亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:163】天獄と地獄

 

 

プレアデス監視塔第三層。

 

火葬場となったこの空間には、不思議な静謐さが立ち込めていた。

 

老人の燃える死体としか表現のできない赤子が、産声を放つのをやめて一人の人間と対峙する。

 

 

永井圭は、生まれたばかりの異形を眺めていた。相手もそうだ。こちらを見ている。

秘められた熱が、離れていても体を焼く。精霊がカットしてくれているはずなのにだ。

 

この熱は、精霊の防護を超えてケイを焼いていた。

 

同時に特異な現象が起きている。

 

ケイの吐く息は白くなっている。周囲の温度が下がっているのだ。

まるで熱を奪うかのように生まれたその怪物が、冷たさと熱さを同時に存在させていた。

 

完全に温まりきっていた炉の内部が今は冷え込んでいる。

 

 

「危なかったらすぐに逃げろ。僕は大丈夫」

 

 

それだけ言うと、精霊たちは同意するように明滅する。

 

眼球のない双眸が向けられる。その虚無のような眼窩に火が灯った。

 

次の瞬間。ケイは発火していた。

周囲は冷たいのに、ケイだけに熱が集中して燃やされる。

 

矛盾を体現するような灼熱の苦しみがケイへと殺到する。

 

 

精霊たちが逃げ惑う。

死んで、復活。

 

「もう逃げろ。このことを伝えて、降りてこないように言ってくれ」

 

さらに追加で絶命しつつ、それだけ言う。死んだのちに立ち上がった。

 

もしかして、あれなのだろうか。

 

『龍の血』というやつか?

 

龍の血液という意味ではない。ルグニカに至宝として保管されているというそれは、龍の死の間際。その時の血を『心血』と呼ぶらしい。

 

『献魂一滴』という言葉は、まさに龍の心血から生まれた言葉でもある。

 

未成熟で混ざっていても、龍の一種だったということか。死んだ時の最後の一滴を、体内で捕食されていたケイローンが得た。

 

莫大な熱と共に龍の心血を得て、こんな姿に進化したというところだろうか。

 

 

元から傷を治す性質があったというケイローンに龍の血が注がれた結果。どれほどの不死が実現されているのかはわからない。

そこの勝負をするつもりもない。

 

 

だけどまずは、確かめないといけない。

 

IBMを仲間たちの元へと走らせる。炎の視線が注がれるが、どうやら焦点があったところが燃え上がるらしく、透明なIBMを燃やすことはできていなかった。背後の壁に炎の線が描かれた。

 

 

しばらく死に続けることになるだろうが、まぁ性能試験とでも考えるか。

 

どうやら『単純に火力が高すぎるだけ』らしい。

その攻撃は苛烈だがケイの命には及ばない。

 

 

そして始まるのは蹂躙だった。

 

炎球が数十と浮かび、そのうちの一つが落とされた。

全身が爆発的な炎に吹き飛ばされ、数メートル下がった先で復活する。

 

全身を消しとばすような攻撃が来るなら、避けないとな。

そう思ったときには、連続で炎が投射されていた。

 

 

思考が中断される。

 

 

酸素が足りない。風が吹き込むが、それ以上に炎が空間を満たしている。

いや、燃えているのだし酸素はあるのだろう。けれどそれは全てあいつが優先して使っているようだった。

 

周囲の全てが、怪物の燃え盛るために従っている。

 

燃やされて死ぬ。

潰されて死ぬ。

切られて死ぬ。

焼かれて死ぬ。

 

かつて風の大精霊に刻まれ続けた最悪の三日間を思い出すほどの、熱による死の舞踏が始まった。

 

見るだけでこちらは死ぬというのに、わざわざ接近して凄まじい速度の近接攻撃までしてくる。

 

 

死ぬ。死ぬ。

 

 

死に続ける。

 

 

しばらく時間が経ったのだろう。意識を取り戻すと足に潰されるところだった。

 

復活する。その際に、刺さっていた相手の足のような何か。人間の手が絡まったような触手の一つを切断した。

体内に留まっていたものは、亜人の復活の際に分解される。

 

分解されたのちに、そこから2本触手が生えてケイを潰しやすいように進化していた。先端には棘のようなものも備えている徹底ぶりだ。

 

分解は、できる。

 

 

蹂躙は続く。

 

殺され続けていると、仲間たちにようやく到達したIBMからようやく必要な情報が聞けた。

 

 

どうやら、これは『魔操の加護』では御せないらしい。

少なくとも過去の魔獣のどれより強いとメィリィは断言した。白鯨の霧ほどではないが、存在としては白鯨と同じかそれ以上に危険だと白鯨討伐経験のあるゴドフリーが感覚だけで叫んでいた。

 

これは無視できる情報ではない。どうやらこれは三大魔獣と比較されるほどの化け物のようだ。

 

 

観察した結果の分析を並べる。

 

この怪物は周囲の熱を奪い使う。

この怪物は負傷しても対応した形で再生する。

この怪物が見たものは、即座に発火する。

この怪物の直接戦闘能力はケイが反応できないほど早く強い。

この怪物の魔法戦闘能力はケイが想像できないほど多く強い。

 

火のマナの化身とも言えるこの怪物をメィリィは操れない。

 

 

 

楽な方法は取れないらしい。仕方ない。

ケイはようやく方針を固めて、自分から動いた。

 

動くたびに燃やされる。殺される。死に続けるが、どうでもいい。

いつかは動ける。成功する。ほら、また進んだ。

 

階段のところまでようやく辿り着いた。

 

 

そいつはゆっくりとこちらについてくる。

決して逃さないと、その目が物語っている。ケイを殺すために生まれたようなそんな目線だ。

 

無理難題を抱えて生まれて来るやつもいたものだ。少し同情する。

 

 

「捕まえてみろ。化け物」

 

 

そう言って、熱線を撃ち込むが、効いた様子は一切ない。

 

燃やされながら、螺旋階段へと身を投げる。

 

かつてスバルも何度も落ちたこの螺旋階段。

ケイは落ちながら、炎の化身が追ってくるのを確かに見た。

 

落下の衝撃で体が砕かれ、そして上から熱の塊が降ってくる。

 

 

そしてケイは目を覚ます。

 

 

 

 

次に見たものは、狙い通りの光景。もはや見慣れたものだった。

 

 

突然だが、亜人が復活して最初にすることとはなんだろうか。

 

目を開けて周囲の確認?闘争か逃走の思考?はたまた混乱か?

 

違う。どれでもない。

 

答えは呼吸だ。この仕方ないと片付けられてしまう悪癖とも呼べない動きをケイはずっと直したいと思っていた。

 

無酸素の中に放り込まれて死に続けるという罠も、最初にそれを吸い込むから死に続けるのだ。

息を止めることさえできていれば、2~3分ほど動けるというのに。

 

だからずっとだ。この一年間、死んで起きるときにはずっと息を止めるように訓練していた。

 

それは完璧ではない。けれど無駄じゃなかった。

 

 

ケイは目覚める。周囲の空気を少し吸ったかもしれないが、致命的な状態でなく目覚めることができた。

 

 

それだけで、ケイの勝ちが決まった。

 

 

横に倒れているのは、炎の化身だったもの。おそらく死んでいないだろうが、それでも動けない。

息を吸えば僕もああなる。すぐに復活するが。

 

これは純粋な魔獣でも龍でもないのだろう。だがしかし、炎を核として生きる特殊な生き物ではあるようだった。

 

燃焼が生命維持に必要であるというのは決して珍しくない。

誰しも体内ではものを燃やしている。

 

この怪物はそれが少し露骨なだけだ。

 

つまりは、酸素が必要というのは変わらない。燃焼が可能な環境でないと活動できない。

今はきっと、龍の血の力で再生を繰り返しているスリープモードというところだろう。

 

 

溶岩土竜であれば、この方法は取れなかった。だから焼き殺すことにしたのだが、相手が変われば話は別。

 

進化つまり変化とは、全てにおいてステータスが上昇するゲームのようなものではない。

環境に適応し、また別の環境に不適合となることを意味している。

 

 

特筆すべきは、まだ死んでいないその不死性か。

その強い生命力は死すら許さない。もはや呪いですらある。

 

 

そう。ここは塔の最下層。先ほどの戦いで生まれた重い気体が全て溜まっている。二酸化炭素や二酸化硫黄など非可燃性ガスの吹き溜まりだ。

ここにいる間は、お互いに死に続けそして復活し続ける。

 

どうやら相手の復活とは、血中の酸素濃度を回復させるものでもないらしい。

 

限界が来た。リセットをかける。

 

ちょっと吸ってしまった。またリセット。上手く行ったときに動ければいい。

 

 

よし。それでは作業を始めよう。それは、この魔獣の角を折るという作業だ。

 

 

 

これほど強力な魔獣を捕まえない理由はない。

こいつだけで大罪司教を完封できるレベルだ。絶対に欲しい。

 

 

最初に見た時から、どうやって確保しようかずっとそれだけを考えていた。

 

 

よし決めた。IBMを使って自分の体を持ち上げ、腹に相手の角を思いっきり突き刺した。

 

その角は熱く、ジュウ!という音と共にケイの重要な器官を蹂躙する。

 

当然、死ぬ。

 

目覚めるのと相手の角の再生とはほとんど同時だった。

その勢いは凄まじく、再生する先の自分の腹を突き破るほどの早さだった。

 

最初よりも相手を刺し貫きやすい形状になってもいるようで、助かった。

 

本当にありがたい。そう思って息絶えた。

 

 

怪物の肩の上で死に復活するのも、これで40回が過ぎた頃だろうか。交互の復活は唐突に止まった。

 

相手の再生の限界が来たのだろうか?

見れば被さっていた右肩の角の再生はもうしないようだった。

 

はっと。笑みが浮かび、少し空気を吸い込んでしまったようだった。卒倒して即座に復活する。

 

 

では左肩もやるかと。手順を繰り返すが今度は10回で再生しなくなった。龍の血も効率というものを気にするらしい。

無駄な再生はしないということだろう。

 

亜人と違って柔軟だが、それゆえに悪用もされてしまう。

 

角を失った最強の魔獣が、鎮火させられて沈んでいる。

この状態ならメィリィの言うことでも聞くかもしれない。自分の言うことはちゃんと聞くだろうか。

 

「角を再生させるな。言うことを聞け」

 

抵抗するようにその目に熱が灯るが、炎にならず消えていく。

力を抜いた怪物はそこに倒れ伏した。

 

再び酸素を得た時にどうなるかは未知数だが、まぁ一旦は無力化できただろう。

この無酸素かつ有害な気体で満たされた空間でも死なない不死性は驚異的だ。

何度か死にながらも、ケイは上へと登っていく。

 

 

その時、全てを揺るがす波動が、上部から発せられたのがわかった。

きっとまた、何か状況が変わるのだ。

 

上へと急ぐ。地獄を経た後とは思えないほど軽快に軽やかに。いつも通りに。

 

事前に決めていた叩き方で塞いでいる岩を叩けば、そこが開けられる。

 

常温の空気に久々に戻り一息つく。暑かったり寒かったりと忙しい時間を過ごしたものだ。

 

仲間たちに迎えられるが、なぜ無事なのだと信じられない様子で迎えられている。

ちょっと想定とは違ったが、ようやく服も着れた。

 

「あれは、どうなったのですか?」

 

ゴドフリーにしては神妙に、囁くように問われる。

 

「地下で寝かせてます。角は折りましたが、従えられているかは正直わからないですね。まぁ無理そうなら大瀑布に捨てましょう」

 

仲間たちはそれぞれに微妙な反応をしている。

 

メィリィは化け物をみるかのような目でケイから隠れ。

ゴドフリーは畏怖に体を震わせている。

ヴィルヘルムは特に変わらず、まっすぐな視線をよこし。

エルザはケイなど気にせずにメィリィを抱きしめて宥めている。

 

「大丈夫。大丈夫よ。彼は性格が悪いだけ。私たちの味方だから。心強いと、そう思いなさい」

 

「でもでもでもお。あの子は本当に危険だったのよお。信じられない。だって、一人で何にもないようにあれを…」

 

「理由を聞けば、きっと私たちでも再現できるような仕組みよ。死なないところは真似できないけれど、彼は決して及ばない力は持ってない。私たちでは考えが及ばないだけ」

 

 

姉妹の様子を無視してケイは次の行動をヴィルヘルムと話し合う。

 

「上に行きましょう。まだサソリが暴れているかもしれない。戦力が必要です」

 

「ケイ殿。やはり、あなたは…変わりませんな」

 

感慨深く納得し、そして行動を始める剣士もまた変わらなかった。

 

 

「君たちの関係性は、なんというか…奇妙だとそう感じるよ。エミリア様たちとは対極と言ってもいい。それでも、確かな絆は感じるが…」

 

それにしたってお前は何なんだという視線がユリウスから刺さる。

そんなことを言われても、これがこちらの陣営の通常営業だ。

 

ケイが何かをして、誰かがショックを受ける。そんなことに一々構っていられない。

人は、そのうち慣れるのだ。

 

 

重要なのは全員が無事ということ。それだけだ。

 

いつも通りだ。問題ない。

 

 

 

 

 

 

スバルが塔を駆ける。

これまでで一番の人数で駆けていく。

 

ラムと一緒にレムを挟み込むように抱えて、背中にはベアトリスを背負っている。

 

その全てを支えるのはパトラッシュだ。

 

普通ならば積載超過で噛みつかれて当然の人数だが、ベアトリスの魔法によって重量はほとんどゼロまで軽減されている。

 

こうでもしなければ、猛烈なシャウラの攻撃を避け続けることはできなかっただろう。

 

「マジで足向けて眠れねえよパトラッシュ。本当にありがとうな!」

 

「ベティが背中を守ってるのよ!もう3回も直撃を防いだかしら!」

 

「お前ら二人とも戦いが終わったらとんでもなく可愛がるからな。覚悟しとけよマジで」

 

 

第二層へと駆け込もうとした時、ちょうどユリウスが下層へと向かおうとしてるらしかった。

 

 

あいつ、やりやがった!

 

でもありがとうなんて声はかけない。そんな言葉は必要ない。

 

「優雅に階段なんて使ってる暇ねえぞ!飛び降りろ!」

 

 

ふっと。騎士は笑い。その身に風を纏って窓から飛び出した。

どうやら、本当に戻ったらしい。

 

「エキドナ!こっちに!」

 

手を伸ばして、エキドナも拾い上げる。

このままここに放置しておくわけにはいかない。シャウラについでで轢き殺される。

 

騎士のマントに身を包みつつも、その手を伸ばしてスバルを掴むときにはそれを捨てなくてはいけない。

際どすぎる格好で、エキドナも合流させた。

 

まるで曲芸サーカスのような様相を呈してきた。ギリギリ一層への扉も潜り抜けて階段をかける。

 

「ユリウスのやつは勝ちやがったみたいだな。奇襲で決まったか?」

 

「いややわあナツキ君。目ぇ覚めたらこんな格好させられて、説明して欲しいんやけど」

 

その言葉にサッと血の気が引くが、喜びによって血が昇る。いや、やっぱりまずい。青赤青とカメレオンのように顔色を変えることに忙しい。

 

『ウチのお目覚めや。年貢の納め時ってやつやね。何されても文句言えんよ?』

 

氷点下もかくやという冷たい口調で、答えたのはエキドナではなかった。

えせ関西弁のこの話し方は間違いない。

 

「いや、今かよ!?まて!話せばわかる!それはもうあらゆる合意から生まれた決戦衣装というかだな!ていうかおい。エキドナぁ!お前が説明しろ。やめてくださいアナスタシアさん。首が苦しいです」

 

顔色は今度はピンクになりかける。

 

「あらまぁ。手が勝手に。堪忍な?あとで諸々請求させてもらうわ。世話になってるのは間違いないみたいやけど、それとこれは別。見たものに対価はいただかんとね?」

 

「嘘だろ。共感性羞恥しか感じない半裸に対価を支払うことになるってのか…」

 

「バルス。死になさい」

 

「ナツキ君。ここで死にたいん?誰が一緒?もっかい言ってみ?」

 

「スバル!自殺はやめるかしら!」

 

最後にパトラッシュに尾でひっ叩かれた。

 

そうこうしているうちに、一層にたどり着く。

スバルにとっては救いの光だった。こんなに美女と美少女に囲まれて気まずいなんてあり得るのだろうか。

 

「雑談終わり!もう着くぞ!『神龍』にビビんなよ!」

 

「雑談言うたね。覚悟しとき。目にもの見せたるわ」

 

「もう十分すぎるほど見たわ!」

 

 

一層に到達した一行が見たものは、まさに神話のワンシーンだ。

 

降り注ぐ氷のかけらと、飛びながら何かに襲いかかる龍。

 

繰り出される氷塊が空中に生まれ、そこを氷の兵隊が跳躍する。

 

 

エミリアが、『神龍』と交戦していた。

 

それも空中で今まさにその尾で叩かれようとしている瞬間だ。

 

 

「エミリア!」

 

「エミリア様!」

 

 

スバルも叫ぶが、ラムは的確に魔法を行使しエミリアを助ける。

その爆発的なフィードバックにスバルはついに限界を迎える。

 

魔法による風の上昇が加わり、エミリアは間一髪で無事だった。

同時に複数の風の刃が龍の目玉に殺到し、その視界を塞ぐ。ラムの圧倒的なセンスは継続中だったが、スバルの気絶に合わせてラムも沈む。

 

エミリアは仲間たちの姿を見て歓喜の声を上げそうになったが、

それでも目の前の『神龍』に意識を集中させた。

 

そんなエミリアの前で、ボルカニカの様子が一変する。

 

尾を振るったままの姿勢で、エミリアには目もくれず、眼下をじっと見下ろしていた。

エミリアを救い、攻撃を加えたラムたちを次の標的に定めたのか――そう思われた。

しかし、違った。

古の『神龍』が金色の瞳で捉えていたのは、ラムではない。

 

それは――、

 

『――パトラッシュ?』

 

「い、やぁぁぁぁ――っ!!」

 

ボルカニカの呟きをかき消すほどの勢いで、エミリアの体が眼下へと弾き飛ばされる。

刹那の後、ボルカニカの尾が氷の天井を粉砕するが、遅かった。

すでにエミリアの姿はそこにはなく、さらに、ボルカニカの喉を狙ってもいない。

 

宙へと放たれたエミリアは、新たな氷の足場――否、氷の『すろーぷ』を生み出す。

それはかつてプリステラで、スバルとともにレグルスからの逃走時に使用したもの――

勢いを失わず、むしろ加速するために作り出した氷の道。

今、宙にそれを展開し、氷の靴で疾走する。

 

生まれたばかりの氷の滑走路を、エミリアは銀髪をなびかせながら駆け抜け、

背後から迫るボルカニカの尾をかわしつつ――

 

「ちぇやあああ――っ!!」

 

閉じかけたボルカニカの前足をすり抜けるように回避し、矢の如く放たれた蹴りが一直線に突き進む。

それは、ボルカニカの喉元――

白い傷跡へと、鋭く突き刺さった。

 

『――――ッッッ!!』

 

エミリアの白い靴裏が喉を捉え、ボルカニカが再びの絶叫。

 

その隙に、スバルに言われていた中央の柱のモノリスへ急ぐ。

 

走って、走って、あのモノリスの、既視感を感じる手形へと走って――、

 

「やっぱり!!」

 

モノリスに到達し、今度こそ邪魔のない勢いで手を押し付けた。

そして――、

 

『――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』

 

「あ……」

 

モノリスに手を添えたエミリアのもとへ、羽ばたく『神龍』が降り立つ。

巨体をなおも宙に浮かべたまま、痴呆の老人のように朦朧としていたボルカニカが、再び最初と同じ問いを放った。

しかし、その問いかけは、かつてのようにすべてを忘却した果てから発せられたものとは異なっているように思えた。

 

――ついに、正しく問いが始まるのだと、そう感じて。

 

『――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん』

 

その問いに対し、エミリアの中には無数の答えがあった。

何を求め、何を願い、何のためにここへ辿り着いたのか。

語るべき思いは数多くあれど、今この瞬間、エミリアが望むことは――、

 

『――問わん。汝の、志は!』

 

重ねられる問いかけ。

その言葉を耳にしたエミリアの瞳が大きく見開かれ、口元が震える。

そして――、

 

彼女は、大きな声で答えた。

 

 

「――みんな、仲良くして!!」

 

 

 

エミリアが叫ぶ直前に同時に、紅いサソリが一層へと到達。

その尾針が光り輝き、スバルを狙う。

 

その光が到達するよりも早くに、その光はかき消された。

 

 

 

エミリアの言葉に龍が従い。世界を動かす波動を放つ。

 

 

 

 

この天空の塔に数百年閉じ込められていたものたちの時間が動き出す。

 

その変化は止まることを知らない。一時ではあるが目に光が灯った『神龍』もそうだ。

 

他にももう一つ、ボロボロと何かが静かに壊れていった。

 

 

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