亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

169 / 236
今ガバって言ったか?(真顔で包丁を構えるRTA走者)


【FILE:169】急がば回れ

 

 

「――ぜえはあうるっせえぞ、てめえ」

 

「がもがっ」

 

直前の苦しみから解放され、血泡を噴くはずの口を大きく開ける。

そこへ何かが無理やり口へ突っ込まれた。

 

「ごほっ!げほっ!な、なんで、縛られ……ごぁっ!?」

 

「てめえ、なに反抗してやがる。自分の立場がわかってねえのか?」

 

「あ、がく……ッ」

 

――ほんの十数秒前の出来事が、スバルの頭を掻き回している。

いくつかの混乱の後には、当然の理解がやってくる。

 

死んだ、のか

 

『あの猛毒の症状から唐突に助かるというのは、いささか無理があるだろう。そしてこの状況も。戻ったというのが適切だろうね』

 

それを確かめたことで、スバルの脳裏にはっきりとそれが浮かび上がる。

レムの限界と、そして襲撃者の憎悪の瞳。

ケイの気遣いと、そして何よりスバルの怠惰。

 

最後の最後、レムの心は戻っただろうか。一瞬でも話しかけてくれていた気がする。

 

『捨てた世界のこと考えすぎるんは、心に毒やない?どうせ確認できんってわかってるやろ』

 

その通り。それが正論だ。スバルは自分の見ている世界に手を伸ばす。それが自分にできることだと、『聖域』で決めた。

 

全部の世界を救うなんて自分にはできない。それがあるかもわからない。

でも、一つだけなら誰にもできないようなこともできるかもしれないのだ。

 

少なくとも、もう絶対に、彼女にあんな思いを味わわせたくない。

 

 

「ちょうど、水汲みにいったところで見つかってなぁ。悪いが、お前さんは俺たちの捕虜になったんだよ」

 

そう、強い思いを胸に抱いたスバルの前に、一人の男がしゃがみ込んだ。

柔らかい笑みを浮かべ、目尻を下げたその人物を知っている。――トッドだ。

 

この帝国兵だらけの陣地の中、唯一、スバルやレムに友好的に接してくれた人物。

帝国についてあまりに無知なスバルに根気強く付き合ってくれた男で、スバルとしても最初に彼に拾われたのは幸運だと思っていた。

彼が、スバルの言葉を理由に森を焼き払う選択を後押しするまでは。

 

「――――」

 

神聖ヴォラキア帝国では強者が尊ばれ、弱者は虐げられる。

剣に貫かれた狼をシンボルに、『剣狼』のみに生きる資格があると教える大国。トッドのようなメンタリティは、帝国では珍しいものではないのかもしれない。

魔獣がいると聞いて、森に火を放つ作戦が決行されたのも頷ける在り方だ。

 

ただし、スバルはもちろん、ルグニカ王国の大多数の人々とも相容れないだろう。せいぜいが、合理主義の塊であるロズワールぐらいだろうか。プリシラも、そこまでしない気がする。

 

『思いつきはするけど、色々理由つけてウチもやらんね。書記君は当然として太陽姫さんならやるんとちゃう?』

 

なんでもない。今のはスバルの覚悟を固めるための言い訳だった。それに気づいた。

 

いずれにせよ、今度は森を焼け野原にさせない。他でもないスバルがそう決めた。それは自分のためでもありレムのためでもある。

 

そして、もう一つ。決めたことがある。

 

 

 

 

 

 

「永井君。おはよう」

 

まるで刺激臭を嗅がされたかのように飛び起きるもう一人の男。

 

「おいおい、何しても起きなかったってのに。すごい合言葉があるもんだな。いや、その反応は嫌がらせの類か。何を言ったんだ?」

 

起きてた方に質問しているつもりだった。

けれど、その返答は明後日の方角に行われる。

 

「拘束された女の子二人。彼女たちは絶対に無事で切り抜ける。これは、決まりだ」

 

トッドの言葉に返すようでその実、全くトッドに向けては言っていない。目は真っ直ぐもう一人を見つめて言った。

 

トッドの眉は疑問に歪む。それはそうだ。

仲間のうち片方を叩き起こして、まるで命令でもするかのように目的を。いや、条件をつけた。

 

これがトッドたちに向けられているのなら理解できるが、そうではない。だから、不気味だ。

 

「さっきから聞いてりゃ、囚われの身の自覚が足りねえ奴だな、てめえは。まず聞かれたことに答えろよ、なめてんのか?ああ?」

 

イラついたジャマルの暴行が行われようとする。手を踏み躙るつもりだろう。指を折るぐらい今のジャマルなら容易にやる。

 

「やめろ」

 

底冷えするような声でそれを止めたのはトッドである。

だっておかしいだろう。さっきの発言は、この場で一番裁量のあるやつに言うべきだ。

見た目ならジャマルに。実力的には自分に。その発言をするべきだ。

 

それを全て無視して、こいつはこの男に釘を刺した。

それが意味する結果はこうだ。

 

この男が、この場を制圧できると言うこと。それを目つきの悪いこいつは一切疑っていないということだ。

 

混乱して狼狽えるようなら、ジャマルの横暴とトッドの温和な態度で懐柔する予定だった。

敵なら即座に殺せばいい。

 

不気味だが、確かめないといけない。

 

起きた男もこの状況に混乱一つせずに、今の言葉を聞いた。

 

「わかった。それで、どうする?」

 

その目はこちらの処遇を問うていた。つまり、こいつらをどうすればいいのかと聞いている。

 

やるんなら早い方がいい。当たり前だ。

 

即座に動き、ナイフを片方の首に当てた。

 

「なあ!?っなんでっ!」

 

その流れるような動きに、目つきの悪い方は対応できない。縛られているにしてもこの反応の遅さ、こいつは戦えないらしい。

やはり、こっちが貴族であっちが用心棒のようなものか。

 

こっちの反応は普通、そしてあちらは?

 

「で、どうする?」

 

平静そのもので質問を続行。こいつは、危険だな。焦りがない。余裕で対処できるか、それとも殺されても良い関係性ということか。

 

警戒を最大まで高め、そしてトッドはあらゆる手段を模索し始めるが。その思考は中断された。

あまりに予想外の一言によってだ。

 

「殺しはなしだ。穏便に近くの街まで送ってもらおう。それが、ベストだ」

 

『べすと』という言葉は知らないが、意味は伝わった。

だからこそ意味がわからない。なんだこいつは。何を言ってる?

 

 

「……わかった。そうしよう。こっちに敵対の意思はない。縄を解いて、ナイフをしまえ。危害は加えない」

 

「っおい!こいつら何様のつもりで!トッド!何に気づいてんだ!これでいいのか?」

 

トッドは速やかにナイフを動かし、拘束を断ち切った。

 

「ああ、お前さんらとことを構えるのは、荷が重そうだ。給料に対して割に合わんよ。むしろ味方したほうが、いいかもしれない。ともあれこれは『将』が判断する内容だ。俺らはただ愚直に報告、だな。非礼を詫びよう、本当に穏便にすませてくれるなら幸運だな」

 

「最初と言ってること違いすぎ…いやそうでもないのか?や、やっぱマジで貴族ってことかよ」

 

ヴォラキア帝国貴族に靴を食わせたかと思い、義兄が慌て始めるがおそらくその心配はない。

 

「お前さんたち、帝国貴族じゃあないだろ。でも、貴人のような態度と持ち物。魔造具なんて初めて見たぞ。客分か?それがどうしてあんなところで、こんな格好をしてたんだ?いいか、これはどこであっても聞かれる当たり前の質問だぞ。上官に報告するから、まともな説明をしてくれると助かる」

 

ケイは魔造具を二つも身につけていた。これは帝国においてはおいそれと手に入るものじゃない。

 

残った拘束を解きつつ、質問をすると。

後から起きた方が口を開け、それを目つきの悪い方が手で制した。

 

「俺たちの詳細は言えねえ。でも、伝言頼めるか?ドラクロイ上級伯にさ。こう言っておいてくれ」

 

『緊急事態発生。三色の道化への土産は無事。至急回収されたし』

 

そこまで言い切ると、互いに目で意思疎通をまたしている。

何かが交換されたらしい。

 

不気味だ。こいつらは。

帝国貴族にあるまじき軟弱な姿勢と、それでも感じる実力の雰囲気。今まで会った事のないチグハグな脅威であると本能が叫んでいる。

 

上級伯という大物を当然の顔で出してきた。確かにかの飛竜であれば、妙なところでの遭難には説明がつく。しかし三色の道化とはなんだ?オスマン二将ならわかるのか?

 

 

「ああ、伝えてくるさ。できれば大人しくしていてくれよ。女の子たちに会いたいなら案内もさせるとも」

 

「いや、大丈夫だ。無事なら、それでいい」

 

トッドは、こいつらからいち早く離れたかった。両方とも命をなんだと思ってるんだ?気持ち悪い目をしやがる。特にあっちの嫌な目をした方はダメだ。あれを殺せる気がしない。

 

自分のテントとは逆位置のテントに軟禁しよう。そう決意して、上官の元へと駆けていく。

 

気持ちの悪い、不気味な何かから本能に従って距離を置くために。

 

 

 

 

 

「よし、詳細を相談するぞ」

 

指定されたテントに案内され、スバルと二人きりになれた。

 

スバルは明らかに『ロード』をした状態だ。それをケイに知らせることまであの場でやってくれた。

その指示の意図はわからないが、それを尊重する方向で進めれば間違いはない。

 

けれど、それに盲目的に従うことは最善ではない。

スバルにも見落としはあり、それ以前に検証中であれば失敗を恐れない挑戦をしている可能性もある。

 

失敗しても次に活かせるのは彼だけだ。

こちらは毎回を全力で生きるしかない。

 

そしてここからは、筆談で行う。

どんな聴覚をしているやつがいるかわからないし、加護や魔法、ヴォラキアには魔眼族やその他特殊な能力を備えた少数民族が多くいる。

 

それらを警戒する上で、日本語による筆談ほど効果的なものはない。

 

『あれはどういう意図だ?殺さないというのはどこまでを指してる?』

 

『森にいるシュドラク、ここの帝国兵もできれば。ルイもだ。できるだけ誰も殺したくない』

 

ケイはその文章に思いっきり眉をひそめた。

 

『その理由は?なぜ殺せない?』

 

『人を殺さないってのは、そんなに変なことか?むしろ殺す理由なんてそうそうないだろ』

 

『いいや、人が人を殺すというのは世の常だ。それをしていない異常な状態を平和と呼ぶんだよ。日本ですら先払いした血の代償に一時的に守られているだけだ。ルグニカは成り立ちも現状も土台からして全部がおかしい。こっちの方が普通だよ。最善とは別だけどな』

 

スバルも、それはわかっている。一人ならまだしもアナスタシア達の記憶があるから。でも、引くわけにはいかなかった。

だって、そうじゃないと…

 

『そんなのは、おかしいだろ。ケイなら、できるんじゃないのか?殺さなくてもやれる方法だって、思いついてるんじゃ…』

 

ケイはスバルを見た。

その内心を隠しもせずに見ていると、スバルは声を出す。

 

「いいよ。言ってくれ。正直に、いこう」

 

そう言われて、ケイは猛然と書きつけた。スバルの要請についての素直な気持ちをだ。

 

『いいか。僕たちに余裕なんてない。すぐに戻るべきだ。だいたい、僕一人なら今すぐに一瞬でルグニカに戻れる。今こうやって丁寧に安全を確保しているのはお前のためだ。それに付随してレムを守っているし、ルイを殺さないことにも同意した。だが、狩人たちも殺さない。軍人も殺さないなんてわがままには付き合ってられない』

 

ため息をつくと落ち着いたようで、次の文章は滑らかに描かれていく。

 

『とはいえ、こっちの内情については知らないんだよな?それを知らなきゃ勝手な言い分だし、説明する』

 

「聞いてない。何が、あったんだ?」

 

『カルステン領は、『暴食』と『色欲』が仕掛けた内戦を戦ってた。王国南部の貴族連盟軍と戦闘が終わっていないんだよ。停戦したとしてもその事後処理もしなきゃいけない。逃げた『色欲』がまたすぐ襲っているのかもしれない。いいか。本当に余裕がないんだ。フラフラと目的を増やすのはいい。だけど、僕を当てにしてそれをするのはやめてくれ』

 

『やれるなら、プランを聞かせろ。すでに固まってるなら手伝いはできるが、検証のために使われるかもしれないのが怖いんだよ』

 

監視塔攻略に最初から参加できなかった理由を聞いて、スバルは衝撃を受けたようだった。

ケイがいち早く戻りたいというのも、スバルたちのために残ってくれていることにもここで気づいた様子である。

 

論理は全て、ケイの方にある。それをスバルも認めた。

 

スバルは憎悪に塗れたあの顔を狩人の少女にさせたくない。しかし、これは自分のわがままだ。それとレムを天秤にかけることなんてしちゃいけない。

 

悩む。悩む。疑う。考える。そして、あの声を思い出す。

 

立ちなさい!

 

 

そして、方針は決まった。

スバルは言葉を紡ぐ。

 

『それでも、死んでほしくない。これは、俺が前を向き続けるために必要なこと、だと思う』

 

苦渋の表情で、殺人を忌避するスバルには以前にはなかった葛藤が見える。

 

スバルに変化が起きている。塔で何があった?

 

『悪い。俺はもう、人を殺せない。大罪司教くらいじゃないと殺すことを議論もしたくないんだ。これ以上それを許してしまったら…』

 

『それをしたら、具体的にどうなる?』

 

『多分、そうなったらもう。戻れない気がする。まずは目の前が真っ暗になるかもな。視覚を失うくらいで済めば、最高だ』

 

ケイはじっくりと考え込んだ。そして話し始める。

 

『理屈は理解した上で、ただの慈悲や同情だけじゃないならそれでいい。極力殺さないで進める。それは感情論でもあるが、現実的な制約だと思う。お前が甘いというわけじゃない。向いていないんだよ単純に。それは悪いことでもない。お前はこれ以上、人を殺すのを見ない方が良いかもな』

 

「おいおい、ケイにフォローされてメンタルケアされるなんて、やっぱ俺結構危ないとこにいるんだな実際」

 

そこからは、対話を交えつつ要所で筆談を行なっていった。

スバルはどんな情報が伝わればどうなるかを伝えていく。

そして、まだ伝えられていないことも全て話した。

 

魔獣が発見されれば、森が焼かれるということにケイは当然だろうと頷いた。

 

『あれだけ活発な魔獣がいて、お前がいる。魔獣の発見は時間の問題だ。というかここに来るかもしれない。それを防ぐ必要がある。あとは、そのナイフの男だが…』

 

 

方針は、決まった。

伝えられていなかった魔法と佐藤の話も済んで、次の動きに備えることになった。

 

 

 

 

致命的な踏み外しをしてはいけない。ケイはそれをどうにか気をつけている。上手くいっているのかはわからないが。

 

きっとすぐにスバルがルグニカに戻るようなことは筋書きにない。僕がいなかった場合に起こることを邪魔してはいけない。

スバルならどうする?僕がいなければどうしていた?きっと彼は森へ向かった。そしてシュドラクを助けるのだろう。

 

顔を隠した男とこの軍人たち。それらとどんな関係になるにしろ、きっと関わった末に殺さずそれは達成するのだ。

 

悩む。すでに関わって状況が変わってしまっている。あのトッドという男は警戒を上げている。部屋の周囲には罠と警報。獣人で固めている周到さだ。

 

 

決めた。スバルを森へ連れていく。その男の素性と経緯だけは見届けて、そこで離脱をしよう。スバルが救うと決めた時点でどうせシュドラクは救うことになる。ならその手伝いをするくらいなら大丈夫だろうか。

 

わからないが、やってみるしかない。

 

 

 

 

その日の夜。厳重な警戒網をものともせずに何者かが陣地に突如侵入した。

包帯と帝国兵のローブで身を隠した大男は例の怪しげな二人と荷物を奪い森へと逃げた。

暴れる二人を大男が抱えて逃げた姿が目撃されている。

 

翌朝に、魔獣の痕跡が複数発見されると当然の流れで焼き払う策が出される。

ドラクロイ上級伯の関係者を森ごと焼くことはできないと強硬策は潰される。

魔獣を警戒しつつ森を探索する消極策に変更され、それに一人だけ強硬に反対する者がいたが覆ることはなかった。

 

 




今後IBMの発声は通常のフォントでいきます。
やりたい事はやれたので、読みやすさと書きやすさ重視に変更しやす!

今までありがとな!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。