亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:135】不思議の国のスバル

 

お前は何者なのだ。そう問われた。

 

それはだいぶ昔に乗り越えたと思っていた問いだった。今ではエミリアの騎士として周囲からも認められているため、咄嗟になんと返していいのか忘れてしまっている。

 

「何者も、なにも……」

 

「塔の光。シャウラの態度。そしてここにきて三層の『試験』だ。あれほど早く君が解き明かせたのは偶然かな?すでに知っていたかのような早さだったね」

 

「……偶然だ。多分。ケイでも同じことはできるとは思う」

 

実のところ、できない。永井圭は受験に関係のない知識以外を積極的に集めていなかった。主要な星の名前やカテゴリくらいはわかるが、その詳細を調べるような機会はなかった。

エジプト展を見に行った。ちょうどそんな記事を見たなどの偶然がなければ知らないことは多い。

 

例外は医療関係の知識と佐藤の知識だろうが。星座とは無関係であり。スバルほど詳しくは知らない。

 

 

「一年前、『怠惰』と白鯨の論功式のあとだ。アナは、君のことを調査したんだよ」

 

だが、ホーシン商会を率いる大商人、アナスタシア・ホーシンをしても――、

 

「君の素性はわからなかった。辿ることができたのは王選が始まる直前、王都で起きたとされるちょっとした出来事に関わっていたことぐらい。騎士ラインハルトが、候補者の一人であるフェルトを見出したとき、君を見かけたと証言が取れた。だが、それだけだ」

 

当たり前だ。それ以前の記録は存在するはずがない。ここにいないのだから。

アナスタシアの調査はスバルの足取りをほぼほぼ完璧に追い切っていた。

 

「ちなみにケイと呼ばれる書記については、君以上に調べることはできなかった。全てが噂の域を出ない憶測だけ。偽情報が大量に出回っていてね。剣聖すら何も語らないときた。彼と情報戦をするのは割に合わないと早々に切り上げたものだ」

 

 

「いやだから、俺は……」

 

「君が以前から口にする『異世界』。大瀑布のその先、『異なる世界』から来たと?ああ、きっとそうなんだろうね」

 

「――ぁ?」

 

真剣な顔で、どうにか言葉を絞り出そうとしたスバルにエキドナが両手を広げた。その口調があまりにも軽々しくて、スバルは呆然となる。

 

そこが納得しているなら、なぜ?

 

なぜ何者かなどと詰問するのかがわからない。

 

そんなスバルの反応を受け、エキドナは「うん」と満足げに頷くと、

 

「そうだとしても、君という存在の説明にはならない。君の特異性の一部くらいは説明できるかもしれない。だが、他の世界に生まれたからといって君のような働きができるものなのか?あの書記君も同じだよ。彼はヴォラキアの皇族で大罪司教であると言われた方がいくらか納得できるというものだと思っているが」

 

冗談みたいなことを言うが、彼女の表情は真剣でスバルは軽口を叩けない。

 

「いいかい。君たちは出自不明というだけでは説明できないほどの事を成し続けている。君たちの世界にはそんな若者だらけだとでも?それは信じられないな。二人して実は大罪司教でしたと言われる方が、まだ理解できると言えば僕の気持ちが伝わるかな?」

 

「――――」

 

「謎だらけの実力者。それが君だ。こうして夜更けに二人、誰の目もない空間で一緒にいることに不安を覚え、警戒したとしてもそれは当たり前のことだろう?」

 

広げた腕を閉じて、エキドナは微笑みながら首を傾けた。

 

「それでも、ボクは様々な要因から君を敵対的な存在である可能性は低いと見積もっている。こうして胸の内を明かしたのは、それを示すための誠意と思ってほしい」

 

そこまで言っておいて、なぜか敵意はない。味方だと思っている。

 

エキドナつまり、こう言っていた。

 

「逆の立場になってみろ、か……」

 

薄い胸に手を当てて、エキドナは自分の心境を語ったと態度で示した。

スバルとしても、その心意気を買って、また自分の素性と行動の怪しさを顧みて、エキドナの言葉に頷いてやりたいのは山々だった。

山々なのだが――、

 

「――どうやら、ボクの造物主は相当君の心に傷を残したらしいね」

 

人工精霊エキドナの振る舞いが、『強欲の魔女』であるエキドナと似通っていると思えば思うほどに、どんな誠意を尽くされても本心から信じ難い。

 

「お前の、言い分は、わかった。納得は、した。信じるかどうかは、別として……」

 

「君の葛藤はすごく伝わってくるよ」

 

 

動けず、言葉が出ない。エキドナも、何も言わない。

そうして動きの止まった二人に代わり、羽音だけが冷たい夜を切り裂いていく。羽音は後方から抜け、翼を休める鳥たちの群れに加わった。

また新たに一羽、鳥がバルコニーへと――、

 

――背後から。

 

 

「私が言えた義理ではないが、どうにも不用心ではないかな?」

 

 

修学旅行の時の、夜の散策を先生に見つかるあの感覚を思い出した。

ユリウスが、このバルコニーを見つけて二人の元に来たのだった。

 

彼は姿の見えないエキドナ、もといアナスタシアの体を心配して探しに来たのだろう。

直前の対話は、どうやら聞こえていたらしい。

 

「エキドナ。アナスタシア様の体で危険を冒すのはやめてくれ。スバルも。確実をとケイに言われて、無理を承知で誓約を結ばせただろう。残り少ないアナスタシア様のオドを削ってまで。その態度はエキドナ相手であっても不条理だよ」

 

「エキドナであってもって…」

 

ちょっと傷ついている様子のエキドナ。

 

ああ、わかってる。こんな風に上手く傷つくような真似はあの魔女はできない。

 

「あー!もう!わかったよ!すまんかった。でもトラウマなんだ。『エキドナ』って聞くだけで腹の底からもう疑心暗鬼が暴れ出すんだよ。これからも気をつけるけど、変な態度とったら謝る」

 

 

大声でそう言いながら、彼らは部屋へと戻るため歩む。

 

あるはずの波乱を何事もなく乗り越えて、凪のような日常がどれほど稀有で大切なものかも自覚しないまま。

微笑ましいこの均衡が誰によって生み出されたのかなど、彼らは知る由もない。

 

 

砂上の楼閣。文字通りのその場所で、それでも互いに良い顔で眠りにつくのだった。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

スバルが大きな声で謝罪をしたその時。

同日、同時刻。グステコ聖王国の辺境で大きなくしゃみが放たれた。

 

「っふえっくしゅん!!!」

 

豪快なくしゃみが森へと響く。

 

三人の少女が、雪が薄くかかる山道を歩いていた。

 

くしゃみをした少女は非常に目立つ風貌をしている。

 

目鼻立ちの整った、愛らしい顔立ちの少女だ。年齢はペトラと同じぐらいで、おそらくは十一、二歳といったところか。薄赤の髪はウェーブがかっており、細い毛質と相まって見るからにふわふわな様子だ。

 

何より注目を浴びるだろう箇所はその耳である。その特徴的な飛び出し方から、彼女がハーフエルフであるとわかる。

 

 

それに応えるのは呆れ声だ。ハーフエルフを恐れるでも、その可憐さを愛でるわけでもない。

 

「オメガちゃん。やっぱり着替えよう?ていうか乾かそう?夜も遅いし、そんなんじゃ風邪ひいちゃうよ…」

 

「無駄よコレット。もうそいつが着替えは全部濡らしてる。足滑らせて川に落ちるだけならまだしも、その後後先考えずに周りごと温めて、一帯をびしょ濡れにしたでしょ。オメガにはあんまり魔法使わせるべきじゃないわ」

 

「ワタシに向かって魔法が未熟とは言ってくれる。ワタシほど魔法の習熟したものは歴史上に数人といないというのにね。やはり、知らないというのは罪だ。そう改めて感じ入るよ。大体、この程度は問題ないさ」

 

堂々と言い放つオメガと呼ばれた少女は、鼻から一筋の水滴を垂らしつつ紫を超えて青くなった唇をブルブル震わせていた。

 

威厳を無理に保とうとしているわけではない、彼女にとっての自然体だがそれは虚勢にしか見えないというのがコレットとパルミラの正直な感想だ。

 

「それより、話の続きだ。どこまで話したか。そうだったね、つまるところ魔法というものは魂、およびマナとオドに密接に関わっているのであって、それは肉体という物理的な繋がりよりも顕著に…」

 

「いや、もう十分だよ。ていうか話が難しすぎるのと長すぎるから、最初の方とかもう忘れちゃったし…」

 

「このワタシの智慧を、対価もなしに聞けるというのにその態度…ああ、未知の経験だ。君たちと旅に出てよかった…」

 

恍惚とした表情を浮かべる少女は、どこかおかしい。

いやどこか、どころではない。この自称魔女の少女はそれを妄言と片付けられない姿と力を見せたこともある。

日常においてはポンコツもいいところなのだが。

 

「では、まとめてあげよう。要するに、『魔法使いの最後のあがきに注意せよ』ということだよ」

 

「ええ…?最初っからそう言えよ…」

 

「パルミラ!オメガちゃんはお話大好きなんだから、そんな風に言わないで!私はオメガちゃんの長話を聞くの大好きよ?」

 

グサリと後ろから刺されつつ、体勢を若干傾けてもオメガは話を続けた。

 

「歴史を紐解けば、新たな魔法や遺物。ミーティアが生まれる要因にもなっている。魔法使いの最後の魔法。その命と魂を捧げて行う魔法というのは、通常の効力から大きく外れる。予測不能でおかしなことが起きることがあるんだよ」

 

「え〜?それにしたってこの前魔法使いを仕留めた時には、魔法防御も回避もせずにただ見てなかった?」

 

「ああ、この『献魂一滴』と呼ばれる儀式において強化され効果が変質するのは、いつだって攻撃魔法以外のものだけなのさ。自らの全てを捧げても誰かを守りたい。何かを見つけたい。何かを伝えたい。そんな想いが奇跡を呼ぶのさ。当然、誰でも良いわけでも瀕死であればできるわけでもない。才能ある魔法使いが、まだ命のある時にそれを投げ打って使う魔法。人を害するためにはこの一雫は活用できないというのは興味をそそられる」

 

「それってどれくらいすごいことになるの?ていうかよく知ってるねそんなこと」

 

「これはかつての『強欲の魔女』が自ら確かめたことだからね。関わり深いワタシも当然知ってるのさ。かつてたった一人の少女がその身を捧げた結界は、400年の間もその場所を守り続け。どこかの母の慈愛がただの木片を血に塗れた呪具に変えた。そんな逸話は腐るほどある。そのどれもが、人一人の犠牲にしては規模が大きすぎたり、持続しすぎたり、成長することすらある。それはその魂が擬似的に宿るからでもある」

 

 

「なんか、悲しいけど。ちょっと優しい魔法だね」

 

 

そんな調子で、彼女たちの旅は続く。

 

折々で、オメガは遠く、遠くを見つめていた。

 

「オメガちゃん。どうしたの?東の方ばっかり見て。故郷が懐かしくなっちゃった?」

 

「いいや、既知の故郷よりもワタシは未知をこそ求めるさ。そうではなく、君の好みに応えるとすれば想い人とでも言えるのかもしれないね」

 

「いやいや、恋する乙女の顔じゃないって。それ」

 

いつも邪悪と言われてしまう笑顔を引っ込め、それでも溢れてくる笑みを隠すことはできなかった。

 

 

 

「仕方ないだろう?ボクはわるーい魔女だからね」

 

 

誰かのトラウマである。その笑顔を隠すこともなく、歩み続けた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ぶえっくしょい!!!っなんだ。強烈すぎる悪寒が襲ってきやがった」

 

寝ようと思ったスバルはくしゃみを契機に寝るのを諦める事になる。

 

「ダメだ。やっぱ寝れねぇって」

 

とはいえ寝れないものは仕方ない。

 

スバルは再びプレアデス監視塔の中、その散策を開始した。

 

 

 

 

 

――目覚めの感覚は、水中から水面に顔を出す瞬間に近い。

 

夢という無意識に沈み込む体を引き上げ、呼吸という形で現実を全身に巡らせる。そうすることでゆっくりと意識は蘇り、水面を割って、生まれ出でるのだ。

眠りは死で、目覚めは生誕――気取るなら、そんな言い方もできるかもしれない。

 

ともあれ、そんな詩文的な感慨を余所に、意識は徐々に覚醒へ――、

 

「――スバル!ねえ、スバルってば、大丈夫なの?」

 

「って、うおわぁ!?」

 

目を開けた瞬間、すぐ間近にあった美貌に驚かされ、スバルは横に転がった。

と、転がってすぐに地面がなくなり、そのまま短い距離を落下、肩を打ち付ける。

 

「んぎゃぁ!」

 

「きゃっ!スバル、平気!?なんでそんなにいきなり転がったの!?」

 

「い、いや、俺も別にいきなり転がろうと自主的に判断したわけじゃ……」

 

ぶつけた肩をさすり、軽く頭を振りながらゆっくりと体を起こす。それから目をぱちくりと瞬きして、スバルは困惑した。

 

そこは緑色の部屋だった。

部屋中、育ちすぎた蔦がのたくるように覆い尽くし、壁は完全に隠れている。仮に蔦でできた部屋だと言われたら信じそうなぐらい、突飛な外観の部屋だった。

 

そしてスバルはどうやら、その部屋の真ん中、蔦で編まれたベッドに寝転がっていたらしい。そこから転がり落ちて、この様、と現状を分析する。

そんな冷静ぶった判断をするスバルだが、それには理由があった。

 

「ん、どこか強く打ったりはしてないみたい。ホントによかった。でも、すごーく心配したんだから、あんまり驚かせないでね」

 

「エミリア、そんな言い方だとスバルは反省しないかしら。もっときつく言ってやらないと、ベティーたちの心配ぶりがスバルには伝わらんのよ」

 

「そうよね。ほら、ベアトリスもこう言ってるでしょ?スバルが見当たらないって大慌てで、倒れてるところを見つけて泣きそうだったんだから……」

 

「言わなくていいことまで言わなくてもいいかしら!」

 

すぐ目の前で、コントのようなやり取りが繰り広げられる。

その微笑ましく思えるやり取りにうんうんと頷きつつ、スバルは振り返った。地べたに座り込むスバルのすぐ後ろに、何か巨大な生き物の気配。

 

「――――」

 

それは、大きなトカゲだ。黒い鱗の肌をした、馬ほどもでかい大きなトカゲ。それがあろうことかスバルにすり寄り、鼻先を首筋に擦り付けてきている。

ずいぶんと人懐っこい、とスバルはそのトカゲの頭を優しく撫でた。

そして、ため息をつく。

 

「つまり、これはあれだな」

 

冷静に、落ち着いて、ゆっくりと、息と共に言葉を吐き出した。

そんなスバルの様子に、正面にいた二人の少女が首を傾げる。

 

「――スバル?」

 

と、姉妹のように息を合わせて、二人が同時にスバルの名前を呼んだ。

目が潰れそうなほどに美しい銀髪の少女と、妖精のように可憐なドレスの幼女が。

 

銀髪美少女と、縦ロール幼女、巨大なトカゲ、蔦でできた部屋――。

スバルは大きく口を開け、叫んだ。

 

――だって、これは、つまり、あれだ。

 

 

「異世界召喚ってヤツ――ぅ!?」

 

 




【献魂一滴について】
才ある魔法使いが身命を賭して行う最後の魔法に、稀に発生する強化および変質現象を指す。
かつて『強欲の魔女』はそれを部分的に再現性を発見し、その効果を活用して『聖域』の結界を張ることができた。
『慈母の血衣』などの呪具や、他にも現在ではミーティアと呼ばれる一点ものの遺物はこのような経緯で生まれることがある。

しかし、人を害する目的の攻撃魔法には効果がなく。何かを守ったり、探したり、伝えたり、人を支援する類の魔法にしかその効果は乗らない。
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