さて、龍を殺そうか。
問題は火力だ。シンプルに威力が足りない。
龍にぶつかった三つの光が。その持ち手ごと消えたが、結果はどうか。
その鱗を少し焦がすだけで消えたのを見届けてそう確信する。
かつて一度だけ遊んだあれは確か…『怠惰の魔女』か。あれと同じ。いやそれ以上の火力がいる。
あれはなかなか意味不明なほど強力だった。
となると、一つにまとめていかないと。それで足りるだろうか。
全ての佐藤が、三つの光を再び浮かべる。当然これも、全員が命を捧げて出している。
不規則に動く『三体』をまとめて一つにすると。その輝きは赤からオレンジへと変化した。
命を投げ捨ててそれを強化。強化したそれを絶命しつつ、次の個体に託して統合していく。
そう。これはあくまで土台は『ライト』だ。人に渡す事ができる。
通常魔法は、生み出した術者以外には制御できない。だがここには、同じ術者が一万といる。
渡す相手は自分自身。命をかけて強化しても、再び自分が受け取れる。
次に託し、命を注ぐと光が増す。
それをトーナメントのように続ける。1万人いたとしても。たったの14回で済む。
指を指す。次は、君だ。
黄色になった時には、周囲は灼熱に包まれる。
光で満たされた原初の宇宙のような、光の奔流。
それに目を焼かれぬものはいない。
『神龍』ですらその目を細めた。
最後にのこった光球は青白く、煌々と輝いていた。
周囲はその熱によって景色が歪み、悲鳴をあげている。
重ねがけした陽魔法、常識外れの流法で自身を強化していなければ横にいるだけで消し炭になっていただろう火力。
青色超巨星なんて名前が頭をよぎった。
「ねえスバルくん。
スバルは答えない。
当然だ。スバルはその問いを聞けていないのだから。
青い光に至るよりもかなり前、その余波の熱だけで、すでに焼死していた。
今そこにあるのはスバルだったものの影だ。愛する地竜と共に炭化した残骸は、当然命名などできはしない。
「あらら。ごめんね。うーんじゃあ。リゲルにしとこうかな」
魔法が相応しい名を得てこの世界に存在を固定する。
一万人を超える天才魔法使い。それが史上類を見ない多重強化を受けた状態で、命をかけて『献魂一滴』で強化する。
命が消える前に魔法を託して、次へ。
命を費やす魔法は全て禁忌とされているが、その効果は絶大である。
リューズ・メイエルが数百年続く結界の核となれたのもそうだ。歴史上では命懸けの魔法使いが起こした奇跡が多く記録されている。
そのどれよりも壮絶な代償の儀式。
『強欲の魔女』がここにいれば感涙でもしたかもしれない。
それほどの理外。これほどの反則。
この世の理の一穴を通して、世界を歪めるほどの魔法を顕現させた。
何をしても揺るがなかった塔の一部が溶ける。
属性中でも稀有な陽魔法。陽の極みとも言えるこれは空前絶後を文字通り体現する。
手にした蒼き極星へと名付けを行い、この世界に固定する。
『
光る熱の巨塊。ただそれだけの魔法。
ただそれだけなのだが。それは虚ろな神龍すら身動きを止めていた。
これを佐藤は抑えているだけ、神龍も手を出そうとしない。いま、この均衡を崩せばこれが解き放たれてしまう。
佐藤が魔法を安定させ、よしやろうかと思った。その時。
目の前に何かが現れる。
いや、新たに移動した発生したというよりはまるでそこに最初から居たかのような。
そんな唐突な登場だった。
一人の少女がそこにいた。
長く透き通る白金の髪は、まるで降り注ぐ日の光に形を与えたように甘く輝き、細い肩を伝って背中に流されている。
長い睫に縁取られる双眸は世界を閉じ込めたように深い青で、整いすぎた顔立ちは神すら指を触れることを躊躇うほどに精緻な造形美。
小柄な体は風に抱かれることすら危うげに思えるほどに可憐。
彼女に誰もが見惚れるだろう。この場所に常人が存在できていればという注釈がつくが。
その美しさの機微の全て。何一つ感じ取れない破綻者が、フレンドリーに少女へと話しかける。
とっても強そうだ。なんてワクワクしながら。
「やぁ。君は、魔女かな?」
「ああ、素晴らしい洞察力です。私は確かに他者から『虚飾の魔女』と呼ばれ、名乗ることもありました。パンドラと申します。この美しき土地で、あなたと出会えたこと。こんなに喜ばしいことはありません。以後よろしくお願いいたしますね」
口調にその感動を乗せず、文字としては出会いに感激していると表現する魔女。
「へぇ。嬉しいね。ところでどんな用事があるのか聞いても?私が目的であれば、もっと嬉しいんだけれど」
にこやかに、穏やかに。庭園のベンチでたまたま出会ったかのような温度感で対話が進む。
その場は、オーブンすら生ぬるい灼熱の地獄であるが、互いにそれは感じさせない。
「まさしく。あなたの手にしたその力。それをこの場所で解き放つ事をやめて欲しいのです。あまりにも強い力の塊。この『嫉妬の魔女』の祠の上でそのような蛮行に及ぶ事は恐ろしいことです。決して世界のためにならない。無辜の人々が織りなすこの美しい世界。その平和を守るために私は参りました」
魔女が世界平和など、誰一人信じないであろう言説を佐藤は心から信じる。
「そうかぁ。素晴らしい心がけだね。でも私は龍を殺してみたい。だからごめんね。そのお願いは聞けないよ」
そして信じた上で、むべもなく断った。
「ああ、その決断もまた素晴らしい。果断なあなたの意志を尊重しますと、そう言いたいのですが最後に一つだけ。それは『嫉妬の魔女』の封印を揺るがすかもしれない。あまりにも尚早です。魔法の才能に溢れるあなたの才能は、もっと輝く場所があるでしょう。今それをしてしまえば、今後そのような機会に恵まれることも無くなってしまう。それでもあなたはその好奇心を満たそうと止まらぬおつもりでしょうか?」
「うん。そうだね。君ならきっと封印を守れるよ。がんばって!」
君ならできる!と心からのエールを送る。
「そうですか。それがあなたの選び取った道なのですね。その尊い意思を、私は深く尊重いたします。なぜなら、人は誰しも、自らが望む生き方を選び、その生き方を貫くべき存在だからです。他の誰でもない、あなた自身が選んだ決断であるのならば、それはきっと、何よりも価値のあるものに違いない。
人はそれぞれに異なる価値観を持ち異なるもの、誰もが同じ境地に達するわけでもありません。それでもなお、自らを信じ、自らの道を進もうとするその姿は、確かな輝きを放っています。
あなたが選んだ道がどれほど困難であったとしても、その選択を受け入れ、最後まで貫こうとする意思は尊く、そして美しいものです。人は誰しも、不完全でありながら、それぞれの不完全さを抱え、それでもなお前に進もうとします。その在り方こそが尊いものであり、あなたが信じる道が、誰にも否定されるべきではない理由なのです」
聖女の如き微笑みで、破綻者の論理を肯定するのは、こちらもまた破綻者だった。
「私もそう思うよ。人生は楽しまなきゃ損さ」
深い笑みを交換し、言葉の上では合意に至る。しかし、彼らの行動はどこまですれ違っていく。
「ところで、その魔法は一体どういうものですか?長い時を生きた私でも初めて見るものです。後学のためによければご教示いただけませんか?」
なぜ、そんなことをしないといけないのだろうかと首を傾げる。
その疑問に答えるように、『虚飾の魔女』が笑いかけた。
「だって『サトウさんは私にその魔法について語ってくれる』と約束したでしょう?」
微笑み、意味深に呟く少女の言葉には重たい意味が乗っていた。けれど、それは的外れだ。
「…??私は別に、佐藤じゃないし、そんな約束してないよ?」
沈黙が流れる。
「おや、それでは貴方は一体何者なのでしょう?」
魔女が問う。相手は隠し事も、嘘もつくつもりもない。そう看破しての問い。
「私はね。私だよ。それだけさ」
自分はすでにサミュエル・T・オーウェンという存在ではない。佐藤ですらない。
もちろんタブスなんかじゃない。では何なのか?
決まっている。私は私。
あまりに強い自我が、この世界でも生き始める。
この生物は決して死なない。決して。
そんな返答に、魔女は沈黙を保っている。
実はこの二人はよく似ているところがあった。
それは彼ら自身のことではなく、彼らと話す相手のリアクションが共通しているという意味で。
彼らが誰かと話すときはいつもこうなるのだ。
相手が絶望や怒りや恐怖に表情を変え、自分だけが微笑む。それが常だった二人。
なぜ、みんなが怒るのだろう、嘆くのだろう。ずっと疑問だった。
穏やかでいれば良いのに。楽しめばいいのに。
しかし、今ここにいるのは二人だけ、そして表情を変えたのは一人だった。
少女だけがここで表情を消した。そして理解する。
皆が必死の形相で、私に何かを叫ぶとき。きっとこんな感情だったのだろうと。
「消えなさい。
「おや、飾りの
その表情は誰も見たことのない無表情。何一つ感情の乗らない声に世界が凍りつく。
冷徹な絶対零度の決意。世界による決定。運命による強制が伴う一言だった。
「どうやら永井君の煽り癖が移ったみたいだ。ごめんね。あ、最後に一つだけ。いいかな?」
その氷上でスケートを行うかの如き、決意を嘲笑うかのような調子を崩す一言が差し込まれる。
それでも『虚飾の魔女』は相手の言葉を待つ。それが彼女の在り方だから。
「スバル君は、『
致死の知恵と一緒に、手元の光球をポイっと。まるでリンゴでも投げるかのように雑に渡した。
その胸からはいつの間にか黒い魔手が生えて、存在しなかった心臓を掴み損ねている。
パンドラに渡されたのは、暗黒を誘う知恵であり、閃光を放つ星だ。
その巨大さ故に非常にゆっくりに見えるその軌跡。
青き巨星が少女へと近づいていく。
パンドラはその手を掲げて、星を受け止めるような体勢。
彼女の権能だろうか。何かが介入しようとする。
塔が歪み、元に戻る。
『神龍』が消えかけ、元に戻る。全力でブレスを浴びせかけ、その星に対抗しようとする。
『嫉妬』の腕が持ち手を蹂躙をしようとするが、もはや全てが遅かった。
光の塊が明滅する。しかし、元に戻る。を繰り返す。
世界の連続性が途切れて、コマ切れのようにぶつ切りになる。
この世界から、ありうべからざる異物を。どうにか剥がそうとあらゆる力が集っている。
世界が自らの体内より膿を出すべく、その行いを後押ししているようだった。
「すごいすごい!なんだいこれは!バグってる!?」
その干渉にも、全ての優先度を無視しているのは単純な熱量だ。
力が強すぎて曲げられない。ただそれだけの現実が光り輝いている。
止まりはしたが、消えなかった。
そして安定性は崩れ、魔法は形を変える。
その予兆は確実に良いものではない。それくらいは誰でもわかった。
彼女は自身の無事を確信しているが、今はそれどころではない。
なぜなら彼女には、守らねばいけないものが…
「守りは不利だよ、攻めないと」
「待っ…」
パンドラの制止は、もはや何も止められなかった。
星は創造主の元を離れ、押さえつける制御を失うと。その力を解放する。
まるで全てが溶け合って、その寿命が終わった巨星のような。
均衡を失った星の最後の瞬きが、世界を照らす。
『
「
全てが消えて、そこには光と熱だけがあった。
ああ永井君。
いっぱい大切な人を作って、そして失ってくれる事を祈っているよ。
どこまでも協力的で破滅的な、二心同体の悪意。
彼は消えながら笑った。心の底からの笑い声。
爆心地でそれを聞くのは一人の少女と、消えかけの龍だけ。
笑い声が、光と消える。
砂丘の最寄りの町、ミルーラまで撤退していたカルステン陣営の者たち。
彼らは一様に怖気に襲われた。
誰もがわかる。あそこになにかある。熱く巨大な何かが生まれた。
マナを感じることのできる生物ならば全てが感じたであろう危機。
そして、どんな逃走手段よりも早く。この世の何より早く光が到達する。
次の瞬間。ミルーラの街が一斉に炎上した。
乾燥した火のつきやすいものが即座に轟轟と燃え盛る。けれど、その街の姿を見ているものは一人もいない。
なぜなら全て塔を見ていた者たち全て。その目が、光によって潰されているから。
いや、何事にも例外はいる。
常人よりも頑丈な身体を持ち、そして直前の直感と悪寒に従い、身体を動かし目を背けていたヴィルヘルムは無事だった。
閃光で焼かれながらも闇の中で悶えるメィリィを庇ったゴドフリー。その前に魔獣を盾として、二人を地に伏せさせる。
エルザは目を焼かれるも気にしない。これくらいは訓練している。剣鬼の気配を察知してそこに自身も覆い被さる。彼女だけは守らなければ。
魔獣と三人の大人に守られて、メィリィは何もわからず闇の中で両目の激痛に喘ぐ。
「いったい、なん…」
閃光から遅れて、突風がミルーラの街を吹き飛ばした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
街は全滅した。住民たちも幸運なごく一部を除いて生存者はいない。幸運なものたちも半分以上がその後に死んだ。
どうにか一行の命の無事を確認したヴィルヘルムとエルザは、それを見た。
自分たちが来た方角に、空高くまるでキノコのような雲が登っていく。
雷が迸るキノコ雲から、黒く大きな何か、まるで『龍』のような何かが落ちるのを。
そして、下から上へ黒い濁流のような何かが殺到するのを。
生まれる小さな閃光。白光。それが連なっていく。
ここにいても肌で感じる瘴気。あれが『嫉妬の魔女』であると、誰もが確信できるほどの存在感。
距離など関係ない。あれがこの世界の災厄そのものだ。
『龍』が落ちて、その上で『嫉妬の魔女』と戦えているのは一体なんだ?
まさか…
その想像はたった今否定される。
なぜなら、その人物が今まさに赤い残光となってその戦いへと翔んで行ったのだから。
「ラインハルト…!」
『嫉妬の魔女』と『虚飾の魔女』の破滅的な戦いに、『剣聖』が立ち向かう。
世界の終わりを止めるために。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
誰かに呼ばれた気がして、ケイはその目を空に向ける。
龍の息吹に消し飛ばされ、カルステン領に戻った直後にそれは起きた。
声は聞こえない。
けれど、監視塔のある方向を見ていた。
まるで朝日のように、何かが世界を刹那だけ。
一瞬だけ照らして、フッと消える。
それから少しして、大気が激震する。
呼応するように地震が起こり、天地が揺れる。
世界の終わりを、全ての生き物が予感した。
この星がこれから終わるとしても、永井圭は諦めない。
その目に恐怖はない。彼は立ち上がり続ける。
それだけは、確かだった。
派手にやるという約束は果たせたでしょうか。
ラッパをお持ちの方は一緒に鳴らしましょう!この世界はここまでです。
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