可能な限りの準備のもとで、戦争が始まった。
狂乱した魔獣の群れは終わりが見えない。
あまりに絶望的な光景だが、全ての先導獣『フラッガー』を切り殺した剣鬼は地に降りる。
「戦場を、変えてこい。さぁメィリィのところへ」
最後に軽く、互いの刃を合わせて挨拶をしてきた。
獰猛な笑みが思わず浮かぶ。今度魔獣に剣を教えてみるのもいいだろう。
孤立無援の状況で、味方は近くにおらずいるのは敵だけ。
懐かしい。この戦場の空気が郷愁を誘う。ひりつく死線がそこらじゅうにある。
相手を越えさせて、自分は超えない。
ただそれだけでいい。
「俺が、全部斬ってやる」
レイドを前に研ぎ続けた剣気が、放たれた。
それを浴びるだけで、先頭の魔獣たちの足がもつれ後続に踏み潰されて死んでいく。
愉快愉快。
もはや、待ちきれない。
ヴィルヘルムは想い人に駆け寄る恋人のように走り、手に持った宝剣で波を切る。
レイドやラインハルトのように、剣の範囲以上が吹き飛ぶようなことは起きない。
だがそれでも、剣に触れれば相手は二つに分かれ、力を失う。
あまりに速い斬撃に、波がそこで割れたような光景になる。
死体が積み上がり壁になっていく。
壁を越えた獣から順に、その首を落とす。
いや、血管か神経だけでいい。それだけ切れれば十分だ。
より早くなる。
波が、剣鬼を起点に大きく割れた。
これは奇跡などでは断じてない。自分の努力による、自分の力だ。
『剣神』から嫌われ、嘲笑われようと、関係がない。
『天剣』から才能なしと言われようと、関係がないのだ。
ただそこに立ち続け、敵を斬り続けて証明しよう。
愛を証明するのだ。
剣というものへの愛。
亡き妻への愛を、剣舞で叫ぶ。
俺が生きて剣を振るう限り、この叫びは止められない。
割れた波が、邪魔者を認識して一部戻ってくる。
ようやくだ。これで勢いをぶつけられる。
むしろ、ヴィルヘルムは前に出た。
敵の間を抜けながら、切り裂いて、切り拓く。
それを追って、魔獣たちの波が背中から迫っていく。
互いにぶつかり、ここで乱戦状態の膠着が生まれる。
魔獣しか見えない、他には自分と剣しかない空間と時間。
ああ、なんと素晴らしい。
また剣の練習が出来るではないか。
レイドから得た感覚を試したい。
レイドに影響を受けた若き戦士たち。彼らから盗んだものを試したい。
剣を振りたい。
ここが、この戦場が。俺の魂の場所だ!
全身全霊の剣撃が、敵を切り裂きその叫びを世界に響かせる。
純粋な願いを剣先に込めて、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアは敵を斬り続ける。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
猛虎はその巨腕を振るい、死を撒き散らす。
大岩を砕きながら投石し、細かな礫となって敵を裂いていく。
先頭が倒れ、傷つき速度を緩めるだけで良い。
後続が遅れたものから潰してくれるのだから。
最も数の多い場所がガーフィールの担当だった。
一体ごとが弱い種類であっても、この数に迫られれば剣士たちでは限界が来る。
それは体力であり、手数であり、武器の限界だ。
ガーフィールには今挙げた、あって当然の限界がない。
武器はこの身だ。怪我を負えば、マナで治す。
マナが切れれば、大地から吸い上げる。
大地そのものを弾にすることも、一部だけを隆起させて壁にすることもできる。
足をダンっ!と踏み締めると、幾本もの岩柱が生えてくる。
細いものではない。上から見えれば菱形の先端に角度をつけたものを置いておく。
そうすると、自らその刃に敵は刺さっていくのだ。
次々に物量に耐えきれず折れるが、岩は無尽蔵にある。
遠距離攻撃ができる間は、これに徹する。
一つ目の溝が、すでに魔獣で埋まりその上を別の魔獣が走っている。
多くが流砂に飲まれていくが、それでも越えてくる。その数はどんどんと増えていく。
「カッ!壮観ッだなァ!『剣聖レイドは龍を前に剣を抜いて笑う』まさか本気でできるッなんてなァ!」
数百の獣を殺しても、それでも獣の勢いは止まらない。
いよいよ、ガーフィールの間合いに入ってきた。
信頼する大将の言葉を思い出す。
「いいか、ガーフィール。この戦いは、最初が肝心だ。とにかく群れの勢いを止めないと、そのままぶつかられて塔が倒れる。んで倒れる前に全部ご破算になる。これはマジだ。だから、最初に全力で暴れてくれ。そこに魔獣を引き留めて、流れを一度停滞させる。こうしないと戦いどころの騒ぎじゃない」
そう。だからガーフィールは。自身のできる最大の力を解放する。
大きな虎となって。すでに出ていた月に吠える。
「ガーフィール、お前はマジで強い。だから下手な工夫なんかいらないと思ってたけど、旅の前にケイからの提案があったろ。あれを使おう。エミリアたんに出してもらってるから、それを使って蹴散らしてくれ」
虎はまさに暴力の化身だ。
ガーフィールもその血に呑まれ、獣性のままに暴れてしまうことがよくあった。
ラムからはむしろ弱体化だと言われることすらあったのだ。
だが、今は訓練の果てにかなりの理性を保ちつつ、こんなことまでできるようになった。
横にあるのは、巨大な氷の塊としか表現のできないもの。
そこから、氷の鎖が伸びている。
一つ一つがあまりに大きい。ガーフィールでなければ持ち上げることすら叶わない。
異世界であれば、巨大な戦艦の錨とその鎖とでも表現しただろう。
「ドォォーナァァぁぁ!!!!」
裂帛の気合いの叫びと共に、猛虎であっても魔法がないと動かせない氷塊を、一定の方向へと地面ごと打ち出した。
その勢いを殺さずに、勢いと共に持っていかれそうになるのを全身で抑えて鎖を強く持つ。
そして鎖の限界が来た時、あり得ないほどの重さに飛びそうになるが大地に根を張るように踏ん張って、どうにか堪えた。
始まるのは回転だ。巨大すぎる氷塊を、振り回す。
エミリア陣営のあり合わせでもできる最善の対物量戦法。
ただひたすら重いものを振り回す。
ただそれだけの作戦が、向こうの大将から与えられたものだった。
なんだそれはと最初は耳を疑ったが、小さなもので試してみるとそれだけで十分に理解できた。
もちろんこの攻撃は達人には通用しない。あまりに避けやすいから。
でも、思考をしない魔獣なら。自分から死の嵐に突っ込んでくるような相手であるならこれ以上ないほどに有効だった。
遠心力という凶器が、魔獣とぶつかる。
パンっ!という音がして。バラバラに吹き飛んだ。
パシャ!という音がして。血煙となって消えた。
グシャ!という音がして。頑丈なものが砕け散った。
回転だ。ガーフィールはこれを回すだけでいい。
加速する。加速する。加速する。
そして、十分に勢いがついたら、手元にあるもう一つの塊を地面ごと持ち上げた。
これは鎖の先に塊を一つつけた、フレイルのような武器ではなかった。
両端に塊を繋いだ、鎖で繋がれたダンベルのような武器だった。
片方の遠心力で鎖をピンとはり、その力点を中心へと移す。
これでいい。ガーフィールは体ごとの回転をやめて、頭上でその鎖の中心を回し続ける。
だいぶ楽になった。これで、狙いがつけられるし魔法も使える。
背の低い魔獣たちが、鎖を掻い潜ってこちらに来ていた。
呟きもせずに魔法を行使し、『自分の足元を1mだけ下げた』
結果は周囲に広がるミンチだ。
微調整しつつ、速度を落とさないようにしておく。
ここまで加速すれば、あとはそこまで力はいらない。勢いが落ちないようにするだけだ。
氷嵐が、暴風が、命を巻き込み続ける。
完成された暴力装置の出来上がり。
「すげェ!けど、やァっぱ向こうの大将のやり方は、戦いッて感じがしねえッんだよなァ」
そう。ガーフィールはもはや戦士ではなく、軸であり、加速器だった。
使用者が不満を漏らすほどの余裕をもちつつ、結果だけを出していく。
これが、永井圭のやり方だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
要所で英雄たちが圧倒的な戦果を上げ続ける。戦場全体はどうなっているのか。
それは当然のごとく…
魔獣が、押していた。
戦士が関わるところは停滞が生まれるが、カバーしきれていない。
一人二人の英雄では、どうしようもない物量差。
塔の付近から合図が上げられ、三人が戦闘を止めて次の持ち場へと進む。
戦争とは物量なのだ。
戦いとは数なのだ。
防衛戦とは不利なのだ。
その大原則からは逃げられない。
最善最高最適を達成しても、押されていく。
長い長い戦いが、始まった。
塔の麓まで集まり、一同はようやく補給を行う。
「よくやってくれましたなぁ!これで彼奴らの勢いは止まりました。ここで持ち堪えるだけですな!」
「それが、非常に困難でありそうですが、その通りでしょう。準備の方は?」
「万事完了よお。ありったけ連れてきたんだからあ。ああ、もう。頭おかしくなりそうなんだからねえ」
「スバル殿への負担の共有は可能な限りやめましょう。彼から取られない限りは。我らは我らで完結すべきだ」
そう語る時間があった。武器を交換し、水を飲む。
一息つける時間をいったい何が生み出しているのか。
それは、炎の戦列騎兵だった。
塔の地下空間に生息する、異形の魔獣。
スバルはそれの掌握をメィリィに依頼した。あまり時間をかけると恐らく瘴気に精神を蝕まれるが、そこはさすがケイ。対魔石を持ち込み、汚れたマナへの対抗策も持たせてあった。
20体の燃えるケンタウロスがそこに並び、魔獣を蹴散らしている。
巨大砂蚯蚓もだ。そしてエルザを襲っていた異常個体は合流したメィリィによってこちらに引き込まれていた。
戦線が保たれる。狙った通りの膠着が生み出された。
「何よおこれ。こんな数、じゃじゃ馬ちゃんたち同時になんて、初めて。なんかおかしいわあ」
そう、異常である。
これだけで戦線が維持できるほどの働きだった。
普通の魔獣であれば100体程度操れるのがメィリィの『魔操の加護』であったが、ここではすでに200体ほど支配下に置いている。
その負担が、先ほどからぱったりと感じなくなった。きっとスバルが奪ったのだろうが、こんな負担を背負っては向こうが倒れると心配になる。
でもそんな杞憂は必要ない。やれるだけをやるんだ。
だから、広げた。範囲を対象を。厄介な『飛車』をとって敵を倒し続けるのだ。
メィリィは加護の限界を超え、魔獣の女王として覚醒していた。
幼き女王の号令で、戦列騎兵たちが一斉に燃え上がる。
炎の灯った槍を振り回し、火球をぶつけ、体当たりし、蹄で相手を砕いている。
何より、受けた傷から腕を増やし、即座に再生して敵を討つ。
完璧な殺害のための機械がそれだった。
スバルは命名した。誰にもわからない皮肉を込めて。いや、名前が似ているとは思うかもしれないが細かいものに気付けるものはいない。
聞いただけではこの赤子のような鳴き声の異形に込められた名前にしてはまともすぎるが。
「
『ケイローン』と呼ばれたこの魔獣は、メィリィの統率の元に扉を守っている。
きっとこの戦いが終われば、ケイがこの戦力で何か無茶をやれるだろう。これは貸しだった。
今まで散々に借りまくっているが、借りていても貸すことはできる。
ノリで言ったら怒られそうだが、ただの語呂合わせだからあまり気にしないでほしい。
入った時にはこれだけ大きな扉だと思っていたが、魔獣の群れに比べればちっぽけだ。
そこに巨体のケイローンが20体もいれば守り切れる予定だった。
実際、結構な時間を守れていたと思う。
「あの子たちは怪我も治るし、火力もあるしで強いけどお。無敵なんかじゃないわあ。ほら!あれえ!!」
彼女が指差す先には、一際巨大な何かがいた。
やはり、そう簡単なものじゃないらしい。
それは、龍のような竜だった。
この世界の人々はその姿を形容できない。
異世界出身ならば、オオサンショウウオのようなと表現できるだろう。平べったい体のトカゲのような体型に、もはや機能を忘れたであろう小さな羽がついている。
体表は岩のようで、火山岩を思わせる凹凸と熱量を発している。15m近い全長、巨躯の怪物が這ってこちらにやってくる。
その口には、炎を蓄え、その手には何かを握っている。
「地下に、争った跡があったのよお。この子達も何かと争って生きてる。あれは多分、この子達を食べる何かだわあ」
心底ゾッとする。この生態系の外れものである魔獣。その中でも極端な外れ値であるはずのケイローンを食べるなんて。
のっぺりとした体が持ち上がり、尻尾と後ろ足で上体を起こす。
すると、右手に握っているものがなんだかわかった。
「剣、なのですかな。いやはや、興味深いですなぁ」
まるで、ロブルが持っている溶岩刀の起動前。それと酷似した武器を握っている。
それが、豪炎とともに咆哮すると、固まっていた溶岩が流れ出す。
溶岩刀が噴火した。
「ロブルのミーティアはかつて、蛇人の祖先が龍人の、人には作り得ぬ武器を模倣したとの言い伝えがありました。真偽はわかりませんでしたが、どうやら正しかったようです。それにしても、あれは一体何なのか」
溶岩を吐き出しながら、その手の武器を振りかぶる姿に知性は感じない。それでも、獣とも魔獣とも違う雰囲気を出してる。尋常ではない、あらゆるカテゴリーから外れている。そんな印象を、ここにいる唯一の天才が導き出した。
「恐らく、魔獣を取り込みすぎて魔獣に偏った幼龍でしょうなぁ!地下に適応した様子が見られます。親龍とはぐれ、地下で食べられるものをひたすらに取り込んだ。ただの竜ならそこで死ぬでしょうが、龍は生物としての格が違う。歪に成長し、龍でも魔獣でもなくなった何か、非常に興味深い!!『溶岩土竜』とでも呼びましょうか」
加護は魔獣との関わりを強く示唆していた。あまりに興味深いが、ドストライクではない。
わかりやすいようにと初恋の人の瓜二つの子供を見たような懐かしさと愛らしさ。そう例えてゴドフリーは説明するが、誰にも伝わらなかった。
「あれを止めるのが、我らの仕事でしょうなあ!!では各々、取り掛かりましょうぞお!」
大声で、戦端を開くと戦士たちは迷いなく進んでいった。この場で唯一の敵の突破口を潰すために。
魔獣だらけのアウグリア砂丘、その頂点捕食者へと戦争を挑む。
戦いは壮絶で、そして膠着した。
溶岩土竜は、傷ついてもそこから溶岩を噴き出して塞いでしまう。
ケイローンの再生能力を、これは備えていた。
魔獣でもないためメィリィの加護が効かず、エルザの攻撃程度ではその鱗に刃が立たない。
柔らかいところを槍で突くように戦法を変えるが、有効打ではないようだった。体が大きすぎる。
龍に呪いは効かず、神経毒は熱で無効化されている。
エルザは他の魔獣の対処へと移動した。
ヴィルヘルムの斬撃と、ガーフィールの打撃は有効だった。
それでも、致命の一撃は入らない。
そもそも、ヴィルヘルムの刃渡りが足りないのだ。
扉の前での戦闘は、だんだんと押し込まれていく。
かなりの時間を稼いだとは思う。一時間は過ぎているはずだ。
しかし、扉まで戦線が後退し、限界が近づく。
最後の準備を起動する。
「行きますぞお!!今のうちに最後の補給を!!!」
竜車に仕込んだ魔石砲と魔造具が火を吹いた。
これは、仮に戦闘ができるものが全滅しても非力な非戦闘員だけでもミルーラへ帰れるようにとたんまり詰め込んだ兵器類だ。
魔石の投射、魔法の再現。それらが、在庫の許す限り続いていく。
普通の裕福な貴族が枯れ果てるほどの財を投じた虎の子が、消えていく。
四つの貴族家が倒れるほどの消費を果たし、戦果は少しの時間稼ぎ。
四色乱れる猛攻に、溶岩土竜もたまらずに一度後ろへ下がり倒れ込んだ。
雪崩れこむ魔獣も一時しのぎ、一瞬の空白を得る。
だが、誰もがわかっていた。
そろそろ限界だと知っていた。
一時間だ。白兵戦。全力の戦闘を一時間だ。
普通、ありえない。人間はそういうふうにできていない。
エルザはもはや、槍以外に武器はなく。
ガーフィールの獣化は打ち止め。
ヴィルヘルムも肩で息をしている。
メィリィは鼻から血を流して朦朧とする。
ゴドフリーは元気そうに大声をあげて氷の槍をぶん投げている。
立て直し、溶岩土竜が進んでくる。
口を開けて、粘度の高い炎を。溶岩を室内でぶち撒けようとしてくる。
このブレスは龍ほどではないが、非常に深刻な威力を誇っている。
止めなければと誰もが思うが、動けるのはガーフィールくらい。
他はゴドフリーの槍が口内に浅く刺さる程度の抵抗しかできない。
獣化を解いた状態では、止められない。
溶岩流が、死を意味するそれが放たれる。
それを阻むのは、七色の極光だ。
語られるのは場違いで優雅な自己紹介。
「待たせてすまない。精霊騎士ユリウス・ユークリウスだ。以後、蕾から開花した乙女たちと共によろしく頼むよ」
七色の精霊に祝福された騎士が、全てを阻む壁を生み出し、そのブレスを防ぐ。
光る奇跡に弾かれたブレスは、周囲の魔獣を炙っていく。
咲き誇る精霊たち。もはや蕾ではない彼女たちに囲まれて、ユリウスがこの場に参戦した。
内側の螺旋階段からではない。塔の外から降り立ち、最優の騎士が舞い戻った。
【ケイローンについて】
最も有名なケンタウロス。賢者であり、医術・戦術・音楽などを教える教師。ヘラクレスやアキレウスの師でもある。ケンタウロス族の中で唯一の不死者だったが、偶然受けた毒矢の痛みに耐えかねてプロメテウスに不死を譲り、自ら死を選んだ。
『餓馬王』という名で、別の世界では呼ばれていたこともある。