亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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前章のラスト『劇しい静寂』と接続しました。


【FILE:144】狂気の静寂

 

 

()()()()()()()が、()()()()()()()。まるで、()()()()()()()

 

 

その様子は尋常ではなく、そして心理的な状況は見た目以上に悪いのだろうと容易に推察できる。

 

なぜならば、ナツキ・スバルがこの状況でただ蹲っているのはおかしい。

 

 

緊急時に時間を無駄にするようなことは彼はしない。

 

 

まず、これは本当にナツキ・スバルなのか?別の何者かと言われた方が納得できるほどの豹変ぶりにどんな声をかけるべきか逡巡する。

 

すると…

 

 

「あれ、書記くん。どうしたん?こんなところで。迷子ッてわけじゃァないだろう?」

 

 

凄絶な出血と焦点の定まらない片目、それを抱えつつ敵意を滲ませた上で親しく話しかけられる。チグハグな様子に怖気が走る。情報量が多すぎだ。

 

「ああ、ごめんな。ケイ。ちょっと色々あってさ。わかるだろ?大変だったんだよ。こっちも」

 

その言葉は親しみを込めたものなのに、見えているだろうしっかりした左目からは敵意が溢れ出している。

 

ケイは問う。自身の聞きたいことを後回しにして、彼の一番の関心事について聞いておく。

 

「他のみんなは?エミリア様と……レムは、どうした?」

 

エミリアの名前を出した瞬間の表情は、表現できない。なんと言えばいいのかわからなかった。

ただ、それは良くないことであるとしか言えない。

 

激情を手で抑えて隠し、なんでもないように言うスバルの声は震えていた。

 

「あ〜やっぱそうだよな。そこ、気になるよなぁ…」

 

ボリボリと髪をかいて、困ったように頭を振る。

 

 

「たぶんだけど、死んでんじゃないかなぁ?いやでも、死者の書は見つからないから逃げられたのかもしれねぇ。すまん。正直わかんないわ」

 

ごめんな。と素直に謝られ、事態の深刻さを理解した。

 

そしてこれがスバルの偽物ではなく、スバルになんらかの作為が与えられているということもわかった。

偽物が擬態するなら、こんな状態にするわけがない。これが本物であるなら最大の警戒をするし、反射的に逃げるか殺すかしてしまうほどの不気味さだから。

 

 

緊張から起こるストレス性の発汗が、まるで漫画の描写のように頬を伝う。

 

いったい今のスバルの行動原理はなんだ?何がどうなればこうなるのだ?

 

暴食の権能による成りすましではない。そうであればケイは彼を忘れている。直前のクルシュもナツキ・スバルを覚えていた。

 

精神操作?その類の加護や権能が使われたなら、王国では感知する加護者がいる。

クルシュが王都まで飛んだ時にはそんな話は聞いていない。少し、時間は経っているしその後に何か起こった?

 

他にも未知の権能や加護。ミーティアまで考えれば可能性は限りない。

しかし、一つ思いついた可能性があった。

 

論理的ではない。他にも検討すべき可能性はあるはず。けれど、どうにもこれだと思った。

なぜならそれは、自分の身にも起きたことだから。

 

そして先ほどの書記くんという言葉とイントネーションは関西弁に近いもので…

どこかガーフィールの特徴的な喋り方と、洗練された騎士のような優雅さを最後には持っていた。

 

置き書きにあった『死者の書』という新たなルールが追加され、ケイの脳内で今の推測と結びつく。

スバルがずっとここにいるのも、それが目的で?

 

 

「スバル。お前は、記憶を失っているのか?」

 

 

スバルは、はっきりと反応した。

驚きを全身で表現し、興奮している。

 

「おお!マジですごいな!ほんとにすげぇよ!どうしてそう思った?どうやったらそんな風に考えられるんだ?ほんとにみんな、すごいよなぁ…」

 

スバルは感激し、それでも虚しくなったのか。落ち込んでいく。

 

「それで、読んだのは誰の『死者の書』だ?」

 

「ええ、そこまでわかんのかよ。本当に?誰かに聞いたわけじゃなく?ちょっと怖いわ。でも、俺はここでは誰のも読んでないよ。マジだぜ?」

 

スバルは、皮肉げに笑いそういう。こちらの理解を期待していない。そんな様子で。

 

「ああ、ここだけど違う同じ書庫で読んだんだろ?誰のを読んだ?」

 

ケイは軽薄な態度に付き合わない。確信を持って問いかける。

スバルの驚きは、これまでとは一線を画していた。

 

「おいおい!なんでだ?なんでケイが知ってて他の誰も知らないんだよ。てっきり俺は死に…」

 

致命的な一言が紡がれる前に、IBMがスバルの口を手で塞いで黙らせた。

 

スバルの表情は、苦しみに歪められ、そして現実に回帰する。

 

「なん…だよ。今の…」

 

「それは言っちゃいけない。もう止めないが、後悔するぞ。ていうかペナルティは知らないのか。ほんとに、どういう状況だよ」

 

スバルは先の苦痛から逃げるように、その言葉を飲み込んだ様子だった。

ケイを信じたわけじゃない。あの悪質な手から逃げたい一心だろう。

 

「なんで?お前だけが、知ってるんだ?」

 

何をとは言わない。

 

「別に知らない。僕が推測した。確かめることもできないから、不確実だけどな」

 

「ははっ!じゃあ何か?俺らって結構仲良しだったりした?誰も詳しく知らなくてさぁ!同じ異世界出身で、そこまで秘密を共有してるわけだろ?普通ならそこは可愛い女の子ポジションだと思うんだけど、俺よりよっぽどイケメンの有能な男ってのが腹立つなぁ」

 

そのおどけた調子にイラつかされる。まるで何かから逃げるかのような態度だ。これはどうすればいい?

いや、これはまるで、何かを待っているような…

 

「誰もお前と俺の関係性については詳しく知らないみたいなんだよ。こんな調子で合ってるよな?」

 

「スバル。お前はいったい…」

 

 

どうしたいんだ。何を待ってると聞こうと思った。その時に、塔全体が振動していることに気づいた。

 

 

「ようやくかよ。今回はマジで長かったな。でもたまにはこういうのも楽しかったよ。また、話そうな?」

 

笑顔で手を振るスバル。それはこの対話の終わりを示していた。

 

いったい何が来る?

 

そこからのケイの動きは早い。即座にIBMでスバルの両手を固定しつつ確保。

自身もIBMに抱えさせて、移動に備える。

 

スバルは驚きはすれど、一貫して無抵抗。

全てを諦めたような様子である。何があったかは知らないが、恐怖や混乱とは別に、こいつの態度にいよいよ腹が立った。

 

書庫の扉を抜けると、外の喧騒も音として入ってくる。

 

無数の赤ん坊が泣き喚くような絶叫。それが人外のものだとすぐにわかる。

そして見えたのは、やけに大きい魔獣だった。

 

これまで確認した中で最も人の作為を感じる造形。動物という型から外れ、取り繕うことをやめたその姿は、別の制作者の存在を感じさせる。

 

魔獣たちがこちらを確認したようでちょうど扉を出ると、炎を放ってきた。

 

IBMで回避し、そのままに駆ける。

 

この階の構造はすでにIBMに探らせてある。魔獣が来たというのだからきっと地上から。下からだろう。

 

ひとまず時間を稼ぐために上へと向かう。

 

 

二層に向かう長い長い階段をIBMで飛ばしていく。

 

 

「もう俺のことなんて放っておいてくれ。お前って死なないんだろ?だったら本当に用無しだよ。お前だけは信じられない。関わりたくないんだよ。お前らみたいな出来るやつらと一緒にいるとさ、自分が惨めになってくんだ。わかんねぇだろうな!お前らには!」

 

無気力かと思いきや次の瞬間には烈火の如くキレ散らかす。情緒不安定そのものだった。

 

「落ち込むのは終わりか?」

 

「何を!てめえが何を知った風に言いやがる!何も知らないくせによ!俺がどんな目に遭ったか、知ってんならんな態度取れるもんかよ!」

 

「知るわけないだろ。まだ聞いてないんだから、教えてくれ」

 

 

そう言った時には、無人の二層まで到達していた。

レイドは自由に歩き回っている頃だろう。いなくて、よかった。

 

対話は中断され、そこにある物体にケイの視線が奪われる。

 

 

「っなんだ?これ…」

 

人の塊が、ここにあった。

 

蠢く人体の塊。それはいくつもの肉体を混ぜて球体に仕上げている。吐き気を催す歪な悪意の芸術。

 

「はは、どうりで。死者の書が出来ないわけだな。誰も死んじゃいなかったんだ。あいつが固めてやがったのか。笑えるよ、本当に。また俺は無駄なことを繰り返してたんだ」

 

スバルはそれから目を逸らして見はしない。

しかし、部屋の隅で吐いている。

 

その気を逸らすように、妙な歌を口ずさんで、耳を塞いでそこに座り込んでしまった。

 

ナナーナナナナナーナーナーナ。

 

現実から必死に目を背けて、左目だけを必死で瞑っている。

右目は、見えてないのか?

 

耳を塞いで自分で歌うのは、これ以上脳に何の情報も入れたくないという必死の現れだった。

 

『塊魂みたいだね。懐かしいなぁ。あれは名作だよ』

 

そんなスバルの様子も、佐藤の余計な知識も無視して。

 

一つ手前の反応をケイは見逃さなかった。これを見て嫌悪感を感じている。これはまだ希望が持てるかもしれない。

 

ケイはIBMから降りて、詳しく調べる。いくつか見知った人物の特徴を見つけたから。

 

その暴挙に、スバルは思わず反応してしまう。

 

「お前、よく触ろうとか、思ったな。ていうか何する気だよ」

 

スバルが、それを信じられないという様子で非難じみた声を出す。

 

「これは『色欲』じゃないな。魔法でやられてる。これ、魔石みたいな無機物が混ざり込んでる。全く知らない方式だ…」

 

 

 

 

 

「これ、不躾に触るでない」

 

しわがれた声。その言葉と同時に、ケイの体に無数の穴が開く。

 

一目で致命傷とわかる傷。スバルはまたしても、吐きそうになる。

惨状にショックを受けたからではない。かつての自分の死を思い出したから。

 

 

「随分…ゆっくりしてたんだな?」

 

 

「はて、英雄よ。その言い方ということはつまりぃぃりいいいい!?」

 

そこで、理知的なその言葉は歪み、その体は大きくのけぞった。

 

「はぁ!ひっさびさァ!待って、待ってた、待ってる、待ってるね、待ってたよ、待ってたんだよ、待ってたのに、待ってたからこそッ!暴飲ッ!暴食ッ!」

 

その異変にスバルは絶句する。自分も大概狂っていると思ったが、上には上が、いや下には下がいるらしい。

 

「なァ!?英雄?調子どうカナ?下ごしらえは済んだ感じ?」

 

その言葉の全てが理解できない。どうでもいい。そう思って再びその目を逸らそうとするが、声が響いた。

 

 

「『暴食』は人の記憶と名前を喰らい。自身のものにする。そして食われたものは記憶を失ったり、周囲から忘れ去られたりする。効果は一貫しておらずかなり曖昧だ」

 

 

なんだ?それは?なんの話だ?

そういば、この塔にきた目的についてそんな話も昔にあったような。いや、スバルは知っていた。

ユリウスとガーフの記憶にもその詳細があったのに。今の今まで気づかなかった。

 

「こいつの本性は食い意地のはったガキ。その力に任せていろんな奴を食ってる。それで、再現もできるらしい」

 

「ちなみに、なぜか周囲が忘れてもお前だけは忘れない。なぜかは知らない」

 

やめろ。そんな目でこっちを見るな。

 

 

「ひとまず、こいつを殺してからゆっくり話をするぞ」

 

 

死んだはずの、ケイがそこに立ち上がる。

服に穴が空いただけ、血が滲むが傷はない。本当に、不死なのか。

 

やめろ、これ以上こっちにくるな。「その目で見るな!!」

 

思わず思考が叫びに出ていた。しかしそれもケイは無視して『暴食』と呼んだ宝石爺に対峙した。

 

老人の姿のままに子供のようにはしゃぐ姿は素直に不快だった。

 

「ん〜?んん!?もしかして、もしかしてサ!まさかまさかのカルステン家の頭脳がここにィ!?なんでこっちに?なんッて偶然!?あんだけやって空ぶったから、諦めてこっちきたってのに!!これは美食の神に祝福されてるんじゃないかなァ!」

 

「それ、本来の暴食の権能じゃあないだろ」

 

相手の歓喜に一切付き合わず、図星で相手を刺す。

 

響く沈黙。

 

真実を唐突に突かれると、人は黙る。それは精神的に未熟なものにほどよく刺さる。

 

 

「おかしいとはずっと思ってた。このところバカの癖に理性的すぎだお前らは。きっと互いの権能でお互いの欠点を埋めてたんだろうとは思ってた。それはその『賢者』の知恵だろう?未知の魔法もありそうだ。本来の姿を取るのは、ロイの死の間際にだけ見られた兆候。口調まで変わってたな?」

 

相手を観察し洞察するその機械のような男が、何かを解き明かしていく。

一目でスバルの状況を見抜いたあれに晒されれば、スバル以外でもこうなるのだと、スバルは安堵した。

 

「できれば使いたくない、きっと反動があるんだ。たぶん、体と記憶を再現しすぎると自我を取られるとか自己が曖昧になるとかそういう類の。経験があるからわかる。つまりそれは、『色欲』に変異させてもらった体、そこに記憶を再現してリスクを抑えてる。違うか?」

 

図星を突かれた時、人は黙る。

体と記憶を自身に上書きする『日食』はその再現性はピカイチであり、肉体を含めてその人物の全てを完璧に再現できるが。指摘の通りのリスクがあった。

 

だからうるさい母親面の手を借りて、体だけはほとんど同じものにしてもらった。一瞬でも『日食』で姿を見せれば細部まで再現できるのだあの女は。

そして記憶だけを引っ張る。『欠食』と名付けた新たな蝕の形だった。そのネーミングに抵抗したものの、笑う母に押し切られてしまった。

 

頭部の宝石が輝き、そこからマナが爆発的に高まっていく。

対話による口撃は不利と見るや、暴力にこそ訴える。それがこの世の真理であると言いたいかのように。

 

「世界の理に背きし、輝石の魔術を見よ」

 

『輝石の流星』

 

そう言って発生したのは三つの流星。

 

青白く光るマナの塊は、凄まじい加速をしてケイへと進む。

1つを避けて2つが当たり、ケイの頭部が弾け飛ぶ。

 

復活し、走り出す。

 

その時には次の詠唱が始まっていた。

 

 

「世界の理を正す、源流の魔術を見よ」

 

『創星雨』

 

そう呟いて起こったのは、広い広いその部屋の半分以上を覆った暗黒の星雲だった。

 

そこから降るのは雨。

 

いや、圧倒的な数で降り注ぐのは、星雨とでもいうべき別の現象だ。

 

面で潰し、ケイをグズグズに変えていく。何度か死に続けて、それでもケイは諦めない。

 

二層の試練で暴れても傷付かなかった床が豆腐のようにボロボロになっていく。

 

 

どれだけ凄惨に殺されても、ケイはその眼差しをやめない。

 

 

「その手品はすでに割れておる。空間の全てを覆えば意味はなし」

 

 

ここまでスバルを運んだ透明な何かは、宝石頭の背後にいるのだろう。

 

何もないはずのところに星雨が降り注ぎ、何かが貫かれている。

 

 

ケイが指を銃みたいにして、光線を撃ち込んだ。

 

即座に防御され、しかし相手は感心したようだった。

 

「ほう。貴様も汎用魔法を逸脱する者か。それでよい。魔法は自由であるべきなのだ。星の元に広く開かれているべきなのだ…未熟な魔術師の小僧よ。しかし、不細工な魔法であるな」

 

関心を買ったのか、何やら色々言っている。

ケイは考える。ずっと考え続けていた。

 

 

『暴食』なんぞはどうでもいい。

 

ナツキ・スバルを引き戻すにはどうすればいい?

 

一体何が彼を動かせる?心を取り戻せる?

 

 

 

『指銃』が使えなくなったので、『太刀腕』を使いさらに詰める。

 

その隙に、再度展開したIBMでスバルを拾って階下へと駆け出した。

意識はほとんどそちらに、置いておく。

 

暴食には触れられないようにすればいい。陣営の者たちは消されていないし、おそらく本名はバレていない。

 

本名を明かした際の陣営のメンバーは事前にスバルに確認済みである。

その確認をベースに、消えた場合はどう足掻いても影響が残るように物理的に工夫はしている。

 

・その数字を元にした記号や、暗号。

・そのメンバーがいなければ空白の生まれるメモ書き。

 

他にも色々と工夫はしてある。暴食の影響を確認する術は意外と多くあるのだ。

 

 

目の前の魔法使いと殺し合いをしつつ、意識はIBMへと割いてスバルの状況を聞き出さなければいけない。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

スバルは抱えられるままに、身を預けていた。もうやめてくれ。逃げたいだけなんだ俺は。

 

「スバル。時間がない。何があったか言ってくれ」

 

ずっと黙っていた幽霊が、ケイのような声で語りかける。

 

「お前、なんなんだよ」

 

「どうしてそうなった?エミリアと何があった?」

 

それはまごう事なきスバルの地雷だ。それが派手に炸裂する。

 

「そうやって、ズケズケ踏み込んでよ!そんだけ察しが良いくせに話したくねぇってわかんないのかよ!」

 

「ああ、わからないね。知ろうとも思わない。でも、解決できるかもしれないぞ?」

 

 

それは、スバルにとって最悪の希望だった。

 

やめろ。やめてくれ。これ以上頑張りたくないんだ。希望なんて、もういらない。

 

心が希望に満ちた後の、あの肉欲に塗れた蹂躙を思い出す。

 

最悪の裏切りの記憶がフラッシュバックする。吐きそうになる。

 

 

「あの女の話をやめろ。今すぐ自殺してやってもいいんだぞ」

 

「やめない。話したくないならそれでいい。でも聞け。エミリアがお前に何かをして傷つけたんだろうと予想するが、その様子だと余程のことだろう。だから僕は推測を話す」

 

そうして走る目の前にはエルザがいた。無数の中型の魔獣と戦っている。大型のナイフ、確かあれはククリナイフだったかを持ったケイの仲間だ。スバルの仲間じゃあない。

 

「ちょうどいいな」

 

ケイの幽霊はエルザに向かって加速する。

エルザはひどく驚き、そして声をかけてくる。

 

「なぜ浮いているのか知らないのだけれど、脱出はこっちから!他に残りは!?」

 

必死の形相で、戦うエルザ。きっと戦い続けているのだろう。

血と返り血でドロドロになっている。

 

そんな彼女の頭を、ケイが操る異形が勢いそのままに踏み潰した。

 

 

潰した。潰し、た?

 

「お前が見たエミリアは、偽物だ」

 

その蛮行に、その言葉に、スバルは絶句する。

なんで、仲間を?偽物って誰が?意味がわからな…

 

 

すると、エルザが頭部を失ったまま立ち上がる。

 

「なぁんで!お前が!!ここにいやがるってんですかぁ!?お前はアレと離れられないって話じゃあ!?」

 

タブスのことをケイと別の人物だと思っているこの相手は心の底から驚いている。

 

「こっちのセリフだ。ゾッタ虫かお前」

 

「な…んなんだよ。それ」

 

スバルは疑問を呟くだけで精一杯だ。

 

「わかりやすく言えば、こっちで言うゴキブリだな」

 

「そっちじゃねえ!なんで仲間を踏み潰して、なんでそれが別人になんだよ!なんでそれがわかる?」

 

ケイの天然ボケに心からイラつき声を荒げる。それどころじゃないのだこっちは。

疑問を口に出した時。脳の奥から、何かが溢れてくる気がした。

 

「撤退合図の臭いがしてたし、あれくらいの奇襲なら防げるように訓練してる。本物なら躱すか受け止めてた。偽物なら一度殺せる」

 

なんだよ。それ。

 

「いいか、スバル。簡潔に言う。お前は多分。記憶を奪って人に化けれる『暴食』と、相手を変えたり自分が変わったりできる『色欲』相手にミステリーをやらされてたんだきっと。しかも記憶喪失の状態で。そうなるのは当たり前だ」

 

『流石にクソゲーと言っていいだろうね。控えめに言っても、それはミステリーとは呼べないでしょ』

 

いきなり、別の声で話し始めてギョッとする。

 

「気にするな。僕の持病だ。脳内に別人が住んでるのはお前だけじゃない。だからスバル。そのエミリアの記憶を辿れ。どこかでこいつと入れ替わるタイミングはなかったか?本物のエミリアだったと確信できる時は?こいつはいつから塔にいた?」

 

スバルの中で、あらゆる前提が音を立てて崩れる。

 

なんだ、それ。そんなの知らなかった、本当に…

本当に知らなかったか?

 

『嫌やわ。知識はウチらが持ってたし、推測だってできそうなもんやけどね。どれだけ本を大事に抱えてても、読む気がないなら無いのと一緒。むしろ場所取るぶん、マイナスやね』

 

ヒントはあった。知識はあった。でも、それを繋ぐのは能動的な思考であり、知性だ。

スバルは思考をやめていた。元から頭が良くないスバルが、こんな状態で気づけるはずもないのだ。

 

「クソゲーじゃねえか…」

 

「同情するよ。そこまで悲惨な状態になったことは…あまりない」

 

あんのかよ。

 

ツッコミを口にだす気力はまだないが、心の中でそう思えたことは今までとは違う熱が生まれた証だろう。

 

だけど、だけれど信じられるか?こんなの。なんでもありだ。じゃあケイだって嘘なんじゃないのか?

グルグルと、世界が回る感覚がする。いったい自分がどこにいるのか。何が正しくて、何が間違っていて、何が土台になるのか。

 

そうだ。『ナツキ・スバル』はどう説明する?意味不明だ。まだわからないことだらけじゃないか。

何も好転してないどころか。信じられないものだけが増えていく。

 

それに、殺した。自分の意思で殺したし。見殺しにもした。何もせずに死を見過ごし続けていた。

今更、スバルがまともになろうだなんて、虫が良すぎる。あり得ない。

 

これだけは事実だ。スバルが殺したあの血は真実なのだ。

 

ナツキ・スバルは、限界だった。他の何が真実か。嘘か。わからない。

 

「もう、わかんねぇよ。何が、なんだか」

 

透明な異形が、黙りこくる。

すると後ろからケイ本人の声がした。

 

「一旦ここを切り抜けるぞ!それからだ!」

 

 

 

 

スバルに並ぶと、後ろから『暴食』が追いついた。

 

通路の中心に幽霊に抱えられたスバルと、全力疾走の息切れを自殺してリセットするケイがいる。

 

頭、おかしいだろこいつ。スバルはあまりに信じ難いものを見た。

 

 

 

後ろには『暴食』そして二層は行き止まり。

 

前には『色欲』。そして奥には魔獣の群れ。

 

一体どうやって?切り抜けるというのか?そう思った時に、前の『色欲』が沸騰した。

 

「てっめえ!!アタクシのこと好きすぎだろ!「大好き!」「キメェんだよ!」「抱いて、抱きしめて」「こんなところにまで来やがって!」「中に入ってきて」「二度と近寄るな!」「愛してる!」だから、返して?」

 

『色欲』の顔がその体に複数生まれて、それぞれが口々に想いを叫び始めた。

 

ゾッとする。その粘着質な愛の執着はスバルのトラウマそのものでもある。

まさか。本当に?でも、わからない。わからないんだ。

 

期待したくない。裏切られたくない。全部が、怖い。

 

新たな景色を、前を。見たくない。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

ケイは状況を分析する。

 

そして結論は変わらず。『最悪』であると判断した。

 

スバルの敵対は未だ変わらず。『色欲』と『暴食』の力を知らせて混乱くらいまでは持っていけた気がするが、もうひと押しが足りない。

ケイはメンタルケアなど専門外だ。彼を以前の状態に戻す方法など知らない。できるとも思わない。

 

正気か狂気かなど曖昧なものは正直どうでもいいのだが、無気力だけはいただけない。

 

 

前後を『色欲』と『暴食』に挟まれて、その奥から魔獣と行き止まりにもさらに大きく挟まれている。

 

『最悪』を超える『最悪』がここにあった。

 

やはり、最も悪いなどと気軽に使うべきではないなと自省する。

 

 

同時に整理した。

 

このままスバルを殺させてはいけない。

『暴食』に触れられてはいけない。

『色欲』に触れられてはいけない。

スバルを立ち直らせなければいけない。

その後無事にここをケイは出なくてはいけない。

 

以上の制約を踏まえて、()()()()()

 

 

()()()()()

 

 

 

できるか!バカが!!ふざけるな!

 

 

 

そもそも、いきなりなんでこんなことになってる?なんで僕が対処しなきゃいけない!

 

あまりの理不尽。いきなりの修羅場。いつもの土壇場。

 

今にも投げ捨てそうになる気持ちを押さえつけて、思考を回す。回し続ける。

脳が焼き切れるかと思うほどに。加速した思考は解を探す。

 

生きる道を探し続ける。

 

 




ケイくんは告白された直後にこの状況です。
おいたわしや…
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