亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:156】位置について、よーい…

 

ナツキ・スバルが戻ってきた。

 

心が晴れやかで、全能感と万能感に包まれる。

 

 

…そんな訳がなかった。あり得ない。

 

 

記憶を失った間のスバルの体験はあまりに壮絶で、そこでの行動はとても耐えられないような内容が多分に含まれている。もちろん、『スバル一人では』耐えきれないという但し書きがつくが。

 

耐え難いものと、耐えるための新たな仲間たちと思い出がそのままに統合されている。

二重どころではない人格が重なっているが、苦難を思えばこれでもマシな方だろう。

 

自分は自分。スバルはスバルだと確信できている。

 

そして、これまでの罪と向き合い自分を罰したいという気持ちに駆られる。

当然だ。全ての傷がなかったことになるなんて、そんな都合の良いことは起きない。

 

仕方なかったと思う気持ちもある。ただでさえ心の弱かった引きこもりの学生がいきなりこんなところに投げ出されて、活躍どころか生き残るなんて不可能だ。

 

まして悪意を持ってこちらを害する大罪司教が三人。いや四人もいたという最悪の状況だった。

 

ケイもラインハルトも抜きでこんなことが起きるなんて…いやケイに言われてたな。多分誰かしらが来ると。

 

何かのせいにしても仕方ない。今更後悔しても遅い。

 

やれることをやらなきゃいけない。自分のことはそれからだ。

 

ただ、これからの現状を打破できるかもしれないこの力については、今集中すべきものだろう。

自身の内部に確かに感じる『コル・レオニス』を感じ取る。

 

「これでも十分に、覚醒イベントか。これ以上求める贅沢も。俺なんかって卑下も。やらかしたことの後悔もしてる場合じゃねぇな」

 

『やらかしたことは、絶対に消えてなくならんよ。良くも悪くも、やけど』

 

かつてスバルを打ち砕いたアナスタシアの金言が再び刺さる。

けれど、大丈夫だ。

 

もうどんな時でも一人じゃない。まだ誰も失ってない。

 

 

反省は、後でどれだけでもすればいい。

仲間たちの命を救うことより大事なことなどある訳もない。英雄であると決めたなら止まってはいけない。

 

 

 

敵の仕掛けはわかってる。こっちはスバルの精神を除けば万全で、傷つきながらも新たな力と情報を持って帰ってきたのだ。

 

 

これでようやく、準備が整った。

この最悪の盤面を返してやる。佐藤が起こしたのは打開ではなく破綻だった。そうではない。

 

勝利のために全力を尽くす。

 

全部、全力で生きて、それでも死ぬ時は成果を持って死んでやる

 

 

スバルは信じる。

仲間たちの声と姿。どれだけ苦境に立たされても決して濁ることのなかったその想いを信じる。

 

 

スバルは疑う。

敵を疑う。敵がやりそうなこと、仲間への成りすましを含む全てを疑う。

 

 

半信半疑が今のスバルの在り方だ。真偽と信疑をその胸に、大罪を背負って。それでも英雄足らんと動き出した。

 

 

「よし。ベア子。まずは俺たちの伝家の宝刀を見せてやろうぜ」

 

 

 

 

その少し後。

 

スバルの目の前には、白目をむいてピクピクと痙攣するだけのエルザが転がっている。

味方にどんな仕打ちをしているのだと、脳の一部が反応するが理性はしっかりと相手の正体を見抜いていた。

 

エルザの左手には、薬指がない。

 

これは偽物だ。

 

カペラのパターン化はすでに終えている。

エルザのフリをした『色欲』を釣り出し、そして隙だらけで近づいてきたところを逆に捕獲してやったというわけだ。

 

「やっぱシャマクよ。これを意図的に使えるか使えないかで俺という存在の価値が激変するぜ。実際問題、これこそナツキ・スバルの真骨頂と言っても過言じゃねぇ」

 

「また始まったのよ。シャマク信仰なんてこの世でスバルだけの宗教かしら。教祖にでもなる勢いなのよ」

 

「司教ってもうイメージがこいつらのせいで底をついちまってるからな。それは遠慮しとくぜ。でもシャマクの素晴らしさを今度絵本にできないかケイに相談してみるよ」

 

聖書の出版という夢を語りつつ、スバルが成したのは、大罪司教『色欲』担当の捕縛である。

 

これは快挙だ。しかし死に戻りを十全に繰り返せているなら当たり前の結果でもある。

 

これで色欲は抑えた。何をやっても死ななかったし、逃すのも最善ではないという判断から封印を施した。

 

今後、ベアトリスは付きっきりになるが仕方ない。本格的な封印は準備をしないと出来ないようだった。

後でシャウラの封印もしてもらうことになるが、本当に働き者の相棒だと抱きしめた。

 

後の問題を整理する。

 

塔の中でこちらを狩るため潜んでいる『暴食』のライ。

『暴食』のロイを上書きし、自由になるレイド。

砂丘の全土から殺到する魔獣の大波。

ルール違反に合わせて魔獣と化すシャウラ。

 

そして全てを無に帰す、嫉妬の黒腕。

 

 

今とれる手段を最高効率で配置しないといけない。

 

その試行錯誤は、疑うスバルがやってくれていた。

 

全員と顔を突き合わせ、今後の作戦を伝える。

メィリィが捕獲されたエルザを見て驚愕し、それがあのお母様だとわかりさらに表情を変えた。

 

 

「絶対とか無敵とか、そんなの、いないのねえ。バイバイ。お母様。ううん。『色欲』のカペラさん」

 

怯えるだけだった子供は、もういなくなったようだった。

皆がスバルを信じ、そして澱みなく動き出す。

 

ヴィルヘルムもそんなスバルに何一つ文句も言わずに付き従う。

それは、スバルの心根を毎回見抜いていた鏡の如き剣だ。

 

彼らが万全の状態である事はつまり、スバルが安定している事の証明だと思える。

 

そして見るのはユリウスとガーフィール。

 

彼らの事は、もはや他人ではあり得ない。

以前からガーフィールについては家族同然の親密度ではあったが、もはや彼らは自分でもある。

 

前を向こうとしても、どうしても考えが浮かぶ。

見殺しどころか、彼らを進んで殺すよう指示した事実は消えない。

自分で殺すより悪い。その卑怯な行いは決して無くならない。

 

 

その度に、この決意も何度でもする。

それでも、ここで全てを投げ出す事は出来ない。

その分だけ、全力を尽くさなければいけない。

 

 

でなければ、何一つ浮かばれないではないか。

 

 

 

でも、そんなことは後でいい。

 

視界はクリアだ。かつての霞む視界が嘘のようである。

 

スバルの左目だけは、完全に復調した。

けれど、右目は見えなくなっていた。

 

スバルの光。その半分を代償として差し出して、闇を覗く疑心をようやく飼い慣らす。

 

「眼帯でもしちまうか。独眼竜スバルってな。てか手足もおかしいし右目もこんなになっちゃったし、順々に削れていってる感がやばいなおい」

 

「戯言はそこまでになさい。バルス。これが、最善なのでしょう?曖昧な指示がどれほどの効果を上げるのか見ものだわ」

 

「いやいや、俺の目論見が大外れになったら姉様もやばいからね。そんなハズレを願うような言い方やめて」

 

ニタニタと笑い、スバルとラムに対するのは『賢者』の体のまま主導権を握っている『暴食』のライだった。

 

 

ライと対峙するのは、ラムとスバルの二人。軽口をいつも通りに叩き合えるのが心地よい。

この二人で、『暴食』のライ。『賢者』を止めなければならない。

 

 

ただのスバルが戦闘の役に立てるとは思わない。

その肝心の仕掛けは。覚醒した新しい力、『コル・レオニス』を活用したものである。

 

この力は味方の位置や感情を感じ取るだけでなく実際の精神的、肉体的な負担を請け負うことができる。

 

コルレオニスで負担を受ける方法の習熟はかなりの速度で進んでおり、どんどん上手くなっていく。

 

 

これをすることでラムを動かし、そして敵の攻撃が来たら避ける。

 

もちろんラムに助けられ、白鯨の外套を使っての魔法対策を万全にした状態であるがこれはスバルにとっては凄まじい戦果である。

この世界でも最上位の暴力の応酬にスバルがついていけている状況が異常なのだ。

 

『同胞を狩る、宵の暗星。暗き輝きを触れて味わえ』

 

毎度初めての詠唱には身が固まる。そう言うと何も起きなかった。

 

何が起きた?疑問を浮かべたその次の瞬間に、前衛を張っていたラムが見えない何かに貫かれ、そのままスバルを貫通した。

なぜ見えなかったのか理解できない。やられた後にはわかる。不可視の彗星が、通過していった。

まるで夜のような暗い光が、その身を隠すのだろう。

 

だが、覚えた。

 

 

「…っ…次だ」

 

 

ナツキ・スバルは諦めない。

 

そうだ。いきなり上手くはいかない。得意なこと以外もやらなきゃいけない。

スバルが、『暴食』の攻撃を。『賢者』の魔法を回避できないとこの場が成立しないのだ。

 

その習熟のために数を重ねる。なんと言っても魔法というのは初見での威力がおかしい。

どうやって避けるのか、どんな効果があるのか何も知らないと避けようもない。

 

スバルはすでに過去に行った検証と今の数上の数度の検証で、初見の魔法を潰しつつあった。

 

 

 

 

 

異世界転生や転移。

それによくあるお約束としての、チート。異能。ギフト。それが生み出すのは爽快な無双。

 

スバルが記憶を失い一番に期待したそれを、万全となったスバルが実行する。

 

 

きっと、『最終的に』傍目にはそう見えるのだろう。

 

ナツキ・スバルという不可解な英雄が、誰もが躓くであろう障害を軽やかに飛び越えて無双していく。

 

強さも賢さもないはずの、ただの男が強敵たちを屠っていく。

 

そんな視線を以前は理解できていなかった。

スバルは誰よりもそれに至る過程を知っているのだから当たり前だ。

 

チートがあるのは間違いない。しかし、楽は一切させてもらえない。

だからこそ、自己評価は常に低かった。周囲から諌められるほどに、自分のことをすごいとは思えていなかった。

無数の失敗を踏まえれば、同然だ。

 

それでも、今のスバルは自分を認める。すごいやつだと認めてやる。

他者の視線はもう自分の視線でもあるから。

 

ユリウスの気持ちを知った。

ガーフィールの眼差しを知った。

アナスタシアの警戒を知った。

そして全てを疑うスバルがお前はすごいと認めてくれた。

 

 

だからこそ、スバルは自分を認める。

そして同時に、現実も受け入れる。

 

どれだけ心機一転しようと、攻略に足るだけの情報が手元にあろうとスバルはそれを最適に運用することができない。

 

どれだけ気持ちが高まっても、たった一度の挑戦では不可能なのだ。

 

 

だから繰り返す。何度でもやり直す。

 

何度でも。

 

何度でも。

 

何度でも。

 

心を奮い立たせて諦めない。残った左目で、仲間の顔を、敵の姿を捉え続ける。

 

心は、決して死なない。

 

ナツキ・スバルが一つになって、本当の戦いが始まった。その直後のことだ。

 

無情にも、即座にスバルの心を折りに来るのがこの異世界だ。これはもう慣れていた。

ただしかし、心の底から震える。恐怖に負けそうになる。

 

「いい感じの脳内BGMがかかって、これから反撃って感じの時にこれだもんな」

 

セーブポイントがまたも後ろ倒しになっていたのだ。

 

 

具体的に言えば、統合を果たして目覚めたその時。

やり直しはそこからに固定されてしまっていた。

 

仲間たちの初期位置は、その時の場所からはもう動かせない。

すでに振り分けた位置からのスタートを切るしかない。

 

それでも、スバルは折れなかった。

血を吐いて、命を潰されて。仲間の死を見届けて。

 

それでも、折れない。

 

 

 

 

これだけやって、ようやく希望が見えたのだから。

 

この仲間たちは今のスバルのことしか知らない。

だからあまりに華麗に、迷いなく采配を振るっているように見えるだろう。これがスバルの権能によって生まれる孤独だ。

 

その否応なしの無理解をスバルは受け入れる。彼らの英雄になってやる。

ハリボテでもいい。どれだけ無様でも、最後にはヒーローとして彼らを救う。

 

 

それに、一人じゃない。

 

何も語れなくても、語らなくとも。いつの間にか全てを推察するおかしな思考力のあいつが来てくれる。

あまりの察しの良さに、発狂状態にあったスバルですらちょっと素に戻るほどの、暴力的な分析能力の友達が。

 

 

ケイが来るまでに、この盤面を返しておく。

 

それが、スバルのやるべきことだ。

ケイに頼ることも考えた。むしろ最初から考えていた。

 

もう一度、彼に話して材料を渡せばきっと。最適に配置をしてくれるその確信がある。

けれど、彼が来るのは統合を果たしてから一時間以上も経った後になる。

 

それでは、だめだ。

誰かが死んだ後に、全てを解決する策を聞いてもまたセーブが後ろ倒しになったら?

 

スバルは基本的に、30分で状況を見極めて詰みにならないように戻っている。

それすら必要ないほどに、仲間たちが倒れることが多かったが不利な状況でそのままズルズルと経過をすることを避けた。

 

まずは、ケイ抜きでも勝てると思える初動を完成させる。

 

 

すでに仲間たちは走り出し、刃を研いで敵を迎え撃つため持ち場にいる。

 

第二層へと駆け込んだのはエミリアとユリウスの二人。

そこにはすでに先客がいる。ちょうど、ロイが許可を得てレイドを捕食するところであり、その空間から元のレイドが消えて、ロイがレイドに変化する時でもあった。

 

 

塔の周辺では魔獣迎撃のための準備を終えた戦士たちが敵を待つ。

 

塔の少し先、東の方角はすぐに崖というわけではないが大瀑布が広がっているため、四方全てが広大な砂に囲まれているわけではない。つまり三方向からの魔獣の波を抑えなければ塔は根本から倒壊に至る。

 

倒れる寸前に何が起こるかというと、第一層からの全てを消しとばす光の奔流だ。

 

『神龍』によるリセットは塔内に魔獣がいれば中の生き物にも等しく襲いくる。

 

 

三方向からの魔獣の津波を抑えねばならない。

 

北を背負うのは若き猛虎だった。

 

南を守るのは魔獣の専門家二人とその姉。

 

西を守るのは剣の鬼。

 

 

 

 

 

それぞれが、放たれる前の矢のように張り詰めた戦意を研ぎ澄ませている、

 

彼らの頭上、監視塔の上部が無数の光に瞬く。

 

そのタイミングは知っていた。シャウラが眠り始める前の最後の仕事だ。ゲートの限界ギリギリまで焼き切れる寸前まで無理させるが、その負荷はスバルも請け負う。そのあとは存分に眠ってもらおう。

 

スバルは身を焼くような熱にも気にせず、つぶやいた。

 

「…位置について、よーい…」

 

 

ドン!!

 

という。一際大きな着弾音の後には、雨というには騒がしすぎる無数の星が砂丘中に降り注ぐ音が聞こえる。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 

砂丘の彼方、高くそびえる塔の上――そこから放たれるのは、夜空すら焦がす無数の白き閃光。

 

一瞬の静寂。次の瞬間、塔の頂が眩く輝き、その光が流星のごとく降り注ぐ。

砂漠の地平線を埋め尽くす魔獣たちに向かって、無慈悲な白光の流星群が撃ち放たれた。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

大気を切り裂き、唸りを上げて突き進む魔法の砲撃は、音を遠くに置き去りにする速度で砂丘を駆け抜ける。

大地が震え、白の爆発に染まる。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 

眩い光の奔流が砂煙を突き破り、爆炎の中心で魔獣たちの影が砕け散る。

咆哮も、呻きも、焼き尽くされる肉の音すら掻き消され、ただ白の輝きだけがそこにあった。

 

 

 

 

合理と業罪を胸に秘め、強欲を傲慢に行使する。

 

号が放たれ、蠍座が煌々と瞬いた。

 

星光が、轟々と迫る脅威を焼く、白き劫火が焼き続ける。

 

業と拷と剛が交わるこの塔で、永劫とも思える旅を超えてきた。

 

いよいよだ。

 

その音は、さながらGOサインのように。

プレアデス監視塔防衛戦。その開始の号砲となって世界に響いた。

 




ええ、そうです。
私は嘘喰いという漫画が大好きです。
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