亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:168】最善の結果

 

スバルはトッドに連れられ、レムと再会を果たすことができた。

ルイもいたのは邪魔だったが、仕方ない。

 

どうやら、その後ケイが上手いことをやってくれたようで、協力してくれることになったらしい。

数日後の補給部隊に合わせて近くの街まで送ってくれるとのこと。

レムとルイにかかりきりで任せてしまった。本当に申し訳ないが、正直助かる。

 

「……レムも、その方針でいいか?」

 

「――――」

 

つん、と顔を背けたまま、レムからの返事はない。

 

「しかし、お前さんたちは変わった関係だねえ。どういう二人なんだ?」

 

「ノーコメント。下手なこと言って、あとで怒られる未来しか浮かばないんでな」

 

「はは、確かにな。そうするとジャマルとあいつを一緒に置いてきたことが今更怖くなってきたぞ。早く戻らにゃどんな情報を抜き取られてるかわかったもんじゃない」

 

そう言ってトッドは急ぎ元のテントへと戻って行ったのだった。

 

「ケイのやつ、大人しくは…しないだろうなぁ」

 

 

 

ケイと呼ばれていた不思議な雰囲気の男は、先ほどと同じ体勢でじっと目を閉じていた。

 

やはり、不気味だ。

 

「よお。お前さんは、変わらんな。ちょっとは不安に思ったりしないのか?自分の縄も外せって普通は騒がないか?」

 

「必要ありませんからね。そろそろ、敵対する意図もないと伝わった頃でしょうし。もう少し対等にお話ししても?」

 

「ああ、構わんさ。縛ったままで対等と言うのも、申し訳ないがね」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

そう言って何事もないように立ち上がったケイへ、トッドはナイフを突きつけた。

ケイは、なぜかその体を何にも拘束されていない。

 

「驚いたな。どうやって縄を解いた?」

 

「千切りましたよ。力任せに。おかげで手首が折れました、痛かったな」

 

その手は全く正常で、折れているようには見えない。

そう、ジャマルに踏まれた骨折も縛られた痕すらない。

 

「そこまで大言虚言を吐きながら、嘘の気配をさせないってのはやっぱり不気味だよお前さん。本当のことを言ってても脅威だし、嘘ならその演技は完璧すぎる。しまいにゃ、ここまで警戒されるとわかってやってるな?そういうのが一番怖いんだよ」

 

「正直に話しますけれど、僕はここを無傷で出ていける。いつでもです。あなたのその刃物は脅しになっていない。おとなしくしているのは、できれば彼らを無事に上級伯の領地まで届けたいから。それが仮にできないとしても、僕としては最悪じゃあない。彼らとは政治的に対立もしてるし、あなた方に理不尽に殺されるのであれば別にそれでもいい」

 

トッドの頬に一筋の冷や汗が流れる。この言動は偽装ではない。彼らの重要度を下げるためのハッタリが含まれているだろうが、実際そうなっても致命的ではないのは事実なようだ。

 

こいつは本当にそう思ってるし、宣言したことが可能なのだと確信がある。謎の手段と回復力についても警戒が必要だ。

 

「とはいえ、ここを壊滅させて皆殺しにしたところで手間が増えて、後の障害が増えるだけ。全く合理的じゃない。だから、協力しますよ。シュドラクの捜索とやらに。その分、移動手段を優先していただきたい」

 

「やれやれ、お前さんみたいな化け物には、極力関わりたくなかったんだがね。ここまで死を恐れていない人間には初めて会うよ。お前さん、心の底からおかしいだろ。強くもないのにそこまで恐怖しないなんて、おかしすぎる」

 

「否定はしませんが、死ぬのは怖いですよ。死の定義が人と少し違うだけです」

 

「それで?腕っぷしに自信があって、怪我も治って、探し物まで得意なのか?それはちょっとやりすぎじゃないか?」

 

「必要に駆られて色々できるようになっただけですよ。それで、返事はどうですか?」

 

「はいはい。わかったよ。じゃあ、うちの隊の竜車を渡そうじゃないか。いつか上級伯の上等な竜車と地竜にして返してくれ。それも、協力の内容によるけどな?」

 

「仕事は早めに片付けるに限る。まずは、情報の提供です」

 

密林についての情報提供を行う。おそらく見かけた部族の特徴も描写し、最大の障害についても語った。

 

「現在あの密林と川沿いに、複数の魔獣が出没しています。ヴォラキアじゃ一大事ではないですか?」

 

 

「――魔獣?」

 

ようやく関係性がはっきりし、一息つこうと水を飲んでいたトッドが目を見開いた。彼は口の端を伝う水を袖で拭い、驚いた目でケイを見つめる。

 

「今、魔獣って言ったのか?あの森に魔獣がいるって?」

 

「ええ、大型と群れ。それも複数が活発に、恐らく棲家や縄張りから出て暴れています」

 

その驚きは、当然のものだった。帝国において。というよりはルグニカ以外では魔獣はかなり珍しい。

次点でカララギでは多少生息しているが、それでもルグニカよりはかなり少ない。

 

魔獣大国のルグニカならともかく、王国との国境線でもないところで魔獣が出るなど、数十年に一度の大事件となるのだ。

 

それが複数いるという異常は、あまりに重かった。

 

「――――」

 

「冗談じゃ、ないのか」

 

狼狽えつつも、情報を集める。

 

「どんな魔獣だった?姿かたちは?」

 

「蛇型の魔獣。体色は緑。角は歪なねじれたものが40cm程度。目算で11m近くある、それが複数匹。1,2頭は殺しましたが、まだいそうでしたね」

 

他にも、木々を薙ぎ倒すほどの巨体の何かと、四足獣型の魔獣の群れの特徴を正確に描写すると、トッドは汗を拭って緊張に身を固めた。

 

「おいおい最悪って話じゃないぞ。だが、嘘をついてる風でもない。事情が変わった!」

 

ガシガシと乱暴に自分の頭を掻いて、血相を変えたトッドが背を向ける。そのまま遠ざかりかけ、途中で彼は「あ」と何かに気付いた声を上げると、ぐるっと回ってスバルたちの方へ戻ってきて、

 

「貴重な情報だった。それがなきゃヤバいことになってたかもしれん。助かった。約束は守る」

 

 

そして、それぞれに昼食を囲んでいる面々の方へ向かいながら、

 

「部隊長たちは集合!『将』のところにいく!大事な話だ!」

 

そう手を叩いて仲間を集め、どやどやと陣地を騒がしくしながら奥の天幕――おそらくは軍議などが行われる、重要なテントへと向かっていった。

 

ケイはこの後の展開を正確に予測できていた。帝国兵がこの状況で何をするのかも。そこで自分が何をすべきかということも。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

どうやら魔獣についてケイが忠告をしたらしい。

レムとスバルにも確認し、間違いないということがわかったようで兵士たちは動き始めた。やることもなく、手持ち無沙汰。レムとの関係は最悪な上に、邪魔なやつが常にまとわりついてくる。

 

ケイが対応をしてくれているから大丈夫だと言っていた。一応今後の方針を聞こうとしたが、トッドが近くにいる間に聞いても大丈夫かと心配される。スバルは彼を欺けないだろうからと。おっしゃる通りだ。一旦はケイに任せよう。

 

実際、疲れ切っていた。レムとルイの組み合わせは、見守っていて心が休まらない。ずっと警戒しなくてはいけないから。

 

まじで、疲れたな。

レムの尋問はまだ続いていた。少しルイから目を離すことになるが、レムが無事ならそれでいい。

優先度はこっちに決まってる。テントの前で、その終わりを待っていた。

 

そう思った時には、眠っていた。しまった。

 

しかし――、

 

「――おい、起きろ起きろ。いつまで寝てんだ、お前さんよ」

 

「んあ?」

 

肩を揺すられ、座りながら眠っていたスバルが誰かに揺り起こされる。

 

「……トッドさん?」

 

「ああ、お疲れみたいだな。無理もないか。ともあれ、お前さんたちのおかげで『将』たちの方針が変わったんだ」

 

「方針が変わった……って、森の攻略の?」

 

「そうそう。なんせ、未知の森の開拓に加えて、魔獣まで生息してるとなると、話がだいぶ違ってくるからな。こっちの犠牲も馬鹿にならない。ていうか、報告の通りなら全滅だってあり得る。だから」

 

そこで言葉を切り、トッドはにんまりと満面の笑みを浮かべた。

 

「さくっと作戦を切り上げることになったんだよ」

 

「さくっと?じゃあ、もしかしてトッドさん、婚約者のとこ戻れるってことか?」

 

「はは、そうなんだよ!」

 

大きく頷いたトッドに、スバルも「おおー!」と喜びを共有する。

 

「……あの、何を騒いでいるんですか?何度も同じ質問をされて、いい加減にして欲しいのですが」

 

「あ、悪い、レム」

 

尋問が終わり出てきた彼女は会うなり不機嫌な声と顔で男二人を睨む。

それから、彼女は軽く頭を振り、「まったく……」と呟いたあと、

 

「――?なんだか、変な臭いがしませんか?」

 

「臭い?」

 

「はい。あなたの体臭とは別に」

 

すんすんと鼻を鳴らして、レムが臭いものを払うみたいにスバルに手振りする。その仕草にいくらか傷付くスバルだが、すぐにトッドが「悪い悪い」と謝罪した。

 

「距離があるから大丈夫だと思ったんだが、鼻がいいとわかるよな。けど、決まったことはさっさとやらないと据わりが悪いだろ?」

 

そう言いながら、トッドはスバルたちの天幕の入口を開く。そして、スバルたちに出てくるよう手招きした。

 

スバルとレムは一緒に外へと出る。トッドの横に並んで、見た。

 

「――へ?」

 

それは、朦々とすさまじい勢いで噴き上がる黒煙と、強烈な焦げ臭い香り。

そして見渡す限りの視界、遠目に右も左も埋め尽くすようだった大密林――『バドハイム密林』が、真っ赤な炎に包まれ、燃え盛っている光景だった。

 

「これは……」

 

立ち尽くすスバルの隣、同じ光景を目の当たりにしたレムが絶句する。

スバルとレムの二人は棒立ちになり、まるで悪夢のように赤々と燃えていく森を、焼き尽くされる密林を、終わっていく世界を、見つめていた。

 

「お前さんたちがくれた情報のおかげで、味方の被害が出ないで済んだ。大助かりさ」

 

そう言って笑い、トッドがスバルの背中を掌で叩いた。その気安い衝撃に打たれ、スバルは唇を震わせた。肺が震え、喉が震え、声も震える。

この、トッドの変わらぬ友好的な態度に、スバルの震える声が紡ぐのは――、

 

「な、なんで……?」

 

「なんでって、何が?」

 

「シュドラクの脅威を無くすために、説得か排除か選択肢はあったが直に接触するなら命懸けさ。なら、顔も合わさずに焼き払った方がいい。味方の犠牲も出ず、魔獣もまとめて葬れるしな」

 

「――ッ」

 

「いやいや、お前さんたちは拾い物だったよ。ちゃんと『将』にも話してあるから、きっと報奨がもらえるぞ」

 

二本目の短剣がもらえるかもな、なんて冗談めかして言ってから、トッドはもう一度スバルの背中を叩いた。

本当に善意の笑みを残してトッドがその場を去る。

結局、遠ざかる背中にスバルは何も言えず、押し黙っているしかなかった。

 

「――――」

 

だが、スバルが黙っていようと、心中の混乱に苛まれていようと、遠く、目の前で燃え盛る森の光景が変わることはない。

燃え上がる炎は何もかもを呑み込み、あの地で生きる全てを焼き尽くすだろう。

それはあの大蛇の魔獣も、あるいは森の中で過ごす覆面男や、スバルたちをつけ狙った狩人も例外ではない。――何もかも、灰燼と帰す。

 

「――っ」

 

ふと、その衝撃に歯を噛んだスバルの隣で、レムの体がふらついた。

とっさにその細い体を手で支えると、触れた途端にレムの体が強張った。そして、スバルを見上げるレムの表情に恐怖と、拒絶感が溢れ出す。

 

「あ……」

 

「あなたが、悪いわけじゃない……それは、わかってます。でも」

 

「――――」

 

「触らないで、ください」

 

一瞬、自身を呑み込みかけた恐怖を噛み殺し、レムがスバルの手をゆっくり押しのける。振り払うでも、へし折るでもなく、押しのけた。

 

その手振りは、あまりにスバルの心を抉るもので…

 

 

「……あの子は、どこですか?」

 

レムはスバルから視線を逸らし、燃え盛る森から視線を逸らし、見たくないものから視線を逸らすように、自分たちのテントへと走っていく。

 

あまりに早い。怪我を無視して走っているのだろう。激痛のはずだ。

スバルは必死で追い縋るが、遅れて到着した時にはレムがテントを探したあとだったらしく、体を震わせていた。

そこには、いない。スバルがレムに付き添っている間にどこかに出て行ったのだろう。迂闊だった。

 

スバルを視界から外して、ルイを心配して探すレム。

 

 

 

「いない、どこ?あの子は、どこ?私はあの子をっ!」

 

直前の衝撃が影響しているのだろうか、レムは泣き出しそうになりながらルイを探す。

 

スバルもついに本性を現したのかと警戒を高めレムにつきそう。

 

精神が揺らぎ、その安定を求めて自分が守るべき存在を求めている。

 

レムが再び、鼻を動かした。

 

「嘘。嘘、うそうそうそうそうそうそうそうそ」

 

レムが必死で、彼女の出せる全力で進んでいく。

 

迷いなく、何かに導かれるように。

 

そして見つけた。陣地の裏のゴミ捨て場。

 

レムは自身が汚れることなど一切気にせず、そこに降りて手で直接にゴミや汚物をかき分ける。

 

そこに捨てられた大きめの物体を見つけてしまった。

 

 

両手を千切られ、胴体を引き裂かれ、頭を潰されたルイの死体が。ゴミの下に埋まっていた。

 

 

「あああああああ!!!!!」

 

響く絶叫、そして。どうにかその体を確かめるが、明らかにそれは生きていない。

 

まるで爪のある大きな獣に襲われたようなその傷。スバルはそれを誰がやったのかわかった。

わかって、しまった。その光景に当然吐き気と恐怖を催すが、心のどこかで安堵してしまった。

 

ああ、またケイがやってくれたんだ。

 

 

「あ、あ。あ…」

 

悲鳴は段々とすぼんでいき、レムはそこに倒れて動けなくなった。

そこで、ようやくスバルは動き出す。

 

「レム!レム!しっかりしろ!怪我、したわけじゃ…」

 

レムの目にはもう何も映っていなかった。

きっと、レムにとって。ルイが心の支えだったのだろう。

 

よくわかる。何度もその絶望を味わったのだから。なのに、こうなるのを許してしまった。

 

スバルはバカだ。大馬鹿者だった。

記憶喪失の不安は知っていたはずなのに。どれだけ孤独か知っていたのに。

 

それなのに、レムに優しくされたいだなんて思っていなかったか?

臭いだけで吐くほどのストレスをかけていたのに、それでも近づこうとしていなかったか?

 

ずっとルイに厳しい視線を向けてレムから離れず、

 

全部だ。スバルの全てが、レムを追い詰めた。

 

でも彼女は強いから、耐えられた。いや耐えるフリができてただけだ。

そんな強い彼女であっても一人では限界だったのだろう。ルイというもう一人の境遇が近い少女を守ること。それにここまで依存していたなんて、気づけなかった。

 

 

「待って、待ってくれ。ごめん!ごめん。気づけなくて。頼む!戻ってくれ。レム!レム!また、遠くに…そんな」

 

ドスっと音がした。

 

それは矢が何かに突き刺さる音だ。

スバルは、その背に怖気を感じ背中をさするが、そこには傷一つなかった。

 

 

 

 

空中に矢が固定されている。きっとあの幽霊が、ケイがスバルを守ったのだろうと理解した。

 

ケイは、やるべきことをやっている。

ずっとそうだ。

 

間違いない。スバルがダメになった分。レムから離れたくなくて彼に任せて考えを放棄した分も最善を尽くしているのだ。

 

当然だろう。大罪司教を生かしておくなどあり得ない。

それが最善に決まってる。一応見つからないようにと、火災で臭いが分かりづらくなるタイミングで悪臭の立ち込めるゴミ捨て場に隠すという配慮までしていた。

 

スバルが、気づかなければいけなかった。

スバルが、心を配らなければいけなかった。

スバルは、人間の心の脆さを想像できなければいけなかった。

 

レムについてただ眺めて杞憂している暇などなかった、現実的な脅威を考え抜かねばならないのだ。

そうしないと何も救えないとわかっていたはずなのに。

 

やっぱりスバルは失わないと、わからない。

 

黒い幽霊が、見えた。

 

いつもの調子で話しかけてくる。

 

『毒矢か。まだ囲まれてはいない。離脱しようと思っていたが、予想外の状況だな。どうする?』

 

刺さった矢を引き抜いて、分析するように鏃を見ている。

そして予想外というのはレムだろう。そりゃそうだ。記憶喪失だというのに、出会ってまだ1日も経っていない相手が死んで、心まで壊れるというのはケイには予想できない。普通の人だって難しい。

 

「それ、くれ」

 

『別の方法も、手段もまだある。でも、いいんだな?』

 

一瞬の沈黙の後、その矢を渡しつつケイは最後までこちらを気遣う声をかけてくれた。

 

『レムは、ルグニカまで届ける。それは、約束する』

 

ケイはどこまでもわかってくれている。

致死の毒が塗られたそれを握る。

 

『このまま死んだら、書記くんも流石に気に病むやろ。ちゃんと伝えられんと同じこと繰り返すん?』

 

バカか。俺は。いや、バカだ俺は。

 

「ケイ、すまん。俺のせいだ。感謝してる。でも、このまま進むってのは、できない」

 

ケイが息をのむような、そんな間があった。

 

「佐藤って名乗るおっさんが、その幽霊を乗っ取るのをみた。その時、自由に魔法使ってたよ。永井君は独創性がないってさ。あいつは自由に任せてもらうのを待ってる。警戒して渡さないようにしなきゃダメだ。ああ、あとこのナイフな。森でよく覚えてないけどアベルっていう変な仮面男にもらったんだ。でも親切だったよ。皇帝からもらうような上等な奴らしい。トッドは俺のこと、貴族だと思ってるんだろ?まぁ、ケイなら上手くやってくれるって思えるからさ」

 

半信半疑なスバルは、最後の言葉を飲み込んだ。「自分よりは確実に」なんて自分を卑下する無駄をケイは必要としていないから。

 

「悪い。次は、もっとしっかりする」

 

『その判断を、尊重する。…お前は、よくやってるよ。僕のことも頼む。信じてるぞ』

 

ケイは、いつだってそうだった。スバルに一番心を開くのはいつだってスバルが死ぬ前だ。

死ぬ直前にしか親密度が上がらない攻略不可能なキャラって、新しいな。ケイを攻略しようとしている女の子には同情する。

 

そんな思考をしていると気づいた。

レムと再会してからずっと恐慌状態だった精神は、今落ち着きを取り戻したことを。

やはりスバルはこんなものなのだ。失敗しないと、学ばない。気付けない。

 

視野がぐっと広がる感じがした。細かなところに気づき始める。

ふと気になり遠くを見ると。目が合った。

 

――それはこの場所から三十メートルほどの距離、走れば十秒とかからない位置からこちらを睨みつけている、小さな、小さな人影だった。

 

「――――」

 

子どもだ。ルイと、そう変わらないような小さな子ども。

ただの子どもではない。憎悪に濁った瞳で、殺意を込めてスバルを睨んでいるのだ。

 

髪や顔を煤で汚して、憎悪に濁った瞳で半弓のようなものを握った少女だ。

それが、あの指で、手で、意思で、スバルを毒矢で射ったのだろう。

 

「――――」

 

スバルがもたらした結果が、少女を憎悪へと駆り立てる運命へと誘った。

ならばこれは、スバルがしなくてはいけないことだ。

 

スバルが受けなければいけない憎悪だ。

 

自らの罪を受け入れるように、その罪を雪ぐために。

途中で折られるはずだった毒矢を、スバルは自分の胸に突き立てた。

 

その少女が、驚愕に目を見張り逃げ出した。

 

何一つ、応答しなかったレムがこちらに目を向けた。

 

「何、してるんですか?」

 

ぐらっと頭が揺れて、スバルは立っていられなくなり、その場にひっくり返る。

 

「――ダメ!待って!待ってください。待って……」

 

必死で、耳元で声が聞こえる。

待ってやりたい。立ち止まってやりたい。手を引いて、笑いかけてやりたい。

 

その何一つ、できない。

その何一つ、できないまま。

 

だけど、彼女の心を最後に少しだけでも動かせたという事実が。そんな最悪なものだけでも、救いになったと感じてしまった。どこまで自分本位なのだろう。最低過ぎる。

 

ブクブク、ブクブクと血泡を噴いて、痙攣して、白目を剥いて、失禁して嘔吐してグズグズに溶けた内臓を吐き出しながら、闇へ落ちる。

 

「待ってぇ……っ」

 

無様で汚い、考えなしの愚か者が、自分勝手に闇の中へ落ちていく。

周囲に死を撒き散らして、落ちていく。

 

落ちてい――、

 

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