亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:142】Re:ゼロから始まる異世

 

 

――スバルは全てを暗黒に投げ出そうとしていた。

 

愛してる。と何かが言い続ける。

 

そんな言葉は、心のどこにもどんな波紋も起こさない。

こんなやつを愛する奴などいないのだから。

 

そうだ。ここにはきっと悪人などいないのだ。スバルが悪い。全部そうだ。

スバルを殺す方にも、何か理由があるのだろう。きっと世界のためとか、誰かの命を救うためとか。

 

――愛してる。と何かがスバルに言い続ける。

 

 

その手を受け入れたら、俺の願いを叶えてくれるのか。呑んで、砕いて、すり潰して、二度と他人に望まなくて済む、無の彼方に消してくれるのか。

だったら――だったら、受け入れよう。受け入れたい。これが最後なら。

 

これを最後にできるなら、ナツキ・スバルは、消えても――。

 

 

――愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

「――そこまでよ」

 

愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。

 

 

――。

――――。

――――――――。

 

声が、した。

 

耳元で囁かれるように、途切れることなく果てしなく続くと思われた、愛の言葉。

世界そのものを覆い尽くし、ナツキ・スバルという存在を塗り潰すような激流のような愛の告白を、銀鈴の澄んだ声音が鋭く貫き、真っ直ぐにスバルのもとへ届く

 

「――――」

 

光が、迸って闇の一部を打ち払う。

 

「――スバル!」

 

「――っ」

 

へたり込むスバルの名を呼んで、銀鈴の声の主が力ないその手を強く握った。地竜に乗った少女は、そのままスバルの体を引き上げて、疾風のような速度で連れ出される。

 

「り、やぁっ!!」

 

片手でスバルを抱え込み、そして空いた手で闇を打ち砕く。

パトラッシュがいななき、その僅かな、一縷の隙間を抜けていく。

 

エミリアと、パトラッシュ。この二人を見ても、スバルの心は驚くほどに鈍かった。

 

生存を、再会を、喜べない。当然だろう。罪悪感と無力感でスバルの心は死んでいた。

 

みんなみんな、見殺しにした。

スバルは逃げた。逃げ続けた。

 

ナツキ・スバルが関わったから、きっとみんな死ぬのだ。

 

「――もう、いい」

 

「え?」

 

「これ以上、何したって仕方ないって、言ったんだよ」

 

 

その言葉と声色に、心底驚いたようなエミリア。懐に抱くスバルの体勢を整える。

地竜の上で二人、スバルとエミリアが対峙し、逃げながらお互いを見つめ合った。

 

「なんで助けにきた?おかしいだろ、おれは役立たずどころじゃない。嘘つきで人殺しで、逃げ続ける卑怯者だ。殺されても文句なんてない」

 

「殺そうなんて!私は、様子がおかしかったから話を聞きたかっただけ。それで、スバルは話してくれたじゃない。記憶がないって。だから……」

 

「そんなのは!ただの、出まかせに決まってるだろ!誰が聞いたって、俺でもそう思うんだから、最低だよ。あれだけやったやつを信じるなんて、どうかしてるぞ!バカなんじゃねぇのか!」

 

苦し紛れのように記憶喪失の事実を打ち明け、氷の檻に閉じ込められた。

だが、まともな思考力があればこんな話を信じることなどあるはずがない。それが当然なのだ。

 

「嘘を、ついたの?あの言葉は、本当に嘘?」

 

その目は、スバルの自傷に一切付き合ってくれない。自嘲をものともしない強さがあった。

スバルの軽薄な言葉に騙されず、真実を見抜き。芯だけを信じる。

 

もう、やめてくれ。

全てを裏切って逃げたから、ナツキ・スバルはここにいる。

 

一番、馬鹿で、愚かで、どうしようもなくて、救えない、それが――、

それが、ナツキ・スバルなんだ。そう結論を叩きつけようと思ったのに、

 

「――私とスバルが初めて会ったのは、王都の、盗品蔵って場所だったの」

 

――。

――――。

――――――――。

 

「――――」

 

「……は」

 

意味がわからない。何を、言ってる?

そんなスバルの様子には構わず、エミリアは指を折りながら、記憶を辿っていく。

 

「そのとき、私はすごーく大事な徽章をフェルトちゃんに盗られちゃって。それを取り戻さなくちゃってパックと大慌てだったの。……それで、追いかけた先で、エルザと戦うことになって、危なくって、でも、ラインハルトが助けてくれて。それで、ホッとしたところをエルザに狙われて……それを、スバルが助けてくれて」

 

「――――」

 

「それが、スバルと私の初めての出会い。……思い出した?」

 

問いかけに、スバルは首を横に振った。

アナスタシアの調査に、そんな記述があったがそんな内容だとは知らない。

 

「でも、スバルは私を庇ったせいで大ケガしちゃって、それでロズワールの屋敷に一緒に連れ帰ったの。そこでベアトリスが文句言いながら治療してくれて、ラムと……きっとレムとも、スバルは仲良くなったのよ」

 

「――――」

 

「そうしたら、今度はメィリィも魔獣をけしかけて悪さをしたの。それをスバルとラムが食い止めて、ロズワールが魔獣をやっつけて、私はお留守番……『でーと』の約束をしたのも、このとき。……思い出した?」

 

「――――」

 

首を横に振る。

他人の話だ。そんなことは、していない。――俺は、していない。

 

「屋敷では色んなことがあったんだから。マヨネーズを作ったり、みんなでお酒を飲んだり、パックが雪を降らせたり、『王様げーむ』をして……王都に行ってからは喧嘩もしちゃって。それでもう終わりだと思ったのに…」

 

 

思い出を語るエミリアの声には、微かな震えが滲んでいた。

それは喜びと悲しみ、不安と期待、相反する感情が絡み合ったものであり、スバルの喉はひどく乾きを覚える。

 

焦がれる。焦がれる。焦がれてやまない。

胸の奥が、灼けるように熱く焦がれていく。

 

エミリアにこの表情をさせるすべてに――いや、たった一つの理由に、焦がれている。

 

「何が起きてるのかわからなくて、不安な状況に押し流されるだけだったとき、一番心がもやもやしてたとき、スバルが駆け付けてくれて、それで……」

 

「――――」

 

「それで、なんて言ってくれたか。……思い出した?」

 

「思い……」

 

声にならない。

出せない。出るはずがない。

エミリアの震える声が、呼びかけが、縋るような響きが、それをはっきりと示していた。

 

スバルは理解する。

ここにいる自分は、彼女が求める『ナツキ・スバル』ではないのだと。

突き付けられた明白な事実に、スバルは自分自身への羨望と嫉妬に焼かれる。

 

「――でも、私は全部、覚えてる。スバルが言ってくれたこと、してくれたこと、約束してくれたこと。全部、覚えてるの」

 

その、エミリアの微笑を目の当たりにして、スバルの唇が震えた。

 

何も、ない。どこにも、ない。覚えていない。

 

「覚えちゃ、いない。思い出せも、しない。お前は…!お前らは!誰の話をしてるんだよ!?」

 

爆発、する。

想いが止められなくなる。

 

「――――」

 

エミリアが、その咆哮に紫紺の瞳を見開く。

 

「――ふざけるな!誰だよそいつは!そんな奴が、ナツキ・スバルのわけがねぇ!」

 

嘘だ。嘘だ。嘘だ。

嘘だと、知っている。

 

「俺は知ってんだよ!ナツキ・スバルがどれだけ卑怯で情けなくて、どれだけクズで、どれだけどうしようもなくて、どれだけ腐った野郎なのか!」

 

ナツキ・スバルが、誰かと心を通わせて信頼される?あり得ない。

 

「誰を見てんだ!?何の話をしてんだ!?そんな奴、どこにもいやしねぇよ!全部嘘っぱちなんだ!もし何かできたとしても、それはそいつの力じゃない。他人の力に振り回された運だけの結果だ!信じる価値もない!」

 

ナツキ・スバルが、愚かに犯し続けた罪業を誰かに赦される?あり得ない。

 

「ナツキ・スバルにそんな価値があるもんかよ!だって、人だって殺してる!見殺しだって殺人だ。それなら、言い訳の余地なんかねえ!ナツキ・スバルは大量殺人鬼だって言ってんだ!」

 

ナツキ・スバルが、誰かに一緒にいてほしいと願われる?あり得ない。

 

「……俺じゃなくても、いいだろ」

 

ぽつりと、呟いた。

 

強くも、賢くも、ない。そんなスバルを、望むなんてあり得ない。

そうだ。ケイが来ればよかったんだ。その王都とやらで彼がエミリアと出会っていたなら、きっと全てが上手くいっていたのだろう。

 

だから――、

 

「――私の名前は、エミリア。ただのエミリアよ」

 

「――ぁ?」

 

不意の名乗りに、理解が遅れた。

 

「――――」

 

言葉の、意味がわからない。――否、意味ではない。意図がわからない。

 

エミリアを見れば、自分の豊かな胸に手を当て、丸く大きな紫紺の瞳にスバルの姿を映している。

その、輝く瞳に息を呑む。そのスバルを前に、エミリアは続ける。

 

「話さなきゃいけないことも、聞かなくちゃダメなことも、たくさんある。たくさんたくさんあるの。でも、今は一つだけ、聞かせて」

 

「――――」

 

「みんなが。私が。手を引いて、一緒に走って、目に止まって、死なせたくなくて、そうやって……」

 

万感の思いを込めて、エミリアが目をつむった。

数秒、彼女は言葉を中断する。そのわずかな沈黙の間に、彼女の胸に様々な想いが去来したのがわかる。

崩壊する塔において、この場にいないという意味も。仲間たちを想う感情も、伝わる。

 

それらの想いを抱えたまま、エミリアの桜色の唇が震えて、

 

「そんな風に、私たちに思わせてくれたあなたは、誰?」

 

何かが、始まる予感がした。

 

「――――」

 

 

いや、すでに始まっていたのだ。それはスバルの心の奥底にある恋心でもあり、そして…

 

「お願い。――聞かせて。あなた()…」

 

 

願いの成就の時。

息を呑むようなその時に、本来なら願いを聞き届けるはずのそれが、

 

 

流れ星が(またた)いた。

 

 

全ての脈絡を、期待を、雰囲気を、流れを、あるべき対話を。

『滅びの流星』が二人ごと、空間ごと、床ごと、地竜ごと削り取る。

 

遅れて吹き荒れるのは破壊の嵐。

 

パトラッシュの機動によってかろうじて直撃は避けたようだが、空中へと投げ出され落下が始まる。

 

そこからスバル以外の動きは早かった。スバルは何もできない。破片が左目に当たり、激痛に抑えるくらいだ。

投げ出され、床が崩壊しつつある中でやることではなかった。その代償をまたも他人に背負わせる。

 

パトラッシュがエミリアに噛みつき、足場へと放り投げる。

 

作用反作用の法則に従って、二人に預けた加速度の分だけゆっくりと逆に押し出される。

いつかの再現を見て、感じて。スバルの心は砕けそうになる。

 

だが、それでも足りない。

 

まるでバトンを繋ぐように、エミリアが咄嗟にスバルを安全圏へと押し出した。

奇しくも、そこは前にパトラッシュに投げてもらったバルコニー。

 

感謝もできず、再び黒い奈落にパトラッシュが落ちていく。

聞きたかった言葉と共にエミリアが、黒い奈落に落ちていく。

 

落ちる時の表情を見たくなくて、気づけば無事な右目を固く閉ざしていた。

 

目を閉ざし、向かってくる闇より早く。自ら闇に引きこもった。

最後まで、見れなかった。見たくなかった。

 

 

顔を背けて、全てに背を向けて、目をつぶる。

スバルは体をそのままに逃げ出した。見たく、ない。

 

 

世界が冷たく閉じていく。闇が覆っていく。

 

見出したと思った希望は潰えて、期待した自分を世界が嘲笑っている。

 

 

スバルはやはり何もできない。全てが裏切られる。それも全部スバルの無能が原因で。

何もかもを失うのだ。やはりスバルは…

 

また、銀鈴のような声がした。

 

そんな、スバルの予想は即座に裏切られる。

水をかけられ、硬く冷たく閉ざされるはずだった心に再び点火する。

 

「スバル!無事だったのね?」

 

そうだ。不出来な自分の状況分析など、そんなものも当てにならないのだ。

考えなくていい。ただ、今目の前にある現実だけを受け入れよう。

 

エミリアが、生きてた。生きててくれた。

 

エミリアが、息を切らしながら戻ってきた。というより上がってきた。

駆け上がる姿は、あまりに華麗で、神話の一場面かと思うほどに荘厳だった。

 

「よかった!スバル。さっきの続きを、しましょう」

 

身軽に駆け寄り、その勢いのまま抱擁する。

 

「なっ…」

 

動揺する心と、跳ね上がる心臓の鼓動。そのリズムに合わせてスバルの時が、動き出す。

 

ドクン。ドクン。と早鐘のように高まっていく。

 

「お願い。――聞かせて。あなた()…」

 

 

異世界で、再び新たな全てが始まろうとした…

 

 

「    私のこと  好き?   」

 

 

時は、再び止まった。

 

そして、エミリアがおもむろにスバルに顔を近づける。

 

止まっているかのように。いや、全てがスローモーションに見えていた。

 

体を動かそうとも思えない。

 

 

唇と、唇が、触れた。

 

 

「私のこと、愛して?」

 

 

スバルの頭の後ろに手を伸ばして、唇を重ねていく。

 

エミリアの体重をスバルが受けて、体が傾く。

 

慌てて体重を支えようと力を入れるが、そのままエミリアは体をスバルに預けて倒れた。

 

 

まるで後ろにベッドでもあるかのように。

 

そして倒れた勢いは止まらぬままに、バルコニーの外の虚空へと身は踊る。

 

これまで以上の速度、量。必死な様子で黒い魔手が追い縋るが、追いつかない。

 

 

ついに口内に舌が入ってくる。

本能的な拒否感と、落下による恐怖とで思わず噛みついてしまうが、血が出るばかりでやめる気配はない。

 

そして重力は思い出したように仕事を始め、落下が始まった。

 

その頭部は両手で固定されている。

逃げられないように、まるで捕食でもしているかのように。

 

 

ンンンン゛ン゛ん゛ん゛ん゛んんん!!!

 

声にならない。叫びが外へ逃げずに、相手の体内に響いていくのがわかる。

 

口を塞がれ叫ぶこともできず、血の味しかしない口内が蹂躙されている。

そしてそこに落下の浮遊感からの、吐瀉物が奥から這い上がってくる。

 

吐きたいのに、吐ききれない。

 

逃げられない。逃がしてくれない。

 

万力のような力で頭を抑えられ、体内を犯され続ける。

 

血と吐瀉物が混ざり、淡い恋心だったものを想い人の舌で掻き回され、台無しにされる。

 

無事だった右目で、その光景を見続ける。見せつけ続けられてしまう。

 

見たくないのに、目が閉じない。

 

 

「愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」

 

ついさっき、狂いそうな「愛してる」の嵐の中を、銀鈴の如き響きでスバルを救った声なのに。

 

 

同じ声で、「愛して」という音の呪詛を吐く。

 

 

入れ込んだ舌を噛まれながら、それでも愛の囁きを止めないエミリア。

 

愛を求めているだけ。

 

こんなのは愛なんかじゃない。その嫌悪感を魂が確信した時に、ようやく地上が来てくれた。

 

(アタクシ)だけを見て、愛して?」

 

体に走る衝撃を、呟かれた言葉を、もはや知覚できない。

 

昔、ビニール袋に水をいっぱいに入れて振り回し、空中からアスファルトに落ちた音を思い出した。

 

スバルの記憶はそこで終わる。

 

スバルは終始、逃げようとしていただけだった。目を背けているだけだった。

エミリアの左手。その薬指がないことなど、スバルに気づける訳もない。

 

同じ月明かりの下で、別の愛の告白があったなど。

戦乙女が黒髪の想い人に告白をしたのと同じ瞬間だったなどと、知る由もない。

 

 

ナツキ・スバルは戻される。

 

その記憶に絶望を詰め込めるだけ詰め込んで、振り出しへと。

 

再び、押し込められていく。

 

 




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らぶらぶらぶらぶらぶらぶみー
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