亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:167】ミラーマッチ

 

 

「おい!ケイ!ケイ!?」

 

「そいつ、ほとんど気絶みたいに寝てるぞ、いくらかゆすっても微動だにしない。よっぽど働き詰めだったのか?」

 

スバルの呼びかけにケイは一切応答しなかった。

 

そして同時に、レムの不在について気付き血の気が引く。

 

『あかんよ。ちょい待ち。まずは書記くん起こさな。今のナツキくんに最適な行動なんて取れるん?レムさん起きてから散々や。この人らと揉める前に冷静で上等な頭を借りるのがベスト。助けるためのベストや』

 

そんな言葉を内心で否定し、今にも暴れて叫びたくなる衝動に駆られる。

だって、レムがいない。いないのだ。

 

でも、疑うスバルであるアナスタシアが示した疑問はまさにその通りで、スバル単独では、彼らとうまく交渉などできる気がしない。

 

寝不足のところ悪いが今はまさにケイの頭脳が必要な場面だ。

でも、どうやって起こす?もう完全におやすみモードに入ってる彼の意識を覚醒させる方法なんて。

 

 

いや、たぶん。あった。

 

 

「おはよう。永井くん。よく眠れた?」

 

 

スバルは、声帯模写が得意だ。

女声でも結構いける。男性の声を真似することはあまりなかったがやってみたら割と簡単にできた。

 

ちょっと似てるくらいの、60点くらいのクオリティー。でも、あの声の調子と空っぽの陽気さは表現できたつもりだった。

 

その効果は、劇的。史上最悪の目覚ましとして、この上なく機能する。

 

「っっ!!!!!」

 

永井圭が飛び起きた。

 

なんか、あれを思い出した。元自衛隊の人たちが寝ているところに、起床のラッパをかけるイタズラ動画。

体に染み込んだ条件付けというか、習慣というか。トラウマは、ちょっとやそっとでは消えないらしい。

 

周囲をキョロキョロと見回して、元凶がおらず、今のはスバルの演技だと判明するとケイは馬鹿でかいため息をつく。

 

その様子にちょっと笑いを堪えていると、ケイに殺意が滲む目線で睨まれた。

 

「二度とやるなとは言わないが、できるだけ他の方法で頼む。助かった」

 

感謝なのに、殺すぞお前と言われているかのような迫力に耳がおかしくなったかと思うが、いつも通り右目以外の五感に問題はない。

 

「すごいな!よく起きたもんだ。魔法みたいな一言だな。それで、二人とも起きたばっかりで何もわからんだろう。状況について説明しても?」

 

話の通じそうな相手が、その印象通りに話を進める。

逸るスバルは、気づけば前のめりに質問していた。

 

「レム……俺と一緒に、女の子がいたはずだ。どうなった?」

 

「お、自分が捕虜って言われてすぐ気にするのが女の子?あの子らって、君にとって大事な相手ってことでいいのかな?」

 

スバルの静かな問いかけに、目の前にしゃがみ込んだ男――スバルの口に靴を突っ込んだ乱暴者ではない。それを止めてくれたらしい若者が話しながら片目をつむった。

明るい橙色の髪をした、スバルより少し年上ぐらいの青年だ。人好きする笑みを浮かべているが、状況が状況なので緊張がほぐれたりはしない。

 

というか、今のは明らかに…

 

『アホ。なんで一番の痛いところを初手でバラすん?もう、黙っとき』

 

「――――」

 

 

「おいおい、そんなに表情をコロコロ変えてくれるなよ、読むのが追いつかない。まぁでも。正直なお前さんに免じて言ってやるなら……無事だよ、無事。二人とも元気だ。ちょっと元気すぎるくらい元気」

 

「――っ、本当か!?」

 

苦笑いしながらの青年、その答えにスバルが食いつく。

聞きたかった答えが聞けて前のめりになるスバルに、青年は「おっと」とこちらの額を手で押さえ、それ以上の前のめりを防いだ。

 

「手足を縛られてるんだ。あんまり勢い込むとひっくり返って舌噛むぞ?ああ、そんな目で睨むなって。どっちも無事だよ、嘘じゃない」

 

青い髪の子が無事ならそれでいいと言いたくなるが、グッと堪える。

 

「悪い。じゃあ、ちょっとここからは俺みたいな迂闊で顔に全部出るやつじゃなくて、こっちの頭脳労働担当に任せるわ」

 

「ほう。となると、お前さんの方が肉体労働、戦いもこなすのか?とてもそうは見えないが」

 

「いや、戦うのも考えるのもこっちの担当だ。ブラック企業戦士を超えた黒騎士だぞ」

 

24時間戦えますかという質問にケイなら即答でイエスだろう。毎日30時間働けるのは彼だけだと断言できる。

 

「黒騎士ってのは誇ることか?というかなんでお前さんが偉そうなんだよ…変なやつだ…もしかしてお前さんは貴人か何かか?」

 

「黒騎士ってのは言葉のあやだし、俺はちゃぶ台返し担当。平時には役に立たねえ。料理くらいだなできるのは」

 

「なんでそこまで胸を張って言い切れるのかさっぱりわからんが、複雑な事情があるらしいな」

 

そこまで話して、目線でこれ以上はあっちに聞けと誘導してやる。

ケイは、ずっと黙ってこっちを伺いつつもきっとあれをしてるはずだ。

 

風は吹いていないから、きっとゆっくり幽霊を出しているのだろう。

 

 

「その推測は当たっています。特殊な育ちの人物ですので、常識はありませんが。それでもさる高貴なお方に近い人物。ひとまずはここまでお伝えしておきます。早めに拘束を解いて、間違っても靴を食わせることはお勧めしませんよ。やりたいなら個人的にはスッキリするので止めませんが。まぁ後ほど処刑されても文句は言えませんよ。運が良ければ足が切られる程度で済むでしょうね」

 

おい。それは止めてくれ。靴は食いたくない。

まだ、佐藤モノマネを許していないらしい。ケイがこれだけ感情的になるってどんだけだよ。

いや、あの悪辣さは知ってるけど。

 

そしてスバルは、あの塔の出来事を今回のケイにまだ話していないことに気づいて、また説教の素材が増えたと項垂れた。

幽霊、というか佐藤による魔法の行使。あれは凄まじかった。

 

でも時間がなかった。そんなこと言ってもしょうがないじゃないか。

 

ぶつぶつと独り言&言い訳タイムに突入したスバルを放置して、切り傷ができるかと錯覚するほどの眼差しが交差する。

 

鋭い知性は時に人を抉るのだ。

 

「へえ。どこのどなたか存じないが、そんな尊きお方が、こんな場所であんな人物と、こんな格好で一体何を?もうちょっとわかりやすい状況なら単純に保護してたんだけどな。怪し過ぎだよお前さん方。ご理解いただけるよな?」

 

「理解はしますが返答はできません。機密なので。それより先にこの場の責任者に一言、伝言を」

 

その上からの物言いには挑発的な色が隠されてすらいない。

 

横に控えて大人しくしていた粗暴そうな印象の男が、素早く動いてケイの手を踏みつけた。

多分折れたんじゃないかという嫌な音がした。スバルは抗議の声を上げるが、ケイの顔を見て言葉を失った。

ケイは一切動かずに、なされるままになっている。

 

その目は踏んだ相手を見ていない。話し相手をただ見ている。

 

「さっきから聞いてりゃ、囚われの身の自覚が足りねえ奴だな、てめえは。聞かれたことに答えりゃいいんだよ、違うか?ああ?」

 

「ジャマル、やめろ!話が聞けなくなるし、問題になる可能性もある」

 

「もったいぶって立場がわかってねえのが腹立つんだよ。首から上が無事なら喋れる。そっちの折れてる方に合わせてやろうってんだ。お揃いだぜ。なんなら揃って両手をやっても……」

 

「――ジャマル、こいつにその手の脅しは効かない。時間の無駄だ、やめろ」

 

ケイの手を踏み躙る男――ジャマルが邪悪な笑みを浮かべて言い放つと、不意に青年が静かな口調で名前を呼んだ。

それを聞いて、手を踏み躙った相手を見る。

 

激痛が走っているだろうに、その目はじっとジャマルを見ていた。本気で切れた時のトッドと同じような種類の目線に、背筋が凍る。こういう手合いには、武力で優っていても勝てないことを知っていた。

 

ジャマルは虚勢を保ちつつ「わかったよ」と渋々足を引く。

 

 

「それで、俺たちに上役がいるってのは当然の推測だろうが、一体どんな言葉を伝えればいいんだ?」

 

一体ケイがどんなでまかせを言うのだろうか。想像もできないが…

 

「『緊急事態発生。三色の道化への土産は無事。至急回収されたし』」

 

その簡潔な伝言を、一同が理解できないでいると、さらに補足が付け足される。

 

「ドラクロイ上級伯へ。至急お伝えするように、あなたの上官へお伝えください」

 

伝言ゲームをどうするか、お前に任せるぞとケイは言い切った。

けどスバルにはわからない。誰だ。その上級伯とやらは。道化、道化と言われれば当然浮かぶのはロズワールだ。

 

そういえば、フェリスの『青』の称号以外は他を全部持っているとか言っていた。

でも、相手はそんな言い回しで誰のことかはわからないらしい。

 

しかし、付け足された上級伯という言葉には明確に反応している。

 

トッドと呼ばれた話せる方は、平静のまま、へえ。なんてリアクションしているが。ジャマルとかいう暴力野郎は、明らかにやべえやらかしたと冷や汗をかき始めている。

 

ざまあみさらせ!どうだすごいだろう!うちのケイくんはよぉ!

 

頭を働かせ一切表情を読ませない二人と、口ほど顔でものを言い続ける二人。バランスの良い2対2の空間が出来上がっていた。

 

「それで、今の話をどうやって信じさせられる?出す名前がそこだからな、悪戯ってわけじゃないんだろうが正確性を欠いた報告で折檻されるのはごめんだよ」

 

「これ以上の情報は機密だ。能力はありそうだが、役不足だな。文字通り、階級が足りない。上役をよこしてくれ」

 

ケイは値切りに応じない。すると、トッドは方向性を変えてくる。

 

「お前さんみたいな目をしたやつの言うことを真に受けることほど危険なことはない。けれど、その言葉も無視できない。じゃあ俺たちは、上級伯に何かが伝わる前に、お前さんらを処分しちまうってのもありじゃないか?それが、出世も降格も御免な俺たちのささやかな日常を守る最善手に思えてきたよ」

 

「いや、俺は出世してえよ!てかお前も出世しろや!カチュアにひもじい思いさせてみろ?ぶっ飛ばすぞ?」

 

「現在進行形で、人の嫁を危険に巻き込んだのはお前さんだぞ。こっちがぶっ飛ばしてやろうかと思うよ。いやはや、直情的な相棒を持つと苦労するな?」

 

「それは同意する。バカは少ない方がいい」

 

「「そのバカと一緒にするな!」」

 

粗暴なバカと目つきの悪いバカがハモった。

 

 

「ふう。とまぁ疑ってはみたものの、現状をあるがままに報告するしかないだろうな。それに女の子たちにも会いたいだろう?そっちの方は特に」

 

スバルは壊れたおもちゃのように首をブンブンと振って肯定する。

 

「会いたいならあとで会わせてやるさ。正直なお前さんの方が質問に素直に答えてくれるんならな。……あの子らは今、牢に入れてる」

 

「牢屋!?なんでそんな真似を!?」

 

牢と聞かされ、即座に過酷な状況がスバルの脳裏を掠める。

 

「水辺でお前さんらを見つけたのはそこのジャマルの部隊だったんだが……」

 

「だったん、だが……?」

 

「そこで、お前さんの連れの子にだいぶ抵抗されたらしくてな。水運搬の部隊が壊滅、隊長のあいつは面目丸潰れってわけだ」

 

「あぁ……」

 

おおよそ何が起こったのかを把握して、スバルも頭を抱えたくなる。

水辺に這い上がり、スバルが意識を失ったあとのことだろう。先に目覚めたレムが、やってきたジャマルと仲間たちを叩きのめした。だから、ジャマルは不機嫌なのだ。

一見、レムは片足に怪我を負った可憐な少女なのだから、先制攻撃を許してしまったジャマルたちが責められる謂れはない。謂れはないが――、

 

「俺、あいつ、嫌い……」

 

「はは、奇遇だな。俺もあんまり好きじゃないよ。と、話が逸れたな。指は?」

 

「折れてるよ。……痛みは、マシになってきたが」

 

それでもじんじんとした痛みの主張は絶えないが、スバルはぐっと奥歯を噛みしめ、一時的に痛みに呻く弱さをシャットアウト。あとで時間の許す限り、溜め込んだ痛みの負債とは付き合うとして、今は目の前の――、

 

「トッド、でいいのか?」

 

「へえ、よく聞いてたもんだ。そうだ、トッドだよ。で、そのトッドさんから質問だ。そっちにも聞いていいか?」

 

「素直に答えたらいいんだろ。……何が聞きたいんだよ」

 

今のケイの質問を綻ばせてしまうような回答は避けなくては。

 

「まぁ、元から望み薄だと思ってるし、さっきの問答でほとんどなくなった可能性なんだが、仕事としてな。聞きたいことはひとまず一個だけ。一応だよ。お前さんら、『シュドラクの民』かい?」

 

「……しゅどらく?」

 

もったいぶった青年――トッドの問いだが、聞き覚えのない単語だ。

だが、そうして聞き返したスバルの反応を聞いて、トッドは「ほら、やっぱりだ」と自分の額に手を当てた。

 

「その反応でわかった。お前さんらは無関係だってな」

 

「おいおい、待てよ。まだ何にも答えてないだろ。いくら何でも早合点……」

 

「んなことないさ。士族を聞かれて偽る奴はいない。聞き覚えがない奴もな。それで『シュドラクの民』なんて言われても、誰も信じやしない」

 

「――――」

 

断定的な物言いだが、ハッタリには聞こえなかった。

トッドの確信を持った言い方には説得力があり、スバルも食い下がれない。

しかし、そうなると――、

 

「その『シュドラクの民』ってのは、なんなんだ?」

 

目でケイにも問うが、ケイは知らないと首を振る。

 

「俺たちの探し人だよ。あの森……バドハイム密林のどこかにいる」

 

質問に答えたトッドが、スバルの後方を指差す。が、手足を縛られたスバルは簡単には振り返れない。すると、「仕方ないな」とトッドがこちらに肩に手を添え、ぐるりと後ろを向かせてくれた。そして――、

 

「――バドハイム密林」

 

「ここいら一帯、草原以外が全部が森だ。ちまちま探ってたんじゃ何年かかるやらだよ」

 

億劫そうに呟くトッドだが、彼がそう言うのも無理はない。

そのぐらい、それは広大な森だった。

 

「……控えめに言って、無理なんじゃないか?」

 

「お前さんもそう思う?いや、ホントに参ったよな。帰るのが何年も遅れたら、婚約者にそっぽ向かれちまうよ」

 

「ひとまず、戦えそうなそっちは縛ったままにさせてもらうが。お前さんは放すとしよう。もし後で問題になっても、乱暴したのはジャマルだからな。トッドはずっと優しかったと証言してくれよ」

 

スバルを縛っていた縄が解かれ、久々の自由に体が音を立てる。重い。あまりに体が重かった。節々がおかしい。熱もあるかもしれない。

そういえば、監視塔の戦いから連戦続きである。どれだけハードな一日なのだ。すでに白鯨討伐の日を超えるかもしれない。いや、あの佐藤との邂逅まで含めるなら、はるか昔に確実に超えている。

 

「それじゃ、案内頼む」

 

「ふてぶてしい……やっぱ貴人で変人なんだろうな、お前さんは」

 

「ああ、貴人で思い出したんだが……お前さんの荷物を漁ったら出てきたナイフ、あれはどこで手に入れたもんだ?」

 

これは自分の家に伝わる家宝であると嘘をついた。

あの仮面の男は怪しいが、それでもナイフの恩がある。明らかに隠れていたし裏切るような真似はできない。

 

皇帝から賜るような逸品だったと聞かされ、さらに感謝の念が強まった。

 

ナツキ・スバルの帝国でのサバイバルが、始まった。

 




直情的なやつと冷静なやつのタッグは熱い。

マイアミバイスもそう。
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