盛大な号砲は、同時に全ての戦場を開き、加速させていく。
疑うスバルと信じるスバルの結論がこれだった。
「まさかのマッチアップ。姉様と戦えるなんて光栄にすぎるぜマジで」
「事実は皮肉にならないわ。バルスは本当にバルスで可哀想」
「第一人者がなんか言ってる…一秒前の自分ごと論破するのはストロングスタイルすぎるだろ姉様」
ラムとタッグを組んで相対するのは、魔法使いの姿をした『暴食』のライ・バテンカイトス。
こいつの魔法。魔術は異常だ。
そして何より、こいつを自由にしてしまうとあらゆる戦場に同時に支援をされてどうしようもなくなる。
いつだかの回で、こいつは高らかに語っていた。
この魔術師がライの中での最大戦力。魔法使いでなく、魔術師と名乗った異様な風体の老人はあまりにも強かった。
何よりこいつは、そのままにすると大罪司教にあるまじき知恵を回してくるのだ。これが何より厄介極まりない。
全てを疑っていた時の試行錯誤。
半信半疑の今の試行錯誤。
その全てを総合して分かった事実はこうだ。
純粋な1対1ではラムが負ける。
明確に強い助力を入れれば防戦に回る。例えばエルザやガーフがいれば逃げを念頭に置かれてしまい倒せない。
スバルがいればこいつは逃げない。
戦いが長引くと、ルイが入れ知恵を行う。
スバルのことを捕捉できないでいても、恐らくルイが入れ知恵を行う。
この入れ知恵が発生すると『死に戻り』がライに共有され、いよいよ黒い魔手が伸び始める。
これが、本格的な終焉であり引き金だ。
だから、ライには優勢を取らせつつそれでも戦いを続けないといけない。
ラムとスバルという、レムの記憶を持ったこいつが無視できない二人でないと、戦場をひっくり返される。
戦力としてはイマイチの二人で、相手の最大戦力を抑える。
これが最初の一歩だった。
「見たこともない魔法。あらゆる魔法を熟知するロズワール様。のことを熟知するこのラムがこう評するという重みがわかる?」
「ごめん。真面目な時に惚気ノイズ入れられて理解が遅れてる。やべぇってのは血が滲むほど重々承知してっけど」
ラムには事前に、いくつかの詠唱に気をつけるように言ってある。
これらは初見では、ラムであっても避けられない必死の魔法だから。
だからこそ、攻めるのだ。
「じゃあ、初っ端からぶちかますぜ!」
戦いの火蓋は、最大火力にて切られた。
「アル・フーラ!!」
『コル・レオニス』を使って、死の一歩手前までラムの負担を受け入れる。
そして放たれる死の風。
同時に配置される風の刃は、全方位から敵を切り刻み、押しつぶす。
その全てが、『暴食』の生み出した暗黒の渦によって吸い込まれる。
しかしそれは、相手の魔法も同じことだ。
幾重にも張られた防御のための魔法も、周囲を浮かぶ光も、そのすべてが暗闇に飲まれて消えた。
ライが持つ対魔法の防御の中で最も強力なのが、このブラックホールのような渦だった。
「ブラックホール使うなら、敵味方全破壊じゃねーのかよほんと」
これをすることで、相手に防御を意識させる。攻撃に集中させないのが重要なのだ。
最初にこれをしないと、押しつぶされるだけになる。
スバルが見つけた最適解が、虚勢と虚仮で飾られた、ラムと一緒にハリボテを立てる作戦とは皮肉がすぎる。
「出来損ない上等だ。勝てんならなんだっていい!」
スバルにできることは、ラムから引き受けたダメージを相手に感じさせないこと。
わかっていても倒れそうになる。ようやく慣れたこの衝撃に、奥歯が軋むほど食いしばって耐え切った。
「バルス。それ以上すれば死ぬわよ!」
「それこそ笑わせるぜ姉様よ。俺は死なねえ。いつだって何度だってやってやる。心配してくれるとは、ようやく認めてくれたってことか」
「悍ましい」
「シンプルに吐き捨てるのやめてね?」
その軽口も、相手を抑える一手になる。
スバルは意図した膠着を、ようやく生み出した。
あとは、待つだけだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
第二層に駆けつけたユリウスとエミリアは、今まさに『暴食』のロイがレイド・アストレアに上書きされる瞬間を目撃する。
スバルに言われて最短で駆けつけたが、やはり間に合わなかった。
それも織り込み済みだ。
エミリアはそのまま足を止めず、奥の扉へと全力で走る。
いまだに主導権を争っているレイドもロイも、エミリアを止めることは出来ない。
「オレを喰い尽くす、味わい尽くすってンなら、オレを収めるでけえ腹がいる。オメエにゃそれがなかった。だから、オレが腹を食い破ってやった。そンだけの話だ」
レイドはぼそりと呟くと、目線をユリウスに向けてくる。
「ンで?やンのかよ。子分の分際で、諦めちゃいねえってンだから、どこまで子分なンだよオメエ。あの激マブは通すが、オメエは通さねえぞ。オイ」
「ひどく勝手な物言いだが、あなたを議論で止めることは不可能だろう。何より、意味を感じない」
剣を構えて、対話を打ち切る。
以降は、剣で語る戦いだ。
「カッ!!弱えくせに、本気でやりもしねえくせに言うじゃねーか。ンじゃまぁ」
ゆらりとその体が揺れる。
体幹も何もないように見える。構えなどどこにもないその姿が、おもむろに膨張する。
いや、あまりの接近の速さにそう見えただけだ。
当然振るわれるのは、その手の棒。それが圧倒的な暴力となって襲いくる。
「ぐ、く――っ!」
「オラオラオラオラ! そんなンでオレをどうにかできンのかよ、オメエ。舐めてンじゃねえぞ、オメエ。オメエ、遊びにきてンのかよ。遊ンでほしけりゃ化粧してこいや。そしたら踏ンづけてイジメて可愛がってやンぞ、オメエよぉ!」
口汚い言葉と共に、その手に握った二本の箸で悪夢のような斬撃を繰り出す暴力の化身、レイド・アストレアが二層を舞台に死の舞踏を舞い踊る。
「――っ」
無数の斬撃と、繰り出される蹴りを同時に捌きながら、ユリウスが騎士剣を回転させ、間隙に刺突を突き込むことで対抗する。
まるで光が迸るようにしか見えない超技術の鋭角な突きを、しかし、レイドは眼帯で片方の視界を封じられていながら、欠伸まじりに易々と回避してみせた。
「っらぁ!!」
直後、刺突の回避に目を見張るユリウスの胴へ、無造作に振り上げられた足が直撃、ゾーリの足裏に腹筋を抉られ、ユリウスの体が苦鳴と共に後ずさる。
そこへ、頭上から唐竹割りに落とされる箸の一撃――、
「飛び散っちまえ、オメエ」
縦一閃、衝撃波を伴った斬撃は大気を斬り、空間を斬り、概念を斬り裂く。
もはや表現方法すら思い浮かばないような圧倒的な剣撃は、その得物が箸であったにも拘らず、見るものが剣技の素人であったとしても、思わず目を奪われるような美しさ――剣技の到達点、その極致が実現されたものだった。
「――――」
ともすれば、その美しさに見惚れることが死因になりかねない斬撃。
それをユリウスは横っ跳びに躱し、間に合わずに剣に呑まれるマントの先端が蒸発する。材質の不明な監視塔、その二層へと冗談のように縦の切り口が刻まれた。
それに加えて――、
「オイオイ、それでよけた気になってンなら甘ぇぞ?」
「――っ」
嘲るような笑みと同時に、斬られた大気がたわみ、歪み、風が生じる。
瞬間、飛びのいたはずのユリウスが息を詰め、斬られた空間へと引きずり込まれるように足を引かれ、レイドの剣撃の射程距離へと引き戻された。
信じ難いことに、斬られた空間の復元する引力だ。それが一度は死から逃れたユリウスを引き戻し、まんまと次なる一撃の射程範囲へ放り込む。
とっさのことに身動きの取れないユリウスへ、レイドの拳が真っ直ぐに放たれ――、
致死の一撃。辱めるために意識を奪うだけかもしれないが、それは死と同義だ。
その敗北そのものがユリウスを抉る直前に、それが来た。
それはレイドをして完全に予想外の、横槍だった。
それは正しく光速による妨害であって、攻撃でもある。
レイドですら、1秒に30万km進むそれを防ぐことはできず、脳髄へともろに喰らう。
あのレイド・アストレアが呆気に取られて手を止める。
隙を、晒した。
負けの状況から一転、それは勝利の盤面へところりと入れ替わった。
その一瞬を見逃さず、ユリウスは剣を突き入れる。
勝ったと。そう思った。今までの剣のやり取りから言えば、有効打が取れるはずの手応え。
「ッチ!」
レイドが、初めて本気で避けた。たったそれだけで、前提が崩れる。
体を全力で駆動させ、信じがたい速さと柔軟さでその一撃をかろうじて避ける。
「オイ!?オイオイオイ。なンの真似だよオメエ。やンじゃねえかオメエ。効きすぎンだろオイ」
その言葉は、ユリウスへの賛辞ではない。
レイドは、階段の方を見たままに、その口角を釣り上げた。
「一肌脱いで応援ってか?そりゃあ一番の、とっておきだろオメエ」
ユリウスもレイドの視線を追って、その先を見る。
絶句した。
「んなぁ!!?エキド、ナ?君は、君は何を…!!」
「う、うるさい!!今のは惜しかっただろう!君こそ、何をやっている!ア、アナの。僕が何より大切にしているこの体をここまで張ってまで助けたと言うのに!」
顔を真っ赤にして叫び、怒り乱れるエキドナ。
意思はエキドナではあるがしかし、その行動の全てはアナスタシアの体で行なっている。
「いや、オメエ。それがオメエにできる最善ってのはこの俺が認めてやンよ。流石に二度、しかも子分にこれで一本取られンのだけは許さねえけどよ」
何が起こったのか。それはシンプルだ。
エキドナが
淡い紫の前髪を星の髪飾りでとめ、後ろはポニーテール改め、スコーピオンテイルにして、大胆に手足、腹や背中まで露出した半裸と言って差し支えない格好。胸と下腹部を最低限にだけ隠してはいるが、シャウラとの体格差、プロポーションの差によってただでさえ少ない布と、肉体の間に余白が生まれてしまっている。
アナスタシアは決して胸がないわけでも、痩せているわけでもない。シャウラが女性にしては体格が大きめで、そして胸部も膨大だったと言うだけだ。
しかして、そのミスマッチな組み合わせが、レイドの視線を奪いに奪った。
羞恥と怒りに赤く染まる頬と、情けなさと罪悪感で潤む瞳が、嗜虐心と痴的好奇心を刺激する。
ストレートに言えばエロかった。
それだけで、レイドは再び負けかけた。
本気を引き出されはしたので、従来のレイド的に言えばぶっちゃけ負けではあるがそれは認めない。
絶句と時の凍結からようやく氷解したユリウスが叫ぶ。
「な…やめろ!何をしているんだ本当に!こんなことで勝ったところで意味は、それよりアナスタシア様の…」
「あるだろう!!意味なら、ある。…君はさっき、死ぬところだったじゃないか…正気を疑う献策だったが、実際有効だったのだから黙っててくれ!」
エキドナの覚悟も相当なものだ。そして実際機能してしまった。
だって、レイドの攻略をすでにしたものが証明している。
レイド・アストレアは、女に弱い。あまりに弱かった。
逆に言えば、他には一切の弱点が見当たらない。
「仲良く話してるとこ悪ぃンだが、オレを無視してくっちゃべってンじゃねえよ!」
どん、と床の爆ぜる音がして、突っ込んでくるレイドの箸撃をユリウスが受ける
「くっ!」
鋭い攻撃を受けながら、ユリウスが形勢を立て直し、懸命な防御に励み続ける。
「風が起これば服が捲れる。衝撃を逃せば胸が揺れる。オメエ、騎士だろうが。守れてンのかそれで、名乗れンのかそれで」
暴漢が、それを為しているものがまるで正論をかざしてくる理不尽。
ふざけた言動だが、それでもその一振りは剣聖の一振りだった。
それをどうにかいなし、弾かれるままに後退。アナスタシアの前に立つ。
「君はそんな格好でも、そうまでしてでも、私の戦いを助け、見届けるというのか?」
ちらと、壁際に立つエキドナの方に視線を向け、ユリウスがその唇を固く結ぶ。その横顔に様々な感情が渦巻くのを見ながら、エキドナは小さく息を吸った。
そして――、
「こんな格好しかできないのが口惜しいが、アナがいたならこうしただろう。ボクにできることはほとんどない。ならば、仲間の知恵を信じて敵の前に立ち、自分の意思で君の後ろに立つ。だって……」
「――――」
「――だって、君はアナスタシア・ホーシンの騎士。そうだろう?」
その言葉に騎士は面食らう。
「――――」
ユリウスが長い睫毛に縁取られた瞳を伏せた。そのまま、彼は静かに深く長く、息を吐くと――、
「存外に、力をもらえるものだね。知恵と勇気を振り絞った誰かが、何者でもない私を信じ、期待してくれているということに」
「ユリウス……」
本来、繋がっているはずの関係と異なる関係を結ばなくてはならない二人は、しかし、この瞬間だけは確かに同じことをしている。
なりふり構わず、全力でだ。
だから――、
「――ユリウス、君に伝言だ」
「伝言?」
「ああ。塔の至るところでみんなが戦っている。だからね。――さっさと片付けて、他の人の援護に回ってくれ。だそうだ」
「――――」
「ああ、あと一肌脱いでと言ったの俺だから、早く状況を片付けて1発殴りにこいとも言っていた。鼻の下を伸ばしていると決めつけられ、すでにベアトリスとラムに殴られ始めていた。そうは見えなかったのも腹立たしいから後で殴るが。まぁ、つまりはだね。早く行かないとナツキ・スバルは死ぬかもしれないぞ」
彼なりの声援が、エキドナなりの冗談というエールが騎士へと届く。
それからの反応は明瞭で、劇的だった。
「は」
短く、それは鋭い息のようにも思われた。だが、そうではない。
それは笑みだ。ユリウスが腹の底から一息だけ、笑みのための息を吐いた。そしてそのことは、ユリウスを知るものがこの場にいたなら、驚くべきことだった。
――ユリウス・ユークリウスが、戦いの最中に笑みを浮かべることなど。
「――彼がそう在り、そして君まで殻を破ったのならば、私もまた負けてはいられない」
それは静かな、だが、熱い想いの秘められた決意表明だった。
「破ってンのはどう見ても服だろオメエ、いい女のエロい格好見て、ようやっとやる気になったンかよ。男か女かどっちかはっきりしろやオメエ」
「失礼だが、戦いには常に真剣に向き合っている。私は男だし、服については回答を差し控えさせてもらおう」
「違ぇ違ぇ、そうじゃねえ。オレが言わなくても、オメエもわかってンだろ?」
笑いながら、レイドが左手を上げ、自分の目を塞ぐ眼帯をめくった。そうして健在なその青い双眸で、剣士の頂は挑戦者へとご機嫌な殺意を向ける。
「『棒振り』レイドだ。この名前だけ、覚えて散ってけ」
「――――」
息を吐いて、整えて、ユリウスは昂る心を押さえ込み、
騎士のマントで主の体を隠し、剣を構えて言い放つ。
「改めて名乗ろう。私はユリウス・ユークリウス。ルグニカ王国、王選候補者、アナスタシア・ホーシン様の一の騎士。――名無しの騎士を気取るのは、返上だ」
己と、他ならぬ世界に刻み込むように、自らの『名前』を堂々と宣言する。
もう、負ける気はしなかった。
目の前で笑う最強で伝説の男などは早めに片付けて、主にマントを着せなくてはいけないのだから。
さぁーて、この次もサービスサービスぅ!