亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:127】お花畑

 

 

 

『賢者』捜索一行は、砂界において大いに苦戦を強いられている。

 

道案内を買って出るといった自称エキドナの案内は、機能不全に陥っている。

いや、指針は十分に機能していたがそれでもどうにもならない状況に停滞してしまったのだ。

 

順調であれば塔まで眠らせておくはずだったエキドナもエミリアの凍結から目覚めさせ、追加の調査に従事する。

 

 

しかし、増えた頭数で知恵を絞っても出発前のブリーフィングを超える予測も観測もできないままに地道な調査をするしかないと結論がついた。

 

元々は詳しく説明もせずに、もったいぶって詳細を明かさぬエキドナの態度をケイが許さなかったのだ。

説教という名の雷を落として全てを吐き出させたのを見るのは痛快だった。

 

しっかり整理すれば、どうやら確信はないらしい。そんな曖昧な状態を確認されたら付いてこなくなるかも。という当然の懸念から情報を伏せようとしたらしい。

 

その態度に、ケイの怒りは最高潮に。無事に正論でボコボコにされて全てを開示した。そろそろ同情しスバルが援護に回るほどボコられていた。エキドナを心配するなんて自分にできるのかと驚いたものだ。

 

曰く、空間の捩れが砂丘にはあるかもしれない

曰く、捩れの綻びを見つけることで突破できるはず

 

捩れが本当にあるのか人為的なのか、瘴気によって起こされた天然の要害なのかもわからない。

綻びがどんな状態であるのかもわからない。そもそもあるのかも確実ではない。

 

突破の方法もわからない。

 

しっかりと不明点を整理され、自身満々だった態度はどこかへ行ってしまった。

これ大丈夫なのか?と一同が疑問を浮かべながらも、なぜか一番気にするであろうケイは捜索中止を言い出さずにどうクリアするかを考え始めるのだった。

 

意外に思えるが、やっぱりクルシュさんをどうにかしたいのだろう。

 

スバルはクルシュの恋路を応援していた。

 

「とんでもない難易度の攻略対象だけどな。マジで大変だぞ、クルシュさん」

 

実際問題、スバルがケイと最も心を通わせるのは基本的にスバルの死の間際である。

そこまでやってようやく心から人を信頼するのがケイだった。

 

ケイを攻略するならwikiがいる。初見クリアとか無理ゲーだろ。

スバルは全力でクルシュを応援する所存である。ペナルティに引っかからない程度にケイの情報を渡し、背中も押しているのだった。

 

そんなスバルの動きも知らず、この有能な男はひたすらに方策を練っている。

 

「結局は、現地で調べる必要がありそうですが瘴気由来の現象や、魔法の類ならば対策もできるかもしれない。事前の情報共有は大事ですよ。その名前を名乗るなら可能な限り誠実に対応してください。僕もスバルもあなたのことは非常に警戒しています」

 

『強欲』の魔女の名前と同じであるとスバルが明かしたことで不穏な空気になったこともあった。

ケイも一般的な認識から警戒しているのだろうと思われているだろうが、あれとは直接やり合って最終的に敵対しているに近い状態だ。油断はできないと表情は厳しい。

 

「活動するだけで彼女のオドを削るなら、エミリア様に眠らせてもらった方が良い。こちらが警戒するコストも削れる。この提案を断る理由はあるか?」

 

そうしてエキドナの冷凍直送が決定し、ロズワール邸にて凍結処理されることになった。

 

 

 

 

 

 

そしてスバルは回想を終えて、目の前の不毛な砂丘に目を戻す。

 

「ほんっとに。耐久勝負ってとこだな」

 

「予想通りとも言える。こればかりは時の運も絡むだろうね」

 

スバルのぼやきに、エキドナが応える。

仕方なく目覚めたとはいえ、可能な限り活動量を抑えるために彼女は寝たきりになっていた。

 

すでに砂丘アタックが始まってから一週間が経っていた。

 

現在一行はやるべきことをやれはしていた。

1日に三度の砂時間。その際に空間の歪みを探すため、五感をフルに使って捜索を続ける。

 

ただそれだけのシンプルな作業を繰り返していた。

 

メィリィは周囲の魔獣たちと子飼いの魔獣を使って。

ガーフィールはその卓越した嗅覚で周囲の変化を探り。

人間たちは、その目を可能な限り砂嵐の中で活用して周囲を見渡す。

 

中でも期待を背負っていたのは、ラムの『千里眼』とメィリィとの合わせ技であった。

 

 

繋げた視界が『砂時間』の歪みに気付けば儲け物。その魔獣の位置を特定し、竜車を急がせて歪みを越えればいい。しかし、当然だがそんなに簡単な話ではない。

 

広大な砂丘と、尋常ではない数と種類の魔獣。ラムの「千里眼」も、波長の合う相手としか視界を共有できない条件がある。試行回数は膨大な数に及んだ。

 

「メイリィ、地下にいる魔獣の報告は省いて。視界がなければ意味がないわ」

 

「そこまで区別つかないわあ。お姉さんこそ、すぐ見切りつけるのやめたらあ?」

 

失敗が重なれば、肉体と精神の疲労も募っていく。

特に、この作戦の主力である二人の消耗は大きい。一方、メイリィは魔獣の位置を伝えるだけだが、実際に秘術を行使するラムの疲れは増していく一方だ。

 

『砂時間』は一日三回、つまりチャンスもそれしかない。

 

食物や水にも限度がある。この地の瘴気はそれらにも悪影響だ。引き返す決断は勇気がいるが、ミルーラへ戻る選択肢は常に持っておくべきだろう。

 

日数がかさむと、砂丘攻略の進捗以外にも気を配る必要が出てくる。

複数の竜車に積み込んだ水や食糧にはまだ余裕はあるが、行くか戻るかの判断は数日後にはシビアに求められ始めるだろう。

撤退の判断が一番難しい、とは登山家の誰の言葉だったか。

 

「頑張れ! 頑張れ、ヨーゼフ! お前の馬力がみんなの頼りだ!」

 

「ごめんね。でも、すごーく頑張って……お願い!」

 

エミリアの氷壁の対策はあれど、『砂時間』の猛烈な砂風に耐えて突き進むには、新顔の地竜―『ヨーゼフ』の活躍が必要不可欠。極地に特化したその能力で、砂の地を、暴風を押しのけて進む姿は圧巻だ。

だが、限度がある。それは地竜だけでなく、攻略に挑むスバルたちにも。

 

「……くっ、ダメね。接続が切れたわ」

 

悔しげにこぼして、ラムがゆっくりと頭を横に振る。

 

ここ数日、「千里眼」の空振りを重ねるラムの疲労の蓄積は馬鹿にならない。

汗の浮いた彼女の額を拭い、そっと治癒の魔法をかけるのはエミリアとベアトリスだ。

 

毎夜のラムの治療の応用。その効力で少しは彼女の顔色が良くなるが、それでも

 

「芳しくはないな」

 

「……言われなくてもわかってる」

 

竜車の外に並んで立ちながら、スバルとユリウスは明るい日差しを見上げている。

 

『砂時間』が明けて砂風が弱まると、厚い雲が剥がれて快晴の空が覗く。旅の調子と裏腹に健やかな青空が、今のスバルには憎々しく思えた。

 

空っぽの青空を睨みつける。

と、そうして何気なく空を仰いでいたときだ。

 

「メィリィ、あれは魔獣か?」

 

「違うわあ。あれはただの鳥さん。ざあんねんでした」

 

「そうか…残念だ…ただの鳥かぁ」

 

手で庇を作り、ゴドフリーとメィリィが空を眺めてそう呟く。

メィリィはかなりお疲れではあるが、ゴドフリーはこの旅路においては本当に生き生きしている。

まだ見ぬ魔獣に、見知った魔獣の異常個体。魔獣好きとしてはそんなお宝の山なのだ。

 

理解できないおじさんから目を背けて空を見る。

確かに彼女の言う通り、空を行く鳥の姿が見えた。

 

こうして、飛ぶ鳥を見かけるのも久しぶりのことだ。アウグリア砂丘に入る前の、東へ向かう旅路では珍しくもなかったが、今はやけに新鮮味を感じる。

 

砂丘の空は気に塗れていると、そうした前評判があれば特に――

 

「――鳥?」

 

そうした雑感が、不意の違和感にせき止められる。

 

スバルは眉を顰め、違和感の正体を探って気付く。酒場の、店主の話だ。

 

「――っ! ラム! 『千里眼』はいけるか!」

 

直感と同時、スバルは竜車の入口を開け、中のラムに呼びかけていた。車内、治療の最中だったラムは、微かに赤らんだ顔でスバルを睨みつけ、

 

「――何事なの、バルス。竜車に上がるなら、一声かけてから……」

 

「悪かった! でも、後回しだ! 今、鳥が飛んでる! あれと視界を重ねられるか?」

 

「鳥……? どうして、鳥なんかと……」

 

スバルの勢いに困惑し、ラムが形のいい眉を顰めると、彼女のすぐそばでエミリアが口に手を当てて「あ!」と目を丸くした。

 

「スバル、その鳥って……」

 

「そう、酒場で聞いてた話だ。『砂丘の鳥は、塔に向かって飛んでいく』って」

 

厳密には、そこまで確言めいた言い方ではなかった。だが、『砂時間』を越えるための手掛かりが欲しい今、現地人の言葉には耳を傾けるべきだ。

 

「ラム!」

 

「大声を出すのをやめなさい。集中が乱れるわ」

 

スバルとエミリアのやり取りに、緊急性を察したラムの行動は早い。座席に深く座り、一度大きく息を吐く。と、空気が変わった。

 

「――捕まえた」

 

「――っ! ユリウス! 竜車を出すぞ! ベア子、こい!」

 

千載一遇の好機、その訪れにスバルたちは弾かれたように動き出していた。

スバルがベアトリスを抱いてパトラッシュに飛び乗り、エミリアがラムの隣に回って彼女を支える。アナスタシアが車内へ転がり込み、メイリィが御者台へ。

 

そして、手綱を強かに鳴らしたユリウスが、地竜に走るよう指示を与えて

 

「いくぞ!今度こそ、『砂時間』を越える!」

 

打開の意思を力強い言葉にして、スバルたちは再び砂海を走り始めた。

 

空を行く鳥を追うなんて、根拠のない、ある意味で血迷った判断だったと思う。

スバルも、鳥を見かけたのが砂丘攻略の初日なら、酒場の店主の言葉を当てにして、鳥に先導してもらおうなどとは思わなかっただろう。

 

だが、数日を砂丘で過ごして気付いたことがある。

 

「魔獣ならともかく、この空を普通の鳥が飛んでいくなんてありえねえ」

 

もちろん、餌や水の不足など要因は様々だが、最大の理由はやはり魔獣と瘴気だ。空を飛べる鳥であっても、悪環境と捕食の脅威は常にある。

 

「真っ直ぐ、片時も塔から目を離そうとしないわ。バルスの疑惑は正解ね。何でもすぐに疑ってかかる、バルスの偏屈な性格が幸いしたわ」

 

「言い方!そこまで疑ってねえよ!むしろ苦手だわ!」

 

渡り鳥が何日も休まず飛ぶことは珍しくなくても、その瞳が一心不乱に一つの場所を見つめ続けているとなれば、それはそれで異常なことだろう。

そして、羽を休めず飛び続ける鳥を追うのは、翼のない身では酷な仕事だ。ましてやそれが、砂嵐の中に突入するとなればなおのこと。

 

件の鳥を追いかけるうち、ついにアウグリア砂丘は『砂時間』へと突入していた。

 

マントとフード、口元の布で極限まで肌を隠し、砂と風に耐えて突き進む。

夜の黒と砂の黄色、砂塵に覆われた視界を、ラムの『千里眼』が見る光景を頼りに。

 

 

「真っ直ぐ。真っ直ぐよ」

 

竜車の中、一行の命であるラムはその神経を『千里眼』へ注ぎ込んでいる。普段なら聞こえないラムの声、それを力強い竜車の足取りが代弁する。

 

ふと、可笑しくなる。だって、こんな困難な旅路、仲間を信じられなかったら無理だ。

ラムに命を預けると、ためらいなく彼女を信じられる自分が可笑しかった。

 

やはりスバルに人を疑う才能はない。信じることで力を発揮できるのだ。

 

そして、

 

「……は?」

 

引き上げた布の口元、極限状態の笑みに引きつっていた唇から空気が漏れた。

 

突然に視界が開け、あれほど轟々と唸りを上げていた砂風が聞こえなくなる。

体を削るように打つ砂粒も、何もかも幻であったかのように消えていた。

 

これまで、『砂時間』の終わりにはもっと余韻があった。

砂を含んだ風が徐々に勢いを弱め、やがて波が引くようにゆっくりといなくなり、独特の砂の香りが辺りに漂う。

それがない。まるで、ぶつ切りのように。

 

まるで、砂風が吹くのとは別の舞台へ、スバルたちが引っ張り出されたように。

 

スバルは息を呑む。

腕の中のベアトリスも身を硬くして、大きな丸い瞳を見開いていた。

 

『砂時間』の脅威を乗り越え、プレアデス監視塔への距離を一挙に縮めた一行。

 

 

 

砂嵐を抜けると、そこは花畑であった──。

 

 

 

 

一同は、誰もが口を開けて絶句する。

そこに難関を突破した喜びはない。あるのは眼前に広がる異形の花畑に対する恐怖と驚愕だ。

 

 

これがただの花畑なら、目の保養だと心穏やかになれたかもしれない。だが、ここは瘴気と魔獣の混在する不毛の砂地。これは、ありえざる花畑だ。

 

異様と異常、不自然と不条理の掛け合わせ、生まれ出でる疑問の正体は魔獣である。

 

事前の説明にもあった『花魁熊』だ。メィリィとゴドフリーの専門家たちによる解説が行われていたが、ここまでの数とは誰一人として想像していない。

 

現実に思考を追いつかせるまでの一瞬。その時間にそれは起きた。

 

──のそりと、まさしく地面がめくれ上がるように、花畑が『起き上がった』のだ。

 

「……っ」

 

眼前、数メートルの距離で立ち上がった魔獣、その姿にスバルの喉が引きつった。

突然のことだったから、ではない。魔獣の、そのおぞましい外見が原因だ。

 

三メートル近い体長、足が短いが、代わりに腕が地面に擦れるほど長い。

その体の背面を鮮やかな花弁が咲き乱れているが、むしろ印象的なのは体の前面の方だ。

 

黒い獣毛と見紛うほど、びっしりと花の根が魔獣の全身を覆っている。

根に精気を吸い取られているのか、落ち窪んだ眼窩と、光のない瞳が生ける屍のようだ。

 

花魁熊は、花と獣が共存できていない。明らかに、花に命を殺されていた。

 

「動いちゃダーメ」

 

屍のような魔獣が鼻を動かし、スバルたちの存在を確認しようとする。その仕草に対し、横合いからメイリィに止められる。

 

彼女は唇に指を当て、魔獣の群れに警戒するスバルたちを先に落ち着かせる。それから唇に当てた指を前に突き出し、花魁熊の注意を自分に引きつけた。

 

「ちっちっち」

 

指を上下に振り、舌で驚くような音を立てるメイリィの仕草。

それはまるで、人が子猫をあやすときに見せる仕草だ。少女と子猫の組み合わせなら微笑ましい絵面だが、凶悪な魔獣が相手ではホラー映画の一幕に等しい。

 

「ちっちっちっち」

 

その揺れ動く指へと注意が引き寄せられる。

メイリィの舌の音と指の動きは連動しており、次第に花魁熊の意識がメイリィ個人から…

 

「ちっちっち……ちぃー」

 

花魁熊の意識を指先に集めたメイリィが、その指を竜車の脇へ向ける。その動きにつられて、花魁熊の視線が指の誘導する先へ移り、のそりと一歩、足がそちらへ動いた。

 

「ーお」

 

離れる素振りを見せる花魁熊に、思わず安堵の息がスバルの喉元から漏れる。

身を硬くしていたエミリアやベアトリスも、その瞳の緊張が和らぐのがわかった。一体が起き上がらなければ、花畑への対策を話し合える。

 

しかし、まだ『砂嵐』を乗り越えた事実も分かち合えていない。

 

そのとき、

 

「ーッ!!」

 

突然、低く轟くような唸り声が花畑に響き渡った。

 

 

突然の緊張状態を強いられれば、心とは容易くひび割れる。それは人間もそうだし、地竜だって同じことだ。だから、誰にもヨーゼフを責められない。

 

「しまーっ!」

 

静寂を割り砕くヨーゼフの嘶きに、眼前の花魁熊が振り返る。一番、反応があったのはその一体だけではない。休眠していた花魁熊が、一斉に起き上がった。

 

不気味に静まり返っていた花畑が一気にざわめき、異形の魔獣が咆哮を上げる。毒々しい花の香りと本能的な殺意が蔓延し、爪を振りかざす魔獣が竜車へ飛びかかって――

 

「そこまでよ!」

 

急速に形を成すマナが矢の形となり、放たれる一撃が魔獣の顔面を貫通した。

開けた大口に氷の穂先が侵入し、頭部の破壊と凍結が同時に行われる。声も上げずに絶命した花魁熊が後ろへ倒れ、数頭の仲間を道連れに吹っ飛んだ。

 

「走れーっ!!」

 

それがエミリアの放った先制攻撃と理解した瞬間、スバルが叫んだ。

その叫びに呼応し、ユリウスが手綱を引いて猛然と竜車の列を走らせる。当然、パトラッシュもそれに続いて走り出し、棒立ちの魔獣を撥ねながら花畑へと突っ込んだ。

 

それに遅れること一拍、魔獣の群れが、逃げるスバルたちを追って走り始める。

 

「きたきたきたきたきたきたきたきたーぁ!!けど!」

 

周囲、広大な花畑がめくれ上がり、甘い香りを伴った獰猛な魔獣が押し寄せる。その物量と勢いは、四方八方から膨大に迫る。

 

絶望的な光景。どれだけ精強な騎士団がここにいても、正直壊滅は免れないという物量だ。

 

「みんな!頼んだ!!」

 

しかし、ここに揃うものたちも十分に異常と言える。

 

スバルの声かけに合わせてそれぞれが事前の打ち合わせ通りに動いていく。

ヴィルヘルムからの行動計画にはやけに訓練が多すぎると思ったが、やはり訓練は重要なのだ。体が自然に動いてくれる。

 

エミリアとベアトリスが魔法で活路を切り開き、ガーフィールが土で壁を左右に作る。

それでも乗り越えて、近づいたものは戦士たちに切り捨てられていく。

 

青の光を受ければ、凍りつき氷像となって砕け散る。

紫の光を受ければ、のけ反る魔獣の頭部が結晶化し、ガラスが割れるようにこれまた砕け散る。

 

 

スバルが最も驚いたのは、エルザの変化だった。

 

彼女は執拗に腹をナイフで割くことに執着していたが、今の彼女が持つ武器はいつものククリナイフではない。

 

エルザは長槍を扱い的確に魔獣を抉っていく。

 

メィリィの大のお気に入り。『混成獣』プラタの毒爪を使った槍である。

あのケイにも、色欲にも有効だったこの槍の激毒と激痛の呪いは、死の槍と呼ぶに相応しい逸品になっている。

 

魔獣がひしめく魔境とあっては、大型ナイフではどうしても不足すると考えての装備だった。

 

 

「援護する!そのまま前へ進むのだ!」

 

メィリィという最終兵器を抱えて、魔獣おじさんことゴドフリーが魔獣の背に乗って大空へ舞う。

 

 

ゴドフリーは手元の魔造具を起動すると、手元に氷の投げやりを生み出す。

それを空から投擲し、眼下の魔獣を串刺しにしていく。

 

刺さった魔獣は凍っていく。そして凍りついたのち、その氷像からさらに氷の礫が吐き出される。

 

それに当たったものもまた、凍り始める連鎖の槍。

 

 

この氷槍はローズとエミリアの合作だ。

 

氷の中に、さらに別の氷魔法を込めるという荒技。まだ量産はできない一点ものだが、その威力は十分だ。

性能に比してマナの消費が激しいのが難点だが、エミリアやケイがいれば充填は容易だった。

 

 

 

最後にメィリィは自分に従わない魔獣たちを見据えて叫ぶ。

 

「悪い子たちにお仕置きしてあげるわぁ! きなさい、砂蚯蚓ちゃん!」

 

動揺した子どもの言いがかりのような口調。それが改まることなく、強大な力で地面の砂を下から抉り上げた。

めくれ上がる砂海、地中から姿を現したのは巨獣――砂蚯蚓だ。

 

「――ッッ!」

 

「うっそだろ!」

 

悪臭を漂わせる巨大な魔獣が、花魁熊を群れごと大口で迎え撃つ。

身をくねらせる衝撃波が花魁熊を弾き飛ばす光景は圧巻そのものだ。

 

「いっけえ、砂蚯蚓ちゃん! みんなみーんな、ぶっ潰しちゃええーっ!」

 

「マジか、オイ! マジかマジかマジか、おいおいおいおい!」

 

倒れ込む砂蚯蚓の巨体が花魁熊を十数体まとめて押し潰し、断末魔と花の香りが砂海を満たす。

花魁熊の図体も小さくはないが、全長二十メートルの巨体には形無しだ。

 

驚きはさらに続く。メイリィが手を叩くと、他の場所でも次々と砂が噴き上がった。

それは最初の一体と比べれば小ぶりだが、それでも六体もの砂蚯蚓の増援は破格だ。

もはや怪獣大決戦の様相を呈し、砂海は魔法と魔獣の入り乱れる戦場と化した。

 

いや、もはやそれは戦いというよりは蹂躙と言っていいかもしれない。

花魁熊は一向にたどり着くことができない。

 

きっと一日中でも殺到するのだろうが、彼らの勝機はもはや数くらいしか存在しなかった。

 

 

魔法が、剣技が、そしてメイリィの異能が道を切り開き、前進するスバルたちは花畑をどんどん突っ切る。

ここに当初の予定ではクルシュの空中からの援護と、巨体の黒竜までいる予定だったのだ。

 

一行の戦力は、現時点でもアウグリア砂丘の正面突破すら可能なほどの火力を備えている。

当然、この勢いをずっと続けることはできないがそれでも一時の急場を凌げるのは間違いない。

 

はっきり言って、魔獣の大群を前にして余裕すらある。

スバルは心のままに大声をあげて味方を鼓舞した。

 

「無限の魔獣が阻もうと!この血のたぎりが運命を決める!」

 

この異世界に来てから初めて、いや三大魔獣『大兎』の討伐時、それ以来の無双モードにスバルのテンションは天元突破している。

 

「砂も次元も突破して!掴んで見せるぜ塔への道を!」

 

仁王立ちで、地竜に乗りつつ鼓舞するスバル。

一度やってみたかったと、最高に楽しそうだ。

 

「スバルが瘴気で壊れたかしら!叩いて直すのよ!」

 

「無駄なことをしている暇があるの?お腹を無防備に晒すのはやめなさい」

 

「すまないが、スバル。真面目に手綱を握っていてくれ。ここはピリピリと焦る場面だろう」

 

冷静な面々は辛辣だった。殴られて少し痛そうなスバル。

それでもこの鼓舞が無意味だったかと言われれば、そうでもない。

 

 

「かッこ良すぎンだろ大将ォ!俺も負けてられッねェ!!」

 

「スバル!あとで私にもそれ教えて!あとどこを叩けばいいの?えいってするわね」

 

「声を出すのは戦いの基本ですからなあ!!当方も叫びましょうぞ!」

 

最大火力たるエミリアと、最も多くの魔獣を阻むガーフィール。彼らの士気が爆発的に上がった。

精神状態で大きく変わるのが魔法である。

 

最強の盾と矛のパフォーマンスが上がったとあっては、やはりエミリア陣営においてはスバルの在り方は正しいのだろう。

 

耳元で絶叫されてキレたメィリィがゴドフリーをぶん殴ってはいたが。

黙って最短を要求され続けていたカルステン陣営のものたちは、その姿を見て新鮮な驚きを得ていた。

 

高まる戦意に、体が動く。今回の旅では、向こうの流儀にも合わせなくては。

 

 

 

順調に魔獣を捌きつつ、いよいよ監視塔が間近に迫る。

 

「もうちょっとだ! このまま監視塔に突っ込むぞ!」

 

それで魔獣が引き下がるわけではないが、塔を背にして魔法を使えば十分に防御の陣地は構築できる。それも計画の一つだった。

 

「最後にボスとか。やめてくれよ」

 

妙な魔獣が来なければ、このまま行ける。

 

そう確信をした時に、何かを感じる。

 

「――?」

 

ふと、パトラッシュにしがみつき、ベアトリスを支えるスバルが黒瞳を細めた。

わずかな違和感。それは光だ――塔の中心で、何かが光った気がしたのだ。

 

「いやぁああああああ!!おじさん!おじさん!だめ…」

 

空を支配しているはずの、怪鳥から人が落ちる。

 

「なん……」

 

 

 

だ、と最後の一文字は続かなかった。

 

「――」

 

光が空を走り、それは狙い違わずスバルの頭部を直撃する。

瞬間、ナツキ・スバルの首から上が蒸発し、意識は刹那の思考も許されずに消えた。

 

そしてその一瞬の惨状に、声を上げる者はいない。

何故なら、それを目にする者も、悲鳴を上げる者も、皆が蒸発したからだ。

 

音を立てて、頭をなくした地竜が倒れ、竜車が横転する。

流れ出る血が砂海の乾いた砂に吸われ、呑み込まれ、見えなくなる。

 

やがてゆっくりと、砂の粒子は全てを飲み込み、隠していく。

旅の痕跡としての、血の赤い花さえ残すことなく、砂の中へ呑み込まれる。

 

誰かが戦い続ける。その戦いは守るものもすでになく、ただただ波のような魔獣と戦い続ける。

 

最後の一人がどこまで戦い抜いたかはわからない。

その死因が魔獣なのか、脱水なのか、飢餓なのか、何だったのかもわからない。

 

 

しかし、その奮戦も虚しく一行はここに全滅した。

 




xでは次回のサブタイ予告や創作についての小話や、ミスった時の言い訳などをしています。

よければご覧くださいませ!
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