この先、ロリのケイがあるぞ
絶望的な防衛戦は、ユリウスが来てから持ち直し、こう着状態が続いている。
七色の極光を持ってしても溶岩土竜の巨躯は容易く滅ぼせるようなものではなかった。
それでもだ。相手もまた虹の騎士を殺すことも、押し込めることもできていない。
殺しきれない。それは互いにそうだった。
覚醒したユリウスの力は無尽にも思えるが、土地柄周囲に利用できるマナは少ない。
精霊使いにとってアウグリア砂丘という場所は鬼門であった。
どうにかしなくてはいけない。
全員がそう考え、ゴドフリーが作戦を叫ぶその直前に、何かが扉の外に着弾した。
人ならば当然死ぬであろう落下。ユリウスのように魔法で落下を緩和したりもしてない。
それでも、彼らは湧き立った。だって、こんなことをして再び立ち上がるなんて。
そんな非常識な奴は彼しかいないだろうから。
彼が、ついに落ちてきた!!
ゆらりと立ち上がり、周囲を見渡す。
「全力で押し出せ!!時間を稼げ!」
その命令を聞いたものたちの動きは凄まじく早かった。
剣鬼が消耗を度外視にして突っ込んだ。溶岩土竜の左後ろ足を切り飛ばし尻尾もそのまま切り落とす。
ガーフィールが、弾丸のように敵の土手っ腹に突っ込んで足元の地面ごとその巨体を押す。
虹の極光が敵の頭を焼き切って、そして後ろに仰け反らせる。
扉を越えていた怪物を、外まで押し返す。
ヴィルヘルムの宝剣はついに折れ、ガーフィールは溶岩のような体液を浴びて炎上する。
ユリウスはすでに、虹を維持しきれなくなっている。
「おおおおおおお!!!!」
ゴドフリーが、手首の魔造具ごと巨大な氷槍を生み出し敵へと投げる。
扉前に転がる溶岩土竜に突き刺さり、そして全身を凍らせた。凍らせ続ける。
勝ったかと。そう思っているものは一人もいない。
これくらいの重傷から何度も蘇っているのだアレは。だがしかし、時間は稼げる。
ちょうど氷像がバリケードにもなっており、他の魔獣の侵入も許していない。
室内には精鋭の魔獣と、ケイローンたちが並んでいた。
ケイが口を開く前に、ゴドフリーとエルザがほとんど同時に話した。
「再生能力が厄介です!熱ではアレを殺しきれない。すぐに復活しますぞ。幼龍が炎の魔獣を食い過ぎて亜竜となったと予想します。視力は弱く熱と音で敵を感知します。炎によって傷を治し、補給をしているように見えます」
「毒も呪いも効かないわ。アレはこの塔を倒せるだけの火力がある。さっき一頭ケイローンを丸呑みにして、それからはもっと調子が良さそう。そして、必死で上に向かおうとしてる。他の魔獣も、狙いは一つみたいよ」
ケイは報告と状況を整理し、即座に作戦を組み立てた。
「クットラスでエルザはメィリィと外へ。あいつが起きたら気を引け。ユリウスもだ。外壁から離脱可能だな?限界まで気を引いてくれ」
追加で指示を出し、誰一人として文句を言わない。疑問も浮かべない。返事すらも。
「ガーフィール。お前の仕事にかかってる。指示通り頼むぞ」
ガーフは、これまで与えられた中で最も複雑で意味のわからない指示を、それでも必死にこなそうと脳が茹で上がるような心地で集中した。
全員が最善を、全力を尽くしてあの化け物を打ち倒すべく一丸となっている。
永井圭は、この世界における属性という考え方に心の底から納得できない。
そういうものだと知ってはいるが、火のマナに水が強いなど。相性とも言えるような相関があるのは理解はできても納得が難しかった。
言ってしまえばそれは、元素的な考え方であって。原子的な考え方ではない。
実際に有効だからケイも実験を繰り返しどうにか理解を深めたが、起こった事象を覚えるだけでなかなか予想を立てにくい。
通常、炎に対しては水をぶつけるのがセオリーとされている。次点で土も悪くはないがそれは空気を遮断しているだけだ。
ちょうど準備が終わった頃に、扉の外で、戦闘音が再開した。
氷が崩れて、炎が満ちる。
注意を逸らしてくれてはいるが、少しすればこちらに進軍してくるだろう。
迎え撃つのは、最適な戦力。
つまりは、ケイ一人だ。
それも、一切の装備どころか下着姿の永井圭たった一人である。
非常に軽量な有様である。
『
つかない。無敵など発生しないし服を着ないでローリングなどしようものなら、背中を痛めて傷がつくだけである。狂人しかやらないし、効能はない。
厳密にはあと二つ。二人と言った方がいいだろうか。
以前にも世話になった火と風の精霊が付き添ってくれている。
やがて、溶岩土竜はこざかしい邪魔を無視して、ケイのいる塔の室内へと歩み出した。
ケイは動けない。およそ半径2m。精霊たちの付近にしか生存可能な領域がないからだ。
室内はすでに、ありえないほどの熱に満たされている。
溶岩土竜はむしろ快適そうに、その熱を大きく吸い込んだ。
愉快そうに溶岩を撒き散らす。
この、炎の化身とも言える怪物をどうするべきか。
散々考えた結果、ケイはこいつを…
焼き殺すことにした。
床が一段上がり、先ほどより天井が低くなっているが、相手は気にした様子はない。
するすると奥まで進んで。ケイを殺そうとしている。
風が吹く。それは魔法による風ではない。自然現象としての風だ。
煙突効果で風が動く。膨大な空気が流れ込む。
行き止まりの広間と言えるこの室内になぜ煙突効果が生まれるのか。
煙突としか言いようのない構造に、ケイが作り変えたからだ。
具体的には奥の螺旋階段を煙突に見立てて、上層の居住区への道を塞いで階段の上部に横穴を開けた。
ガーフィールの土魔法と、ヴィルヘルムの斬撃で簡易的な煙突を生み出したのだ。
螺旋階段は下にも続いているが空気の通り道はない。
貪欲な炎は正面の扉から大量の空気を吸い込んでいる。
さて、では熱源はどこにあるのか。
それは、周囲に作った石壁の奥に配置したケイローンたちだ。彼らは一段下がったところに隠している。
そこに空気が入り込み、熱を上に送るような部屋割りにしてあった。
彼らはひたすらに熱を生み出すことを指示され、それを実行している。
溶岩土竜はほとんど目が見えない。周囲の様子を熱で感知しているようでその索敵は熱で満たされた空間においては無用の機能になっている。
すでに数百度まで高まっている室内は、生き物が生息できる場所ではない。
精霊に守られたケイであっても1分と保たないだろう。一分ごとに地獄で焼かれて死ぬことになるが、まぁ即座に復活できるから問題はない。
竜がその溶岩刀を叩きつけ、ケイを殺す。
復活した。問題ない。
装備はここに降りる前に、緑部屋に置いてある。当然すでに全裸だが、失うものなど一つもない。
ケイの肉片が燃えていく。あまりの熱量に、水気を持った肉ですら、薪になっている。
そう。燃料は一体何か。ケイローンは想像以上の火力を提供してくれているが熱源であって燃料ではない。
燃料は当然、魔獣だ。彼らは必死に戻ろうとしているが、奥から奥から押されて最前列のものたちが火の中に押し出されている。その油が、骨肉が焚べられる。
燃える燃える。その中で自由に動けるのは溶岩土竜のみ。土中に対応しているのだろう。無呼吸で息苦しそうな様子もない。
そう。こいつは酸欠で殺すつもりはない。焼き殺すのだ。
温度はどんどんと上がっていく。不自然なほどに。自然においてはここまで火力は高まらないというところまできた。
精霊の支援があっても、ケイはもう10秒と生きていられない。
それでも動き続けるケイのことが不思議なのか、殺し続ける溶岩土竜。
そして、それはようやく訪れた。
その怪物の岩のような、鱗が燃えた。それも腹の辺りから。
全身が燃え上がっていく。怪物は自身の不調に困惑し、身を捩る。
そして、奴が自身の傷を癒すためにいつもやることと言えば、火に自分を晒すこと。この熱いところにいれば治るだろうと、身を丸めた。
それが死への最善とも知らずに。
ケイがガーフィールの土魔法と炎の魔獣を使って何を作ったのか。
それは、簡易的な『反射炉』だった。
反射炉とは、金属を溶かして精錬するための炉である。
内部の天井や壁に耐火煉瓦を用い、それに熱を反射させることで、炉内の温度を効率よく高める仕組みになっている。
高温の炎が炉内に充満する。反射によって熱が一点に集まり、内部の温度はおよそ1,200〜1,500℃に達することもあり、この高温によって鉄鉱石などの金属すらも溶け出す超高温を維持できる仕組みだ。
とはいえ伝熱工学の観点からは、厳密には正しい表現とはいえない。
というのは、天井や壁は鏡のように熱線(放射)を反射するわけではなく、燃焼ガスによる対流伝熱や燃焼室からの放射伝熱により高温となった天井や壁の表面から、主として放射伝熱により炉床が加熱されるというのが正しい。
つまり、この塔のバカみたいな頑丈な謎の石が耐火煉瓦の代わりであって、先の時間稼ぎは炉内を石壁で整えつつの余熱の時間だった。
熱に強い?炎で回復する?知ったことか。生き物であるなら絶対に限度があるだろう。
体内の深部には生物であるなら水分を持っているはず。断熱や冷却能力を超えて芯から沸騰させてやる。
あらかじめ掘っていた小さな穴にどうにか入って少しだけ熱を避ける。これで1分は持つ。
ここからはもう忍耐との勝負だった。そしてそれなら決して負けない。
夥しい数の焼死を繰り返し続けるが、決して諦めない。諦める理由がないから。
10分ほど時間が経った。気づくと、死ななくなっていた。
どうやら、熱は収まりつつあるらしい。精霊たちの守りでどうにか生きられるくらいの熱に下がったというべきか。
ケイは完全に炭化した竜だったものを眺める。
当たり前だ。一千度以上の高温に晒されて無事な生き物がいるものか。
「はぁ。つかれた。もう二度とごめんだ…」
魔獣たちも良い加減に、この塔へ殺到するのをやめていた。
同じ種族の生き物が焼ける匂いというのは、魔獣ですら本能的に忌避するものだ。
相当数がこの煉獄に押し込まれ焼かれ続けたようだが、すでに扉前からは魔獣たちは逃げ出している。
メィリィは、その加護で魔獣の命を感じ取る。
それが凄まじい速度で『処理』されていく様子を見て、体が震える。
燃える。燃えていく。踏み潰される。魔獣が次々に死んでいく。
「こんなの。戦いじゃないわあ。ゴミみたいに燃やしてる…」
涙が一筋、知らずに流れた。
誰も見えてはいないが、メィリィは感じ取れてしまう。
それほどに、凄惨な光景だった。この世界で魔獣が討伐される光景を見るなら快哉を叫ぶ人間が大半である。
メィリィとゴドフリーはそこから外れている異常者である。魔獣にも愛すべき点があると知っていた。
それでも彼らを殺すことに躊躇いはない。これまでもここでも、すごい数の魔獣を殺してきた。
なのに、耐えられない。
この光景、というより感覚には思わず言葉を失い、体が震える。
仕組みだ。もはやこれは装置なのだ。戦いで死ぬ魔獣のなんと健全なことか。
魔獣の力で魔獣を押して、魔獣の炎で本命を焼く。そのための薪として使いさらに別の魔獣を焼く。
死の輪廻が、絶望のサイクルが生まれている。
この作戦がなければ、死んでいたかもしれない。
あの溶岩土竜を殺す方法は思いつかなかった。
でもこれは、あんまりだ。
絶対に言えないが、メィリィはそう感じてしまうのだった。
ゴドフリーは震えるメィリィを抱きしめ、自身も震えていた。
ケイという人間は、武力として戦士として見れば強くはない。
しかし、あまりにも環境を。戦況を。前提を。全てを覆す力に優れすぎている。
特に、火というものを扱った仕掛けは多くの敵を殺している。
まるで野生動物が篝火を恐れるかのように、彼らはケイの火に畏れを抱く。
ケイがよく使う言葉。『エネルギー』それの扱いが異様に上手いのだ。
ゴドフリーはひたすらに、ケイへと感謝と畏敬を抱き続けるのだった。
到着して戦場を見渡し、即座に組み立てた火葬場。そう。あれはまさに墓場であり処理場だった。あれは味方であっても戦慄を隠せない。その知恵は地獄の業火となって、魔獣の戦意を燃やし尽くしていく。
エルザが煙で燻してレイドを殺すということを思いついたのも、完全にケイの影響であろう。
仲間の焼ける匂いが、煙に乗って砂丘へと広がる。そのあまりにも強烈な臭いに、魔獣たちもだんだんと群がることをやめていく。
監視等の防衛は、吹き出す噴煙がだんだんと勢いを失っていくのと同じように。
徐々に達成されつつあった。
「なに…あれ?」
少しずつ弛緩していく空気の中、メィリィがつぶやいた。
「だめ、だめよ。そんなの。だめ!下、下にいる子がおかしいの。大変よ。変わっちゃうわあ!」
「メィリィ!落ち着け!何があった?」
「わたしが操れてないケイローンが、変わろうとしてる。生まれる?うん、そうよ。これは、もう一度産まれようとしてるの。でもでも、大きすぎるわあ。だめよあんなの!私でも絶対支配なんて、仲良くもできないわあ!」
悲鳴をあげるメィリィはパニック状態だった。
一体下で何が?誰もがそう思うが、今この隔壁を開けるわけにはいかない。
ケイは、その熱を見ていた。
それは、炭の塊から出てきた赤い球体だ、それが宙に浮いている。
驚きはない。だって、この世界は理不尽なのだから。そんなことは知っている。
この作戦はあくまでも相手が竜やそれに近いものであるという分析に則って実施したものであり、これは普通に予想外ではある。
一応言い訳をするならば炎の精霊だとか、実体の曖昧なケイローンのようなものが相手なら今回の作戦は取っていなかった。
後悔はないが、どうしてこうなる。という思いは実際ある。
先ほど丸呑みされたケイローンがなぜか熱を受けて変質し、進化でもしたのだろう。ふざけるな。
『炎のモンスターなら結構あるあるじゃない?限界を超えた熱で進化ってのはさ』
そんなのは知らない。
深いため息をついて、状況を見守る。
一応撃っておくか?いや、熱じゃ死なないだろうな。
炭化した竜の腹から生まれた淡く光る球体。今まさにそこから何かが産まれようとしていた。
まるで赤い月のようなそれが、黒く翳り細かな光が生まれる。
赤子のような声がする。
聖堂に見えるかもしれない、煤で汚れ、数多の死体が折り重なり、命は灰になって積もっている。
そんな墓場に、命の声がした。
おぎゃあ。おぎゃあと。産声が聞こえる。
何かが、出てきた。
ケイローンの上半身が出てくるが、その頭部は他とは違っている。
通常のケイローンは馬のような下半身に、人間のような上半身。首より上は角がそのまま生えているようであったが、これは違った。
頭には、焼かれた骸骨のような、人間の頭部が乗っている。
魔獣の角が、折り重なるように肩から生えていた。
上半身は人の体に見えるが、普通よりも貧弱に見える。けれどそこから放たれる熱量は比ではない。
中でも目を引くのは、一緒に出てきた胎盤のような塊に刃がついている。
そこから溢れ出る灼熱は溶岩刀を想起させる。
下半身が出てくる。
オオサンショウウオのような溶岩土竜をベースに、人の手足が歪に重なったような手足が伸びている。
蜘蛛のような、死体の塊のような。無数の命のツギハギとしか言えない不思議な造形だった。
その冒涜的な見た目の遺児は。それでも大きくはない。
3m程度だろうか。通常のケイローンよりも小さいくらいだ。
それが中空から這い出て、目の前に生まれ落ちる。
火の精霊が震えている。恐怖に縛られるそれをそっと撫でてやる。
全身が出て、本当の産声を上げた。
『再誕の遺児』
後にそう呼ばれる炎の化身たる災厄が、この世界に生まれ落ちた瞬間だ。
第二形態という文化に初めて触れた永井圭は、大きな大きなとても深いため息をついた。
再誕者 ゴースの遺児 溶岩土竜を混ぜたような。そんなイメージです。
討伐に必要なのはハンターではない。血に酔った狩人様だ!