程度がはなはだしい、ひどい、強い、きびしい、あらい、きついなどの意。
静寂(しじま)
物音一つしない静けさや、黙りこくっている様子。
とんでもない見送りの言葉をかけられて、それでもケイは飛んでいく。
正確には飛んではいない。
別の場所で、記憶もそのままに体ごと再構成をされるのだ。
意識がはっきりすると、先ほどのクルシュを思い出すが、一旦は保留。
一旦の凍結処理は得意である。今ここで考えることではない。
『それ、どうなの?ホントに最善なのかな?』
今は幻聴にも、告白にも思考を割く余裕などない。
安全を確保してからようやく思考できるのだ。優先度はまだ上げない。
IBMを出して周囲を確認し、誰もいないことを把握。
ケイは竜車に潜みながら偵察を行う。
転移については可能な限り伏せておきたい。できればIBMだけで支援や情報把握をして戻れればベストだ。
ケイが目覚めたその竜車には指示通り経過報告と案内のメモが置いてある。
毎日書き足されたものは、一日前までが最新だ。
監視塔へ欠けなく辿り着き、星番シャウラと名乗る女が狙撃していた事実と経緯が簡易に描かれている。
現在いるのは第五層。三層はスバルによって一瞬で攻略され、死者の書などというふざけた代物が山と置かれている図書館であることもわかった。二層にはレイド・アストレア。かつて『嫉妬の魔女』を封じた英雄の一人が立ち塞がり、その障害を排除できずにいるらしい。
大体の事情と状況を把握することができたが、そこまでで書き置きは終わっていた。
時刻は毎度同じ時だったため今日の分はまだなのだろう。
メモから目を上げれば、そこにあるのは巨大すぎる扉だった。
スケールとしては壁のようにも見えるが、きっと開閉するのだろうという意匠である。
これ、開けられるのか?
おそらく外と繋がっているのだろう。この室内には砂埃が舞っている。
ここが第五層で間違いない。
いきなり現れたケイに驚き恐慌を来した地竜たちを落ち着けながら、状況を把握していく。
竜車は計画通りの4台。どれもが汚れているが無事である。
そういえばスバルの愛竜であるパトラッシュもここにはいないようだった。階段を登れる生き物は上に連れていったのだろう。
塔の上層へ向かえばすぐにでも彼らと合流できるはずだ。
立ち込める空気に嫌なものを感じるが、瘴気とはこういうものなのか。気にせずに前へ進む。というより進行方向である上を向く。
様々な思考は、とある匂いによってかき消された。
これは捜索隊に持たせた装備の一つ。
『角臭獣』スカンプが出す刺激臭を伴う分泌液。それを薄めたものだ。言うに及ばないがスカンクの魔獣である。
これは事前に決めていた撤退の合図でもある。敵の嗅覚による追跡を断ち切るついでに、退散したことを後続に示している。
微かに香る程度だが、どこかで使われたに違いない。
撤退が成功しているなら、ここにはすでにカルステン陣営はいないということであり。撤退をしなくてはいけない事態に陥ったことを示してもいる。ケイが来るかもしれない竜車を放置してまでの急ぎの判断だったことの示唆でもある。
IBMで塔内を探索していくがまだ何も聞こえない。
外は強い風が吹いているだろうに、塔の内部にはその音すら聞こえない。
そして階段を登り切った頃に異変に気づく。
接続が、不安定だ。ノイズが混じる。
砂が原因か?それとも瘴気か。両方かもしれない。
ただただ不気味な静寂だけがここにある。
途切れ途切れの接続に苦労しながら進む。
登っていくと長くもない階段はすぐに終わり、四層へと着いた。
途中。場違いなほどの植物が繁茂する緑色の部屋があった。落ちているものや痕跡から直近までの人の存在を感じるが、どこにも見当たらない。
そして、一つの扉にたどり着く。
ここが報告にあった書庫だろうか。
その扉を確認した時に限界が来た。おそらく自走させればいけそうだが、そんなことはさせない。
ケイは、IBMでクリアリングした通路を最短で進む。IBMに背負ってもらっての移動だ。非常に早い。
やはり近くにいれば問題はなかった。
そうして、書庫までたどり着く。IBMから降りて周囲を警戒しつつ、書庫に足を進めた。
誰もいない。
どこにもいない。
いや、いた。ようやく見つけた。
見つけたのは…
『最悪』だった。
最悪の想定。最悪の光景がそこにあった。
ケイは言葉を正しく使う。最悪とは、最も悪いことを指すのだ。これは他者が使うのとは一線を画した重みがある。
殺した大罪司教が全員揃って蘇っている。なんて悪夢の方がマシかもしれない。
それは、ケイが徹底して避け続けていた『最悪』だった。
そこにいるのは無力なただ一人。ケイであっても亜人の力を使わなくても殺せるほど、いっそ珍しいほど非力な存在。それこそが最悪の災厄である。
左目の焦点があっていない。頭皮の一部が毛ごと抉られ血が流れている。額は壁に打ちつけたのだろうか、そこからも流血が止まっていない。
自ら額をぶつけていたのだろう、その壁についた血痕は一部が乾いており、彼がどれくらいの時間をそこでそうしていたのか。それを乾燥が伝えていた。
スバルは新たに流れ落ちる血を拭う素振りすらせず、その目に血が入るが、瞬き一つしない。まるで涙のようであった。
じいっとこちらを見たスバルは。一言も発しない。
ケイも何も言えなかった。
ここに来る前のクルシュの表情と言葉がなぜか脳裏によぎる。
曖昧な目が明後日の方角を見つめ、血走った目が一つだけ、ただただケイを見ていた。
次回からはプレアデス監視塔編です
ちなみに三連投稿です