亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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本日三話目です。


【FILE:126】アウグリア砂丘

 

――出発の朝がきた。

 

ミルーラの町から東へさらに十数キロ、竜車で小一時間ほどの距離から砂地が始まる。乾いた砂と瘴気を孕んだ風が強くなり、足下の草原が砂原に変わると、いよいよアウグリア砂丘への突入といった塩梅だ。

砂丘越えの準備を済ませ、各々の装備を整えたスバルたちが集まっている。そんな中、竜車を見るスバルは感嘆の息を吐いた。

 

それはここまでの道すがら使ったものとは異なる竜車である。

 

「ほあー、これが……」

 

「砂丘越えのための地竜――砂地に強い、ガイラス種だ。砂風や乾燥に適応した種族で、揃って大型だが気性は穏やか。扱いやすさで知られる、このあたりの固有種だよ」

 

「それはいいんだけど…やっぱこっちの竜車は見慣れないわな。これで大丈夫なんだろか」

 

スバルの心配に応答するのはヴィルヘルムだ。

 

「ご心配なく。すでに試走も終えております。これらは車輪よりもこの砂漠においては効果を発揮するでしょう。それよりも、こちらが揃わずに申し訳ありません」

 

そう。数日の準備期間で何をしていたかというと、竜車の車輪の換装である。本来なら砂でも回りやすい車輪に変える程度だが、同行メンバーを聞いてケイが変更を申し出た。

 

現在竜車は、下部から車輪を外してソリの上に車体が載っている形になっている。

 

そしてこのソリ型にしたことによって何ができるのかというと、少しぶっ飛んだ作戦が実行可能になるのだった。使う必要がなければそれがベストだが、備えがあるというのは安心につながるものだ。

 

「いやいや、本来ならヴィルヘルムさんどころかウチのガーフィールだって呼ぶつもりなかったんですから。心強いですよ。ケイの考えなら何より信頼できるし…でも心配ですよね。本当にこのまま出発していいんですか?」

 

「ええ、構いません。ケイ殿はこの事態もあり得ると念押ししておりました。いつもの全てを網羅する警戒というよりも心当たりがあった様子。これも考えの内でしょう」

 

本当に頭がさがる。スバルは現場にいないと何もできないが、ケイはとことん後方の頭脳労働が得意らしい。これからの旅路においても彼の事前の準備に幾度も助けられそうだ。

 

そして、ケイの合流予定からは一週間経っていたが、実際の出発予定の日程からはそれほど遅れてもいなかった。

竜車の換装や事前のすり合わせに数日を使うことは決まっており、さらに少しだけ待ってタイムリミットが来たのだった。

 

予め合流できない場合の予定まで周知していたこともあり、皆の動揺も最小限にとどまっている。

 

 

 

 

 

「――――」

 

今回の編成は特製竜車が三台と、竜車を引くガイラス種なる地竜が4頭。そこにスバルを乗せたパトラッシュが並走し、砂地を踏破する形になっている。

平たい顔の地竜の速度は速くないが、ずっしりとした走りには安定感があった。

 

さらに言えば、随伴するのはそれだけではない。

 

彼らの頭上には、常に大きな鳥の影が落ちていた。

 

「メィリィー!!大丈夫か〜?何かあったら教えろよ〜!」

 

大声をあげて怪鳥に声を掛ければ、その鳥が高度を落として目の前まで降りてくる。

竜車の屋根に止まった大きな黒い鷲のような鳥には、角が生えている。

 

そしてさらに目を引くのは、そのかぎ爪である。まるで曲剣をくくり付けたかのような爪。長い刃が危険な光を放ち、それを間近で見るとスバルに若干の緊張が走る。

 

「やっぱおっかねぇな。空飛ぶ魔獣なんて、小さいやつか特大の大きいやつしか見たことなかったけど…」

 

「お兄さんったら、なあによお。せっかく周囲の警戒をしてあげてるって言うのに、クーちゃんに文句でもあるのお?」

 

泰然と佇む巨鳥の魔獣は、おとなしく幼女に乗られている。

その背にはまだ余裕がありそうで、大人も一人くらいなら追加で背負って飛べるらしい。

 

「クーちゃんって面と体格と貫禄じゃなさすぎるな。でも感謝してるよ。あと水分補給はこまめにな。ほら、水飲んでから戻れよ」

 

この旅路にあたっての最重要人物であり、そして最も守られるべきものがメィリィだ。

彼女の協力を取り付ける際に様々な約束をケイと交わしたが、彼女の安全の優先は最初に決めたものだった。

 

それは、エミリアよりも、レムよりも優先すると誓うほどの優先度と言えば伝わるだろうか。

スバルの中では気持ちは一旦置くとしても、論理の中でも世界一大事な存在になっている。

 

彼女がいなければ、無事に突破することも戻ってくることも叶わない。

ならスバルの大事な人たちを守るためにも、メィリィを守るのは当然だ。

 

そもそも唯一の子供なのだ。彼女を守るのは人として当たり前である。

 

 

 

 

アウグリア砂丘名物、『砂風』には特に強く風の吹く『砂時間』が存在する。

 

一日に三度、午前・午後・深夜の時間帯にそれぞれ吹き抜ける砂風は、東から西へと砂と瘴気を運ぶ、静かににじり寄る災害だ。

特に風が強いのは深夜帯の時間で、この間の砂風は数時間に亘って吹き続ける。

ほとんど夜中、砂風の吹くことになる夜半は移動もままならないわけだ。

 

そのため、アウグリア砂丘の攻略は日中、それも午前と午後に数時間の『砂時間』という休憩を挟んで少しずつ進められることになる。

地面を覆い尽くす砂の粒子は細かく、噂通りの足場の悪さに何度も足を取られる。行軍は遅々としてペースが上がらず、苛立ちが募ることもままあった。

ただ、そんな状態にあって、スバルは拍子抜けしていることもある。

それは――、

 

「砂風のうざったさと足場の悪さはあるけど……思ったほどひどくもねぇな」

 

風上から流れる砂風に顔を背け、口元の布を引き上げて呼吸を確保する。微かに歯が砂を噛む感触はあるが、この程度の洗礼はミルーラでの時間と大差ない。

砂の舞い散る視界は黄色く、服の中に砂が入るこそばゆさはあるが、具体的に影響があるのはその程度のこと。砂丘の猛威は些少だ。

 

「砂丘って聞いたとき、てっきり死ぬほど暑いのを覚悟してたんだけどさ」

 

「ここいらは自然環境の問題で緑がないわけじゃないのよ。立ち込める瘴気が何もかもを殺すから、こんな風な景色が広がっているだけかしら。だからこの砂丘には雨だって降るし、極端に気温が狂うようなこともないのよ」

 

スバルの中の砂漠のイメージとしては、やはり灼熱の地獄という印象が強い。

元の世界で、実在の砂漠に足を運んだ経験など一度もないが、ゲームや漫画といった媒体で扱われる砂漠は、どれも熱砂のイメージが付きまとうものだろう。

それだけにアウグリア砂丘の過酷さは、想像と比較すれば快適なぐらいだ。

 

「最寄りの町が暑くも寒くもなかった時点で、砂丘が極端に灼熱地獄になるのもおかしな話か。ってことは、本格的に注意しなきゃは風と魔獣ぐらいだな」

 

「それと、道に迷わないことも……かしら」

 

懸念が一つ消えて、どこか楽観的なスバルの感情をベアトリスが引き締める。腕の中の彼女の指摘に、スバルは風に注意しながら前を見据えた。

依然、スバルの視線の先には消えない監視塔、その偉容がそびえ立っている。

 

「迷う迷わないとは言うものの、アレを見落とせって方が不自然だと思うんだが」

 

「ベティーもそう思うのよ。でも、何が起きても不思議はないかしら。『賢者』がどんな食わせ者か知らないけど、事実、誰も辿り着けちゃいないのが証拠なのよ」

 

「――――」

 

無論、スバルとて舐めてかかるつもりは毛頭ない。

現実的に考えれば、あれだけ巨大な構造物を目印にして、道に迷うのはともかく、目標を見失うことは考え難い。だが、挑んだ者は誰もがそう思っていたはずだ。

そう思って、なお辿り着けていない以上、それだけの理由があるはず。

何が起きても不思議はない。

ベアトリスの指摘通り、ここはそういう魔境だ。

 

「となると、そろそろ次の保険を立てるときか」

 

息を詰めながら、スバルはこれまで進んできた道を振り返る。

点々と砂地に残るのは、スバルたちを乗せたパトラッシュの足跡だ。ただし、直近のものしか残っておらず、それも数秒で流れる砂に上書きされて隠されてしまう。

自然が用意した、天然の殺し罠だ。

 

正面にある監視塔はともかく、きた道を見失わせることでは非常に優秀。

ただし、それはあくまで、普通の手段しか持たない者が相手の場合だ。

 

「前のやつが見えなくなりそうだな。よし、頃合いだ」

 

手綱を操り、スバルはパトラッシュに指示して並走する竜車へ体を寄せる。

竜車の方も地竜のスパイクじみた足跡と車輪の痕跡は残っているが、それも条件はパトラッシュと同じだ。そのため、辿る目印は工夫する必要がある。

 

「エミリアたん、お願い!」

 

「――はーい、わかったわ」

 

外から竜車をノックすると、返事とともにエミリアが扉の向こうに姿を見せる。

全身を白いローブで覆って砂対策するエミリアに、スバルは背後――遠間に目を凝らしながら、かろうじて視界にぼやけて映る『何か』を指差して、

 

「働かせてばっかりでごめんだけど、先生、お願いします!」

 

「スバルには外を見てもらってるもん。なんてことないわ。……先生ってなに?」

 

「頼み事するときのお約束。ととと、お願い」

 

「ん、頼まれました。――えい!」

 

ちょっとした軽口を交わしたところで、スバルの指差す方をエミリアが見る。

睨む、というには可愛らしすぎる目つきで、エミリアは気の抜ける掛け声を上げて魔力を迸らせた。

直後、エミリアの掌で膨大なマナが渦を巻き、加速度的に力を得た魔力は一気に空をひた走り、空気の爆ぜる音が辺りに響き渡る。

 

――そして数秒後、砂原の途上に突き立ったのは巨大な氷の塔であった。

 

「うん、上出来」

 

仕上がりを確認し、エミリアがまずまず満足そうに目を細める。

さすがにプレアデス監視塔には及ばないが、砂丘にあっては非常に目立つシルエットだ。そしてその氷の塔はここまで、スバルたちが通り抜けてきたアウグリア砂丘の途上に点々と、道を見失わない間隔で連続して建てられている。

 

扉に手をかけ、中に戻るエミリアと別れ際に言葉を交わす。最後のエミリアの冗談にベアトリスが軽口で返すと、彼女の微笑みが扉に遮られて中に消えた。

そのまま、スバルは今度は竜車の前に回り込み、御者台に顔を見せる。

 

「エミリア様の目印はうまく機能しているみたいだね。さすが、君は巧妙だ」

 

「お前も悪知恵って言ってもいいんだぜ」

 

「そうは言わないさ。自他になかなかできない発想をする柔軟性が羨ましいよ。このような邪道、私にはとても考えつかない」

 

「邪道より悪知恵の方がよっぽど可愛げがある評価だよ!」

 

御者台に座るユリウスは、そうとわからないほどうっすらと笑みを浮かべる。

彼の端正な顔も今は白い布に包まれており、その表情はわからない。それでも声の調子で軽口の程度がわかるぐらいには、この一ヶ月、言葉を交わしている。

 

「メィリィ、そっちはどうだ?仕事してるか?」

 

「それ、私に言うのお?お兄さんもこの竜車も、まあだ一度も悪い動物ちゃんと出くわしてないでしょお?私が働いてる証拠じゃなあい」

 

御者台の奥を覗き込んでやると、やはりそこに膨れ面のメィリィがいる。彼女も砂風対策に頭からマントを被り、不満げな声だけでスバルの質問に答えてきた。

砂時間は流石に飛ぶのに苦労がありすぎるため、今は竜車に降りているのだ。

 

そのメィリィの答えに、スバルは進路を眺めながら頭の砂を払う。

 

「そうは言っても、お前の頑張りの成果って見え難くてさぁ。魔獣がお前のおかげで出てこないのか、このあたりにいないのかわかんない……」

 

「……ふーん、そんなこと言うんだあ」

 

「オイオイ大将。そりゃァ確かに魔獣は見えねえッけどよ。ここいらには明らかにやべえのがいやがるぜ?」

 

ここまで砂と風以外の障害に出くわさず、前評判の高さに肩透かしを食らっていたスバルが迂闊なことを言った。途端、メィリィは低い声でそう言って、何事か考えるように両手で自分の頬を挟み、黙り込む。

その様子に、スバルは素直に嫌な予感を覚えた。

 

「スバル、彼女に謝罪を。今のは明らかに君の失言だ」

 

「い、言われなくても俺だってわかってるって。あ、あー、メィリィ?今のはちょっと俺が悪かった。ちょっとじゃなく、完全に俺が悪かった。機嫌損ねないでくれ。悪気があったわけじゃないんだ」

 

「……ううん、大丈夫よお。別に怒ってなんかいないわあ。ただ、お兄さんの言うことにも一理あるなって思っただけだからあ」

 

「そ、そうか。よかった。お前が見た目よりずっと大人で助か……」

 

「――これもお仕事だし?評価をしてもらいやすいようにわかりやすくするのも大事よねえ。だから、見せてあげるわあ」

 

スバルの言い訳と謝罪と安堵を遮り、メィリィがやけに不穏な言葉を放った。

その響きの不穏当さにスバルとユリウスが顔を見合わせ、とっさに宥める言葉を紡ごうとする。――直後だ。

 

「――――」

 

眼前、砂の大地が突如として意思を持ったように蠢き始め、即座に砂の下からのたくる何かが這い出してくる。それは大量の砂を体中にまとわりつかせ、巨大な口から想像を絶する金切り声を上げる恐ろしくでかい生き物だ。

手足はなく、長く太い胴体をくねらせる姿は蛇を思わせる。しかし、砂と同色の端だとぬめった質感に見える肌、漂う悪臭と胴体に等間隔に刻まれる横縞の紋様。その頭部がゆっくりと頭を下げてくるのを見て、スバルはその正体に気付く。

 

蛇ではない。――これは、蚯蚓だ。

 

胴体の太さはスバルが腕を回し切れず、頭部と口は人間の四、五人ならば一飲みにしてしまえそうなほど大きい。取り巻く悪臭は腐臭にも似たそれで、細かい歯が並ぶ口腔から滴る唾液は音を立てて砂を蒸発させていた。

 

「――――」

 

目のない頭部がこちらを向き、まるで臭いを嗅ぐような素振りを見せる。

この瞬間、スバルは完全に呼吸を忘れた。手綱越しにパトラッシュの思考の空白も伝わってきており、胸の中のベアトリスが強くスバルの服を掴む。

 

「ああもう、臭あい。早く帰って、どっかいっちゃってえ」

 

「――――」

 

戦慄を隠せないスバルたちの前で、メィリィがそんな適当な声をかけた。

その言葉に巨大な蚯蚓はメィリィの方を向き、しかしすぐにその小さな少女の指示に従うと、自分が掘り進めた穴の中へと巨体を潜り込ませていく。

 

数秒後、その蚯蚓が現れた穴は完全に砂に埋まり、静寂だけが周りを支配した。

 

「……今のは、おそらく砂蚯蚓だ。好んで砂地の下に潜む魔獣だが、私の知っているそれよりも少しばかり大きかった」

 

「少しばかりって、どのぐらい?」

 

「私の知識だと、成人男性の腕ぐらいの大きさだったはずだ」

 

蚯蚓がそのサイズで現れれば、十分にグロテスクな脅威だ。が、今の砂蚯蚓はユリウスの知識の数百倍から数千倍はでかかった。

アウグリア砂丘では魔獣が在来種の魔獣も凶暴化するという話だが、そのスケールの違いもその差異の一種と考えるべきだろうか。

 

「いやもうホント、メィリィさんには頭が上がらないッスわ!」

 

硬直が解けて、スバルは心の底から惜しみない賛辞を贈った。

 

「そお?やっぱり?お兄さんも見直したあ?」

 

「ああ、マジリスペクトだ。お前がいなきゃ、ここがどんだけ危ない場所なのか身に染みて感じたぜ。アウグリア砂丘、怖っ!怖――っ!!」

 

多くの命知らずの冒険者が攻略に挑み、帰ってこなかった一端がわかった。

なるほど、確かに命知らずもいいところだ。

 

「まぁ、こっちの戦力もたくさんだしい?結構な数の魔獣ちゃんたちがきてもそれなりに突破できると思うわよお」

 

砂丘の洗礼が甘いだの肩透かしだの馬鹿馬鹿しい。平和万歳、平穏最高だ。

 

「ずいぶんと、調子のいいことかしら。呆れるのよ」

 

「うるせぇな!お前もびくってなってたじゃねぇか!あー、怖っ!」

 

「べ、ベティーはスバルが緊張したから付き合ってあげただけかしら。誤解するんじゃないのよ」

 

「そんなに強がるなよ。お前も俺と同じでちょっとちびったんだろ?わかるぜ」

 

「ちびったのかしら!?」

 

ギャースカと言い合いが始まるが、ひとまず誰もそれを咎めない。

騒ぎを起こせば魔獣が近付いてきかねないが、それに対抗する存在の威力は十分に証明された。故にユリウスすら、二人の言い合いを止めようとしなかった。

 

エルザとヴィルヘルムは、瞠目し集中しているようだった。

カルステン陣営のものたちはやはり何かが違った。

 

なんだろうか。心持ちというか、余裕みたいなものが違う気がする。

 

ゴドフリーだけはあの蚯蚓の歯をどうにか一本でもくれないかと駄々をこねていたが…

 

 

想像以上に薄氷の上を歩いているのだと、彼らを見て意識を締め直す。

それには十分な意味があったと、顧みることのできる砂丘攻略初日であった。

 

 

 

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