夜も深くなった王都、そのカルステン家別邸。
広い中庭には煌々と篝火が焚かれ、周囲を明るく照らしている。
白鯨があと一日で現れる。
その報告を元に、準備されていた討伐隊が結集しつつあり。事前の物資に加えてホーシン商会とラッセル・フェローの手配で物資と人が集まり続ける。
そんな戦前かつ最前線の拠点でスバルはキョロキョロと人を探していた。
いた。目的の人物は忙しく行ったり来たりとしているようだが、中庭に出てきたようだ。
正直話しかけづらい、けれども意を決して話しかける。
「なぁ。さっき最後に、なんて言ったんだ?クルシュさんもちょっと困ってたように……あ、いや待ってくれ今のなし。俺はその、謝りたくてだな!」
あまりはっきりと言葉がでてこない、散らかってしまい相手も困惑している。書記はごく端的に答える。
「ミーティアについての説明は抜け穴がある表現だと気づいたので、確認すべきと進言しました。最終的にはクルシュ様のご判断です。あと、謝罪は何についてでしょうか?」
疑っているというより、単純にそう思ったから指摘したという様子、さらには何についての謝罪なのかもわからないという言葉にスバルは見当違いを悟った。
そして今更になって気づく。俺はこの書記の名前すら知らない。聞いていない。馬鹿か俺は、いや馬鹿だ俺は。
「訓練の時、あれは必要以上の打ち込みだったと思う。落ち込んでたなんて言い訳にならねぇ。八つ当たりするなんて最低だった。それを謝りたかった。ほんとに、ごめん。そんでよければ名前を教えてくれないか?」
腰を折って少し間を置いて相手の表情を見てみると、驚いたような、困ったような顔でこちらを見ている。
「ああ、全くお気になさらず。良い訓練になりました。あと名前はケイと申します」
無感情で無愛想な一言。やはり怒っているのではないか。
そうは言われても納得はできない。こちらの真剣な思いを伝えねば。
「なぁ、俺はやっぱり...」
「このあとはもうお休みになられますか?騒がしいとは思いますが、大仕事の後ですしゆっくりお休みくださいね」
強めの語気で遮られる。やっぱ怒ってるよな。
「いや、俺ばっか休んでらんねぇよ。申し訳なさが今まさに高まったとこだ。俺にも何かやれることが」
「…そうですね。明日戦線に出ない方々が率先して荷運びなど重労働をしていますので、あのエリアに行っていただければやれることはあるかと思いますよ」
「まじか。明日に響かないようにしないとってことだな。よっしゃ!助かった!」
走り出すが、手を掴まれて制止される。びっくりした。
「少しお待ちを。明日はスバル様も戦線に出られるおつもりですか?戦闘計画には入っていませんでしたが、事前に相談していますか」
「え、いやでもそうだよな。これだけの人数で動くならそりゃ計画もあるか。戦えないってことしか知らせてないしそうなるか。こうしちゃいられねぇ今からでもクルシュさんに…」
「お待ちを。スバル様は白鯨討伐においてどのような役割を果たせるとお思いで?」
先ほどまでの無難な口調ではなく事務的な冷徹さからプレッシャーを感じスバルも思わず早口になる。
「いや確かに戦えはしないんだけども!意外と今回は役に立つと思うんだ。俺ってなんか魔獣が寄ってくる体質らしくてさ。白鯨も他より俺の方を集中して追っかけてくると思うから使えないかなって」
「はぁ!?」と声を荒らげて、呆然とするケイ。なんかイメージと違う…
「なんで!そんなに重要なことをこれまで隠して…いたのですか?」
しまった。そりゃそうなる。
「あ、いやなんつーか意図はなかったというか、忘れてました!!すんません!」
深いため息と共に、感謝と文句を同時に返してくる。
「事実ならそれは朗報です。素晴らしい情報と能力に感謝します。ですがそれに合わせて戦闘計画と陣形を再度組み直さなければいけない。他にはまだ話していないことはありませんか?」
「ないない!いや、特には思いつかないっす」
何も考えずに反射で答えてしまった。それを見抜いたのか、咎めるように彼は詳細を聞いてきた。
「白鯨の生態。攻撃手段。その背後関係や黒幕、誰か操っているものがいるとか。生み出した魔女や魔女教についての心当たりなど」
試すような視線にも気づかず、スバルは必死に脳内を探索して思い出す。
「あ、そうだ。割と近くに魔女教徒が潜伏している森がある。派手に戦うならそこには警戒が必要かもしれねぇ」
鋭い視線が向けられる。しかし場所や規模、大罪司教の力など知ってる限りを伝えると、段々と力を失い、最後には目頭を押さえてため息をついていた。
「あの一応聞いておきますけど、なぜそんな情報をお持ちで?魔獣にしか反応しないんですよねミーティアは」
「悪いが詳しくは言えねぇ、でもこっちは白鯨とは別だ。エミリアはハーフエルフってだけで狙われてる。ロズワールの不在を狙って襲撃を計画してるらしい。これはまだちょっと猶予があるから、白鯨を倒した後にそいつらに対処しなきゃと思ってる。個人的にはこっちが本命でな。これからアナスタシアさんとラッセルさんには話をして予備の戦力とか知恵とか借りれないかって交渉するつもり…」
頭がいいやつを絶句させてしまっている。沈黙が痛い。
「…現在白鯨討伐に向けて装備の最適化をしています。具体的には対人装備を削り、鯨狩り専用に切り替えています。騎士であっても普段の剣を置き、槍を一本でも多く持ち込んでいるんです。その決定の中、先遣隊はすでに出発しました。鉄の牙も隊は分けずに初手に全力を注ぐことに決まり、予備などありません」
「どんなことでも事前の相談がいる。その場でいきなりそんなことを言われても最善なんか尽くせるわけがない」
「なので。報告いただき助かりました。ありがとうございます」
そりゃそうだ文句もあろう。同盟成立の直後に言うべきだった。しかし最後に感謝を絞り出す様は、くたびれたサラリーマンのようで哀愁ただよう。
「すんませんっした!全部先に言うべきでした!もうないと思うから平に!ご容赦を!」
「いえ、先ほども言いましたが情報自体はすべて助かります。ですが何か思い出したらすぐに共有をお願いしますね。では自分は報告と計画の修正に行きますが、明日出陣するなら今すぐにお休みください」
ラムに匹敵する絶対零度の視線を向けながらもケイは感謝と労いを伝えてくる。こいつ実はいい奴かも。仕事できそうだし。
「そんなわけにいくかよ。俺がやろうって言い出したせいで、みんなこんな夜遅くまで動き回ってるんだぜ。なのにその俺が」
「それは筋違いです」
何度目だろう。続く言葉をすっぱりと切り捨てられて遮られた。
「彼らがなぜ夜遅くまで動いているのかわかりますか?」
「いやだから俺が言い出したからだろ。白鯨討伐を」
「いいえ、彼らは自分の意思で白鯨を討伐するために動いています。それは数ヶ月前からしている者もいて、ここ一月くらいは多くの人間が特に忙しく準備していました。いつか来る今日のような日を覚悟して臨んでいる。あなたの影響などそこにありません」
「え、なんかフォローされてんだが貶されてんだかわかんねぇんだけど」
純粋に貶されていたが、ナツキ・スバルは気づかない。
「共通の目的である白鯨討伐に向けてそれぞれがベストを尽くしています。なのにあなたは自分の満足のために成功の確率を下げようとしているように見えるので忠告させていただきました。誰にでもできる荷運びで明日の動きが遅くなったり、集中を欠くようなことがあれば囮としての仕事を達成できないかもしれない」
「俺が手伝うって言うのが、自己満足だって言うのかよ」
流石に聞き捨てならない。こっちは真剣に…
「ええ、そう言っています。あなたがすべきことは十分な休息と、そうですね。地竜への騎乗練習じゃないでしょうか。囮ができるならその操作技術に全体の生存がかかっていると言ってもいい。従者の方に任せきりより少しでもできたほうが良いでしょう。何よりあなたは、全体計画を担っている僕をわがままで拘束している。これは大きな損失です」
その鋭い指摘に、スバルは歯噛みする。反論できる点が見当たらない。悔しいし口惜しいが、その通りだ。
自分では休むか手伝うか以外を思いつけなかった。
しかし感情が追いつかず、なかなか声を出すことができない。
「もちろん私はあなたに指示をできる立場にありません。お好きになさって構いませんが、自分は明日の成功を祈って全力を尽くすことにします。では失礼します」
あ、これ普通に怒ってるやつだ。
整理できない感情にささくれ立つが、いつも冷静な書記が苛立っているように見えると冷静になってくる。目を閉じて数度深呼吸をし、落ち着かせる。
「くそっ謝罪しに来たのに怒らせちまうなんて意味がわからねぇ。ていうかキャラ違くねぇか。よし、わかった。俺もできることを…ってもういねぇし!」
その後フェリスに煽られ、ヴィルヘルムと言葉を交わしようやく眠りにつこうと心から思えた。
深夜というよりは早朝か。ケイは今やるべきことを終わらせてスバルについて振り返る。
魔女教も覚悟して計画をするつもりだったが完全に毒気を抜かれた。これは罠ではない。もし襲撃するのならミスリードなど必要ない。伏せ札があるかもという情報すら絶対に与えるべきではないのだ。
ペラペラと魔女教の詳細を話す間、当然クルシュにはやや後方から見守ってもらっていた。話した内容に嘘は無し、気楽で真っ直ぐ、穏やかな風であったという。
すでに皆がスバルのことを信じている。なら自分が疑わねばならないが先ほどのようなことがあると自分がバカみたいだ。当然、哨戒も対策も行うがスバルを警戒する必要は薄れた。
いつの間にか夜が明けた。
朝日が疲れ切ったケイの顔を労うように、笑うかのように照らしている。体を伸ばし、Y字に手を伸ばして体の力を抜く。
雑念は捨てて次すべきことをしよう。
「よし。参拝するか」
永井圭は人生で初めての祈祷に向かった。
【永井圭について】
年齢17歳。進学校に通う高校三年生。妹の病気を治すため医師を目指して勉強に励んでいたが、トラック事故に遭い亜人であると判明。指名手配や政府による拘束を経て亜人佐藤のテログループと対立する。
全国模試では一桁をとる秀才であり、幼い頃から一目見たものは大体覚えることができた。新薬開発や難病治療を目標に受験以上の努力を重ねる。両親ともに医師であるが父は離婚済み。妹は病弱でほとんどを病院で過ごす。