亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:160】シテイの絆

 

 

 

『暴食』との戦いはつまり、スバルにとっての消耗戦である。

 

まずこの戦闘を組み立てる際に、見つけた大きな発見。それはラムの戦闘能力だ。

 

はっきり言ってラムが()()()()()()なんて思ってもいなかった。

いや、言われてはいたがここまでとは。

 

鬼族の歴史上最高の天才。万全であれば私でも勝てないねと言うロズワールの言葉をどこかで信じていなかったのだと思う。

一人で白鯨を落とせるなんて、ピエロの格好で言われても信じられるわけがない。

 

 

それほどの潜在能力があるが、現在その力は封じられている。

 

なぜなら彼女は鬼族であるが、角を折られてしまっておりマナの吸収と放出、循環や制御に多大な障害を抱えている。

それは、放置していれば平時であっても命に関わるほど重度のものであり、その点においてはゲートが壊れベアトリスがいなければマナの放出ができずに死に至るスバルと同じ境遇と言えなくもない。

 

彼女が全力を出せば、『暴食』であっても即座に殺せる。それは事実らしい。

スバルがどうしても死にそうな時、幾度か要請し全ての負担をこちらに押し付けさせて8割ほど解放させたことがある。

 

瞬殺だった。本当に。

 

6割でも力を出して戦えば『暴食』に勝てると言うのは過言ではない。

 

しかし、通常は1割でも発揮すれば後で寝込み、自力でできるのは2割の短時間。

スバルが全力で負担を受け持っても良いとこ3~4割だろうか。

 

スバルが死の間際まで短時間負担を受け入れても、5割に及ばない程度が限界だった。

そしてそれでは相手を倒せない。

 

「強キャラに制限があんのは常ではあるが、いざ実際にそれが仲間だと辛すぎるぜおい」

 

それでも、ラムは頼もしい。さすがレムの姉だ。その背中には揺るがぬ自負がある。

 

「無いものねだりをしている暇があるなら、ラムとレムの魅力を書き出しでもしていなさい」

 

「屋敷に戻ったらやるよ。これも()()の絆ってやつか似たようなこと、考えてたとこ」

 

「悍ましい」

 

「姉様ボキャ貧になるほどか…泣けるぜ」

 

半分以上の実力さえ出せれば、この世を蹂躙する大罪司教を倒せるのだからその力は破格だ。

まさに鬼才である。

 

 

 

しかし、現状は互いに手詰まりである。打開策のない戦闘が続いている。

 

相手が優位を取れば、スバルが負担を引き上げて優位を取り戻す。

暴食は新たな魔法や誰かの技能を用いて優位を再び取りに来る。

 

削れていくのは、相手の手数とスバルの体力。

死に戻りによって得たアドバンテージをフルに使って相手の魔法をいなし続けた最善をとってもこの構図からは逃げられない。

 

でも、これでいい。

 

相手もこちらが削れているのはわかっている。それを楽しんでいる節すらあるのだ。

これで限界まで戦い続ければ、きっとどこかが敵を倒してここに助力に来るだろう。

 

はたまた頼もしすぎるあいつが来るのが先か。どちらにせよ、状況を動かすのはここからじゃない。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「豚のように鳴きながら死になさい」

 

「――っ!」

 

次の瞬間、階段を蹴って降ってくるラムの先手が、バテンカイトスを大きく後ろへ飛びのかせていた。

 

「姉様ったら容赦なァい!今の喰らってたら、豚の鳴き真似どころか、何にもできなくなって死が訪れるところであった…」

 

バテンカイトスは現在、元の人格に『賢者』である魔法使いを表に据えて、合間にレムの記憶を織り交ぜている。

以前であれば不調をきたす程の混ざり方だが、今は問題を解決している。

 

「考え直したのよ。豚以下に真似されたら、豚もいい迷惑でしょうから」

 

「ハハッ!怖い怖い!怖いけど、人の業など、無遠の宙に比べれば恐るるに足らずですよ姉様」

 

光の束が、ラムを迎撃しつつバテンカイトスは嗤う。

ラムは自身を風で押し、軌道を歪めて回避と攻撃を同時に行う。ああ、さっすが姉様。

 

隙をついたと思ったのだろう。けれどそこには冷たい冷気を放つ氷塊を浮かべている。

込められた威力が炸裂し、相殺される。

 

 

「でもさァ。…角のない姉様なんて、レムでも代替できる紛い物でしかないってことだよねェ」

 

「――――」

 

「あ、怒った?怒っちゃった?怒るんなら怒ってくれてもいいんですよ、姉様。考えてみたら、一度もちゃんとした姉妹ゲンカってしたことなかったからさァ。親類とは争うものぞ。歴史にも神話にも市井にも、星の数ほど争いはある」

 

姉様の嫌がることは手に取るようにわかる。その言動にラムの頬が硬くなるがここにはもう一人いる。

 

こんな挑発など、今更だと。何度も見ているかのように反論してくる英雄がいる。

 

「馬鹿かお前は、自分で鏡見てみろよ。お前が妹なんて名乗れる世界は、どれだけ多様性が突然変異しても来ねえ。シワクチャのジジイが、不細工なレムのモノマネしてんじゃねえ!ていうかそれこの世で俺にしか通じないだろ。虚しくねえのかよ」

 

記憶をこちらが奪っているのだ。確かに英雄以外には通じないが、これが案外相手の心を乱すのだ。

相手を否定し、そして味方を鼓舞する。スバル君が頑張っている。ああ、素敵。

 

「こっちの姉様は、んな挑発に乗ったりしねえぞ!揺さぶりたいなら、実は俺がマナ切れで寝込んでる時に心配して添い寝してくれてた思い出くらいっぐあああ!!!」

 

叫ぶ途中で、姉様が馬鹿みたいに負担を上げたらしい。そう。なぜか姉様の負荷をスバルくんが受け取っているような様子がある。

 

その勢いのまま、姉様はバテンカイトスに肉薄し、蹴りを囮に風を放つ。

あまりの速度、そしてスバルという囮に少し反応が遅れる。

 

このハイレベルな戦いにおいて、レムとバテンカイトスの人格比率を上げることはすなわち不利を背負うことだ。

全てを『賢者』にしてしまえば勝てるだろうが、それでは食事どころではない。

 

別に相手を殺したいなんて思ったことなんてない。だって味わいたいだけなんだから。

 

姉様はどうやら、スバル君によるサポートで精神的には揺らがないようだ。その事実を認識し、レムは誇らしくなる。同時に汚い感情も自覚する。

バテンカイトスは笑みを消して、忌々しげに頬を歪めた。

 

楽しくない。面白くない。わかっていない。嫉妬心が燃え上がる。レムから英雄まで奪おうというのか?

 

「怒りも憎悪も、さらなる美味のためのスパイスなんだよ。だけど、スパイスの味が濃すぎたり、主張が強すぎたらせっかくの皿も台無しになる。料理しない姉様には、ちっともわかんない例えだったかなァ?」

 

「そんなことないわ。何を隠そう、ラムの得意料理は蒸かし芋だもの」

 

それを鮮明に想起させる『記憶』が蘇り、腹が鳴る。

 

「せいぜい気張りなさい、バルス」

 

 

姉様の余裕と信頼を感じとり、もう遊びはやめようと決意する。

『賢者』で上書きし、猛攻を開始すべきだ。冷静に戦いを組み立てる。

 

「源流の光を見よ」

 

宇宙を思わせる、光の群れを解き放った。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「言い負かされて『賢者』タイムかよ。ほんとダセえなお前はよ」

 

繰り出す魔法の破滅的な威力を見て、『暴食』から甘えが消えたことを悟る。

こうなると、いよいよ凌ぐのも厳しくなってくる。

 

限界が近い。近いが、他のところは上手くいっている感じがする。

誰も、弱っていない。揺れていない。感覚的なものだが、そう感じる。

 

 

このままでは、ここが最初に限界を迎える。間違いない。

 

だから、確実な不利を背負う前、相手がまだ警戒しているうちに博打に出る。

 

スバルは、切り札を切った。

 

「ラム!!援護してくれ!」

 

壮絶な魔法の撃ち合い。スバルが介入できるはずもないレベルの攻防が行われている。

 

その攻撃に対して、いきなりスバルが前に出る。

その突然の行動に、戦っていた二人が困惑する。

 

バルスがなぜ?

スバル君がなぜ?

 

双子のように揃った思考。

 

できることなどない。けれどあまりに馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくるナツキ・スバル。

いや、馬鹿だった。

 

「馬鹿な!」

 

『暴食』は急ぎ魔法をそらして、スバルへの直撃軌道から逸らす。

今、相手が配慮をしなかったら、死んでいた。

 

命を晒した賭けに勝ち、スバルは一歩近づいた。

もう一歩は、ラムが天性のセンスで補助して、相手の魔法を風で潰す。

 

「馬鹿ね」

 

スバルは服に仕込んでいたものを出す。

 

 

『賢者』はその蛮行に眼を見張る。一体なんだと、当たり前に注目してしまう。

 

それは、『死者の書』だった。

 

死者の書は見知った相手のものしか読めない。

スバルが知らない人物の名前。相手の知り合いなどたまたま引けるものかと悩んだが、膨大な記憶を持つ『暴食』は想像よりもはるかに容易に当たりを引けたのだった。

 

他の打開に使えそうな『死者の書』は、この短時間では見つからなかった。

 

 

『賢者』に訪れる、一瞬の意識の空白。

 

その寸前に、自分とラムの前に魔法を並べたのは流石だが、それでも過去最高の隙だ。

 

鬼神の如きこの天才がそれを見逃すはずもない。

 

魔法を打ち消して、そして意識が戻ったところを相手の鳩尾に、渾身の蹴りが突き刺さる。

 

 

「っがあああぁ!!」

 

何かが折れる音がした。

 

続け様に追撃を行おうとするが、宙にはすでにいくつもの結晶のようなものが浮いていた。

 

それが破裂し、破片が刃となって周囲を襲う。

そこに配慮の欠片もないと見抜いて、ラムは即座にスバルを引き寄せて回避する。追撃は諦めた。

 

『賢者』の防衛本能が、『暴食』の食欲を上回ってスバルへの殺意ある攻撃を可能にしていた。

 

「儂が、俺たち、僕たち、レムが…」

 

その顔が別の人物へと変化する。ぐにゃぐにゃと人が変わり、混乱しているのが見てとれる。

相手の人格を増やす精神攻撃。『賢者』を薄めれば、勝ち目はある。

 

『っ…冷…静』

 

一言、どうにかそう紡いで淡い光を自身にかける。

 

『…冷静』

 

一言、確かにつぶやいて淡い光を自身にかける。

 

『冷静』

 

重ねた言葉にまるで言霊でもあるかのように、その様子は安定した。

 

「特異な仕掛けをするものぞ。危うく混ざるところであった。俺たちはこの点、結構慎重にやってるのにさァ」

 

ケイの言っていた『色欲』を落ち着けさせる何か。それが『賢者』にあると言っていたが、これか。

 

蓄積された発狂は収まり、()()沈着に『賢者』は動く。

 

ちょいと指を振ると、紫の光が生み出される。しかしそれは、この戦場から少し遠い、通路の奥の奥である。

スバルにはそれが、陰魔法の一種であると直感できた。初見の魔法がここで来た。

 

それは、攻撃の魔法ではなかった。

 

ぐいとスバルを引っ張るのは、慣れ親しんだ感覚。

重力に引かれて、廊下を横に落ちていく。スバルは頭痛と吐き気で倒れないのが精一杯。事前の対処が、できなかった。

 

落下の感覚にはもはや慣れている。夢中で近くのドアに捕まり、どうにか耐える。

 

「ラム!もうちょっとだ!耐えてくれ!」

 

 

 

決めきれなかった。ラムも肩で息をしている。

 

「でも、『冷静』を使いながらなら、行けるよなァ?」

 

 

ライ・バテンカイトスが、記憶の限りの全てを使って襲いくる。ラムにだけ集中して

 

 

『賢者』の魔法が空間を埋める。

 

『拳王』の拳が風を吹き飛ばす。

 

『絶剣』の絶技がラムを切り付ける。

 

『跳躍者』となり死角へ回る。

 

『予測屋』の計算が軌道を合わせる。

 

技が、魔法が、特殊な肉体による天性の力が、ラムを押して、押して、押しのける。

 

『暴食』の顔はもはや定形を留めない。あらゆる要素が混ざって混沌を成している。

それでも、『賢者』の魔法が精神を安定させる。

 

それでも、ラムは引かない。魔法でさらに攻めて、攻撃と防御を同時に行う。

 

そんな中、他ならぬラムにとっては見過ごし難い変化が生まれる。

 

――その、複数名の特徴が集まった顔の額に、一本の白い角が出現したのだ。

 

「――姉様」

 

一瞬、確かにレムと瓜二つの顔で、レムが発するのではと思われる声で、呼ばれる。

硬直したラムの顔面へと、バテンカイトスの歪に膨れ上がった巨腕の一撃が叩き込まれた。

 

 

 

致命、ではない。

だが、楽観できるほど軽い一撃でもなかった。

 

脳が揺らされ、鼻から血が滴る。足下が負荷とは無関係におぼつかなくなるのは、甚大な被害を受けた証拠だ。

 

「泣いてください、姉様」

 

懇願の雰囲気を漂わせ、その薄青の瞳に涙を浮かべながら、拳が振るわれる。

 

「怒ってください、姉様」

 

そう言うなり生まれるのは、その場を埋め尽くす氷の霧。

触れれば凍りつくようなそれに包まれて、ラムの体は動かなくなる。体力がごっそりと奪われた。

 

「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」「姉様」

 

その呼び方をするなと、吠えようとする口を掌底に塞がれ、声を出せない。

 

姉様と言うたびに生み出した光の球が。宙に浮かんでラムへと狙いを定めている。

それらが一斉に射出された。

 

なぶるように、致命傷を与えぬように、配慮された流星群がラムを蹂躙し、その後ろの壁も貫通していく。

ラムが後ろに飛びながら避けるが、その多くが当たってしまう。

 

「姉様、姉様、そんな顔、姉様らしくないと思います」

 

特大の水晶の塊がラムに当たると、幾つもの部屋を貫通して壁ごと後ろに吹き飛ばす。

 

石壁をぶち抜いて通路の向こうへ転がり込んだラム。

 

「――ぁ」

 

倒れ込んだ穴の先、そこは緑の空間だった。ラムの視界にレムの姿が真っ先に映る。

 

パトラッシュもいるし、そして何より。今の暴虐からレムたちを守ってくれた仲間もいる。

 

「一体、今の魔法は何かしら!ラム!?その傷は…命に関わるのよ!」

 

ベアトリスがそこにいた。カペラとシャウラにシャマクをかけ続け、その上でレムを守ってくれたのだ。

 

 

「姉様、姉様、ご無事ですか?」

 

白々しく無事を聞きながら、バテンカイトスが砕いた壁を乗り越えず、通路を迂回してこちらへやってこようとする。

その間、ラムは己の片腕を抱きながら、何とかその場に立ち上がった。

 

下半身は筋骨隆々な男のもの。上半身は痩身であったり、しなやかな剣士のような体つき。

レムの顔がそこに乗せられ、その頭部は大きな光る宝石のよう。あまりに歪な姿だった。

 

「笑ってください、姉様」

 

追加で殴られて、杖が折れた。そしてさらに別の魔法が生み出される。

夜を思わせる暗黒の霧が立ち込めて、それに触れるとまるで命が削られる。いや、蝕まれるような感覚がする。

 

ベアトリスは、動けない。

 

スバルから言われ、自分の役割を理解しているから。

 

決して動くな。これをやめれば脅威が一気にふたつも増えるといわれ、それを十分に理解している。ここで動いても悪化するだけ。

 

しかしそれでも、あの霧はダメだ。

 

あれは禁忌の魔法だろうと一目でわかる。近い記述を文献で見たことがあった。

確か、夜を信奉する異端の宗教家たち。その巫女が生んだ命を削る死の霧。そんな知識を思い出す。

 

これは、致死の魔法とも言い難い、時間をかけて人を削るだけの悪質な呪いであるが今のラムには命に関わる。

殺すだけなら他にいくらでもやりようはあるだろうに、これで命を蝕むとは。それだけで相手の性根が知れるというもの。

 

「っぐ…ぅぅ。あぁ!!」

 

ラムが、たまらずに叫ぶ。

 

叫ぶ。その絶叫が響いて、『暴食』の狂笑が重なっていく。

 

「姉様!こんなところに角を隠していたのですね。懐かしい。まだ小さくて可愛いですね!」

 

ラムの杖に仕込まれた、折れた自身の角を破壊した杖から取り出して、バテンカイトスがレムの顔で笑う。

 

「ラム!ラム!どうにか、立つかしら!レムがここにいるのよ。スバル!スバルは?」

 

ベアトリスはそれでも。自身の役割を全うし続ける。

 

そして、そして、そして。

 

 

叫びが、苦しみが、終わらない。

 

 

時計がその場にあったなら、すでに秒針が2周も回っただろうか。すでに、笑い声はない。

 

「姉様?なんで、死なないのですか?それどころか、元気に声を上げられるなんて…おかしいです」

 

ラムが、死なない。

 

その異常に、その場の二人の魔法使いは疑問を持った。

これは、おかしい。間違いなく何かが変だ。

 

 

そこに、英雄の声が響いた。

 

「ラム。6割だ!1秒だけ!!!」

 

 

その声を聞いたラムは、信じられないと思いつつ。一切の迷いなくその言葉に従った。

 

本来、この力を引き出して負担をさせるなら、スバルは死ぬだろう。それでも、彼を信じてそれをする。

 

「迷えば、敗れるのでしょう? なら、迷わない」

 

ラムは信じた。信じがたい。自分以外のものを信じざるを得なかった。

まぁそれが、レムを誰より思う人間の言葉であるなら、多少はマシだ。

 

命蝕む『夜巫女の霧』その銀色のモヤの中に、ラムは立った。

 

そして、全盛に近い状態で研ぎ澄まされた感覚。その一瞬で、周囲の全てを把握した。

 

それと同時に、袈裟斬りのような蹴りが『暴食』に放たれる。

 

ああ、これは死ぬなという感覚があった。

そしてそれを、致死の負担を。スバルが奪うことも感じる。馬鹿なことを。

 

 

そう思って、どうにか立つ。

 

力を抑えるが、引き続き軽くであれば力を出せそうだった。

 

そう。立てる。楽に、立てている。なぜだ?

 

先ほどまでの蝕みが、ダメージが、負担が、一体どこに行っている?

 

 

掌握した周囲のことは感覚が消えた今も覚えている。全能に近いあの感覚で思いついたことをやらねばならない。

だから、角を持って、やるべきことをする。

 

「やっぱりあなたはラムの妹ね」

 

 

 

いったい、何が起きたのかと、バテンカイトスは可憐な顔を驚愕に染める。

自らが砕いた壁の穴に立ち込める噴煙、その向こうに目を凝らそうとした直後、音さえも置き去りにする速度で掌に顔を掴まれていた。

 

 

「ねえ、さま……」

 

「残念だけど、ラムの妹は奥で寝ているわ。『共感覚』ではっきりとわかる」

 

「きょう、かん……?」

 

「『共感覚』よ。ラムとレムは仲良し姉妹だったようね。感情や感覚を分かち合える。――折れた角の再活性、その負担も」

 

意味は、はっきりとはわからない。

 

瞬間、掴まれていた顔面ごと体を持ち上げられ、バテンカイトスは豪快に地面へと叩き付けられていた。

その威力は、先の蹴りよりも低くはある。

 

その負担を姉妹で分け合い、スバルにも背負わせてラムは舞う。

 

ラムは確かめるように掌を開閉し、その額の古傷からおびただしい血を流している。

だが、ラムはその流血を煩わしがるどころか、歓迎するように唇を緩めた。

 

まるで、失われた絆が繋がっていたことを、その血と痛みが証明するように。

 

「暗い場所で生まれたものは、暗い場所へ帰りなさい。泣き声を上げて生まれたのなら、泣き声と共に死になさい」

 

 

『暴食』は全ての権能を振り絞って抵抗する。

 

流星を生み出し。

体を鋼のごとく固め。

相手の動きを予測して。

 

そして空間を跳躍して逃げる。

 

一瞬で廊下の端へと逃げた『暴食』。

しかし、まるで先回りをしていたような風の刃が『暴食』の首を切り落とした。

 

「か…へっ…」

 

 

最後に何を思ったのか。何をしようとしたのか。

伸ばした手が、魔法を一つだけ生み出した。

 

生み出された淡く暗い光が、誰かを害することもなかった。

 

その幻想的な光に包まれて、『暴食』の大罪司教。ライ・バテンカイトスは死亡した。

 

 

 

 

 

その直後だ。スバルがその場に合流する。

 

「っ!?やった…のか?いや、それよりこれは?」

 

『暴食』の死体とその周りの光。それはどう見ても、魔法に見える。危険ではないのか。

 

「消そうとしても消えないわ。でも、これは誰かを傷つける脅威じゃない。魔法使いならわかるのよ」

 

それならいいと。スバルは次の懸念を問う。

 

「それよりラム!大丈夫だったか?すごすぎる負担がえぐいほど続いてたけど!」

 

「バルス。あれは一体どうしたの?誰が死んだか、言いなさい。あれほどの負荷よ。他の全員が死んでいてもおかしくない」

 

鬼気迫るその詰問に、スバルは少し言葉に詰まる。

 

 

「だ、大丈夫だ。そう言う意味では、誰も死んでない。みんな今は無事だよ」

 

「そんな戯言。信じると思って?あれは文字通りの致命の負荷よ。誰よりも知ってる。あれは、バルスでもどうにかできるものじゃない」

 

確定的な口調でそう言うが、スバルはちょっと笑っている。

何がおかしい。そう言いかけた時に、さらに強い非難の声が響いて中断された。

 

 

 

それは疑問への回答でもある。

 

 

「おい。さっきの地獄は一体なんだ?こんなメモ一つで納得できるわけないだろ説明しろ!!」

 

そこにいるのは、永井圭だ。

 

 

 

ケイの転送のからくり。その体の一部はすでに、塔の居住区の一部へと移動させていた。

その箱は決して開けるなと言われて開けていないが。一体何が入っているのだろうか。

 

 

全身が血で汚れている。物理的に内側から何度も破裂でもしなければ、こうはならないという有様。

 

 

ラムの本気。その負担は仲間の誰かが負わねばならない。

それ以前に、魔法で命を削られ続けていた。その時だ。

 

待望の光が、この塔に突然現れたのは。

 

 

単純なことだった。

必死の負荷がそこにあり、死んでもあまり気にせず生き返るタフな男がちょうど来た。

 

到着したケイに、代わりに何度も死んでもらったのだった。マジでごめん。

 

 

ケイが来て目に入るだろうところに貼ったメモにはこう書いた。

 

『すまん。死ぬほど辛いと思うが、()()()()()()()』の文字が並ぶ。

 

「そのおかげで、たった今、『暴食』を倒したとこだよ。マジで、ありがとうな。ていうか、すまん」

 

その感謝に。ケイは複雑な表情をして、眉を寄せそれでも。ため息をついて肩の力を抜くのだった。

 

「まぁ、いいか。それなら。それより、この光は?死亡は確認してるのか?」

 

 

ケイに言われた、周囲を照らす星のような光が、瞬いた。

 

「おい、これはなんだ?」

 

ケイは下がり始める。

 

「これは攻性の魔法ではないし、消し方もわからない。それでもバルス。離れるわよ」

 

光が輝き、集まっていく。

 

「おい。白鯨の外套を使え!今すぐに…」

 

そして。その光が束ねられ強く光って、最後に閃光を放った。

 

あまりの眩しさに目を閉じるが、熱は感じない。

 

そうして一同が目を開けると、そこにあるのは。

 

 

暗黒だった。

 

 

全てを飲み込むような暗黒。それが、ただそこにある。

 

一瞬、ブラックホールのように見えてスバルとケイは焦りに焦ったが、風すら吹いていない。

物理的な干渉は、光を吸い込む暗闇という程度。

 

その不気味な静寂が、緊張を増していく。

 

 

ケイが光線を打ち込むが、それは吸い込まれて消えた。

 

「っこれは!?」

 

スバルは気づいた。これは『暴食』扮する賢者が使った、魔法を逸らす魔法に似ている。

 

でもこれは、吸い込んでる?

 

そして、それはゆっくりと動き始めた。

 

あまりに遅い、回避は容易だ。

魔法がダメとわかった途端に、ケイは周辺の瓦礫を投擲しているが全てが素通りしている。

 

一体これは何のために?

全員がそう疑問が持つが、次の瞬間にスバルは全身の血の気が引いた。

 

向かう先は、緑部屋だ。

 

そこに何があるのか。思い出した。

 

そこには、絶対に動けないベアトリスがいる。

 

何をしているのか。脅威の二つを抑えてくれている。それを為すのは彼女の陰魔法。

 

 

魔法だ。

 

 

「ケイ!向こうで『色欲』ともう一人大暴れするやつを抑えてる。封印は動かせない。これをそっちに行かせちゃダメだ!」

 

 

スバルらしからぬ端的で正確な指示にケイは澱みなく動く。

 

魔法と物理は試した。ならIBMはどうか?

 

無意味だった。

 

なら分解は?手首から先を切り落としてリセット。

 

何の効果もない。触れられない。

 

ラムが風を起こしても。スバルが何を叫んでも。

暗黒の渦巻きは、ゆっくりと動けない封印に向かっていく。

 

対魔石を砕いても。白鯨の外套による効果を使っても。まるでマナが原因で動いているのではないように、一切衰えたりしない。

 

 

緑部屋へと暗黒が至り、そしてその場の魔法を吸い取り始める。

 

全員の懸命な行動をもってしても、どうにもならない。止まらない。

 

シャマクが、黒いモヤとなって渦巻きへと消えていく。

 

 

十分に近づく前に、スバルは再封印しようとするベアトリスを抱えてそこから離脱した。

 

 

 

状況が、また変わった。

 

 

目覚める二人の人影。それらがゆっくりと緑色の部屋に立つ。

 

「そんなに見つめられると、さすがに照れるぞ」

 

シャウラはその目を赤く輝かせ、スバルだけを見ていた。

その眼差しには、万感の想いが込められている。瞳孔が増えて、複眼になって赤く光る。

 

()()の絆ってやつか。いいぜやってやる。連れ出して…みせる」

 

全員を助ける。そんな結末を目指してここまで来たのだ。

 

 

 

 

 

 

カペラはその赤い目を輝かせ、ケイだけを見ていた。赤い目は光って見えた。

その眼差しには、万感の想いが込められている。

 

「「なんでここにいんだよ…気持ちわるい」」

 

互いの素直な感想が、重なった。

 

プレアデス監視塔。その内部の戦いは、新たな局面へと移行した。

 




【冷静について】

滅んだ王家の魔術のひとつ

睡眠、発狂の蓄積を軽減する
騎士は、決して乱れない
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