すぐ後ろの友人が、内臓をぶち撒けて飛散する。
非常識なまでの威力が込められたのは、砲弾でも爆弾でもない。
弓矢、ありえないほどの強弓から放たれた矢がこの惨劇を引き起こしたのだ。
「――――」
腕の中に抱くレムの無事を確かめ、スバルはホッとする。
レムは、ケイの惨劇を目撃して愕然と口を開けて叫ぶ。
「あ、ああ!だめ!死ん――っ」
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
ケイは心配いらないと、そんな説明をしてる暇はない。
彼女は咄嗟にケイの方へと歩み寄ろうとするが、それを引き倒し後方へと転がろうとするが。
当然だ。びくともしない。先ほどは不意をうったこととケイの衝撃で呆然としていただろうからスバルの意図通りになったのだ。
レムとは馬力が違いすぎる。
続く連射が森を薙ぎ、大木がへし折られていく。まるで機銃の掃射だった。
それを感じ取り、レムもスバルの元に自ら倒れ込んだ。
「あなたの!仲間じゃ!?この…人でなし!」
反論も、何もかもしている暇がない。どうにか、手を引いて安全と思える方へと駆ける。
流石にその行動に理を感じ取ったのか、レムも抵抗せず続いた。
「ぐおおっ!」
「きゃあ!?」
一瞬の浮遊感のあと、二人を受け止めたのは地面だった。
そこには倒木や土砂が降り積もる大きな穴――元々はレムがスバルを陥れるために掘った落とし穴だ。
あえてそこへ飛び込むことで、敵の攻撃を避ける遮蔽に利用したのだ。
あのレムが、抵抗せずに?それは大きな間違いだった。
「が、ぐ……だ、お、折れやがった……!」
無我夢中で抱き寄せた左腕。その腕をレムが掴んだ際に、指がへし折られた。
痛みに悶えながらも、折れた指を直視しないようにするスバルの横で、レムは同じ穴の中から這い出し、素早く距離を取っていった。
「今ならまだ、間に合うかも…」
「……話しそびれたけど、森の中に危ない狩人がいるんだよ。それと、あいつはあれじゃ死なない。……づぁっ」
「大事なことを話し忘れるな。いつまで繰り返すんだこれ。ふざけるなよ?もう話してないことはないだろうな」
ケイが何ともない顔で穴に転がり込んできた。
その様子にレムは口をぽかんと開けたまま、その傷跡を凝視する。
大きく破れた服の先には、鍛えられた腹筋が見えており怪我はない。
水門都市の時にラインハルトにも思ったが…スバルの好きな人たちに良い身体を見せつけるのをやめてほしい。非常に焦る。
『そこで、自分が鍛えるやなくて相手にやめさせるいうんがダメダメなとこやないの?』
『腹筋に悩みがあんなら言ってくれよ水くせェ!』
あまりに小さい男としての器とそれを指摘されるが、額から流れるのは脂汗だ。折れた指の激痛で、すでに冷や汗なんかの出る幕はない。
ちなみにガーフィールの筋トレメニューは常人には過酷すぎるので却下。腹が割れる前に、割腹して死ぬことになる。
「あ、あと森でアベルって仮面男に会った。このナイフをくれたんだけど、今ここで話すことじゃないかもだ!」
「後で聞かせろ。一つ残らずだぞ」
説教確定だ。疑うことを覚えても、気が回るようにはならないらしい。
そしてレムやエミリアが絡むと、思考が短絡になってから回るのも変わってない。
そんな自分の変化していないところを確認できて、複雑な気持ちだった。
スバルには無限に文句があるし、今の状況も理解し難いが。それでもやることは明確だ。
IBMはルイを捉えたままである。すでに気絶させた。殺さなかったのはスバルが殺せと言わない上に説明不足ゆえである。
取り押さえている間も違和感だらけで振る舞いはまるで大罪司教らしくなく、そこら辺の言葉を話せない赤子を『色欲』が変異させたと言われた方が納得できる幼い暴れ方だった。
ひとまずは、狙撃してくる何者かの排除を優先する。
ルイを殺すのはその後だ。首を圧迫して意識を奪う。
気道を絞めるわけではない。脳への血流の減少が主な原因であり、それに伴う頭蓋内圧の上昇や迷走神経反射が関わっていると言われている。
10秒程度の血流停止で意識は奪える。後遺症はほとんど出ない。
最大の危険を一旦無力化してから立ち上がる。一応、いつでも殺せる位置にIBMはずっと置いておきたい。
ケイは不用心に穴から立ち上がり、その体を敵に晒した。
「あなた、何を…」
レムがそれを引き倒そうとするより前に、ケイの体が横に吹き飛ぶ。
撃ち抜かれて、大木に縫い止められる。
これは、ちゃんと死ねそうだな。
そして体が落ちる。なぜか矢が消失して支えを失ったのだ。
矢の方向から撃った場所に当たりをつけて、そちらへと駆け出す。
撃ち抜かれる。
縫い止められる。
足を飛ばされたら自殺する。
進む。進む。進む。
この程度の攻撃で、永井圭は止まらない。
見えた。肌の黒い、見た目からしても何かしらの部族の女らしきものが、弓を持って素早く移動しつつ、こちらに矢を放っている。
必死に下がるが、弓を撃ちながらの下がっていく速度は一般人の全力疾走程度だ。
ケイは、死にながらであればずっと全力で走り続けられる。
矢を撃ち切らせる方法と、罠にかけて接近する方法と、遠距離から致命傷を与える方法を同時に検討し当たりをつける。
しかし、その思考を中断したのは別の音だ。
スバルの叫び、というより悲鳴が響いた。
音もなく森をすり抜け、スバルに襲いかかるのは巨大な影。その正体は、全長十メートル近くはあろうかという大蛇だった。
全身をびっしりと緑の鱗で覆い、黄色い瞳をした大蛇。その突然の闖入者の額に、ねじくれた白い角があるのを見て、スバルとケイはその正体を理解する。
「魔獣っ!!」
スバルがすんでのところで回避し、そしてレムを庇うように近づいた。
IBMから発声し、冷静でないスバルに助言というか叱咤を送る。
『魔獣はお前を狙うだろ。一人で逃げろ』
スバルはレムから離れることに本能的な抵抗を一瞬見せるが、そこを理性でねじ伏せて落とし穴から抜け出した。
すでに最初の奇襲でレムは足を負傷していた。
二度、三度と蛇はスバルへと迫る。
その口を大きく開き、毒液のような異臭のする汁が滴る牙がスバルへと迫るが、そこに横から刺されたのは槍ではなく矢だった。
IBMが周囲に落ちていた狩人の矢を全力で投擲し、それが蛇の口内へと侵入。
喉から深々と刺さり、その血をスバルにかけるだけに留まった。
魔獣は深傷を負ったが、まだ死んでいない。
ケイは遠目に把握した。まだ、魔獣がいる。
スバルの臭いが過去最高というのは本当らしい、遠くで鳥が不自然に飛び立つ姿も確認し周辺から複数の魔獣が集まっていると把握した。
狩人と魔獣。その両方とも対処はできるが、同時となると二人を守りつつ、ルイを抑えながらでは厳しいだろう。
方針を転換する。十分に矢は消費させただろうし、狩人は一旦捨て置く。
「魔獣が複数集まってる!逃げるぞ!」
迫る脅威と、ここからの離脱を宣言することで狩人が戦意を失うことを期待しつつスバルの元へと戻っていった。
戻った先にあったのは、魔獣に囲まれながらもルイを返せと抗議するレムと必死に宥めるスバルという構図。
ルイを餌にして、レムを誘導するしかないらしい。
鬼族の全力疾走で抵抗しつつ逃げられたなら、捕まえることは難しい。
「ケイっ!無事っていうか。やっぱすげえな、そんな武闘派なイメージなかったけど…」
「これまでの相手が規格外すぎた。普通の相手なら、死なないだけで大抵勝てる。そんなことより、移動するぞ。魔獣が集まってくるのは本当だ」
「ずいぶんお強いんですね。あの子を攫ったみたいに、不思議な透明の力で彼らを倒してはどうですか?」
置いてきぼりにされた心がようやく戻ってきたと思えばレムが皮肉を放つが、無知で無力な存在が不安に駆られて出てきた言葉だ。そんなものは誰にも響かない。子供の戯言である。しかも怪我をしているオマケ付きだ。
ケイは無視して、状況の説明を続けた。
「大蛇も基本はお前を狙うだろ。というか、狩人は単独とも考えにくい。魔獣に対処しつつお前らを撃たれ続けたら凌げない。つまりは、こんなところには用はないんだから、さっさと退くぞ」
「あ、ああ。悪いな。頼りっきりだ。やっぱ一家に一台とはいえ、レムの前だと気恥ずかしいな」
その後の移動のフォーメーションで少し揉めた。
IBMが盾であり矛でもあるため、タブスには荷物を背負わせられない。
つまりは、ケイとスバルがそれぞれ、足を怪我したレムとIBMの関節技で意識を奪ったルイを背負う必要があるのだが。
体力と筋力、そして怪我の状況を鑑みてケイがレムを背負おうとして、そしてスバルから反射的な物言いが入りかけるが、
「なぁ。やっぱり、俺が…」
『冗談やめてな?今はレムさん含むみんなの命がかかっとる。書記くんが死にながら全力疾走した方がええに決まっとるやん。『暴食』が本性晒して食らいついてきたら?ナツキくんは食い切れんみたいやけど、書記くんの記憶も意識も奪われたら詰みやで?』
それでも、と抵抗しようとするが有無を言わさぬ論破をスバルの疑心担当は用意してくれていた。
『『暴食』の中に佐藤の意識が宿るって意味なんやけど。それでもええの?』
いや、ダメだ。ダメすぎる。ありえない。
スバルの中の疑心が、思考力となってアナスタシアに宿って息づいている。本当に助かった。
「なんでも、ない。レムを頼んだ。あんま匂いとか嗅がないでくれ」
「死んでください」
「死ね」
誤魔化すような軽口に、罵倒を返されまとまった。
「というか臭うのはあなたですよ。私はあなたに背負われるのだけは御免です。実際問題、また吐く気しかしません。狩人の追跡を考えればこれ以外無理ですよ」
ケイはまたしても、そのレムの態度に引っ掛かりを覚えるが。それは先ほどよりも大きな違和感だった。
ただ状況のわかっていない無礼な態度とそう雑に処理するには気がかりだった。
まぁ、それも逃げてからだ。
四人は動き出す。足を動かすのは二人であるが。
しばらく移動したのちに、待ったがかかった。
「――っ、待ってください!」
レムがケイに声をかける。魔女の残り香がゼロではないだろうが、スバルに比べれば無いに等しいのだろう。
積極的に介入しないケイの方にこそどちらかと言えば打ち解けている様子であるが、スバルが毎度表情をぐしゃぐしゃに歪めるのでやめてほしい。
まぁ、余裕のない態度の人間を避けることはままあることだ。強い想いが逆効果なんていうのはありきたりですらある。
「水の音が聞こえます。流れてる多分、……川?痕跡が消せるんじゃありませんか?それに、水が必要とも言っていましたよね」
「聞いてくれてたのか、サバイバル知識……って感動は後回しにして、川があるなら確かに助かるよな。追跡も、水分確保も」
レムはこの中で一番感覚が鋭いらしい。その耳を頼りに進めば水音を聞くこともできた。
ちなみにだが、その道中に魔獣から二度襲撃を受けてそれぞれ殺して進んでいる。
問題なく順調だった。
そして、木々の群れを追い越し、草むらを飛び越え、道が開けたところで――、
「――川!……だ、け、ど?」
森が開かれ、視界が広がった瞬間、スバルにも豪快な水音――そう、豪快な水音がようやく聞こえるようになった。
それもそのはず、聞こえてきた水音は大河のものだった。それも、スバルたちから見た眼下、十メートル近い崖下を流れている。
「これは、いくら何でも……」
レムとスバルは揃って眼下の大河に息を詰める。
一体どうするか。
気まずい表情のレムに、それを心配するスバル。気にせずに方策を考えるケイ。スヤスヤと気絶するルイ。
超えてきた森から、何かの咆哮と木々の倒れる音がする。
それも、複数の方向からだ。
そのプレッシャーに押されて、スバルも考えを口にする。
「最悪、川に飛ぶしかないんじゃ」
「な……ま、待ってください!それこそ無謀です!この状況ですよ!?」
「気絶してるこ…子供に、足が動かないレム、そして指が三本折れてる上に肋骨もちょっと怪しくてくたくたの俺……元気いっぱいなケイがいるにしても、ちょっと怪しすぎるよな」
「指のことは……とにかく!そんな状態で無茶です!こんな高さから……飛び込んだ瞬間、意識がなくなって溺れるだけです!」
眼下の大河を指差し、レムが現実的な反対意見を述べる。
スバルはレムの安全を優先し、自らを犠牲にする案を出しては却下されていた。
自分を囮にして得られた安全でレムが納得するはずないと、これまでのやり取りからケイですらわかるというのにスバルは無理を言うものだ。
「だけど、自殺じゃない。仮にそうでも、死ぬときは一緒だぜ」
「絶対嫌です!」
「あだぁっ!」
歯を光らせたスバルの笑みが、レムの平手に豪快に打たれる。不躾に近づいたカウンターとして結構な威力に首をひねられ、スバルは「いてて」と打たれた頬を赤くして、
「わかった。お前がそう言うから、死なない」
「バカなやりとりはそこまでにしろ。大きいのと群れが来てる。狩人も複数こちらに向かってる。だからここを降りてショートカットするぞ。飛び込み講習だ。よく聞け」
水面に飛び込む際の危険性と気絶の種類。そしてその対策を手短に話して、用意をさせる。
今回はケイは自分の心配はしていない。気絶を避ける方法ならあるから。
問題は彼らをあの激流の中で確保できるかだ。
それを考慮し対策された飛び込みの前の格好は、非常に無様であった。
着衣のままに泳ぐのはそれだけで死に大きく近づく。服などという重しは脱いで、そこに大量の枯れ木を詰め込んだ。
ズボンはそれぞれを互いの手首に結んで、離れないように命綱へと変わっている。
ルイの長い長い髪の毛は、邪魔になるからという無慈悲な一言でケイによってざっくり切られ、『暴食』の美しい金の長髪は断ち切られ、ここに金髪おかっぱ暴食少女が生まれる。
容赦なく髪を切る様は、スバルをしてまともな言葉が出なかった。
「ケイ君?もう少しこう、なんというか。手心というか…」
レムの非難の視線と消極的な抗議の声に、ケイは一切取り合わない。
問題は、レムだった。
命を救うために服を脱がなくてはいけない。下着はまぁ付けたままでいいが、服はダメだ。ケイは一切譲らない。
見ず知らずの男たちの前で服を脱ぐことに抵抗感を感じるも、それでもレムは必要だからとそれをした。
「その百面相で人の着替えを見ないでください。その視線と表情が不快です。その人のように普通にできないんですか?」
そう言うレムは苛立っている。あまりにこちらを意識しすぎるスバルの反応と、人が恥ずかしがっていると言うのに虫でも見るかのような視線で「遅い早くしろ」と睨むケイ。極端すぎる反応は、両方ともレムの感情を刺激していたのだ。
はっきり言って後者の方がだいぶ、相当にマシなのだが。
合理を突き詰めた、最も生存性が高いはずのこの格好が。どうにも集団で連行される奴隷のような様子になっていて、ケイという人物を思い知らされた。
下着姿のレムが、ケイに背負われる。
その上から、スバルが背負われて、そしてスバルはレムの仇であるルイを背負ってる。
スバルはもう、脳みそをぐちゃぐちゃに破壊されるかのような。筆舌に尽くし難い感情を味わった。
「くっそ!くそくそくそ!命のためとはいえ。すまねえ。レム。そんな格好させちまって。どちくしょう!!」
涙を堪えて血が出るんじゃないかと思うほど、握り拳を握る。
安全を求めて他の全てを犠牲にする。白鯨の時に知っていたはずだったが、ケイのそれは徹底している。
許しがたい状況を飲み込んで、それでもスバルは従った。
轟音が起きる背後の森に背を向けて、IBMが四人を背負い、川へと飛び込む。
四人を背負って、空を飛んだ。
まず最初に、水面と接触するのはIBMが先だ。
そして次にケイで、その次にレム。順番に背負った形で、着水後に離れる予定である。
IBMは頑丈だ。ケイは死んでも構わないし、レムの体は強い。この陣形なら下が地面であってもレムより上は生き残るだろう。
レムが意識を保っていれば、その怪力で四人を腕力だけで泳ぎ切ることも可能かもしれないが、ケイも全力は尽くす。
まずは何よりも意識を失わないことだ。水面に到達する直前に、ケイは自身を撃ち抜いた。
ひっ。という小さな悲鳴が背後から聞こえたような気がするが、再び目覚めると水中だった。
猛烈な勢いに全身が呑まれ、ぐるぐると回転している。
とはいえは一つなぎになっていたおかげだろう。あまり運動は激しくない。
用意した浮が、それなりの浮力を生んでいるため顔は出せる。
レムも意識はありそうだった。それでも激流は人を押し流す。
「ぁ!やっべ…」
縛った布が解けたのか、途中でスバルが離れていきそれをレムが必死に掴んだ。
流れに揉まれ、転がされて、流されていく。
全員が懸命に、呼吸をしていた。ルイのことなどあまり気にかけられていないが、レムは彼女を必死で水面から出して呼吸をさせていた。
どうにか水中で、互いを引き寄せて作戦通りの形に落ち着く。
ケイを先頭にして、盾にする形で流される。これが最善だ。
急流を進めば、当然岩に打ちつけられる。それを全てケイがクッションになる算段である。
これはうまくいった。なのだが、計画通りとなれば途中で頭をぶつけることになる。
気絶したら即座に殺すようにレムに言っていたが、これが守られるかどうかだいぶ怪しい。
そんな分の悪い賭けは以前のことを思い出す。
前よりはマシかなんて思いつつ、今度はケイが水中で意識を手放した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――。
――――。
――――――――。
「――ぁ」
ゆっくりと、冷たく深い闇の底から意識が引き上げられていく。
静寂の中、忘れかけていた呼吸を思い出し、スバルは空っぽの体に空気を流し込む。
まるで溺れていたかのように、もっと、もっとと酸素を求めて大きく口を開き――、
「――ぜえはあ、うるせえんだよ、てめえ」
「もがっ!」
開いた口に、容赦なく何かが突っ込まれた。
同時に罵声が浴びせられる。
何事かと目を見開こうとするが、視界は真っ暗。どうやら顔に何かを巻かれ、目隠しをされているらしい。
だが、それ以上に気になるのは、口の中の異物だった。
土と草の味、固くて不快な歯ごたえ――すぐに悟る。
靴だ。
誰かがスバルの口に、自分の靴の爪先をねじ込んでいるのだと。
「おげっ!ぶえっ!な、何が……ごえっ!」
「てめえ、何反抗してやがる。自分の立場、わかってねえのか?」
「げほっ、がほっ!」
反射的に靴を吐き出した直後、鋭い蹴りが鳩尾に叩き込まれる。
息が詰まり、苦しげに咳き込みながら体を丸めるスバルを、乱暴な男が見下ろし、唾を吐きかけてきた。
頭の中は混乱の渦に飲み込まれていた。
視界は閉ざされ、状況も理解できぬまま、突如として襲いかかる暴力。
痛む胸に手をやろうとするも、腕は後ろ手に縛られ、思うように動かせない。
足も拘束されているらしく、立ち上がることすらできなかった。
「な、なに、が……」
「ああ?てめえ、いつまでしらばっくれて……」
「――まあまあ、落ち着けって!何もわかってねえんだよ!仕方ねえだろ!それより、ほら、目隠し外してやれよ!」
「……チッ」
唾を垂らしながら蹲るスバルの前で、二人の男が言い争っている。
後から口を挟んだ方が、乱暴な男を宥めると、不満げに舌打ちしながら遠ざかっていく気配がした。
「やれやれ……」と、どこか気の抜けた声が響く。
「いきなり悪かったな。何が何だかわからないだろうが、とりあえず目隠しを外すぞ。……悪いが、手足の縄はそのままだ、勘弁してくれ」
「――――」
スバルは無言のまま、男の手がゆっくりと頭に触れるのを感じる。
固く縛られていた布がほどかれ、僅かな痛みと共に視界が開けた。
深く息を吸い込み、胸の痛みに耐えながら、スバルは静かに目が慣れるのを待つ。
そして――、
「――なんだ、ここ」
まるで陣地のような、戦場のような。
映画やドラマで見たことのある光景が、スバルの目の前に広がっていた。
「ちょうど水汲みに行ったところで見つかってなぁ。悪いが、お前さんたちは俺らの捕虜になったんだよ」
視界の正面に立つ男が、腰に手を当て、どこか困ったような表情を浮かべながらそう告げる。
おそらく、彼が先ほど目隠しを外してくれた方だろう。
横を見れば、ケイが気絶をしたままに横で縛られている。
――ナツキ・スバルと永井圭は、捕虜となった。
背負われ脳破壊スバルくん爆誕
こんなサンドイッチ。他では売ってませんよ!