亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:147】ゼロカラウタガウイセカイセイカツ

 

 

『――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』

 

 

『――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん』

 

 

再び空間に響くその問い。

 

 

無数のタブスたちは、次々と上に上がってくる。

 

タブスが叫ぶ。

 

「君とぜひ戦いたい!けれど、ちょっと待ってね」

 

その中の一人。ケイを運んだ一体が語りかける。

 

「さぁ。永井君。そろそろ限界だ。もう少し数が揃ったら私はあれと戦い始めるよ。彼と話すなら今だけだ」

 

そう言って頭を潰された。

 

ようやく、意識が覚醒した。あの永遠とも思える一年間以外の出来事に、体と心がようやく追いついた。

 

行動はともかく言葉と結果はどこまでも理知的で、そして話が通じるものだった。

 

ここまで来れば信じざるを得ない。タブスは僕の味方なのだろう。本能的にどこまでも拒否感があるが認めるしかない。

 

ああ、わかっている。

自分の精神状態も横におけ、新たな気づきも、100年以上の内省の結果も今は後回しでいい。

 

ここまで佐藤に、いやタブスに丁寧に応対されて本当に調子が狂うが今はスバルと向き合わないと。

 

 

「おい、スバル…」

 

ナツキ・スバルは、限界を迎えていた。

 

ケイへの同情によって少しはマシになったが間違いなく限界だ。

すでに心折れた状態で、立て続けに彼のキャパシティを越えることが連続しすぎた。

この世界の人間ですら大半がパニックになるだろう事件が、ここまであまりに続いている。

 

 

「なんだ!なんなんだよこれ!お前、も立ち直るの早すぎるだろうが!意味分かんねぇ!なんなんだ…ほっといて、くれよ…俺は、俺なんかは、いらねえだろ」

 

パトラッシュにしがみつきどうにか声を出すスバルは、とにかくもう放っておいてくれというものだった。

立ち直ってなどいない。いないが、すべきことを手放していないだけだ。

 

どうにか地竜に身を預けて、それでようやく少しは自分というものが固まるらしい。

未だ流動的なスバルの自我は、今にもその均衡を崩してもおかしくなかった。

 

それでも、あれほどの拷問を受けたケイに対して話はしてくれている。これは大きな前進だ。

 

駄々をこねるスバルにケイは取り合わない。

まず語りかけるのはこちらだ。スバルは後回し。

 

「今から、スバルを助ける。どうにか、一人で立たせてやってくれ」

 

その地竜の目にはありありと知性の色が映っていた。

そもそもあの状態の塔で生きてここまで駆けてこれたという時点で、英雄とすら呼ばれてもおかしくない働きだ。

 

『将を射んと欲すれば、まず馬を射よ。』

 

ことわざに倣い、実行する。

 

 

 

 

 

パトラッシュは、スバルを甘噛みし器用に背中からおろす。

 

「いって!おい、お前まで、俺を…」

 

また自分を突き放すのか?そう疑問をかけようと思った時にゴツンと頭を突つかれた。

 

いや、そんなことはなかった。そうだ。こいつだけ、こいつだけは信じられると。それだけは確かだと思い出す。

 

先ほどまでは、本当に世界がぐるぐると回るような感覚があり自分で立てなかったが、今は立てている。

よろめくが、パトラッシュは尻尾で支えてくれた。

 

ずっとここにいる。そう言っているようで、すでに麻痺した心が痛くなる感覚がする。

 

「良い地竜だ。本当に賢いな」

 

どんな言葉でも、敵かもしれないやつと交わす言葉なんてないと思ってた。

けれど、これはスルーできない。絶対に肯定したい言葉だった。しなきゃいけない。

 

「ああ、それだけは間違いない。それだけが、確かだ。他は何も信じられない」

 

ここで会ってから、初めて会話が成立する。

 

 

「パトラッシュを、助けないのか?」

 

 

その言葉は、今のスバルに深く刺さる。

 

激情に声を荒らげようとした瞬間、轟音が空間に響く。

 

 

「永井君、彼はまだ遊んでくれるらしい。いよいよだよ」

 

 

『賢者』となった『暴食』が、第一層に降り立った。

 

「なんと、ここにいたのか。『神龍』よ。その味を楽しみたいところだが、今は無二の英雄をこそいただくとしよう」

 

「今は取り込み中なんだ。私と遊ぼう!魔法使いさん!」

 

「黙れ!体系に縛られ、白痴の如く魔の法に従う愚か者と一緒にするでない!我は魔の術を源流より拓きしもの。魔術師ルーサットであるぞ!!」

 

 

戦闘が、始まった。

 

ケイはいよいよ、スバルに話しかける。

もう猶予はない。

 

 

 

「僕が大切にしていた地竜は死んだ。いや、死ぬより酷い状態になって消えた。そんなことは起こしちゃいけない。パトラッシュを生かしたいだろう。解決できるかもしれない」

 

その悲痛な訴えに、スバルの真実を感じとる。

パトラッシュを助けたい。それは心から合意できるから。

 

だが、信じられない。人を信じるってどうやるんだったか?

 

こちらが安心して信頼した時に、裏切ってくるんじゃ…

 

そう思うと心中のざわめきが止まらない。また、パニックが起きていく。

 

「もう知らねぇんだ!限界なんだよ!なんだ、色欲って?なんだ、暴食って?そんなのありなら、もうわかんねぇよ。『神龍』?『剣聖』?『魔女』?全部が全部!意味わかんねえ!何も信じられないって言ってんだ!だから俺は死者の書で…」

 

スバルは吐きそうにするが、何も出てこない。

 

 

「そうだ。死者の書。あれを読ませてくれ。死者の書さえ読めれば、お前のことだって…」

 

もう散々に弄ばれた。信じたものに裏切られ。そして敵対を決めた後にあれは罠だったと言われて混乱。

何もかもがわからず、何をすべきかもわからない。足元が覚束なくて、どこにいるのかわからない。

 

死んだものの記憶を体験できるという死者の書を頼りに、どうにか確かなものを見つけようとしていたのだ。

 

前提を、土台を、基盤を、依って立つ何かを。誰もが求めるそれを求めて何が悪い。

 

確かなものが、必要なんだ。悲痛な叫びが声にならない。

 

 

 

 

「なぁ。スバル。どうして『死者の書』なんてものを信じられるんだ?」

 

 

 

何を言ってる?こいつは。

 

目の前の男は、こっちの状態をわかっていながら、縋り付いているわずかな前提すら崩してきた。

 

再び世界が歪み始める。色を失っていく。

 

「だって、死者の書は、本物だった。あいつらの記憶を見て、それを実際に…」

 

「でもお前には元の記憶がないだろう。それが正しいかどうかなんて、お前にわかるのか?」

 

その言葉を咀嚼するのは、恐怖だった。

その言葉を飲み込むのに、吐き気がした。

 

でも、そうだ。そうなのだ。

 

わからない。スバルには何一つ真偽を確証できない。

 

「信じ、られねぇよ。信じたいけど、無理なんだ」

 

そう思い至って、混乱と同時に世界がぐわんと回り始める時にケイは言った。

 

「信じられない。立ってる場所がわからない。だから、進めない。信じ、られねぇんだよ!」

 

ケイはそれでも寄り添わない。

 

「怪しい『死者の書』頼りのトライアンドエラーを繰り返せば、自分がなくなる。今戦ってるあれは、僕の頭にこびりついた他人の残滓だ。一人でも他人が心の中にいるだけで、僕だっておかしくなりそうになる」

 

一息をついて、またしてもこの男は、前提をひっくり返す。

 

「ていうか、信じろなんて心にもないことを言うつもりはないし、初めから言ってない」

 

 

「…は?」

 

ケイはスバルの気持ちなどわからなかったし、それを想像できる共感能力がなかった。

だけど、それも100年前の話。ケイはこの100年の間ずっと考えていた。

 

苦手な分野を、人の気持ちを想像するという作業を繰り返して。そして答えに辿り着く。

 

ナツキ・スバルを永井圭が立ち直らせる事は、不可能だ。

 

だから、諦めない。

せめて、次へ繋げる。やれる事をやるだけだ。

 

 

 

「『我思う故に我あり』これ、知ってるか?」

 

 

 

「え…?」

 

その疑問は、それは何だという疑問ではなく。なぜ今それを?という困惑だった。

 

「デカルトの言葉。さすがに聞いたことくらいはあるだろ。意味は、こうだ。疑うということをできるなら、その疑問を持っている存在がいるのは間違いない。『疑っているという自分の意識だけは間違いなく存在している』お前は、そこにいる」

 

スバルは目を見開いて、耳を疑う。

 

そして言葉を疑う。信じられないと思い至り、そこまで考えれば、それが真実であると気づく。

 

そう。疑心だけはどこまでもここにある。

 

 

「これは、合理主義の方法や科学的手法の基礎になる。いいか、スバル」

 

 

「疑え。全部疑え。疑って怪しんで、それで…確かめろ。信じることなんかしなくていい」

 

「検証方法も疑っていい。でもいくつかの検証をパスしたなら、一定の信頼はしてもいい。そうやって前提を積み上げていくのが科学だ。物理法則は明日いきなり異世界に飛ばされて狂うかもしれないが、今の所、大多数の人間にとって問題なく機能するから前提として活用する。これが科学だ。何一つ信じる必要なんかない」

 

衝撃、だった。そんな世界。そんな価値観。スバルには到底…

 

「でも、それなら一生。ずっと疑うことになるんじゃ…」

 

スバルはケイの言葉を疑う。

 

「ほら、パトラッシュがいるだろ。その信頼は、検証結果だ。そういうものを見つけろ」

 

ケイの言葉は信じられない。けれど、その疑念がケイの言葉を受け入れることになってしまう。

 

そして、この体を支えてくれる冷たく温かい鱗の感触。これだけは信じられる。信じるという感覚が、残っていた。

 

 

スバルは、信じられるものが、もっと欲しい。

パトラッシュに身を預け、その欲求に気づいて、そして渦巻く疑念で自分を感じとる。

 

ここに、いた。自分はここにいる。

 

 

「ケイ。お前のことを信じない」

 

 

 

 

「でも…ありがとう」

 

『疑うのは得意や。任せてな?』

 

 

 

疑って、自分で見たものをしっかりと確かめて、それでもう一度決めよう。

 

誰を助けたいのか。誰を殺したいのか。本当に自分は誰かを殺したいのか?

 

自分は消えたいのか?死にたくないのか?何を失いたくないんだ?

 

その気持ちを。全部を、疑うんだ。

 

 

 

「この生き方って、大変じゃね…?」

 

 

「僕は元からだったから。まぁ、たぶん慣れる…」

 

 

 

そして流れ弾が『神龍』に当たったのだろう。『暴食』が意図的に巻き込んだのかもしれない。

 

『神龍』すらも暴れ出し状況がさらなる混沌へと進んでいく。

 

「スバル。今はただ、この第一層を探索しろ。ここに来るのは多分、お前一人では難しい。今回と同じことがまた起こる保証はない。お前は無限の挑戦をできる精神状態でもない。だから、全力で調べろ」

 

 

そこからケイは重要だと思える事実を並べていく。

 

『色欲』と『暴食』の権能。その弱点と見分け方。

レイドの攻略法、その可能性。

魔女のあの手の発生理由と、その仮説。

 

スバルはそれを全部聞いて、そして全てを疑った。

同時に検証方法まで伝えてくれた。疑いはするが、試すのはありだ。

 

最後に、本来あり得ない自分への個人的なメッセージ。

100年間自分と向き合い続けた永井圭の内省。その結論を伝えられた。

 

いくつか短い言葉で伝えて、それで話は終わりだと、ケイは龍の方を見た。

 

「多分、文献の通りならあれをそのうち使ってくる。ドラゴンブレスを喰らえば僕でもここでは復活できない。でもまた会うことになるだろうから。伝言を頼んだぞ」

 

もう言葉はいらないと判断したのだろう。

そう言うなり、ケイは流星が降り注ぐ、龍が暴れる戦場へと走り出す。

 

 

だからスバルも、ようやく流れ始めた涙を拭ってパトラッシュと共に駆け出した。

 

「こんなとこ、ぜってぇ上に重要なもんがあるに決まってる!」

 

『それ、ほんまなん?違うたらどうする?』

 

「そん時は、上にはなかったって情報が得られる。それだけでも、十分だ…」

 

知っていること。わかっていること。確信を増やすために、スバルは走る。

 

そうだ。スバルが嘘だと断じたエミリアの言葉。

一度離れるまでのあの言葉が、もし真実だったとしたら?

 

それを確かめるために必要なことは?

 

 

 

ナツキ・スバルの時間が、再び動き出す。

疑い尽くすために血潮が熱く燃えている。

 

 

ゼロから全てを疑って、疑い尽くす異世界生活が始まった。

 

 

頭上に浮かべた『?』がスバルの導になる。

 

その決意と同時、祝砲とでも言うのだろうか。

 

『神龍』が咆哮を放ち、その口から絶光が放たれた。

 

 

それは塔に向かっては放たれず、斜め上の空に向かって撃たれたもの。

 

けれど、それに掠っただけでその射線にいた無数の人影が一瞬で呑まれる。

 

 

そこには、ケイもいた。

 

 

光に飲まれる寸前。目が合った。

 

 

そこには、恐怖も、怒りも、何もない。

 

スバルをただ、熱い瞳が見ていた。

あれだけやめさせたいと思っていたその眼差しが、今はスバルに活力と疑念を与えている。

 

あれも演技なのかな?いや、この場合はスバルの疑問を疑うべきだろう。

 

 

ドラゴンブレスによってケイは消し飛ばされて、消えた。

彼は言った通りに復活しなかった。

 

一つ言葉が正しかったことだけを胸に。スバルはパトラッシュと走ることをやめない。

 

『竜の息吹』で焼かれた後の沈黙、その時に『神龍』がこちらをチラリと見て、そして凝視した。

 

古の『神龍』、その金色の目が見るのは戦う輝石頭でも、波と化した異形でもスバルでもない。

それは――、

 

 

『――パトラッシュ?』

 

 

「――ぁ?」

 

 

『神龍』の呟きにスバルの頭は疑問で埋まるが、それを思考する時間はなかった。

 

ボルカニカの巨体が、飛翔しスバルたちへと突進してきたのだから。

 

上の階を踏む直前だった。

その光景を歪む視界で、一瞬だけ捉える。

 

何かがあった。だが、今はそこに近寄れない。

 

「くっそ!下だ!頼む!」

 

龍が迫り、寸前で潰されるという状況を回避する。

 

スバルは地竜に乗れない。だからしがみついて願うだけ。

それだけで、パトラッシュは応えてくれる。

 

 

それでも、体格差と速度差は如何ともし難いものがある。

龍が迫り、無理かと思ったその時に、金色の大きな眼球へ無数の異形の一人が飛び込んだ。

 

 

ボルカニカが絶叫し、その接近が中断される。

 

一層へと戻ると、異形の一人が話しかけてくる。

 

「やっぱりドラゴンはすごいね!全然歯が立たないよ。このままじゃちょっと戦いにならないなぁ」

 

どこまでもフレンドリーな様子は、ちょっとどころではなく違和感がすごい。

しかしその言葉は一定の事実を語っているようだった。

 

目を攻撃された龍は痛がる素振りは見せてはいた。けれど、出血も失明もしていない。

最も弱いであろう網膜を全力で攻撃されてこれでは、戦いになどならないだろう。

 

「それにちょっと、魔法使いもそろそろやっつけないと。複数ボス戦って別に好きじゃないんだよねえ」

 

「ああ、そうだね。でも、やっぱりメインターゲットはドラゴンでしょ」

 

いや、違った。スバルに話しかけているのではない。

 

独り言を、まるで誰かがいるかのように語っている姿は、とても他人事とは思えなかった。

 

 

『ナツキ君も結構ウチらへの言葉、口に出しとるもんね?』

 

 

「うるせえよ。それも、これからはやめとく」

 

だって、側から見るとあまりに不気味だったから。

 

 

目の前には『神龍』と『暴食』と『黒い幽霊』。

 

塔の下には『剣聖』と『魔女』。

 

 

すでに失われた仲間や敵。そのどちらかわからない者たちを思い出し、そして宣言する。

 

そうだ。一人は明らかに敵だとわかっているじゃないか。

 

「やってやる。全部見て、疑い尽くしてやる。いいか!俺の中にいるお前!お前のことも確かめてやるからな」

 

あれがナツキ・スバルであるとなぜ信じられるのか?

今疑えばわかる。ナツキ・スバル参上なんて言葉を鵜呑みにする方がバカだった。

 

 

まるで『誰かが』ナツキ・スバルにやらせたように見せたいからそうした。

 

そう言われる方が納得できるじゃないか。

 

 

「真の敵は自分自身ってか?そんなお約束、信じられるかよ。敵はだいたい、普通に敵だろ!」

 

 

疑うスバルの戦いが始まった。

 

 

 




ツギハグスバルは、ウタガウスバルにへんかした!
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