路についているかもしれない。
しかしどこかで停滞していたり、問題があるのならケイが行く意味はあるとクルシュも賛成した。
最悪なのは大罪司教が待ち受けている状況だが、現状その可能性は非常に低い。先の陣地に奴らはいたし、今頃は囮に誘われているはずだ。
クルシュが自ら高い木の上までケイを持ち上げ、準備は万端だ。
「行くのですね。ケイ」
わかりきった確認をそれでもする。
「ええ、きっと時間は今しかない。あっちの様子を見てきますよ。どうなっていてもすぐに戻るようにはします」
「この世界でとびきりの危険地帯、なのですよね?」
「ええ、そうだと思ってますが、厄介な奴はこっちに来てますからね。その分あっちの安全度は当初の想定より上がっているかもしれない」
魔造具を起動し、ケイの体はゆっくりと凍り始める。
クルシュは微笑み、ケイに別れの言葉を告げようとする。
本当にそれだけをしようと思ったのだが…
その横顔を見た時に、知りたかったことが知れた。今、知ってしまった。
夜の風が静かに頬を撫でる。ふわりと光沢のある緑髪がたなびいて、それを片手で抑える。
この場所に、してしまおう。
「ケイ。私はあなたのことが好きです。ずっと一緒にいて欲しい」
彼は当然、絶句する。なんて顔をしているのだろう。笑えてきてしまう。
まだ凍ってないのに、顔が固まった!
そして目を見る。その目は多くを語っていた。
でも目を見なくても、風を見なくても、彼の言いたいことくらいわかる。
「これが、本当に恋心なのか?そう疑問を浮かべているでしょう?ええ、そうですね。私にも真実はわからない。はっきり言って、確信なんてない」
それは幾度も悩み人にも相談し続けたこと。ずっと結論は出なかった。
「でも、私が決めました。そうすることにします。これが恋だと決めつけます。だから、私はあなたのことが好きなんです」
その目には迷いはなく、ただただ強い想いが込められていた。
囲い込みも、利益で釣るのも彼には必要ない。
ただ熱い想いを伝えるだけ。
これでいい。
永井圭という人間が負けるなら頭脳戦なんかじゃない。
馬鹿みたいに真っ直ぐな純粋な熱量による正面突破だろう。
いや、別に負かしたいわけではないけれど
「『いのち短し恋せよ乙女』あなたの世界の言葉でしょう?その通りだと思います。私たちは、いつ消えてもおかしくない。あなただってそう。だから、話せるうちに話しておくんです。やるべきことをやるべき、ですから」
ナツキ・スバル様に教えてもらいましたと、イタズラっぽく笑う。
「そしてあなたからの返事はいりません。言葉よりも行動で示してください。一緒にいるか。どこかに行くか。私はここにいますから」
すでに顎まで凍っていて、ケイの意識はもうすぐ消える。
けれど、この対話は全てを覚えているだろう。
「さぁ。いってらっしゃい。気をつけてくださいね。ケイ」
待っていますよ。最後のその言葉はきっと、届かなかっただろう。
告白をしたその直後、落下して砕ける想い人の破砕音で我に返った。
ガッシャン!という硬質な響きだけが後に残る。
「まったく!どんな告白の場面ですか。直後に相手が粉々になって死ぬなんて。はぁ〜…こんなはずでは…」
先ほどまでの自信満々の威厳ある姿はそこにない。
バタバタと手足を動かして、ここ最近で一番に不安定な飛行をしている。
揺れる翼で月と並んで飛ぶ。それでも、表情は笑顔だ。
戦乙女は、恋をすると決めたのだから。
【王の入城について】
キャスリングと呼ばれるチェスにおける指し手の一つである。キングとルークを一手で同時に動かす特殊な動きのことを指す。チェスにおいて自分の駒を一手で2つ動かせる手は、 キャスリング以外に存在しない。キャスリングは義務でないが、殆どのゲームで白黒ともに高確率で行われている。
文量的にも当初は前話と合わせてましたが、直前の内容が酷すぎたので流石に分けました。
クルシュ様への気遣いが諸事情の全てです。