時は戻り、状況開始前の会議の終盤。すでに大枠は説明が終わり行動直前になっている。
スバルは高らかに宣言した。
「いいか、ズバリ勝利の秘訣は『飛車を何個取れるか』だ!」
一拍の沈黙と、当然のため息。
ユリウスが率先してスバルの意味不明な説明に異を唱える。
「ああ、調子が戻ったようで何よりだ。私はもう二層へと走るが、あまり単語の説明に時間を取るべきではないよ」
「うるせ!あとから援護回すから、その機会を無駄にすんじゃねぇぞ!」
そこへ走り込んでくるエミリアは、スケート靴のような刃を足につけて誰よりも早く移動してきたのだった。
「お願いされてたこと、やってきたわ!すごーく調子がいいみたい。どんどん力が湧いてくるの、まだまだへっちゃらよ!」
エミリアには先んじて指示をしてあった。それを会議の時間でこなしてきてくれたのだ。
そして彼女の動きはここで終わらない。というか、これからですらある。
だから、へっちゃらに今日日聞かねえなとは口には出さず内心で思うこととする。
「じゃあ、スバル。すごーく頑張ってくるから!あんまり無理しちゃダメよ?でもスバルなら無理しそう。無理しないなんてそれこそ無理よね」
「ごめんなエミリアたん。俺のせいで思考に無理が出てるよ。あとで、会おう」
固い信頼で視線を交わして、エミリアは走り去る。
どこまでも優雅な最優の騎士も共に駆け出した。
エキドナもそれに続こうとするが、スバルが引き留める。
「エキドナ。悪いんだが、緑部屋に寄ってくれ。そこにお前の仕事を用意してる。俺もすぐに行くから、ベア子に伝えた指示をこなして待っててくれ」
「はぁ。こんな不透明な指示に身を預けようというのだから、いよいよ末期ではあるな。しかし、良いさ。従おう。なぜかやけに親近感の湧く作戦説明でもあったからね」
作戦説明には大いにアナスタシアの残滓を活用させてもらった。その雰囲気をしっかりと嗅ぎ取っているらしい。
忠犬ではなく、忠狐であろうか。
しかし、すまん。これからお前を待つのは超絶有効な羞恥プレイだ。
バカみたいな話だとスバルも思うが、実際問題これがないとユリウスが戦線離脱する可能性が非常に高い。
つまり遅かれ早かれみんなが死ぬということだ。
レイドは、どうやらユリウスの戦い方に文句があるらしいのと、エルザやガーフィールには別の興味があるようで彼らに限っては指導のような戦いをしているとヴィルヘルムが話していた。
それを利用させてもらう。
まぁそれも、あくまでレイドの機嫌によるのだが。
ちなみに、二層に到達した直後のレイドの機嫌はよくない。ロイを食らった後なのだからだろう。多少不安定なのだ。
ユリウスが即座に昏倒させられる状況が何度も発生した。
それを突破するための、シャウラコスプレ作戦である。
どうだ。これは流石に、ケイも思いつかない奇策であろう。
『ほんま死んでもらってええ?はぁ。誰より死んでるんやったわ。いや、書記くんよりは死んでへんか。あーもう!本人を前にして、この提案。人の心とかないん?』
人の心しかない。そもそもこれは、アナスタシアの記憶にある抜群のプロポーションの記憶からの発想でもある。
スバルの主観では、常に厚着をしているアナスタシアは着痩せしているように見えていてこんなアイデアは出てこなかったと言っていい。
彼女と一つになったから出てきた発想であるし。他人事ではないのだ。普通にスバルも自分のことのように恥ずかしい。ちなみに、スバルは普通に女性が好きだしアナスタシアも美しく可愛らしいと思う感性は以前はあったが、もうそういう目で見るのは無理だ。
鏡に映った自分に恋はできないし、欲情などもってのほかである。
そうだ。それにその後有効性を認めたじゃないか。
つまり、アナスタシア本人発のアイデアであり、本人許可済みと言えなくもない。
『ダメやわこいつ。はよう、なんとかせんと』
大体一晩でやってくれるケイの到着が待ち遠しくなる言い回しはやめてくれ。そっか、異世界ジョークも脳内ではみんなが使えるのだ。不思議な感じがする。
まぁ、どうせあとでラムとベアトリスにはボコスカに殴られるのだ。甘んじて受けよう。
残るのはガーフィールとヴィルヘルム、エルザとメィリィ。そしてゴドフリーだ。
『「こうなった時の大将はァつええッからなァ!」』
脳裏の声と現実の声が重なって、苦笑した。
「ええ、具体的にお教えいただきたい。勝利条件と我々の役割をお伝えいただければ、それを果たして見せましょう」
「私は魔獣ちゃん関連じゃないと動けないわよ〜?」
「あまりメィリィとは離れたくないのだけれど」
「逆に魔獣であれば我らはそれなり以上に動けますからなぁ!お任せを!」
そうだ。ゴドフリーは戦力において対人戦においては戦士たちの中でぶっちぎりの最下位だが、魔獣に対しての戦力としてみればはっきり言って、ヴィルヘルムに匹敵するほどの働きをする。
純粋な武力という意味では及ばないが、やけに頭が回るし機転も利く。完全に見た目詐欺である。
スバルの拙い作戦を細かく指示するよりも、大枠を示して彼が防衛組の指揮を担うことで外の生存確率は大幅に上がる。
「ガーフィール。『砂壺は強欲を逃がさない』作戦だ。掘りまくってくれ。そのあとは担当場所、よろしくな」
虎が吠えて、塔の窓から飛び出し壁面を駆け降りる。
「そんでメィリィ。あの鳥の魔獣。クーちゃんなんだが、ヴィルヘルムさんに貸してやってほしい。狙うは魔獣の先導役だ」
「本当にそんなのいるのお?お兄さんの根拠が見えない作戦って、嫌なんだけどお」
「メィリィ。ここは指示に従うべき場面。命令を違えてはいけない状況です」
剣鬼に怒られ、ちょっと落ち込むメィリィはムスッとした顔でゴドフリーの背中によじ登った。
「ああ、メィリィ先輩の懸念はもっともだが、いる。たぶん色欲の仕掛けだ。足の速いやつが三方から塔に向かって走ってくる。それを早めに潰せるかどうかで、魔獣の集まり具合と勢いがダンチなんだよ。砂丘の魔獣が全部来たら、全部殺せてもそれだけでここが埋まっちまう」
「『爪刃鳥』クットラス。あの魔獣単体では倒しきれないということですな?」
「ああ、攻撃性は皆無なんだが。頑丈な地竜の良いとこどりみたいなキメラがこっちに向かってやがる。クーちゃんでも結構きつい。なんでヴィルヘルムさん。一撃でお願いします」
六体くらいが、三方から向かってくる。それを早めに殺さねばならない。
『爪刃鳥』に乗ったヴィルヘルムが、その場を離れる。
「それでえ?私たちは、どうするのお?」
「あのミミズちゃんにも堀を作って欲しいんだけど、その前に。地下でやってもらうことがある」
二人の指示を出して送り出したあと、ここに残るのは不気味なほどの静寂を保っていた最後の一人。
「さぁて。じゃあ姉様と、奪い返しデートと行きますか」
「ハッ!対等に並べると思うなんて、まだ記憶が抜けてるようね。頭を振るたびにカラコロと音がするわよバルス」
スバルはラムと共に一度緑部屋へよってから、宿敵の『暴食』へと向かう。
その前に、しこたま殴られた…
緑部屋で治るからって戦いの前にやりすぎである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
塔を空中から見下ろすヴィルヘルムは、思わずつぶやいた。
「見事…」
そこには、すでに変わり果てていた塔の姿があった。
分厚い氷によって外壁は鼠返しの砦のような角度がつけられ、魔獣が登れないようになっている。
開かれた扉の方には氷の杭やバリケード。氷の城壁が立ち並び、相手の勢いを殺すための手段に満ちている。
この砂丘は暑くなく、そしてエミリアの氷は普通と違って溶けず、なかなか砕けない。
十分な妨害になるだろう。
塔から離れると、周辺を囲っていた砂嵐が目に入る。
それは見慣れた砂時間による嵐ではない。生き物が走りその後ろから出ている砂煙だ。
一面の魔獣が、一心不乱にこちらへ向かって猛進しているのだ。
流石のヴィルヘルムであっても面食らうほどの光景だった。これまで魔獣と戦ったことは幾度もある。
絶望的な戦いを生き抜き、敵を切り捨てたことも何度もある。
これまでで最大の困難は、白鯨を殺すことだった。
しかし、地平線まで魔獣で埋まるかのようなこの波の如き威容を見ると白鯨との困難と比べてしまう。
ここで殺されないようにするのは、白鯨を殺すことと同じくらいに難しそうだ。
そこまで冷静に分析し、自身が笑っていることに気づいた。
「つかめ!」
ヴィルヘルムの両足を、怪鳥の足がそれぞれ掴む。
スバルが見れば、サーカスの曲芸とでも言ったかもしれない。
刃となった爪で傷つけないよう、魔獣が配慮をしてくれている。本当に、驚かされることばかりだ。
アクロバット飛行をしつつ、地上に近づきすぎない。最適な姿勢がこれだった。
その膨大な砂煙の先頭を走る歪な四足獣を捉え、接近する。
交差は一瞬。
その刹那で、四足獣は両断され、次の瞬間には魔獣の波に消えていった。
自身が断ち切られたことにすら気付かぬ様子で絶命した。
まだだ、これからだ。
横から横へと移動して、群れの速度を抑えなければ。
キーッ!!と怪鳥が上機嫌に嘶いた。
なぜか、気持ちがわかった。その切れ味に感嘆し誇示するかのように飛んでいる。
「そうか、お前も剣士なのか」
普段の爪の代わりにヴィルヘルムという刃を振るうとも言えるこの状況。
そのあまりの切れ味に、剣士の自負を持つ怪鳥が興奮したのだ。
「全部、全部だ。全てを斬るぞ!!」
一刃の風となって、戦場を切り裂いていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ガーフィールは言われた通りに、砂丘の岩盤を操作していくつもの穴を作っていた。
それはただの穴じゃない。砂で覆われたその下に生み出す穴だ。
地下空間があるところはそれを活用し、流砂の罠を可能な限り作る。
『蟻地獄』と呼ばれる砂の罠は、入れば自重で砂が流れ出れない仕組みになっている。
大小様々な流砂を数十と拵えて、魔獣が殺到するであろう扉前には特に大きなものを用意した。
ここには岩盤を露出させ、高い壁も備えておく。
少し遠くでは、メィリィが指示を出した巨大砂蚯蚓が、大きな堀のように地面を掘削している。
深い深いその坂もまた流砂のようになっていて、なかなか抜け出すことはできないだろう。
塔の周囲を大きめに三重で堀が囲み、その間に蟻地獄が並んでいる。
ガーフィールはこの旅で、自身の魔法の出力のタガがまた一つ外れたような感覚があった。
レイドとの戦闘でも、何かを掴んだ感覚がある。
けれど、レイドはユリウスに譲ることになった。
悔しかった。伝説に打ち勝ちたかった。自分の力を見せたかった。
「だッけどよォ。大将がこれが『ベスト』だってんなら、これに間違いねェ!」
周囲を囲む砂煙の全てが魔獣であり、砂丘であるのに地響きが届いてくる。
大地の悲鳴が聞こえる。いや、喝采だろうか。
『地霊の加護』によって限界まで体とマナを高めに高める。
純粋な流法ではないが、それと同じような状態に持っていけるようになっていた。
その上で、両腕だけを部分獣化。巨大な虎の腕が顕現する。
地面からは握りやすい太さの岩を出し、それを握った。
「目指すは『ぱーふぇくとげーむ』ってやつだよなァ!?大将!!」
虎が吠え、岩が飛んでいく。
スバルから教えられた通りの投げ方。サイドスローと呼ばれる投球フォームで投じられるのは大岩だ。
カタパルトのように重量のある岩の塊をぶん投げる。
投石機にできない頻度で、投げ続けることができる。
その着弾の寸前に、塔が光った。
ここに来る時にも見たが、あの女の砲撃だった。
そう。まさに砲撃だ。
しかも飽和攻撃と呼べるほどの物量。圧倒的な白光の筋が、魔獣たちを蹂躙していく。
これが続くなら、もはやガーフィールたちはいらないだろうという猛攻。
けれどそれは10秒ほどで消えていく。
当たり前だ。あれほどの魔法をあれだけ同時に、ここまで遠くに投射する方がおかしいのだ。
ここからは、自分たちの出番だった。
ガーフィールの体力は無尽蔵であり、傷すら治る。
飢えたなら、魔獣だって喰らってやる。
つまり、無限だ。無限に戦える。
戦い切って、勝ってやる。
虎の咆哮が、戦場に響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エルザは地上で妹を待つ。
その片手には槍が握られており、もう片方には愛用のククリナイフが光る。
彼女たちが上がってくるまでに、少しでも勢いを削いでおかないと。
エルザの担当する方角は他よりも大量ではない、けれど手強いのがいるらしい。
思い出すのはまた、あの声だ。
「あらゆる小細工、工夫。準備。戦闘においてはこれをどれだけしたかが勝敗を分ける。十分に準備した状態なら、僕でもヴィルヘルムさんに勝てる。同じだけ準備されれば地力が高い方が勝つ」
そんなことは知っている。だから努力しているのだと反論するが、相手は意に介さない。
「だが、これは戦闘の話だ。人と人の。今回は、戦争の話をする。この世界の戦争の話だな」
長い話を要約するとこうだった。
一定の実力を持つものたちにとって、雑兵はいてもいなくても同じ。
自分の命に届きうる脅威だけが、脅威なのだ。
つまり、戦争は強者が混じると、最終的には戦闘になる。
仮に『剣聖』がいたとして戦いになるのは『神龍』と『嫉妬の魔女』くらいだろう。
あの『強欲』もいい線はいっていたらしい。
自分より弱い他の攻撃などは、無に等しい。これがこの世界の強者であると彼は言った。
これは自身にもある程度までは言えることだ。
エルザたちに致命傷を与えられる存在はどれだ?
魔獣の爪か牙か、体の一部の何かが当たれば致命になり得るが、今のエルザは少し違う。
レイド・アストレアを見ていたから。
剣士の体の動かし方というものの極地を見た。それから幾度もヴィルヘルムと稽古をして、自身の体捌きを見直した。
結果がこれだ。
花魁熊の剛腕が、まるで止まっているように見える。
これに当たれという方が難しい。
優しく槍を突き入れて、それだけで魔獣は悶絶してそこに倒れる。
横から噛みついてくる狼のような魔獣がいる。複数でエルザを囲んで同時に噛み付いてくる。
先ほどよりは早いが、それでも遅い。
2頭の首をナイフで撫でて、一頭を槍で少し突く。
最後の一頭の腹を割いて、それを一瞬で一切の無駄なく終わらせた。
こいつらじゃ、100頭来たところで脅威ではない。
千とくれば疲弊はするだろうが、それでも弱い。
そうではないものがいた。
脅威がそこにいた。
懐かしの魔獣が、波の中でも異彩を放っている。
まずはこちら。すでに5mは超えているだろう巨体は過去に見たものより遥かに大きな『岩豚』だった。
メィリィが好んで乗っていたあれは3m程度だっただろうか、
あれに突進をされては、体捌きではどうにもならない。あれは、脅威だ。
それが数体と群れている。
これだけで、小国なら平らにできそうな物量と言える。
そして、あれは確か。ギルティラウとか言っただろうか。
あまり仕事をしてくれなかったので、印象は薄いが確かいたはずだ。
けれど、この目の前の一体は歴戦と言っていいほどの風格がある。
動きに無駄がない。純粋な戦闘力でエルザに迫れるのはあれだけだ。
その次の瞬間に、強敵に沸いていた血が外に流れていた。
一体何がと思えば、肩に何かが刺さっている。
いや、噛み付いていた。
「あら、みんな懐かしいこと。黒翼鼠までいるのね。しかも全部が異常個体。素敵だわ」
エルザが見落とすほどの速度で傷を負わせたのは、『黒翼鼠』だった。
しかし、フォルムと大きさがおかしい。
普通のものより小さく、そして流線型になっている。速度を追及した形なのだろう。
一瞬で飛んで黒い流星のようになって空へと舞い上がっていった。
「あれが自由に飛ぶと、厄介ね」
メィリィの方に行ったらと懸念するが、その心配はなさそうだ。
心配は杞憂だった。皆が皆、エルザを食いたくて仕方がないみたいだから。
「ここまでいるなら、あれもいるのではなくて?」
同時に、砂の中から巨大な蛇がエルザを丸呑みにしようとした。
凄まじい速さだった。どうにか避けるが、その頭はもう一つあった。
読んでいなければ、丸呑みにされていたかもしれない。
やはり『双頭蛇』アボンスコンダまでいた。
かつてロズワール邸を襲撃した時のフルメンバーではないか。
懐かしさに思わず笑みが溢れた。
「じゃあ、踊ってくださる?」
死線で踊る。互いの命を削り合う。
妹が、大量の『飛車』を連れてくるまで保たせなければ。
エルザは深く、大きく、笑っていた。
圧倒的な物量に抗うタワーディフェンス的な描写好き
マトリックスのザイオン防衛の焼石に水感とか
ワールドウォーZの壁に取りついたゾンビにガトリング撃ち込むのとか