亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:132】天剣へ至りし愚者

 

 

突然に開かれた大図書館。

 

これこそがプレアデス監視塔、改め『大図書館プレイアデス』らしい。

 

空間がいじられているのだろう、どこまでも続く書棚は本来ならあり得ない奥行きをしている。

 

 

それぞれに反応をするが、エルザはそのどれも見ていない。

ましてや本など、かなりどうでもいい。

 

エルザ・グランヒルテはこの本の群れにそれほど興味が湧かなかった。

知識というものにそれほど惹かれない。

 

身に刻まれるような、痛烈な学びや鮮烈な教訓に勝るものなどないと思っているから。

 

本を読んで剣が上達するのなら、もちろん読みたいが。

 

そんな空想ともいえない考えを巡らせているが、立ち位置はいつでもメィリィを守れる位置にいる。

 

そう。エルザはずっとシャウラを見ていた。

ここに来てからずっと、警戒をし続けている。

 

というか、メィリィがあのシャウラとかいう謎の人物に近すぎる。

何度か注意しても、気づくとシャウラの背中をヨジヨジと登っているのだからおかしなものだ。

 

急に襲ってきたら危険な位置にいるのはやめて欲しいというのに。

 

調査は主に他の陣営に任せ、カルステン陣営は警戒に当たっている。

 

「ベア子、どうだ?」

 

「見たところ、本の規格は統一されてるかしら。でも、タイトルは全部違うのよ。これは『ノア・リベルタス』。こっちは『リブレ・フエルミ』。……並べ方も無茶苦茶な風に見えるかしら」

 

そういえば、この精霊の女の子は司書だったか。本の適当な並べ方にベアトリスは不満げだ。

 

「この本のタイトルだけど……ひょっとして、全部、人の名前か?」

 

「ん……と、そうみたい。これは『パルマ・エウレ』、こっちは『コヨーテ』」

 

「知らない名前ばかり、と見受ける。あまり見識の深いとは言えないが、私の知る限りで見知った名前はないな。無論、ちゃんと見回れば別と思うが……」

 

「お前が知らないんなら、たぶんここの奴は誰も知らねぇよ」

 

ふと、スバルが一つの本を見て動きを止めた

 

「……?」

 

 

その本の背表紙に指を掛け、ぎっしりを詰まった書棚から傾けて引き抜く。

なんとなしに手に取って、スバルは本を開く。

 

 

ナツキ・スバルが、ぶっ倒れた。

 

「スバル!?」

 

「どうしたというのよ!スバル?しっかりするかしら!」

 

これで状況は大慌てだ。

シャウラは特に平然としてる。

 

「お師様またっすか?突然気絶とか、もういい加減にして欲しいッス」

 

騒然としつつ、スバルは女性陣に介抱され始めるが…

 

「すまない!こちらに手を貸してくれ!!ユリウスが!」

 

少し離れて探索していたアナスタシア陣営にも異常が出たようだ。

 

これは、攻撃か?

 

ヴィルヘルムと目だけで対話し、臨戦体制をとる。

いつでもこの場から撤退できるように、脳内で地図をおさらいしていると、スバルが息を吹き返した。

 

「づぁ――ッ!!」

 

まるで何かに爪を剥がされるかのような苦悶の表情。それは、尋常な様子ではない。

 

「スバル!」

 

「――はっ!」

 

横合いから声が突き刺さり、同時に腕に鋭い一撃が打ち込まれる。踏み込み、エミリアが手刀でスバルの手首を叩いたのだ。よく訓練されている。いい動きだ。

衝撃にスバルの手は弾み、そこから握りしめていた本が落ちる。本は開かれたまま逆さに床に落ち、スバルはよろよろと本棚に寄りかかった。

 

「お、おぉ?」

 

「だ、大丈夫?今、すごーく辛そうだったけど……」

 

「なんとか、持ってかれずに済んだ……か?いや、わからないけど」

 

 

ベアトリスが動き、床に落ちた本に手を伸ばした。

 

「今、この本に触って変な顔になったかし……」

 

「待て、ベアトリス!触るな!」

 

「――?」

 

本を拾おうとするベアトリスを止めようとするが、それより先に少女は本を拾い上げ、抱える。

ちょっと危機感がなさすぎではなかろうか?毒や罠にしか見えないが…

 

中にまで目を通さなかったベアトリスは、訝しげな顔のままタイトルを読み上げる。

 

「――テュフォン。スバルは知ってる名前なのかしら?」

 

「あ、ああ……お前こそ、その…」

 

 

歯切れが悪いスバル。その間にベアトリスは本を開き、中を確認してしまう。

 

「馬鹿――!」

 

「馬鹿とは失礼なのよ。別に、他の本と変わらないかしら」

 

スバルが味わったものと同じ衝撃がベアトリスにも突き刺さる――かと思いきや、少女は本の内容に何も反応しない。他の本と同様の扱いで、彼女は不満げな顔つきのまま、その本をスバルに突き付ける。

 

同じ時に、ユリウスも意識を手放していたらしい。

 

そしてスバルと同じく、彼もすぐに意識を取り戻す。

 

原因となったエキドナの腕の中の本を見えれば。背表紙に目を向けると、記されたタイトルは『バルロイ・テメグリフ』とある。

 

ユリウスが内容に目を通して、おそらくスバルと同じ状態になった。

 

 

スバルとユリウスの話を総合すると、本を読んだ瞬間に記憶が流れ込んできたとのこと。

 

いや、記憶を上書きしてきたのではない。追体験してきたのだという。

人の一生をこの短時間で?

 

 

「いや、なんつーか一部だけだ。俺の時は、掻い摘んだところと最後だけ…」

 

頷くユリウスも同じ様子だ。

 

バルロイは帝国の元九神将。最高位の将軍。

 

彼は以前にユリウスと邂逅し、そして戦い命を落としたとのことだ、

いや、正確にはユリウスが様々な騒動を通じて謀反人となった彼を殺したらしい。

 

「つまりここにあるのは、故人の本というわけか」

 

エキドナはその場で両手を広げると、ぐるりと回りながら書庫の全域を示して、言った。

 

「ここにある本、過去から今に至るまでの世界中の人間の名前があるとしたら。……目的の誰かの本を探そうとなったら、どれだけかかるんだろうね?」

 

 

あまりにも途方もない、砂漠で一粒の砂を見つけるような現実味のない話だなとエルザは思う。

いや、アウグリア砂丘で目当ての魔獣を見つけるような話かもしれない。

 

砂漠で魔獣を求めて右往左往しているゴドフリーの姿を幻視して、思わず笑いそうになった。

 

曖昧で、掴みどころない話。そこから出発前に聞いたあの男との何気ない対話を思い出す。

 

「400年前から生きる『賢者』なんてそんなのが丁寧に待っていてくれる訳がない。よくて敵対者。悪くて存在しない。けれど、行く事に何かしらの意義はあるはずだ。僕たちにとってどんな意味があるかはわからないが…」

 

「空振りに終わると?そんな危険地帯にメィリィを連れていくなんて、よくわからないわ。何が狙いなの?」

 

「いや、これは多分必要なことだ。僕は遠ざけられるかもしれない。その時にはヴィルヘルムさんに指示しているけど、まだお前の方が対応力はある。指示を超えて斬る以外の対処が必要になったら、お前が考えて決定しろ。任せたぞ」

 

 

驚いた。こんなに曖昧な指示は初めてだった。ここまで意図がわかりにくい指示も。

しかし、それでも本気であることは間違いない。その依頼を受諾した。

 

「ええ、帰ってきたら、タブスを呼んで欲しいわ。彼とも遊びたいの」

 

「…ああ。帰ってからならな」

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

現在、三層『タイゲタ』の書庫を荒らすスバルたちは、書棚に収まった無数の本が死者の記憶を呼び起こすものと理解した上で、地道な捜索活動を続けている。

 

スバルはその後、なぜか『魔女』の名前の本を見つけてそれを読んでいく。

他には誰も、知っている本は一つもなかった。

 

そして、いよいよスバルにも本は見つからなくなった。

 

 

「さて、そうなると、あとの問題は……」

 

「結局、二層への階段の所在は闇雲に探す以外にないということか」

 

改めて、書棚に向き直るスバルの言葉をユリウスが引き継ぐ。

 

「砂丘に落とした金の粒を探す気分、って言ってわかるか?」

 

「君らしくもなく詩的な表現だが、素直に同意できるね」

 

なぜかエルザが笑いを堪えているようだったが、彼女の笑顔はちょっとトラウマだ。

意味がわからないところで笑わんでほしい。

 

スバルとユリウスが珍しく、目の前の難題に対して素直に意気投合する。

このまま身構えていても埒が明かない。さっさと、この本の海に身を投げ、上へ向かうための方法を模索せねば――と、思ったところだ。

 

しかしこの問題は呆気なく解けた。

珍しくエミリアの推理によってである。

 

「すごーく性格の悪い人なら、もしかしてって思ったの」

 

彼女の推測はばっちり当たって、二層への階段は四層の、ラムやレムの待っている緑部屋のすぐ隣室――その空白のスペースに出現していたのだった。

 

「もう嫌だな。この塔…」

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

――二層『エレクトラ』への階段は、大階段とでも呼ぶべき威容を誇っていた。

 

六層から五層、そして四層へと上がるまでにあった長い長い螺旋階段と比較して、その大階段は横幅も、一段の高さもかなり大きい。

そもそも、部屋が丸ごと階段部屋へと書き換わっているのだから、その威圧感たるや推して知るべし、である。

 

どれだけまっすぐ進んでも円形の塔内から出ない不思議。それを延々と続く階段という形で味合わされているとようやく終わりが来た。

 

「う、お――!?」

「ひゃ」

 

明かりのない、石造りの階段通路を駆け上がっていたつもりが、突然に白い光に迎えられてスバルとベアトリスは一緒に声を上げた。

思わず、踏鞴を踏んで前のめりになりながら足を止めれば、いつの間にやら唐突に階段が終わり、新たな階層へと足を踏み入れている。

そこは――、

 

「白い部屋、再び……ってか」

「かしら」

 

 

階段を上りきった二人が到達したのは、三層『タイゲタ』での『試験』が行われた情景にそっくりな白い空間だ。床も天井も果てなく広がっているように感じられ、遠近感が根底から狂わされる不可思議な構造。

 

正しく、この白い空間が場所として固定されている印象を抱けるのは、やはり三層と同じように階下と繋がる、ぽっかりと空いた階段部分だけだった。

 

「わ、またこの部屋?」

 

その階段部分から続々と、スバルたちに続いてエミリアたちが姿を現す。彼女らは出迎えの白い景色に同じように驚いて、一様にげんなりと肩を落とした。

また『試験』が始まるのだと、わかりやすく提示されたような気分になって。

 

階段を上がって、ちょうど正面に当たる場所、そこで存在感を主張する物体に目を留める。

三層『タイゲタ』でも、やはりああしたものが部屋の中央に陣取っていた。それに触れた途端、『試験』が始まる。ここも同じ条件ならば、おそらくはあの――、

 

「モノリスではないな。――剣だ」

 

黄色の瞳を細め、部屋の中央に突き立つ『それ』を見つめ、ユリウスが言った。

彼の言葉通り、白い空間に存在する『それ』は三層で目にしたモノリスではない。

 

――『それ』は、剣だ。

 

鞘から放たれた抜き身の剣が、その先端を白い床に突き刺し、立っている。

柄を上に向け、真っ直ぐに突き立つその剣は、ひどく美しくスバルの目に映った。

 

華美な装飾があるわけではない。素材の良し悪しなどスバルにはわからない。

ただ、過剰な装飾もなく、最低限の鋼に留まるその在り方が、美しく見えたのだ。

 

 

「塔ができた頃から刺さりっ放しの剣ってことになるからな。それが劣化してないだけ、十分に異常事態だ」

 

リスクを色々と話し合いはしたが、結局は触ってみるしかない。

そしてそれをスバルは他のものに譲るつもりがない。

 

選定の剣を前に呟いて、スバルは軽く一呼吸――そして、剣の柄に手を伸ばした。

ぐっと掴み、微かな抵抗があるのを感じつつ、上へ力を込める。

一瞬、これが呼称通りに『選定の剣』だった場合、当たり前だがスバルには抜けない可能性が脳裏を過った――が、その懸念はすぐに杞憂に終わる。

 

「――――」

 

ほんのわずかに力を込めた途端、床に突き立つ先端があっさりと抜けた。

それは鞘から剣を抜き放つが如く、そうあるべきと定められたような流麗さで。

その直後に、それがくる。

 

『――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ』

 

「――ッ!」

 

「車酔いみたいな感覚があるな……これ、今のはみんなにも……」

 

剣を抜いたスバルだけでなく、周りのみんなにも聞こえたのだろうか。モノリスのときは、触れた当人以外にも声は聞こえた。

だから、今回も――その意を込めて振り返り、スバルは気付く。

 

「――――」

 

――全員が息を詰め、一点に目を向けていることに。

 

「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」

 

その声が、いきなり現れた何かから放たれた。

 

 

全員の動きが止まる。ただそこに立ちすくんで呆然としてしまう。それほどの威圧感が目の前の人の形をした何かから放たれている。

 

――赤い、長髪を無造作に背に流した男だった。

 

スバルよりも頭一つ分は高く、鍛え抜かれた肉体がその堂々たる体躯を覆っていた。まるで鎧をまとったかのような筋肉――しかし、彼が纏っているのは防具ではなく、紅の着流しだった。右腕の袖を抜き、裸の上半身をさらけ出し、その胴回りには白いさらしが巻かれている。

 

炎のような紅い髪は背中の真ん中まで伸び、左目には不格好な文様の入った黒い眼帯。そして、眼帯のない右目は、果てしなく広がる空のような青。

 

静かに佇んでいれば、その整った顔立ちは、誰もが振り返り、絵画に収めたくなるほど美しかっただろう。しかし、その美貌を台無しにするのは、野蛮で残酷、そして狂気じみた笑み。

 

それは、美しき獣――獰猛なる存在。

 

あまりの異質さに、スバルは息をするのを忘れた。

 

「ひ……」

 

時間が止まったかのような錯覚。その静寂を最初に破ったのは、抑えきれない呻き声だった。

 

とすん、と軽い音。そして、続く「きゃっ」という少女の悲鳴。視界の端に映ったのは、へたり込む黒髪の少女――シャウラが床に座り込み、その傍らでメィリィが目を見開いている。

 

「ひ、ひ……」

 

シャウラの動揺は尋常ではなかった。

 

大きな瞳をさらに見開き、まるで狂乱の渦に飲み込まれたかのように震えている。その場から逃げ出したいはずなのに、恐怖に膝が動かない。

 

「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」

 

男は、怯えるシャウラを視界に捉えているはずなのに、変わらず同じ言葉を繰り返す。不気味な空気が、さらに濃くなる。

 

だが、スバルはその中で一つの事実に気づく。

 

この男は、一歩たりとも動いていない。

 

否――彼はプレッシャーを発しているわけではない。ただ、そこに 立っているだけ なのだ。それだけで、『魔女』に匹敵する圧倒的な存在感を放つ。

 

「――っ」

 

スバルは息を呑み、強ばった瞼を閉じて、一瞬の間だけ落ち着こうとした。そして、男から視線を逸らさないまま、後ろへと一歩後ずさる。右手には選定の剣、左手にはベアトリスの手をしっかりと握り、彼女の硬直した身体を引いて、慎重に距離を取る。

 

「え、エミリア……」

 

「わ、かってる……」

 

スバルの呼びかけに、エミリアも震える声で応じた。膝の震えを抑えきれないまま、ゆっくりと動き出す。スバルもそれに合わせ、慎重に後退しながら、へたり込むシャウラへと近づいた。

 

「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」

 

男は動かない。

 

ただ、その言葉を繰り返す。

 

慎重に歩みを進め、シャウラの傍らに辿り着く。シャウラは恐怖に顔を引きつらせ、メィリィが彼女の腕を掴んでいる。

 

繰り返される言葉、変わらぬ文言。それは『試験』の提言。

 

なぜ、この男がそれを繰り返す?

 

剣を抜いた途端に聞こえた『試験』の内容。男が繰り返す言葉。愚者とは誰か。

 

許しとは何か――。

 

 

「――天剣に至りし愚者、彼の者の……ゆる、しを……」

 

「――ぁ?」

 

思考が加速し、スバルの中で恐ろしい結論が生まれかけたのと、澱みなく繰り返されていた男の声、そこに澱みが生じたのは同じタイミングだった。

思わず呻くスバル、その不用意さにエミリアやベアトリスが緊張するのを感じるが、それはこの変化には何の影響もない。

 

――それ以上に、男の変化は明白だ。

 

「天剣、愚者の……許し、をぉ……あ、ああお、おーおー、あー」

 

「な、なんだ?なんだなんだ、何が起こる?」

 

「あ、あ、ああああああ――ッ!!」

 

「ぴぎぃっ!」

「どわぁっ!?」

 

 

棒立ちでいた男、その発言におかしな停滞が生まれ、次の瞬間に爆発する。男は自分の頭に手を当て、乱暴に髪を掻き毟りながら絶叫した。

その突然の振る舞いに豚のような悲鳴を上げ、ついに我慢しきれなくなったシャウラがスバルへと飛びつく。当然、支えきれない。彼女の腕に思い切りに抱きしめられながら、スバルは受け身も取れずに床にひっくり返った。

 

「――ッ!」

 

衝撃に一瞬、視界を火花が散る。その間にも鼓膜には男の絶叫と、スバルの腰にしがみついて嫌々と首を振るシャウラの泣き言が飛び込んでくる。

 

「あああああ――!!」

 

「ひやぁぁぁ!お師様お師様お師様助けてぇっ!いやッス!助けてぇ!」

 

「お、お前、さっきから何を――」

 

「――るっせえぞ!!二日酔いの頭に響くンだよ!喚くンじゃねえ!」

 

「あふっ……」

 

落ち着かせる言葉が届く前に、ついにシャウラの精神が限界を迎えた。

それまでの暴れぶりがなんだったのか、シャウラは呆気なくぐるりと白目を剥くと、スバルの腰にしがみついたまま動かなくなった。

精神の均衡を失い、失神したのだ。

 

「なンだ、オメエ。つーか、ここどこだ。ふざけてンのか、オメエ」

 

「いいや、ふざけてなどいない。こちらも、戸惑ってはいる。突然にこの場に貴方が現れたのだ。――警戒も、やむを得ないと思ってもらいたい」

 

「なンだ、オメエ。ややこしい喋り方してンじゃねえぞ、オメエ。オレの子分と似た喋りしてンじゃねえぞ、オメエ。オメエ、オレの子分かよ。違えよな。違えンなら紛らわしい真似するンじゃねっつーンだよ、オメエ」

 

ユリウスの、あくまで礼節に則った上で警戒を露わにした物言いに、男はますます不機嫌を強めた様子で舌打ちする。

 

「――いい女、いい女、エロい女、エロくていい女、ジャリ、ジャリ、木偶、子分、雑魚、猫。ああ?なんだお前?」

 

最後に男が言葉を止めたのは、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアを見てのことだった。

 

「老木か?折れる寸前かよ。ンな様で何してンだオメエ」

 

そんな暴言に、スバルは瞬間的に脳が沸騰するような怒りを覚えた。

ヴィルヘルムさんに、どんな口の聞き方だこいつは。

 

そう思って一歩進み、抗議しようと思ったが…

 

「あー、あー、あぁ?ンだ、オメエ。あれか、オメエ。ふざけてンのか、オメエ」

 

「……人の面見るなり、失礼か、オメエ」

 

「かっ!」

 

男は奥歯を強く噛みしめるようにして、硬質な音を響かせながら獰猛に笑った。

 

「大将。ここッは俺に、いや俺らにやらせてくれ!」

 

猛るガーフィールは、先の威圧された自分を恥じているらしい。その恐怖をかなぐり捨てるように前に出る。

 

「わかった。――ンじゃ、始めっか」

 

「始めるって……待て!さっきから、お前勝手に話進めすぎだろ!?」

 

「――知らねえ。オレとまともにお話したけりゃぁ、こっからオレを一歩でも動かしてみろや、オメエ」

 

「――――」

 

無防備に悠然と立ち尽くす男の言葉。

それを笑い飛ばせなかったのは、男の提示した条件が、まさしく『試験』に値するほどの難易度の高さを持つと、直感的に理解できたからだ。

 

――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ。

 

目の前の男が『天剣に至りし愚者』だとすれば、許しを得る方法は示された。

あとは、それが果たして可能なのかどうか。

 

「ルグニカ王国、近衛騎士団所属。ユリウス・ユークリウス」

 

戦い――否、『試験』が始まる前に、ユリウスが礼儀に則り、自ら名乗った。

 

対等に、これから刃を交える相手への最低限の敬意。

 

その名乗りを受け、男は青い隻眼を楽しげに細め、異常な剣気を垂れ流しながら――。

 

 

「名乗る名なンざねえよ。――オレは、ただの『棒振り』だ」

 

その言葉に、反応するのはヴィルヘルムとユリウス。しかし両名ともに、その動揺を表には出さない。

 

大図書館プレイアデス、第二層『エレクトラ』の試験。

制限時間『条件付無制限』。挑戦回数『条件付無制限』。挑戦者『条件付無制限』。

 

 

――試験、開始。

 

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