亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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無粋を承知で本章以降での注意です。

これまでもそうでしたが、改めて本作の方針をば。
原作、オリキャラに限らずキャラの死亡が発生する可能性があります。原作通りだったり異なったりします。
理不尽に死んでもらうことはあり得ませんが、都合よく生き残らせることもまたしません。
あくまで流れの中で自然な生死を描いていきます。よければお付き合いください。


剣狼の国 序
【FILE:165】夢想の花


 

あの時と、同じ感じがした。

 

とんで とんで とんで

 

独特の浮遊感がどこかに自分を飛ばしていく。

 

とんで とんで とんで

 

そして圧倒的な嫌悪感に頭がおかしくなりそうだった。

 

とんで とんで とんで

 

触れたくもないそれが、ケイの体を飛ばす。彼方へと運んでいく。

 

 

 

まわって まわって

 

意識が混濁する。思考がまとまらない。

 

まわってまわる

 

そうして、ぐるぐると回した後に、はるか彼方でゴミを捨てるように吐き出すのだ。

 

落下の感覚。何かが、体に深く刺さり激痛に意識が飛ぶ。

 

そして、夢が終わった。

 

 

 

 

 

ケイは、見知らぬ草原で目が覚めた。

 

 

夢想の世界は終わり、現実の情報が脳に入ってくる。

 

 

ここは、どこだ?

 

唐突な場違い感。つい先ほどと全くいる場所が違うと全身で感じるこの感覚。

 

この感慨というか混乱にどこか慣れ始めている自分がいる。

 

一番最初は、記憶を失い自ら引き金を引いた時。

トラックにはねられこの世界に連れてこられた時。

初めて転移を試した時。それ以降の転移の瞬間。

 

再び意図せずに連れ去られ、大瀑布の寸前に落とされた時。

 

そして、今またしても同じような混乱にケイは向き合う。

 

 

はっきり言って、だいぶマシだ。

即死罠と言って差し支えなかった前回に比べて、まともすぎる場所であることは間違いない。

 

スバルに組みついて本当に良かった。どれだけ距離を飛ばされようがそれは問題にはならない。

 

そういえばスバルたちはどこだ?

突如現れた謎の少女も咄嗟に掴んできたが、スバルはレムを掴んでいるようだった。

 

周囲には誰一人として存在を感じない。

 

 

視界の半分に飛び込んでくるのは鮮やかな緑の平原――草花がちらほらと風に揺れているそれは、広い草原のような場所だった。

 

もう半分には鬱蒼とした密林のような森林地帯が広がっている。日が差しているにも拘らず奥の方は暗くて見通せない。

 

草原と森林の間。そんな場所に放置されている。

 

ケイの横には倒木があり、落下と同時にそれにぶつかったのだろう。

明らかに悪意のある形状の、尖った枝が並ぶ場所に投げ出されていた。

 

刺さって一度死んだのだろう。一つの枝が妙な断面で切れている。

 

 

繰り返すがだいぶマシだ。安全な場所に飛ばしてくれたようだった。

せめてもの嫌がらせがこの程度というのは笑わせる。

 

 

さて、状況を把握しなくては。

 

この風土を鑑みるに、ここはルグニカ王国ではない。

いくつかは図鑑で見知った植物がある。

 

青と黒のパンジーのような花。確かこれは夫婦花と呼ばれる花で。隣り合った花弁が異なる二色の色を持つという珍しい植物。

 

夫婦花を含むいくつかは、ヴォラキア帝国領土固有のものであるはずで…

 

ああ、そうだ。つまり、ここはヴォラキアらしい。

 

 

それを認めると、ふーと息をついた。

 

思わず、深いため息が出る。

ヴォラキア帝国は、心の底から避けたい場所だったから。

 

ついこの前も、事実無根な風評被害を散々にぶつけられた因縁がある。

この国で自身の身分がバレることはどうにか避けなくてはいけない。面倒が起こる気しかしない。

 

問題は、スバルたちが周囲にいるのかどうかだ。

 

装備を確認しつつ、IBMを展開して同時に2方向を索敵する。

失った装備はない。と言っても今となっては重要なのは一つだけ。

 

氷の魔石を核に作った自殺用の魔造具である。これさえあれば、即座に帰還することができる。

現状の移動地点では、再びカルステン領に戻ることになるはず。

 

どうやら夜も明けているようで、すでに数時間以上が経っているのは間違いない。

逃げた『色欲』が再びカルステン領に固執するかは不明だが、いち早く帰還するべきだろう。

 

戦後処理などは早ければ早いだけいいのだから。

山の如く積み上がっているだろうタスクを思えば気が重くなるが、このところ体験した障害の中では最高にマシだ。

 

 

IBMが森を見つけそちらに意識を移す。

 

草原との境目にある木へと登り、これまで歩いた原っぱを遠くまで眺める。

 

 

 

いた。

 

 

ナツキ・スバルが、必死の形相で走っている。

このままでは、背の高い草に邪魔されて丘の裏側ですれ違うところだった。

 

すると、スバルがいきなり攻撃を受けたかのように吹き飛んだ。

いや、言いすぎた。顔面を枝で打ち据えられて思いっきりのけ反るように後頭部から着地しただけだ。

 

攻撃に、遭っている?

 

IBMを解除し、新たに生み出してそこへと駆けつける。

 

 

 

ちょうど、スバルが宙吊りになってナイフでその紐を切ろうとしているところに合流できた。

 

「いや、何してる?」

 

「ケイっ!!?無事だったか!」

 

身体中に生傷をつけた、宙吊りの男に心配されるほどではなかった。

 

そしてスバルは迂闊にも自身を吊り上げた紐を一息に切ったのだった。

当然始まるのは、頭部からの落下。

 

ひっ。と珍しい悲鳴がケイの喉奥で鳴る。

 

IBMがケイを放り出して、スバルをどうにかキャッチした。

下が草と土であっても2m以上の高所から逆さまに落下するというのは十分に死に至ることが可能な高さだった。

 

無事を確かめると、この日何度目になるかわからぬため息をついて、そのまま叫んだ。

 

「バッカ野郎が!簡単に死にかけるな!心臓に悪い!」

 

ビクッとして、その後少ししょぼくれて、そして何かを思い出したように跳ねるように立ち上がる。

動きだけでやかましい男である。

 

「いや、悪い。でもそれどころじゃねーんだ。レムが、いる。無事で、それで、ルイも一緒で。そいつは…」

 

混乱したスバルの言葉を繋げば、多少は理解できた。ルイ。その響きは当然知っている。

水門都市で、ライを打倒したと思ったら現れた。三人目の大罪司教。

 

あれが、ルイ。大罪司教だったのか。とんでもないものを抱き抱えてしまったらしい。

失敗したか?いや、逆だ。塔に置き去りにするよりよっぽど良い。

 

状況は、悪くない。

 

「レムを攫われて、逃走中か?しかし、なんでこんな原始的な非殺傷の罠なんか仕掛けてるんだ?スバル相手に逃げる理由は?お前くらい余裕で無力化できるだろ」

 

当然の疑問を並べるが、スバルはグッと叫ぶのを堪えたようだった。

 

「いや、違う。ルイじゃない。レムが、ルイを連れて逃げてる。レムは…」

 

スバルは認めたくないその事実を、どうにか飲み込んで言い切った。

 

「記憶を、失って混乱してる。だから、俺からどうにか逃げようとしてそれで…」

 

「記憶を失っただけではそうはならないだろ。何があった?」

 

「いや、忘れてたんだ。レムは、俺の『魔女の残り香』を嗅ぎ分けられる。俺の臭いは過去最悪だ。いきなり吐かれたよ…そんで、鬼族パワーで絞め落とされて…」

 

これまでずっと彼女のために動いてきて、いざ目が覚めたらいきなり気絶をさせられたのか?

スバルの内心のダメージはかなり大きいだろう。冷静さが見当たらない。

 

「ああ、なるほどな。ラムはできないみたいだが、僕もその臭いを嗅ぎ取るやつに会ったことがある」

 

懐柔したと思った直後に消えたレーゼのことを思い出し、彼女はまだ魔女教を追っているのだろうかなんて考えた。

 

「ルイの様子もおかしくて。なんかまるで、何でもない幼児みたいなそんな感じで。あれだけ邪悪に笑ってたのに…変なんだよ!」

 

流石に、ケイでも想像しきれない。なんだそれは。

 

というかやはり、スバルの思考能力の低下が著しい。軽いパニックというか、平静ではない。

先の塔での決戦。戦闘中の方がまだ落ち着いているというのはやはりこれが一周目だからだろうか。

 

いや、これはスバルが大きく弱体化されるスバル(フェリス)モードだ。

ケイは大切なもののこととなると、一気に視野が狭くなる現象をそう呼んでいる。

 

塔の時には頼もしく、その指示に全幅の信頼をおいていたが今のスバルには財布すら預けたくない。

 

「まぁいい。今すぐに合流するぞ」

 

「ああ、でも気をつけてくれ。見ての通りレムは器用で割となんでもできる、こんな罠が至る所に芸術的に散りばめられてやがる。ほんとすげえよなレムは」

 

注意からシームレスにレムを褒め出した。もうダメだなこいつは。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

少し進んでいくと、ケイが声を出した。

 

 

「今、捕捉した」

 

へえ?

 

スバルの間抜けな疑問に、ケイは答えず奥へと進む。

 

「おい!不用意すぎるぞ、その茂みは怪しいって!」

 

そういう前に、ケイは腕を振るって烈風を巻き起こす。

 

『太刀腕』が木々を薙ぎ払い、罠ごと吹き飛ばす。腕が裂けて風が解き放たれた。

 

その様子に呆気に取られ、スバルは即座に抗議をしようとする。だってレムがそこにいたら…

 

『レムさんの場所はわかった言うてるやん。あの幽霊で見つけてるんやろ。嘘つく理由もない。落ち着き』

「レムの場所はわかってる。危険はない」

 

ルグニカが誇る合理主義の二枚看板に同時に置き論破され、両頬を打たれたようにスバルは黙った。

 

『両方、ルグニカ出身やないけどね。てか、王選関係者ってルグニカ関係者が妙に少ないなぁ』

 

『確かに仰るとおりですが、それでも私はアナスタシア様こそがルグニカひいては周辺国を含んだ最善の…』

 

『おいィ。大将が耳塞ぎッたくなるような漫才してんじゃねェ。ただでさえ意識の底に沈められがちだッてのによォ』

 

アナスタシアが、呑気に語り。ユリウスが優雅に応える。

それを抑えるのはガーフィールという、現実ではなかなか見ないやり取りが、脳内で展開されている。

彼らを消したりはできないし、しないが。それでもこれは健全とは言い難い。

 

どうにか鎮静化できないかと思っているが、その意識まで反映されるらしい。

 

「すまん。ツッコむのも後にするわ。合流、しよう」

 

言いたいことをグッと堪えて、スバルはレムのところへ向かった。

何をおいても、今はレムだ。他のことは全部あとでいい。

 

 

少し駆けると、そこには空中で捕らえられ暴れるルイと。それを跳ね回って追いかけるレムの姿があった。

 

「お転婆どころの騒ぎじゃねーぞ。おい」

 

 

事態の鎮静を図るまで、どうすればいいのか見当もつかない。

スバルは頭を抱えつつ、何一つ問題ないという横顔のケイに、的外れな不満と、それ以上の頼もしさを覚えるのだった。

 

 

まずは自分にやらせてくれと、レムに声をかけるのはスバルだ。

ケイの能力に疑いはないが、デリカシーとやらを彼方へと捨ててきたケイのやり方は、今の不安だらけのレムにはどう作用するのかわからないから。

 

『今、書記君より自分の方が上手くできるなんて本気で思っとるん?』

 

いや、そうだ。ただの言い訳だった。

それ以前に、レムに関するあらゆることを人に任せるなどあり得ないのだ。

 

状況は、ルイの身柄を押さえたことで、こちらが主導権を握っている。

彼女と、こんな駆け引きをすることすら心苦しい。

 

ここで誤解を解くしかない。

 

「レム、話を聞いてくれ。お前にとって、俺は相当臭うらしいが……」

 

「……はい、臭すぎます。あなたは明らかに敵ですね」

 

「懐かしい言い方……!臭うらしいんだが、そしてそれがよからぬものに感じるってのもわかってるんだが、俺はお前に敵意はないんだ!」

 

両手を上げて、スバルは自分が彼女と敵対するつもりがないことを示す。

 

「それで信じるなら苦労ないだろ」

 

ボソッとケイが野次を飛ばす。

いや、そうなのだが。これについては、アナスタシアにも助言させない。

スバルが彼女と向き合わなくては。

 

「臭いのこともあるし、俺の第一印象が悪いのは分かってる。だから、もう一度機会をくれ」

 

「……やり直す?」

 

「俺が悪かった。何もかも忘れて不安になってるお前に、何ひとつ説明してやれなかった。全部、俺の都合で、お前の気持ちを考えてやれなくて……」

 

焦りと苛立ち――そのせいで、レムへの配慮を欠いてしまった。

 

必要なのは、自分を正当化する言葉じゃない。

レムの心を開かせるための、誠意ある言葉だ。

 

「お前が大切なんだ。ただ守りたい。それだけなんだ。だから、話を聞いてくれ。俺を拒絶しないでくれ。――もう一度、俺にチャンスをくれ」

 

「――――」

 

『チャンスじゃ伝わらんのと違う?』

 

心の声を振り払うように、スバルは深く頭を下げ、懇願する。

 

「――それだけ、ですか?」

 

「……え?」

 

「あなたが私に弁明することは、それだけですか?」

 

一目見て、悟った。レムは明らかに怒っていた。

怒りに駆られ、鋭い眼差しでスバルを睨む。

 

「あなたが私たちを追いかけ回し、その体からおぞましいほどの邪悪な臭いを漂わせていること、それらが疑わしく思えるのは当然のことです。でも――」

 

言葉を切り、レムは唇を固く結ぶ。

しかし、それでもなお答えを見つけられずにいるスバルを、赦しがたい敵のように見つめ、青い瞳に冷ややかな怒りを宿す。

 

「どんな理由を並べようと、あんな小さな女の子を見捨てようとした事実は変わりません。そんな冷酷で卑劣な人間を、どう信じろと言うんですか」

 

「――ぁ」

 

断罪の眼差しを浴び、スバルは言葉を失う。

彼女の非難が脳裏に突き刺さり、スバルは理解した。

 

自分は最初の選択を誤ったのだと。

魔女の残り香とは関係なく、レムの信頼を損ねる行動を取ってしまったのだと。

 

「その上、仲間を呼んで少女を捕らえておきながら、敵意はない?そんな言葉、どうして信用できると思うのですか」

 

止まりかけていた――ルイを巡る追跡劇。

だがレムは、それを再び始めようとしている。

 

もはや言葉など無意味だと悟り、彼女の敵意は殺意へと変わる。

少女を救うと決めた瞳には、確固たる覚悟が宿っていた。

 

 

二人の間に風が吹く。

縮まぬ距離の間には、この付近でよく見た花が咲いている。

 

青と黒の花を咲かせる二色の雑草。

場違いだけれど、まるで自分たちのようだと思った。

 

最初に倒れた草原でも見つけた花だった。

それをレムは気づかなかったのだろう。その足で踏み躙る。

 

スバルの都合の良い夢、淡い想いを。その花を押しつぶしてルイを取り返すために力を込めた。

 

「――れ」

 

 

まずは名前を呼ぼうとした。その先に続く言葉は何も浮かばないまま、ただ彼女の名を。

そして――、

 

「――――」

 

何かを察知し振り向こうとした彼女。手を伸ばしかけた瞬間、スバルの視界に異変が生じた。

鬱蒼と茂る木々の向こう、かすかに揺れる影――見覚えが、ある。

 

「――レム!!」

 

「来る」と思うよりも早く、スバルの体は反射的に動いていた。

レムへ飛びつき、その勢いに彼女の小さな体が一瞬、こわばる。

 

その身体をしっかりと抱き寄せた――まさに、その瞬間だった。

 

 

――放たれた何かが頭上をかすめ、後ろにいたケイの胴体を正確に捉えて、粉砕した。

 

「なんで、こっちなんだよ」

 

ケイの悪態と共に、新たな敵との戦いが始まった。

 

 

 

 




忘れてしまいたいことが、今の私には多すぎる

私の記憶の中には
笑い顔は 遠い昔
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