ありがとうございます!感謝の思いを作品にのせて届けます。
自らのこめかみを撃ち抜いて、その後即座に復活する。
起き上がり異変を、違和感を感じ取る。
周囲の混沌を確信したケイは、最初の賭けには勝った事と自覚する。
「なんでもいい!何かしろ!」
ここからがまた予想不可能なのだが、ほぼ完全な詰みの盤面を掻き回すことさえしてくれれば良い。
フラッドが起きれば何かが変わるかもしれない。そんな、作戦とも言えないただの神頼み。
いや、神頼みならまだマシだ。これは佐藤頼みという最低最悪の策。
それでも、レイドの間合いにいるよりも。嫉妬の魔女の手の範囲にいるよりもマシというのだから、もう最低や最悪よりも強い言葉を作らなければいけない。
しかし、フラッドによるIBMの発生が終わらない。とにかく続く。ざっと見ても、軽く100体以上は出ているんじゃないか?
その圧に押されて、大罪司教は下がっていく。
カペラが叫んでいるようだが、無視。
レイドが一振りすれば、斬撃が効かないはずのIBMも掻き消えるようで、そちらにはあまり向かっていない。
そしてレイドもこちらを特に気にしていないらしい。利用しようとしないなら興味は別にないようだ。
というより、彼は別のことに集中している。
レイドはその一閃を何度も振るい、黒い闇の帷を切り裂いている。
規格外のレイドを止めるのは、やはり同じ規格外のあの魔手だ。
互いに唯一敵たりうると判断しているのだろう。その余波だけでこちらは死ねるので、もう逃げたい。
すると、佐藤の1人がケイを抱え、もう一人がスバルを抱えた。
いきなり殺されない事にまず驚いたが、それ以上の驚きに上書きされる。
「一旦は二層に避難しようか。永井君。上に行かなきゃ呑まれそうだよ」
「それ。本気か?」
佐藤が理性的に逃走を提案し、実行する。
誰だ?こいつは。そのまま塔から落とす気だろうか。それとも…
「心外だなぁ。君が消えたら私も消えるんだよ?これから何度だってこんな戦場に呼んで欲しいのに。それに私たちは大罪司教さんたちとも、あの剣士とも遊ぶから心配無用さ」
二人を担いですでに移動を開始しつつ、説明までしてくる。
なんだ?これは。
「永井君は面白いけど、それは元の世界の話。この世界はもっと面白い人がいっぱいいるじゃない。だから、今は君に味方しようじゃないか。楽しむためにね」
そう言って、二体のIBMがケイとスバルを背負って外壁を登っていく。
「初めてのco-opモード、やってみようか」
やはり、
魔女の茶会でもそうだったが、ここで確信できた。
こいつは佐藤にしてはあまりに協力的すぎる。こんなのは佐藤であるものか。いつ裏切られるかわからないが、一応理屈は通っている。僕がいなければ実体を持つことはできないし、コントロールもできない。
自走をさせないと決めていたから。
いざ、自走を許したら好き勝手やると思ったが、こんなのは自分に都合が良すぎないか?
そもそも、今の僕には選択肢はない。
「納得しようがしまいが、構わないけどね。それより切り抜ける方法を考えたら?」
こいつに合理的な、正しい行動を指摘されるというこの状況に、脳が拒絶反応を示す。臓腑が煮え繰り返る。
けれど、その通りだ。正しい。
そうだ。いけない。優先順位を間違えるな。スバルを引き戻さなくては。
「おい。スバル!なんとか言ってくれ。何があったか教えてくれれば…」
「………」
スバルは、ケイに目を向けて何かを話そうとするも、口が開くだけで何も音が出てこない。
あまりの状況の変化に、スバルの心は限界を迎えているようだった。
助けを求めるような顔をしたと思ったら、次の瞬間には憎悪に塗れた眼光に変わる。そして次には泣きそうになる百面相を展開していた。
あらゆる呼びかけや聞き方を試してみるが、二層に到達するまで成果はなかった。
ダメだ。何かを聞き出すどころじゃない。
スバルの心が荒廃しすぎているとケイでもわかる。
無情にも時間は過ぎていく。
砂界を見渡せば、夕日色の砂が目に映るはずが眼下にあるのは三種類の黒々とした蠢きが砂漠を覆っている。
塔の真下にあるのは『嫉妬の魔女』の暗黒。
そしてそれを目掛けて殺到するのが砂丘中の魔獣たちの黒。
この状況で、カルステン陣営の者たちは突破できたのだろうか。
その上で、IBMという異物が、この地を黒く染めていた。
塔の外壁を登る遠回り。それでも最短で、二層まで届いた。
この世の終わりのような景色を確認し、仲間を思う頃には二層に到達していた。
二層の大窓から室内に入ると、そこには変わらず奇妙な肉塊が鎮座している。
スバルは再び目を背ける。きっと仲間の残滓を見つけてしまうから。
そこに光線を撃ち込むのはケイであり、IBMの爪で切り裂くのは佐藤だ。
一体何を、何をしてるんだ!?スバルの喉から声が出ていたならそう叫んでいただろう。
ケイに掴み掛かるが、妙な体術で外されて逆に体勢を崩される。
「ほらみろ。というか見た目からして違ってただろ」
「私は別に、一応と思っただけだけどね」
そうして肉塊を見ると、そこから剥がれ落ちるように痛めつけられた肉片が床に落ちる。
肉の欠片が、呆れたように、感心したような声を出した。
「ほんっとに性格おわってやがりますね。やっぱここまですんのはただのクズ肉じゃあない気がしてきますよ。アクしかないゴミ肉。本当に『傲慢』だったりすんじゃねーですか?」
「ヒヒ!言えてる!それくらい外れてるよなぁ。俺たちが劣等感すら感じるって相当じゃァない?」
落ちた肉片の奥から、『暴食』が出てきて、肉片が『色欲』に変わる。
その光景を見て、スバルは足から力が抜けた。
いや、その奥の肉塊を見てしまったのだろう。
瓜二つの顔が、一つに合わさってそこにあった。
半分は水色、半分は桃色の髪の毛。それが無理やり合わせられて、混ぜられている。
スバルは立ち尽くし、口を開閉するだけだ。
ところでカペラはまるで、水門都市で会ったばかりのような調子で語りかけてくる。
ずいぶん調子が良さそうだったので、左手の薬指をトントンと指し示す。
そのカペラの余裕の表情は変わらない。
その顔だけは変わらなかった。
しかし、側頭部から別のカペラの顔が生まれ、それが赤子のように泣き出す。
首から別の顔が生えてきて、烈火の如く怒りを喚き散らす。
左手も顔になり、卑しい表情で謝り始める。
狂気を分けて、『色欲』を保つ。その努力は涙ぐましいが、明らかに無理が出ている。
ちゃんと不調でよかった。心配かけさせやがって。
しかし、この二人はIBMのあの洪水をどうやって切り抜けたのだろうか。
やりようは無限にあるだろうが、追っ手が一人もおらず待ち伏せできるというのは妙だ。
佐藤の方に目を向ければ、肩をすくめた後に敵を見ていた。
「たぶん、探し物でもしてるんじゃないかな。そのうち来るよ」
そして二層に駆け込んでくるのは、漆黒の地竜であった。
「っ!パトラッシュ!!」
スバルの喉から、ようやく声が出た。
心情に変化を生み出せたのは良いが、守るべき対象がさらに増える。
きっと、ここでこのままパトラッシュを失ったならスバルは壊れてしまう。
追加の制約。
『パトラッシュを殺させるな』
地竜を守りたい気持ちはケイにもある。
どうにか、やってやる。
さっきよりはだいぶマシだから。
そこからの戦いは、これまでと比べれば地味だった。
大罪司教が狙うのはカペラによるケイの変異。
人の状態の手で触れなければいけないらしく、無造作に伸ばした毒蛇では変異はしないと判明している。
アルの報告はかなりの精度で色欲の権能を暴き出していたのだ。
一方こちらが狙うのは、『暴食』の殺害である。
ライはあらゆる異能を記憶ごと奪って活用する予測できない戦士であり魔法使いだが、そのマナは無限ではない。
おそらく、あの老人への変異の際には肉体が再現したマナ量になっているのだろう。
先の異常なまでの威力の魔法は今は使えていないのだった。
とはいえ、ライは殺せる。
ライに『指銃』を撃ち込むがカペラが射線に入って受け止める。
その隙にライが両腕に括った剣を振るって来るが、それは佐藤がいなし、一部を受け止めて反撃する。
達人のような動きで回避しようとした時に、ケイが叫んだ。
『止まれ!』
ライとカペラが一瞬止まる。ついでにスバルも止まっていたが、それはいい。
佐藤の一撃がその胴体を薙ぎ血を撒き散らす。そのまま首を刈ろうとするがその姿が痩せた老人へと変わり掻き消えた。
短距離転移の能力。エルザが見たものだ。
色欲の付近へ死に体で近づくと、肩を触れただけで肉が盛り上がり、傷がなくなる。
その治療中に佐藤と二人揃って左手薬指を強調し、揺さぶる。
中指を立てるように、薬指を立ててやる。佐藤は自身の左手薬指をちぎって挑発していた。
肉が歪に盛り上がり、ライが苦痛に歪んだ。
しかし止血はされたようで、そこまで行動に支障はなさそうだった。
カエルにでもしてくれればよかったのに。
『暴食』は無敵ではない。『色欲』が回復させることができるが、万能とは程遠い。
何が聖女だ笑わせる。
カペラはライを守りつつ、最後は自身が決め手として攻めなければいけない。
ライは致命打を避けながら、カペラが接近する隙を作らねばならない。
ケイはカペラの接近を警戒しつつ、ライに王手をかけ続ける。
佐藤はライを狙い続けるが消されないように気をつけている。
この2対2のタッグマッチには、絶妙な均衡が生まれていた。
そして、我慢をしないのは当然大罪司教たちだ。
やけに物分かりの良い佐藤。いや、もうタブスと呼ぶとしよう。
タブスは堅実に立ち回っているが、奴らにはそんなことはできない。
「やっぱあれじゃなきゃァ!」
色欲が再び、ライに触れると輝石頭の老人へと変貌した。
「『星見』のルーサット。アタクシ含めてだぁれも覚えちゃいないですがね。結構いいとこまで行った賢者らしいですよ?いいとこ行き過ぎて、やられちまいましたがね。その弟子はカロロス…でしたっけ?有名なんだとか?どぉでもいいですがね」
カペラはまるで取り繕うかのように軽口を叩く。もはや必死さすら滲むのは、自身を『色欲』として固定しようという抵抗なのだろう。
いつぞやプリシラの勉強会で知った発狂した賢者候補。天文学者カロロスの名前も出てきた。その師匠は『暴食』に食われていたらしい。
年代的におかしい気がするが、ルーサットが長命なのだろうと納得する。どう見ても尋常の人類ではない。
「まぁこいつの魔法はちょっとおかしいですからね。手足を消し飛ばして撫でてやりますよ」
顔面の半分だけで嘲笑うという器用な真似をしながら、大罪たちが迫る。
「不細工でもいいから顔は一つにしろよ気持ち悪い。どれがお前だ?お前は自分で自分が分かってるのか?」
横のスバルから、ひい。という小さな悲鳴が漏れる。
まずった。今アイデンティティに関する煽りはスバルごと傷つける。気をつけないと。
そこから始まったのは、一方的な防戦だった。
パトラッシュとスバルを守りながら、自身も守るというのは無理がある。
おそらく3分と持たない。
冷や汗が出て、血を流し、派手に魔法を撒き散らしてどうにか活路を模索していると、それはきた。
タブスたちが、階段からゾロゾロと上がってきたのだ。
それぞれいっぱいに荷物を持って。
「武器と増援だよ〜」
武器なんてあったか?そう思ってみれば、彼らは異様な荷物を持っていた。
皆、図書館帰りなのかと思うような姿。
持ってきたのは大量の本。本。本。
きっとあれが『死者の書』だ。それをどうするつもりで…なるほど。確かに有効だ。
その土産を見た時に、最も動揺したのはスバルでもなくカペラであった。
『色欲』の虚勢も剥がれて、その本を凝視している。
「ああ、やっぱり気になるよね。適当にルグニカって名前をいくつかとってきただけだから、関係ないかもしれない。でも、その方が確率も高いだろう。これだけあったら、もしかして君が会いたくない人の本もあったりして?」
「っひ!」
カペラから、声にならない悲鳴が上がった。
「頭の中にね。その人が住むんだよ。ずっと話をできるから、好きな人とか家族なら喜ぶ人もいるんじゃ…」
カペラは逃げ出した。
「やだ!やだぁ!やだぁああ!!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃい!」
泣きながら、狂乱して失禁しながら逃げるカペラ。あらゆる体液を振り撒きながら逃げる姿に、あの佐藤が動けなかった。
窓から飛び出し、鳥に変異しようとするが、それも失敗して落下していくカペラ。
誰もが、そのあまりに早く、食い気味の逃走に即座にアクションを起こせなかった。
「わぁ。ちょっとすごいね。驚いちゃったよ。さすがに悪いことしたな」
タブスもとい、佐藤すら掛け値なしにドン引きしている。初めて見た…
状況においていかれているのは『賢者』となったライも同様だ。
動けない中でも、自身の周囲に星の光のようなものを浮かべて、こちらを警戒している。
「ほら、こっちが増援だよ」
そう言ってタブスが一冊の本を渡してくる。
その背表紙に書いてある名前を見て、血の気が引いた。
『永井圭』
自分自身の死者の書。それがタブスの手中にある。
「80人くらいで探したからね!日本語は珍しいし、すぐ見つかってよかった」
朗らかに苦労を大したことはないと語るタブスは、気軽にそれを開いて眼前に持ってくる。
そう言えば、いつもそうだった。こいつがケイに先んじてその片鱗を見てからケイの思考は追いつくのだ。
攻める方と守る方の違いでもあるが、これは本質的な違いだった。
その本が意味する戦略に、有効性を感じるが同時に最大の抵抗を感じる。
ケイの葛藤を全て無視して、本の中身を見せられた。
「行ってらっしゃい」
そう言って手を振るタブスはフレンドリーそのもの。
ケイの意識は暗転し、次の瞬間覚醒した時には自分で自分を撃ち抜いていた。
「もう知るか!」
先のフラッドを起こした引き金である自死。そこまでの記憶を再現し、戻った時にそれを再び行った。
またしても巻き起こる黒い奔流。
それを止めようと、急ぎ輝石頭が魔法を放ちケイを殺すがそれでは止まらない。
死によってIBMの濃度が上昇し、先ほどよりも数が増える。
「今のは利敵のキルだね」
IBMたちが、塔の至る所で発生し。あぶれたものたちは塔の外、空中で生まれて落ちていく。
ケイは呆然として、周囲を見渡す。
「ほら、永井君。もう一度いってみよう!」
永井圭の死者の書が開かれる。
「ちょっ…まて…」
再びの暗転。
それは記憶だった。
人生の全てではない。
この世界に来てからの全ての記憶。その津波が、永井圭に叩きつけられた。
周囲にとっては一瞬でも、ケイにとっては一年以上の長旅だ。
「もう知るか!!」
最後には体がその最後の時を再現する、
そして再演されるフラッド。
すでにライはこちらに対応するどころではない。手に輝く大槌を発生させて、迫る異形を必死に消しとばし、どうにか生存空間を保っている。
「じゃあ、もう一回行こうか」
「やめ…」暗転。
「もう知るか!!」
フラッド。
「やっぱり永井君はすごいなぁ。あと、100回くらいで十分だと思うよ。五億年も掛かるわけじゃないし大丈夫。がんばって!君ならできる!」
暗転。
「もう知るか!!」
フラッド。
記憶を辿る。それを幾度も繰り返す。
暗転。
「もう知るか!!」
フラッド。
初めて呼び出された時の『嫉妬の魔女』による蹂躙。
フェリスの、あのどんな拷問よりも辛かったマナの暴走。
白鯨の体内で起こしたマナの暴走とその薬の味。
死に続けて追い詰めた怠惰。
クルシュを失い激情を誤魔化すための自死。
『強欲の魔女』の吐き気を催す美貌。
血を失いながらの救命。
魔獣たちとの出会い。その時の毒の激痛。
そして迫る黒い魔手と極寒の宙空の浮遊感。
失われた二つの命。ジャスティとグラーニ。彼らの死。
連続230回以上、死にながら登ったあの氷壁。
三日三晩、殺され続けた大精霊との対話。
水門都市でクルシュに血を注がれる敗北の場面。
スバルとの協力。エルザに何十と首を切ってもらった時の衝撃。
クルシュの復活。
侵攻軍への嫌がらせと継続のための自殺。
クルシュの告白とその背景の月明かり。
この本を読むまでの理不尽と、直近の全て。
その全てを無数に繰り返す。いや、無数ではない。
現在は
「一応、もうちょっとだけ出しておこうね?」
羽交い締めにされて、本を見せられる。
何度も。何度も。何度でも。
そうして、解放されようやく倒れることが許された。
「時代はやっぱりマルチだよね。それにしたって1万人同時なんて初めてだ!」
歓喜に震えるタブスたち。
誰も数えることなどできない。その数は正確には1万と2660体いた。
今も減り続けているが、それはもはや誤差だ。
窓から溢れ、階段も速やかに降っていく。塔の外にも大量に溢れて止まらない。
ライはすでに、塔の外に出ながら戦っている。無尽とも思える人波に、比べるとあまりにか細い光を打ち込んでいた。
「おい、ケイ…」
増援を生み出すという名の拷問が終わり、ケイは白目を剥いて倒れる。
そのケイを持ち上げて、タブスは腕を千切って扉に当てがう。
そしてケイを殺す。狂ってる。
何度か繰り返すと、それで一層への扉が壊れて開いた。
何度か殺されて、白目からは戻ったが、ケイは呻き声を上げるのがやっとだった。
ケイは背負われて、スバルはどうにかパトラッシュに乗せられて、一層へと駆け上る。
駆けて駆けて駆ける。
「お前、大丈夫かよ…」
その声にケイがようやく反応を示した。
スバルは知っている。死者の書を読むということがどういうことなのかを知っている。
そしてその体験は、自分に近いほど詳細で、リアルで。その負荷が高いことを知っている。
自分の死者の書を、100回以上読む?
それもただの人生ではない。彼の人生というものは、アナスタシアとガーフィール、ユリウスが知るだけでも恐ろしいほどの苦難と血。何より想像できないほどの死に塗れている。
いや、スバル自身も先ほどまで見ていた。それだけでこいつは、何回死んだんだ?
それを100回以上連続で繰り返した心労なんて、そんなもの。正直想像すらできない。
読んでいる時の感覚は表現しづらいが、でも自我が消えるわけじゃない。相手と溶け合うが消えるわけじゃない。
つまり、全部の時間を通しで体験することになる。
これの何がグロテスクであるのか。スバルの体を震えさせるかというと。
だって、だってそれは。最低でも100年以上を過ごしたことになるじゃないか。
人は自分よりよほど辛い目に遭っている人間を見ると冷静になるらしい。あまりに自然に、敵かもしれない相手にも同情してしまった。
死の苦しみとは、耐え難いものだ。それをこんな風に浴びせられるなんて、どんな悪辣な敵であっても同情を禁じ得ない。
それが人として、生物として当たり前の感情だ。
そして終点である光の中に飛び込んだ。
続々と続くタブスたちも入ってくる。しかし、その足が止まった。
それほどの光景だった。
その眼前に広がったのは一層と呼ぶべき空間――ではなかった。
壁はなくなり、天井は失われ、広がっているのは凄まじく青い空――立っているのは建物の中ではなく、外だった。二層の階段を駆け上がった結果、塔の上に、そのまま屋上へと飛び出してしまっていた。
塔の上、てっぺんは丸く広々とした床があり、それ以外の仕切りも、塔の淵に手すりのようなものもない。だから、床の端までいけば、眼下を容易に見下ろすことができる。
塔には空のずっと上にあるはずの雲が接触していて、ケイは自分が雲の中、あるいは雲の上にまできているのだと気付き、息を詰めた。
『――――』
――それは静かで、あまりにも堂々としすぎていて、スバルには気付けなかった気配だった。
「――ぁ」
自分の立ち位置や、雲の高さ、一層の状況などに目を向けていた一同は、視界の端を掠めた存在に遅れて気付き、それからゆっくりと振り返って、吐息を漏らす。
ケイもタブスも、そうそうショックなど受けたりはしない。しかし、その二人が絶句する。
それほどまでに、目の前に現れた『存在』は想像の埒外だった。
何故ならそれは――、
「こいつは……」
『――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』
重々しく、魂に直接轟くような声がして、ケイは自分の声の震えを自覚する。
そんな矮小な人間を、心が弱いといったい誰が貶められようか。そんなことはできない。そんなことは不可能だ。何故なら全ての存在は、この存在の前にひれ伏すしかない。
その存在の名は――、
『――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん』
その体を青く輝く鱗で覆った巨躯、『神龍』ボルカニカが、有象無象たちを見下ろし、魂さえ吹き消しそうな存在感と共に、そう言い放ったのだ。
「やっぱりこの世界は、最高だぁ!」
その歓喜の声が、まるで気付けの刺激臭であるかのように、ケイは意識を取り戻す。
そして目の前の光景で再び絶句する。
龍からの問いも、永井圭の不調も当然のように無視して歓喜する群衆。
皆が握り拳を天空へと突き上げ、お祭り騒ぎを始めるのだった。
100体程度だと思ったか?
心、もってくれよ!佐藤さん100倍だァ!!
自棄と盤面一掃の代償として、ケイ君は100年の異世界巡りを課せられました。