魔獣おじさんとメィリィの変調は一旦保留。
シャウラがスバルに組み付いて離れないことによる騒動がようやく収まると、ようやく事態を進めることができるのだった。
「それで、お前が噂の『賢者』ってことになるのか?」
「――――」
「お前が『賢者』でいいんだよな?」
「ん~、その質問の答えはムズいッス」
シャウラはなんとも言えない表情で、曖昧に答えた。
その返答にスバルは眉を寄せて困惑を露わにする。が、代わりに質問を続けるのはヴィルヘルムだ。彼は「それでは」と前置きして、
「『賢者』かどうか、自認としては曖昧でいるようですが、塔から光の攻撃を放っていたのはあなたで間違いございませんかな?」
「あ、それはあーしで間違いないッス。四百年、来る日も来る日もずーっとずーっと砂の中を見張って、聞くも涙語るも涙な渇きの日々を過ごしてきたッス……!」
「可哀想……っ」
「エミリアたん、感化されない。お前も、余計な情感交えるな」
拳を震わせて応じるシャウラに、感情移入してエミリアの瞳が潤む。そのエミリアを宥めつつ、スバルと一同は質問を続ける。
以下が、問答によって分かったことである。
・監視塔から400年の間、魔獣や侵入者を狙撃で阻み続けていたのはこのシャウラである。
・シャウラが『賢者』と呼ばれている理由はシャウラは知らない。
・ルグニカ貨幣にも描かれている『賢者』は男性である。
・お師様こそが本当の賢者である。
・シャウラがスバルを師匠だと思ったのは殺そうとしても死ななかったから。
・シャウラがスバルを師匠だと判断したのは、見た目でなくその『どす黒くてエグイ臭い』である。
・『剣聖』と『神龍』もシャウラは棒振りレイドと皮肉屋のボルカニカと呼ぶほどの知己の間柄。
・『賢者』の功績をシャウラは押し付けられたのではないか。
体臭がキツイと貶されて肩を落とすスバルではあったが、そこからも問答は続く。
いくつかの核心的な問いが渡され明かされるのは、シャウラの認識する『賢者』の名前である。
シャウラが言い放つその名は、
「フリューゲル」
「……あ?」
「お師様の名前はフリューゲルッス。大賢人フリューゲル、シャウラのお師様ッス」
その言葉を口にする瞬間、シャウラは満面の笑みで嬉しそうに胸を張る。
そこにはまぎれもなく、純粋な尊敬と感謝と親愛が込められていて、シャウラがフリューゲルへ向ける敬愛は疑いようもない。
ただし、その名前に対するスバルたちの反応はまちまちだ。
なにせその名前、覚えがある。
「……それ、木ぃ植えた人の名前じゃん」
と、ずいぶん前に一度だけ運命の交差した偉人の名に、スバルは首を傾げたのだった。
偉大なる『大賢人』フリューゲル。
そう言われて一同が示すのは、どうにも浮かない反応だ。
頭に付く冠は残念ながら違うものだが、あまりものを知らないスバルであってもその名前に聞き覚えはある。
異世界に召喚されて以来、たった一度だけ運命の交わったことがある人物の名だ。
「フリューゲルの大樹……の、フリューゲルさんだよな?」
スバルの口にしたキーワードに、シャウラ以外の面々が顎を引く。とはいえ、メィリィは知らなかったらしく、「なあにそれえ?」と疑問に首を傾げた。
「聞いたことないわあ。大きな木のこと?」
「そうだ。リーファウス平原ってところに、ものすごいでかい木が生えてて、それがフリューゲルの大樹って呼ばれてたんだ。そりゃもう、雲に届くんじゃないかってでかさで、男心がくすぐられるもんがあったな」
返答についての反応を待たず、エルザがメィリィへとずいと迫る。
「ちょっと、メィリィ?白鯨戦については資料を読んでおけと言われたのではなくて?私はこおんなに分厚い報告資料を読まされたのに、そう。要領がいいのね?」
おおっと。姉妹で少しギスるのはやめていただきたい。
けれど、エルザがこんな風に苛立ちを誰かに伝えるなんて、そんなには知らないがイメージと違う。いや、いい意味で。
「へ、へえ、そうなんだあ!そんな大きな木、見てみたい気がするわあ!!」
でかい声で誤魔化そうとする少女。姉の恨みがましい目からは逃れられていない。
「すまん。あれはケイと俺で爆破して切り倒して、ケイが燃やした」
「!?お兄さんたちのいけず!」
誤魔化しではなく実際見たかったのだろう。速攻でメィリィの願望を爆破して折って、しまいには燃やしてしまい、罵られる。
厳密にいえば、大樹を切り倒そうと思い立ったのはスバルだけでもないし、なんならケイが先である。というかケイがほとんどやってた。ご丁寧に穴まで開けて爆発物を押し込み、倒す方向を計算済みとは本当に助かった。
責任の比重が一番重たいのはどこか、という話になればやはりケイだろう。あれはスバルがいなくても絶対にやっていた。うん。俺のせいじゃねえ!
フリューゲルの大樹は、一年前の『白鯨討伐戦』の切り札になった代物だ。
『霧』の魔獣、白鯨を討伐する上で、あの巨獣の体躯を上回る大樹の存在は非常に有用だった。最終的には大樹を切り倒し、白鯨を下敷きにすることで動きを封じ分身を討伐することができた。その後の大炎もあの木がなければ、あれほどまでに燃え盛ることはなかっただろう。
この妙な食い違いには疑問が尽きないが、分析よりも今は情報収集だろうと問答を続ける。
そして質問は現在の居所である監視等そのものに及んでいく。
「ていうか、どんな建物だよこれ。高すぎだろ。バベらないか不安なんだけど」
天空を貫くこの塔の威容は、異様の一言に尽きる。普通だったら折れないかこれと素人のスバルが思うほど高いのだ。
ばべ?なんて疑問を浮かべながらシャウラは応じる。
「お師様以外の人にはちょっと話したッスけど、ここが塔の五層『ケラエノ』、四層『アルキオネ』って上がって、てっぺんが一層『マイア』ッス。一番下は第六層『アステローペ』ッス。」
塔についての質問が続く。問答はこの通りだった。
五層『ケラエノ』が入ってきた出入り口。
そこから長い階段を経て登ると四層へ。
四層『アルキオネ』は出入り簡単な、シャウラの住処。
三層『タイゲタ』から上は試験会場。書庫に入る権利を試す場所。
この塔の正式名称は大図書館プレイアデス。知りたいこと、気付きたいこと、何でも探せる『賢者』の記した知識の眠る場所である。
壁や床は一見して石材のように見えるのに強度が尋常ではない、ユリウスの剣やエミリアの魔法でもびくともしない謎強度だ。未知の素材で出来てるからセーフ!異世界のオーパーツならなんでもアリということか。
「ヴィルヘルムさんなら、切れたりして?」
そう問えば、ヴィルヘルムは首を横に振った。それは結構な驚きだった。あの加工すら困難な白鯨の角を断ち切った彼に切れないものがあるのかと、身構えるが。
「おそらく、強度としては本気の一刀であればどうにか。しかしながら、それはやめておいた方が良いでしょう」
促されシャウラから明かされるのは、この塔におけるいくつかのルールだ。
「ポンポンいくッスよ〜。一、『試験』を終えずに去ることを禁ず。二、『試験』の決まりに反することを禁ず。三、書庫への不敬を禁ず。四、塔そのものへの破壊行為を禁ず。五……あー、五は……あー、ないッス」
「…エミリアたんとユリウスは、これ聞いた上で試した訳ではないよね?」
流石にそうであったようだ。試しにやってみようとして、止められたがそれくらいなら壊れないからいいと許可されたらしい。
「全部で四個の決まり事……だけど」
どうにも歯切れの悪いシャウラの言葉を引き取り、エミリアが思わしげな顔つきでスバルたちへ振り返る。彼女の抱く不安と懸念、それにスバルも首肯した。
「『試験』の決まりに反するのを禁ず、ってのは気になるな」
「何か明かされていない決め事が裏に隠されていると明示しているようだね」
顎に手を当てるスバルに、エキドナも同意見の様子だ。
そしてこれらの違反については、シャウラにはわかるらしい。
そういう仕組みで、そういうものなんだとか。
「ちなみにこれが破られると、あーしは血も涙もないキリングマシーンにならざるを得ないッス。でも襲ったところでお師様に殺されるだけってわかってるのに…心からのお願いッス!みんな決まりを守ろうぜッス!」
条件付きで敵対をする。それをあっけらかんと言い放つ彼女から敵意は感じない。
それだけでに不気味に思う。望んでいないが、そうなるのが当たり前という態度。彼女は一体何なんだ?
一行は部屋から出て周囲をスバルに見せていく。スバルにとっては初めての塔探索である。
シャウラとの問答は内部を歩きつつも続いていく。
「そうだ、シャウラ。一個だけ最後に質問があった」
「なんスか~」
何一つ悩みなどなさそうな、ポヤポヤした表情のシャウラがメィリィに頬をこねられている。
「マイア、エレクトラ、タイゲタ、アルキオネ、ケラエノ、アステローペ」
「……スバル?」
スバルの口ずさむ単語に、隣のベアトリスが怪訝な顔をした。
それはただ音として聞くと、聞き慣れない単語の羅列だ。
「それなら、メローペはどこにある?」
「――――」
そのスバルの質問に、シャウラは再び沈黙する。ただ、その沈黙はさっきの考え込むそれと違い、虚を突かれたことによる驚きの沈黙だ。
「スバル、何を聞いたのよ?メローペって何かしら」
「とある七姉妹の最後の一人の名前。プレイアデスなら、七つないとおかしい」
一層から六層まで、六つの名前が振り分けられた階層。だが、モチーフとされた名前は本来は七姉妹、一つないのは変だ。
「七層……じゃなければ、ゼロ層があるな」
「ゼロ層ッス。お師様が名付けたんスから、当たり前ッス。……ただ、お師様がいなくなってからできた場所なんで、どこにあるかは知らないはずッスけど」
見つけて当然の違和感。それでも、これはスバルにしか気付けない代物だ。
こんな仕掛けがあれば気をつけろ。旅の前にケイから言われていた警告を思いだす。
「――ダメッスよ」
ケイとのやりとりを思い出そうとした際に、シャウラが早口でその言葉を遮る。その口調の強さにスバルがちらと後ろを見ると、シャウラの表情は変わらない。
笑みと、信頼の眼差しのままだ。ただ、寂しさが微かに目元にあるだけで。
「まだ、条件が満たされてないッス。お師様は道の途中で、あーしに会いに戻ってきてくれて、それで満足ッス。だから、ゼロ層はダメッス」
「――――」
口調こそそれまでと変わらないが、代わりに奇妙なほど強固な壁を感じる声音だ。
それは数分前に交わした約束、その根幹さえ揺るがしかねない危うさを孕んでおり、ここを押し通せば戦いにすらなり得るという恐ろしさがそこにある。
故に、スバルは深く追及することを、この場では諦める。
シャウラとの会話で浮き彫りになった、賢者フリューゲルの異常性。
何のことはない。彼もまた、スバルと同じだ。
スバル、アル、ケイ、ホーシン、そしてフリューゲル。
この世界にあるはずのない知識を持ち込み、これ見よがしに残す自己顕示欲。もはや疑いの余地もなく、フリューゲルはスバルと同郷の人間だ。
「数百年前、か」
長い長い時間に思いを馳せ、スバルは乱暴に頭を掻いた。
この異世界で何を思い、何を考え、何を目指し、何を求めて――。
『賢者』の名前をシャウラに押し付け、木を植えるような男は何を願って。
この世界で生き続けたのだろうかと、そんな風に思いながら。
そして、そんなスバルの背中に――、
「お師様」
「ん?」
気安い調子でシャウラが声をかけてくる。スバルは足を止めず、ちらっとそちらを振り向いただけだったが、そのスバルをシャウラは見上げて、わずかにはにかむ。
その表情は本当に嬉しげな笑顔で、
「改めて、おかえりなさいッス、お師様。――『賢人』フリューゲルのご帰還、このシャウラ、心よりお待ち申し上げておりました。……ッス」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
砂埃の中、両手を広げて駆け回るシャウラが後頭部にメィリィのチョップを浴びる。それを一定距離で見守る魔獣おじさん。和やかな雰囲気で一行は四層を進む。
円形のフロアはそこまで大きくはない。それもそのはず、円形の建物の内縁に同じく円形の壁が敷居となって作られている。あとで案内してくれた下層とは違った空間の使い方をしている。
下層からの螺旋階段は四層の中心に繋がる形になっていて、ぐるりと周囲を囲む壁にはいくつも扉が点在し、複数の部屋がフロアに存在するのがわかった。
「そろそろ一周したっすね。ここがあーしの住処にしてる四層『アルキオネ』。それで、お師様が起きた『緑部屋』がそこッスね」
四層の紹介が終わると、早速であるが三層へ向かうことになった。
とはいえ試験会場まで冒険の必要はない。階段を上がればすぐなのだから。呆気ないほどすぐ三層『タイゲタ』にスバルは侵入する。
「ここは……」
――白い、白い場所だった。
床を床と認識できず、あるいはそのままどこまでも落ちていってしまいそうな錯覚に見舞われる。天井と壁も同じ――この場所で、階下へ続く階段を見失ってしまったら、発狂しかねないのではないかとスバルには感じられた。
そして、そんな白い空間の正面――階段の目の前に、浮かぶ不思議な物体がある。
「石板……か?」
その物体を目の当たりにし、スバルの口から漏れたのはそんな感想だ。
それは実際、そうとしか表現のできない物体だった。
四角く、やたらと滑らかな質感のある物体で作られた黒い一枚の板切れ。
石造りでなければ石板とは呼べないが、かといって金属とも異なるそれは他に呼び方がない。
あえて別の気取った呼び方をするなら、『モノリス』といったところか。
物言わぬモノリスは不思議な浮力を得て、床から数十センチの位置に浮いている。
スバルがモノリスに触れると、異変が起きた。
スバルの触れたモノリスは、増えたのだ。
モノリスは表面を輝かせながら、その背面から次々に複製したモノリスを射出する。それは凄まじい速度で部屋の中に飛び回り、不規則な位置に点在し、浮かぶ。
無数のモノリスが白い空間の各所に配置され、スバルはその変化に呆気に取られた。そして、呆然となるスバルの鼓膜――そこを通り抜け、脳に直接声が響く。
『シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』
無数にある中から、正解を選び取れとその声は言った。
大図書館プレイアデス、第三層『タイゲタ』の試験。
制限時間『無制限』。挑戦回数『無制限』。挑戦者『無制限』。
試験、開始。
そうして、試験は即座に突破される。
他でもないスバルによって。
彼にとっての最大の力である『死に戻り』すら一度も使わずというのだから、本人としては拍子抜けだろう。
無数にあるモノリス。
それでも正解であると確信するそれに触れる。
眩く、白い部屋は光に包まれる。
音も景色も置き去りにして、何もかもが吹き荒び、やがて――。
「……おお」
光が晴れたとき、スバルたちは石造りの空間――塔の延長上の建物の中、無数の書架に囲まれた部屋の中心に立ち尽くしていた。
周囲の白い空間が消え去って、眼前に出現したのは石造りの部屋と無数の書架。
触れていたはずのモノリスの存在が掻き消えたことを確認して、スバルは自分の辿った思考の帰結が、おそらく正しい答えだったのだろうと判断する。
判断するのだが――、
「やったわ!スバル、すご――」
「考えた奴、性格悪ッ!!そんでもって、最悪だなおい!」
「えええ!?最初にそんな反応!?」
三層『タイゲタ』が解放されるのを見届け、歓喜の声を上げたエミリアが目を剥く。盛大に顔をしかめて、塔の中に響き渡るようなスバルの罵声だ。
その意図を正しく理解できるものはこの場にいない。
ナツキ・スバルくらいしか知り得ない、異世界の知識をヒントにこの謎は解かれた。
いや、もしかしたら博識なケイは知っているかもしれないがそれでも興味のない分野ではなかろうか。
オリオン座にまつわる逸話など、そんなことを謎かけにするなんてことは。
今度こそ先ほど中断された、ケイの言葉を思い出した。
この塔に何か認証やセキュリティがあるかもしれないと彼は予測していたのだ。
やっぱケイ半端ないって。
「問題は、そこにあるものが解けるものなのかどうかだ」
この塔の『試験』は一応、ここに来さえすれば誰でも参加できるのであるし。誰かが解けるはずだと思っていた。
だって試験と名乗っているのだし、それが当たり前だろう。
でも本当に?
この塔を作ったやつは性格が終わっている。
シャウラに400年の孤独を強いたのもそうだし、砂時間の仕掛けを利用したのもそうだ。
どんな理由があるにせよ、普通のやつじゃない。
ケイの言葉はまだ続く。
「パスワードや鍵というものは、基本的に本人以外には取り出せないようにするべきだ。これが一番のセキュリティだが、一定水準の者のみを選定するフィルターをかけたい場合は話が変わる。はっきり言って、その監視塔に何があるにせよ。僕の想定では誰もが気軽に行ける場所ではないと思う」
虚空を見つめるケイは、思考の際に遠くを見つめる目をしている。
「一番ゆるい想定は、異世界の知識を持っているものだけが使える場所。そして次は、異世界の人間だけが使える場所。さらに絞れば、魔女因子を持っているやつだけが使えるなんてこともあるかもな。全部の複合すらあり得る」
珍しく何かを思いついた様子なのに言い淀む。
「いや、これは完全に勘でしかないんだけど。多分、この世界にとって僕こそが異物だ。僕みたいな異物が侵入できないようになっていると僕は思う。僕を弾いてお前を入れる。そんな仕掛けがあるんじゃないか。そう思ったんだ。最悪なのは…」
最悪なのは、スバルを名指しで待ち構えていること。
その場合、スバルが訪れることは誰かの想定通りでありそこで起きることもまた、誰かの意図に仕組まれている。
その時は、そんなことあるものかと笑って聞き流せていた。
けれど今は、ケイの懸念を否定し切れない。
あまりに呆気なくクリアした『試験』。その快進撃とは裏腹に、スバルの胸中には暗雲が立ち込めるのだった。
つながりたい 離されたい
つまり半信半疑あっちこっち