ツギハギ、ツギハギ、付け足していく。
ツギハギ、ツギハギ、縫い付けていく。
ツギハギ、ツギハギ、整えていく。
ツギハギ、ツギハギ、ツギハギして、完成するのを待っている。
ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ、ツギハギ。
ツギハギ、ツギハギ、ツギハギして、ツギハギしながら
ずっと未完成のままで、逃げ続ける――。
人は慣れる生き物だ。
この緑部屋で目覚めるのもようやく慣れた。
最初はすぐ近くにエミリアがいることに耐えられず醜態を晒したが、それも繰り返せば慣れるものだ。
そう。人は慣れる。恐ろしいほどに。
なのに、なぜだろうか。右目が段々と見えなくなっている。死ぬごとに心はスッキリと、思考はクリアになっていくのに視界はどんどん霞むのだ。
だがそれも、もう慣れた。
逃げて逃げて逃げて、逃げ続けて。その先に絶望しかないと知ったスバルは、一度諦めることにした。
殺意なんて野蛮なものも、もういらない。
何を諦めるのか、それは『自分』についての全てだ。
このナツキ・スバルではダメだ。誰も助けられないし、誰の信頼にも応えられないし、誰も求めてない。敵もわからない。戦えない。
唯一求めてくれたかと思った相手はいた。それに応えたいと思ったが、それは全てが嘘だった。
はっきり言って、あの時は恋をしていたんだと思う。
我ながらどんなタイミングで、どんな状況でだよと思うのだが、あの崩壊する塔の中でエミリアとの対話はスバルを変えるほどの力があった。
本当にそう思う。殺人鬼で嘘つきで、このカスみたいな自分でもと一瞬思えてしまったのだ。とんだ勘違いであるが、恋は病というのも頷ける。
直後に現した本性を知るまではという注釈、というかオチがつくのだが。ほんの数十秒足らずの初恋とは笑わせる。
しかも即座にその相手とキスまで果たしているのだ。それもずっと深い、アブノーマルなやつを。
相手が自分の思っていた様な人じゃなかった。そんな風に、一般的な失恋話にまとめることもできるかもしれない。
初キスはゲロの味なんて、何かの作品で見た気がするが血とゲロと落下の浮遊感まで付随する人間は流石に他にいないだろう。
どんな初体験だよと思うが、もはやそれもいい。
あれは敵だった。
それだけだ。彼女のどんな言動も最後に愛を求めるための、そのためだけの行動なのだろう。吐きそうになる。
それでも脳と感覚はずっと彼女の姿を追うが、もうだめだ。心が生理的に受けつけない。
もう、その顔を見たくない。
美しいと、綺麗だと、好きだなと、見るほどに感じるが、嫌悪感が上回っていく。
エミリアの近くにいるのが辛い。だって気持ち悪いから。
彼女と、そしてそれでも惹かれる自分が心底気持ち悪いのだ。
何を考えていたのだっけか。
ああ、そうだ。『自分』を諦めたということだ。
それで、どうするか。簡単だ、自分でなくなればいい。
こんな出来損ないなんか消してしまって、『ナツキ・スバル』を取り戻せばいいんだ。
だっていらないだろう。俺だっていらない。こんなやつ。
今の自分の目的ははっきりしている。
そのために最適な動きも見つけた。まずは精神的な体調不良を訴えて、半日くらい緑部屋に閉じ籠る。
正直言って、これだけで良い。
こうしていれば、この塔にはいずれ魔獣たちが殺到し、レイドが歩き出す。
隠れていても、あの宝石爺さんが見つけてくるだろう。
唯一の危険はあの黒い手だが、スバルがじっとしているとその襲来は遅れるようだった。
一体何がそうさせるのかなどわからない。でもどうでもいい。スバルはただ待っている。
最後にはあの黒い津波が襲ってきて、スバルを掴むその前になぜかスバルの意識は途切れるのだ。
そして死に戻りしている。なぜかは知らない。どうでもいい。
動き始めるまでの猶予でパトラッシュと触れ合っていれば心は安らぐ。本当にこの時間が救いだった。ずっとこうしていたい。
「そろそろか…」
そう言うなり、スバルはこの部屋を後にする。パトラッシュがついて来ようとするがなでて宥める。
これができるようになるまでは、結構必死だった。
こいつの死に目を見るのだけは慣れないから、本当に死に物狂いで習得したのだ。
不用心に歩く。
怖がっても仕方ない。意味がない。できることなどない。
だから歩く。何かが掛け違って誰かに会っても構わない。最初はそう思い警戒していたが、今のスバルは誰にも会わない時間と道を知っている。
気づけば書庫にいる。ここから、しばらく本を探すのだ。
探索は、あの黒い手が来るまで。
それがこのスバルのループ。現在のこの世界の制限時間だった。
どれだけ長くても、その程度までしか生きられない。
それを伸ばす努力はしていなかったので無理ではないだろうが、そこに労力をかける気が起きない。
スバルは痛いことが嫌いだ。
辛いのも嫌だ。
だから、シャウラにまだ記憶を見ていない者を殺すように言って、それを見届けもせず協力もせずに、その本がないかを探している。
シャウラが殺せているのかもわからない。そしてその本がどこにあるのかも。
本当に偶然に任せているのだが、どうやらちょっとした作為はあるらしい。
知り合いの本は手元に来やすいのだろう。
20回もしないループの中で、すでに『ユリウス』と『ガーフィール』を読めたのだから。
少しずつ、ナツキ・スバルという人物を理解していく。
パッチワークが出来上がっていく。
いや、そんな綺麗なものじゃない。差し詰め死体を継ぎ接ぎして作った怪物。
フランケンシュタインと言った方が適切だろう。
ユリウスとガーフ。アナスタシアと脳内で会話をしながら制限時間を待つ。
今回は長めらしい。過去最長ではなかろうか。何が原因で終わりが伸びるのか、何もわからない。
引っ張って皮膚ごと抜けた髪の毛とその傷の血も止まりそうだ。
これは、エミリアと似た『死者の書』を見つけて動転してしまった時の傷。失敗の負傷だ。
彼女の人生を見るなんて、無理だ。生理的に無理すぎる。
そういえば、今回は初めて最初に狙う相手をヴィルヘルムに変えたのだったか。
一番の強敵を狙わせたがこうなるとは。シャウラは彼に勝てないと思ったが、どうなったのだろう。
因果とは不思議なものである。
過去類を見ないほどに長く探索を許されて、そしてずっと見ていたが見つからない。
手持ち無沙汰になったので、自然と壁に頭を打ちつけていた。
自分でも不恰好だと思うのだが、これが存外落ち着くのだ。
リストカットとか、理解できなかったし、心のどこかで馬鹿にしてたかもしれない。
本当に悪かったと今は思う。生の実感というのはそれほどに大事だ。死んでいないと自覚できることのありがたさは何物にも変え難い。批判するなら、同じような目に遭ってから言えというものだ。
それを今まさに実感している。
『俺ッ様の額の傷も、自分でつけたもんだッからなぁ』
ゴン。ゴン。ゴン。と打ちつけながら対話をする。
ずっとこうしていれば、きっといつかはやり直せるだろう。
ずっとこうしていれば、きっといつかは『ナツキ・スバル』を取り戻せるだろうか。
まぁひとまずはこの塔の面々の記憶が集まるまではこうしていよう。
『スバル。このままでは血で本が汚れてしまう、それはこの神聖な歴史ある図書館においてはあまりに…』
ユリウスの小言を聞くのも割と嫌いではなかった。文句を言われるようなことをあえてするのも対話の一つになっている。
スバルが忙しく怠惰を貪っていると、これまでにない変化が訪れた。
塔が非常時に陥ると、基本的に書庫には人が来ない。
あまりに広大だし、果てのないように感じる不思議空間だ。用などないだろうに。
一体誰が来るのだろうか。これは、長く時間が掛かれば毎回起こることなのか。それともヴィルヘルム狙いを発端とする今回だけの現象なのかも知らないが、いったい誰だろうか。
視線を動かす事すらだるい。精一杯頑張ってそちらを見る。
スバルは興味を失った目を、全力で動かして入り口の方にどうにか向けた。
スバルは少し驚いた。
だってそこにいたのは、この塔で初めて見る顔だったから。
ただし、知らない相手ではない。
スバルは当然初見だが、記憶の中の三人はそれぞれ彼をこう呼んでいる。
『ケイ』『向こうの大将』『書記くん』
ケイ。スバルと同じ黒髪黒目で、異世界出身。しかも同い年。
その能力や実績は当然スバルとは比べ物にならないが、以前のナツキ・スバルと比較してもずば抜けている。
不死だけでそんなことができるもんなのか?
本当の天才ってやつらしい。
それが、こちらを見ている。
その表情は、なんだっけか。スバルをそんな目で見るものなどいなさすぎて忘れてしまっていた。
『オイオイ大将。こんな目線は俺ッ様くらいになると、日常だぜ。自分より強え奴を前にして、心の底からビビってる目だァ、アレは』
ああそうだ。恐怖だった。なぜかケイは自分を恐れているらしい。
何をどうすれば天才様がこんな出来損ないを恐れることになるのかは知らないが、まぁここまで来てくれたのならちょうどいい。
エミリアを除けば最大の敵。その陣営の頭脳が来てくれたのだ。
どうやってなど、どうでもいい。そのうちわかるに決まってる。
しばらくずっと不躾に眺めたままというのも悪いし、いい加減に声をかけよう。
せっかく来てくれたんだから、非常識だったなと少し恥じる。
「あれ、書記くん。どうしたん?こんなところで。迷子ッてわけじゃァないだろう?」
定型で用意してあるセリフ以外を喋るのは久々で、ちょっと不自然な感じになってしまった。
誤魔化すように、笑いかける。
ケイの表情がさらに引き攣っているが、なぜだろう。
なんだか久々に笑った気がする。やはり人生に刺激は必要なのか。
慣れすぎるのも怖いものだ。
ツギハギ。ツギハギ。作っていこう。
ツギハギ。ツギハギ。イチから作ろう。
ツギハギ。ツギハギ。集めて詰めよう。
みんなの中のナツキ・スバルのカケラを集めて作るのだ。
ツギハギでいい。全てを剥がされ空っぽながらんどう。スバルの中身をどうにか詰めなきゃいけないんだ。
俺は『ナツキ・スバル』を継げない。だから、不出来なメッキを剥がして捨てて。元に戻ってもらおうじゃないか。
恐怖に染まったままでも、鬱陶しいほど熱い目。それが真っ直ぐに、ただただスバルを見ていた。
それを見て、久々に自分から何かをしたいと思えた。
死ぬほど不快なその視線を、やめさせなければ。
伏字になっていた章題は『記憶の回廊 継ギ剥グ編』です。
スバルが仕上がったところで、次回からはケイ視点に戻ります。