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「この物体が白鯨の情報をもたらすミーティアであると言えるか?」
ただの文字列であるはずのその質問はしかし、スバルにとって死刑宣告に等しい威力がある。
あまりに突然風向きが変わり、ついていけない。でも答えなくては…
挙動不審に襲われながら、その動揺を必死に押し殺してなんとか回答を絞り出す。
「ああ、俺は、そいつのおかげで白鯨の情報を得た。命、かけるぜ」
するとクルシュは優しい笑顔で、残酷な要求を突きつける。
「ナツキ・スバル。一字一句そのまま言ってくれればそれで良い『この物体が白鯨の情報をもたらすミーティアである』と口に出してくれば良いのだ。同じことを言わせてしまってすまないが、これで納得するものもいる」
この若い書記が、ここまでクルシュに影響を与える存在であるなんて知らなかった。いや、彼のことは木剣で殴っただけ、知ろうとしなかったのだ。
スバルは気づかないが、貴族と使用人の一般的な関係性を知るアナスタシアとラッセルは、この異常事態を興味深く観察している。公爵とその対等な客人の会話に横から入り、さらに主の決定を横から遮って場を動かすなど言語道断だ。
一体彼は、カルステン家にとってなんなのか。この国でも上から数えたほうが早い目利きの商人たちは、スバルに援護をせず静観の一手を選んだ。彼らはただ儲けられるのか否かを値踏み続ける。
スバルはすでに気付いていた。剣を向けられたのではない、致命傷を負わされたのだと。
誤魔化せない。
これはミーティアではない。先ほどはミーティアと言われた道具と濁したからよかったが、まごうことなき携帯電話であると自分は知っている。その上、これは時間を表示するだけだ。白鯨の情報をもたらすわけではなく、自分が勝手に覚えて繋げているだけ。
つまり、どう足掻いても嘘をつかなければならない。ここまで言われて復唱をしないのは論外だ。
意味はないのかもしれない。けれど、諦めたりはしない。レムに誓った気持ちに嘘はない。
そうだ。悪あがきでもなんでもしてやる。自分を騙せ。心から信じ込め。嘘を本当にする勢いで言うしかない。
「この物体が…白鯨の情報をもたらすミーティア、だ」
その様子に周囲は異様な雰囲気を感じ取って困惑し、見守っている。つい先ほどまでは綺麗にまとまりかけていたのに。ほとんど同じような質問にどんな意味があるのだろうかと。
目を閉じて、クルシュの判決を待つスバル。
そしてクルシュは書記を見やり、頷く書記を確認してからこちらに向き直った。
「ナツキ・スバル。姿勢を正し、前を向け。同盟は対等なものであり目線を同じくするものだ」
差し出された手を、スバルは意味がわからなかった。
なぜ、受け入れる様子で握手を求めているのだろう?
スバルは今、
嘘がわかるというのはブラフ?いやでも、そんなことをする人じゃない。そんな意味もわからない。
理解できぬまま交わされた握手をもって、部屋の緊張は一気にほぐれた。
ラッセルなどは特に大きくため息をついてやれやれとばかりに首を振った。
「何度かヒヤヒヤさせられましたが、最後は特に心臓に悪い。しかし問題ないならそれで構いません。約束もお忘れなく」
演劇のようだったと笑うラッセル。いいのか?俺はやったのか?
アナスタシアとクルシュがやり合い互いの目的を探り始めるが、またも主の言葉を遮って書記が聞いてくる。
「出現の時間と場所はどこなのですか?準備の時間は少しでも惜しい」
その切り替えの早さに驚く。王選候補の傑物たちや大商人を置き去りにするその早さは尋常ではない。
しかし、もう同盟は成った。スバルの感触は置き去りにしても成ったのだ。
ならばすぐにでも準備に取り掛かるべきだろう。
「ああ、そうだな。白鯨が出るのは今から約30時間後。場所は…リーファウス街道。フリューゲルの大樹、その周辺だ」
「30時間…!」
時間的な猶予のなさにクルシュは歯噛みする。
今度は30時間か。よかった。あの時より11時間も余裕がある。奇妙な一致と、猶予が思ったよりもあったことで思い出が脳裏に掠める。
「書記くん、何が面白いん?」
その口角の歪みを商人の目は逃さなかった。この場を最後に持っていったのは彼だ。クルシュも終始、彼に伺うような素振りを見せていた。最近のカルステン家の振る舞いは、白鯨に際しての必死な異常事態かと思っていたが、どうやらタネがあったらしい。
「いえ、申し訳ありません。過去に体験した似たような状況を思い出しまして。それより時間がありません。動きましょう」
要領を得ないが、詳細はあとだ。とにかく時間が惜しい。
リミットが明かされてからの動きは早かった。この国随一の有能な人材が集まっているのだ無駄は見当たらない。
必要な話し合いを一瞬で済ませて部下に指示を出していく。
クルシュになぜと問いかけたい。けれどできない。それをしてしまえば嘘をついたと白状することになってしまうから。
その疑問を飲み込み、動き始めた流れに一応の安堵を得る。
「ーーースバル殿」
そんな複雑な心境のことなど知ってか知らずか、スバルはヴィルヘルムに声をかけられた。
真剣な眼差しでスバルを見るのは背筋を正したヴィルヘルムだ。
老剣士はスバルと目が合うと、その皺の浮かぶ精悍な顔に万感の思いをみなぎらせ
「感謝をーーー」
そう短く告げて、その場に膝をついて礼の形をとった。突然の振る舞いに一同が注目するも、驚いたのはスバルだけだ。
「我が主クルシュ・カルステン公爵へ捧げるものと同等の感謝をあなたに。この至らぬ我が身に仇討ちの機会を与えてくださったことを感謝いたします」
「ご存じと思いますが、先代剣聖テレシア・ヴァン・アストレアは我が妻でした。私は剣聖の家系の末席を汚した身。それが私、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアです」
「妻を奪った憎き魔獣を討つ機をこの老体に与えてくださる温情に感謝を」
真正面からの最大の感謝。これを受けたスバルがなんと返すか、返答に期待する
「あ、ああ、もちろん知ってたけど。当然、それ込みの色々なアレだったわけで!」
「ナツキ・スバル。卿から嘘の風が吹いているぞ」
誤魔化しきれない嘘を暴いて、『風見の加護』の力を証明したのだった。
「あの、とっとと動きましょう。本当に。そういうのは後で」
この書記は、という視線が全員から送られるがたじろぐ様子はない。まぁ言ってることは正しいのはわかる。わかるが。
なんというか。苦手だ、と思う。
先ほどのこともあり、どうにも苦手意識を持ってしまった。
最後の最後、本当に終わったと確信したのに。それなのに上手くいったというハシゴを外しと逆の現象に心が追いついていない。
「ドッキリ大成功ってか。マジで笑えねぇ。後で聞かねえと。いや…謝るのが先だろ。バカか俺は」
苦手意識などと曖昧な言葉で済ませてはいけない。きっと罪悪感や後味の悪さ。腐っていた時の自分と向き合うのが怖いだけだ。
ナツキスバルとはこんなものだ。浅ましいがこんなものなのだ。
けれど、レムの英雄にはそんなダサいことをさせるわけにはいかない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
スバルを困惑させたやりとり。ケイは先ほどの対話を振り返る。
スバルの話はぼうっとしながら聞いていた。同盟や採掘権がどうのという政治やビジネスに興味はない。それでも正確に内容を記憶し後で相談に乗れるように仕事は最低限していたが、考えていることはもっぱら別のことだった。
スバルがこちらの分析を振り切った振る舞いを見せているがそれも別にいい。読み違いをしたならそれを受け入れて修正するだけ。
しかし、白鯨の出現時間と場所というカードが出された時には素早く意識を切り替える。
今のカルステン家にとって白鯨の情報がどれだけ重要か。どんな儲け話でも、他のどれほど切実な問題であってもケイは何一つ反応しなかっただろうがこれは違う。
さらに情報の出所として旧式の携帯電話いわゆるガラケーが提示され、それをクルシュが嘘と咎めない場面を見てある程度の推測を成り立たせる。
今、これをミーティアと呼ぶのを避けたな。
ふと思いつくのは最高に都合の良い想定。スバルが実際に正確な情報を持っているが、出所を伏せたくて携帯をミーティアと言い張っている可能性がある。楽観的すぎるが、これが最高のシナリオだ。この場合なら情報に従って白鯨を討ち、その後にゆっくりとスバルの調査をすれば良い。
しかし現実は最悪を想定してもしたりないというのは永井圭の常であった。
今の所はクルシュは嘘を感知していない。それならスバルが白鯨の時と場所の情報を知っているという言葉は嘘ではない。
この携帯をミーティアと言い張る理由というのは、この情報の真偽に比べれば
白鯨の情報は嘘ではないようだが、重要なのは『嘘ではない』が事実とは限らないということだ。
例えば白鯨を生み出したという魔女やそれを信奉する魔女教徒が黒幕にいるとする。それがクルシュの討伐隊を誘い込むためにはどんな下準備をするだろうか。
白鯨出現の時間と場所を知ったと誰かに思い込ませることはそんなに難しいことじゃない。機密資料をわざと盗ませる。魔女教徒が拷問されて白状したふりをする。拷問されるものに元から偽情報を仕込んでもいいだろう。
しかしスバルは伝聞ではなく自分で確認したと言っている。
少し発想を飛躍させる。
白鯨は記憶を消すという。ならば記憶に関する魔法があり、魔女教が扱うことだってありうるのではないか?
『白鯨の情報がこのディスプレイに表示されたという認識を植え付ける魔法』そんなものがあれば、この状況は成立する。
事前の調査と繋がる。魔女教には『福音』と呼ばれる不可解な道具がある。それが手元に届くと、まるで自分の意思を失ったように、人が変わったようにいきなり敬虔な魔女教徒として行動を始めるという。
魔女教に洗脳の手段があることは明白。
こういったファンタジーな要素の多い検討は苦手だが、記憶の移動や喪失は実際に起こり得る現象だ。僕はそれを決して否定できない。
さて、この不安を抱えたまま全てを賭けることはできない。とは言えここで下手に嘘を暴くことも悪手だろう。
もしも最初に考えた理想のケースである可能性があるならば、疑問だけでこの場を台無しにすることはすべきではない。
これが真実だった場合のリターンが
白鯨についての対策はできる限りしているため勝ち目はあるだろうが、依然として勝率は低いと思っている。けれど事前に場所と時間を絞って待ち構えることができるなら。戦場に事前に準備をできるなら。手の届く範囲に勝ちの目が降りてくる。これは楽観でもなく事実である。
準備と奇襲というのはそれほどにアドバンテージが絶大だ。期待値を考えれば、なりふり構わずに賭けに乗ってもいい程度には。
けれどそんなバカはしたくない。ここまでを一瞬で思考して、解決策も考案した。まずは握手を阻止する。
「クルシュ様、恐れながら少しお待ちを」
近づき小声でクルシュに語りかける。
「最後に質問してください。『この物体が白鯨の情報をもたらすミーティアである』と言えるか?この通りに聞いて
「ん? 嘘ならばと言ったな?なぜだ。そこが嘘なら全てが…」
「一言で説明できません。その反応があれば不安を一つ消せるのでやってください」
「あとで説明してもらうからな」
これもケイを信じると決めた自分の決断だと、その通りに聞いてみることに決めたクルシュ。
ケイは風見の加護を知ってから抜け方をいくつも考えていた。
この確認さえできれば記憶操作や洗脳の可能性は潰せるだろう。これが
認識をいじることができるなら、これがミーティアであり自身は真実を言っていると植え付けるはず。
そうでないならスバルは何らかの方法で本当に白鯨の情報を掴み、理由を伏せつつこちらが信じられる形で伝えたのだろう。
一体どうやったのか。なぜ方法を伏せるのか。それを追求するのは白鯨を落としてからでいい。最悪、白鯨さえ落とせれば
その情報が真実であるならとにかく今は一分一秒が惜しい。
ヴィルヘルムには悪いが、感動のやりとりをとっとと終わらせて陣営を動かさなければ。
白鯨と魔女教を一網打尽にする作戦を仕上げなければいけないのだから。
皆さんがどの原作を読んだことがあるのか、またはないのか知りたいと思いアンケートを作成しました。
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