「まさかま〜ぁさかだね。要請を受けて急いで飛んできた甲斐があるというものだ。あのザーレスティア様と契約を交わすとは、歴史上でも類を見ない偉業と言えるね〜ぇえ」
ロズワールは素直に驚いているらしい。
「申し遅れました。大精霊様。私はロズワール・L・メイザースと申します。彼らとは協力関係にあり、先の『光珠』奪還についても当然協力させていただきますよ」
ケイが知らない、今まで見た中で最も丁寧な印象の礼を行った。それはともすれば王族に示す以上の敬意であり、パックへ向ける態度とも一線を画していた。
それは失われた古き作法であり、それを知るものはもはやいない。
頭を下げるだけでも大貴族としての迫力を醸し出す。意外な一面を見せつけていた。
「な、何よ。少しは敬う心を持ったマシな人間もいるみたいね。それに私は騙されてないしっ!予定通りなんですけど?」
へこたれていたザーレスティアも立ち直って、どうにか高飛車に取り繕うところまで持っていけている。礼儀ってすごい。
「ていうか、ものすごく早いですね。依頼についてもこなした後であれば驚異的な早さだ。感謝します」
ケイがロズワールに感謝を伝え、そして今後の展開についての話になった。
「約束通り『ゲスト』も連れてきてはいるけ〜ぇれど。ちょっとこの場に連れてくるのは刺激が強そうだ。西方領の精鋭軍もあと一週間ほどで到着する。後続もね。それより先に大精霊様の懸念について対処すべきでしょ〜ぉね。そこには『色欲』もいるのだろう?」
「ええ、そうですね。凄まじい勢いで『色欲』を刻んではいましたが、おそらく致命傷にはならない。負ける要素はあまりなさそうでしたが、不安材料もある。三日三晩殺し続けるくらいはできるでしょうが、今は限界もあるかもしれない」
ケイは状況をまとめて判断を下した。
「『色欲』を壊し、光珠を奪ったレーゼもまた無力化する。そしてとっとと、この戦争を片付けて別の問題に対処しますよ。この問題というのは主に、辺境伯。貴方にとっての問題なのですがね」
疑問を浮かべつつも余裕を崩さないロズワール。なんのことかなと微笑む道化はしかし、スバルを取り巻く状況を耳打ちして伝えると流石の彼も動揺していた。
はぁ?と声出さなかったことを賞賛するほどの荒唐無稽な話が伝えられ、そして頭を抱える道化が残った。
「いやはや、君も彼もどうして
軽薄な様子も流石に薄れる。
まだスバルについてしか説明していないが、『暴食』とレムと一緒に帝国の反乱に加わっているという状況はロズワールの手のひらの上とは全くいえない。想像の埒外とも言っていい。彼は実のところ、イレギュラーな事態に強くない。予定外というものをほとんど経験せずに400年を過ごしてきたのだ。最近の激動の状況はロズワールを動揺させていた。
「では、早速ですが。我々は一度寝ます。それまで『色欲』を監視してください。万全の状態で挑みましょう」
お前、マジかという顔が向けられる。
「いいですか?僕はもう一週間以上はまともに寝れていない。情報処理能力が低下した状態で大罪司教と戦うべきじゃない。陣営のメンバーの疲労も見てわかるほどだ。これは立派な作戦です。炉は動かし続ければ割れるし、燃料がなければ火は消える。つまり、寝て食わないと人は当然壊れるんですよ。当たり前でしょう」
あっけらかんと言い放つケイに反論する者は…いた。
「あったり前なわけあるかぁ!今すぐ行きなさいよ!全力で取り返す約束でしょ!?なんで寝るわけぇ!?意味不明なんですけど!」
「全力で取り返すのが契約です。だから僕は一度寝る。これが全力ですよ。嘘偽りは契約があるのだからできない。今すぐやりたいなら最短でと文言に入れるべきでしたね。ということで、全力で寝ます。ティア様おやすみなさい」
「だぁれがティア様よ!いい?ケイ!あんたはねぇ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ大精霊と新人精霊術師は相性が良さそうだった。
それに異議申し立てるようにクルシュが混ざり、ローズやフェリスも参戦していくが。中心人物の永井圭はすでに横になって眠り始めていた。
「ケイ様を起こさないでください!!死ぬほど疲れてるんですわ!」
一番でかい声で注意するローズ。それでもケイは、全ての雑音をシャットアウトしたように眠っていた。
その無防備な姿は、状況判断の結果か。それとも仲間たちへの信頼が生み出すものなのか。
自ら無防備を晒した記憶がほとんどないロズワールは、そんな若者とその周囲の人々を眺めて感慨に耽るのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
目が覚めた。
ゆっくりと目が開くまでの短い時間。
高速で思考が回るこの時間が、永井圭は嫌いではなかった。
これまでの疲れがすっかり抜けたように、頭の中は驚くほどクリアだ。
まるで新しい風が吹き抜けるように、思考は澄みわたり、心まで軽く感じる。
そういえば、物理的にリセットされているはずの亜人が、記憶を持ち越せるのはなぜなのだろう。
記憶だって物理現象だ。シナプスの構造や働きが変形しなければ記憶が持ち越せるはずがない。
そうすると、二つの仮説が生まれる。
亜人という特性。不死の定義にも『記憶』が含まれているという説。
こちらの場合はきっと、亜人は宇宙の法則でもなんでもなく人の意識。オグラ博士が言っていた生きたいという欲求が生んだ宇宙のバグのようなものではないだろうか。人の認識が関わってくる可能性だ。
こちらの場合、宇宙にとって人間は特別な存在ということになる。それとも一定以上の知性を育てた種族には許されている特権のようなものなのだろうか。
記憶は脳ではなく、魂とも呼べる別の何かに書き込まれていてそこから読み込んで再構成しているという説も考えられる。
これなら宇宙が忖度してくれているのではなく、人間にはまだ認識できていない魂というものがあってそれを利用しているだけという自然現象として語れるだろう。
ケイは以前なら後者の説を考えただろうが、今はどうにも前者の仮説が怪しいと睨んでいる。
正しい。ではなく怪しい。
この世界の違和感はわかりやすい。元の世界はそれなりに未知は多かったが綻びと言えるものは亜人くらいなものだった。
人為的かそうでないか。その違いだ。
この宇宙は明らかに誰かの人為的な介入がされている。人に造られた箱庭であると言った方が納得できるほどだ。
この異世界には目的がある。筋書きも。
元の世界には目的はなさそうだった。意図が見えない。
『いつぞや例えていたけれど。それこそこっちは恋愛シミュレーションで。元の世界は特にエンディングもないシミュレーションなのかもね。亜人なんてバグみたいなものじゃない?』
非常に納得させられる。
この世界の意図は何か。それはナツキ・スバルを中心に展開されている。
ただし、それだけとは思えない。スバルの力があるならば、僕は必要ない。むしろ邪魔だろう。
なぜ僕はここにいる?誰の意図だ?それはスバルを望んだものとは違う誰かじゃないのか?
「ケイ。起きましたか。よく眠っていましたね。問題はありませんか?」
思考はここまででいい。
この世界がなんだろうと、誰がいようと関係ない。僕は僕でしかないのだから。
「お待たせしました。じゃあ、やりましょうか」
起きたら夜だったが、おはようと挨拶を交わして切り替える。
ひとまずは、しつこすぎる『色欲』をいい加減にぶっ壊そう。
先の襲撃があった地点にはいまだに戦闘の音が響き。剛風が荒れ狂う。
周囲には壮絶な傷跡が刻まれている。
山ほど巨大な獣が、大地で爪とぎをすればこんなふうになるだろうか。
土には大きな溝ができ、岩肌が露出しているほど地面が捲れたところもある。
あまりに節操がなく、統一された意思もない。
蜂に襲われた山ほど大きな熊が狂乱して暴れたら、こんなふうになるかもしれない。
その全てに流線型の風が刻みつけた跡があり、その分だけ何かが殺されたのだということだ。
大精霊の力を得たレーゼは、もはや意識を保持していなかった。
自身の殺意と、ザーレスティアの殺意が共鳴し溶け合った。ここにいるのは二人の融合体のようなものだ。
レーゼの体をマナで覆い、見た目はザーレスティアとなっている。
思考はどちらのものでもない。主体などどうでもいいと両方が思っていたから。
ただ、殺せれば。それだけでよかった。
殺す。殺す。殺す。殺し尽くす。
ついに見つけた怨敵が、ようやく目の前にいる。喜怒哀楽の全てが殺意に変わり、相手を貪るように殺した。
「いいっ加減にっ!しろってんですよ。このノータリンが!話も通じないし人間でもないってんならいよいよアタクシ様が関わる意味がねえってのに!」
そして幾度目かもわからぬ脱出をどうにか果たそうと、距離を空けるが風はどこにでもある。
決して生き物は大気から逃げられないのだ。
それでも、どうにか活路を見出そうとした時に、波が来た。
「あああああ!!!!あっぁぁっっっっぁ」
禁断症状がカペラを襲い。何もできなくなる。
敵が目の前にいるのに、地面を殴り、そこらの石に噛みつき始める。
風で頭を飛ばされると、しばらく正気に戻れるのだった。
「くっそっ!こんなっ。ふざけた事が、アタクシに!」
虚勢と悪態をつけるうちはまだいい。
だけれど、急にくるのだ。あの感覚が、やってくる。
「あああああ!やだ!やだやだやだ!どこ?あれは?どこなのぁ!?」
吐くものもないのに嘔吐する。縋り付くものもないのに何かに抱きつき、空ぶって転ぶ。
殺されて正気に戻り、すぐに狂うというループにハマっていた。
これは、本当にまずい。
もしあいつらがまた来たら。本当に…
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「随分仲良くなったんだな?」
バカにするような言葉と共に、何度目かもわからない熱線がカペラの胸を穿った。
「やっと来てくれた!!こんの屑肉ガァああ!」
「もう限界だろ。ほら、これやるよ」
すでにケイはその薬をガラスの短剣にも杭にも入れていない。必要ないと思ったから。
無造作に投げた薬品の入った陶器をカペラは全てを投げ打って必死に拾った。
ビーチフラッグの飛び込みのような美しい跳躍だった。
「あああ!!丁寧に扱え!ありがとうございます!殺すぞ!」
もうこいつ誰だよ。
そして殺し続けるレーゼを無視して、体に一際大きな口を生み出して、その陶器ごと薬品を取り込んだ。
体が震える。今まさに訪れる至福へと全ての感覚が研ぎ澄まされて、そして待ち侘びる。
あの幸福が、ようやく。
ようやく…
「渡すわけないだろ。バカかお前は、いやバカだったなお前」
「ああああああああああ!!!!!!」
今まで生きていた中でいちばんの激情をぶつける。そのために体を動かそうとするが、邪魔な風に切られる。
邪魔な風が増えた。
黒い着物のメス。白い着物のメス。羽生やしたコウモリのメス。
前に、進めない。
「あれが、ないと。アタクシはあたしは。私は…」
バキン。と音がした。
体が、燃えるように熱くなっていることに気づいた様子のカペラは。正気も狂気も一瞬忘れて、問いかける。
単純な問いだけが、魂から出てきた。
「お前、何した?」
「ようやくかよ。どれだけ耐性あるんだ。権能はどうせゲート使ってないだろうし、本当に規格外だよお前は」
ふーと。息を吐いて、努力がようやく実ったのだと笑顔になる。
「それはまた別の薬。今までの麻薬にもそれは混ぜてたから初めてじゃないが。ここまで大量の摂取でようやくか。急性と慢性の症状を両方出せそうでよかったよ」
血管が内側から爆ぜる。体が膨らむ。マナが暴発して、肉が裂ける。
全部権能が元に戻して、それを繰り返した。
永井圭は横にあった草むらから、目当てのものを探し出しカペラに見せつけるように話し始める。
「ボッコの実。これを知った時、すぐに悪用できると気づいた。『ヘクセル』知ってるだろ?お前は今まで試したこともあるはずだ。でも効果がなかったから無視したんだろう」
「耐性には抜け道がある。その上で高い致死量もあるだろうお前には、『ヘクセル』を濃縮した特別性の薬を与えた。それを飲んだ事があるのはこの世で二人だけ、僕とお前だけだよ。それ、酷いだろ?」
ケイが魔法を使えなかった頃試した事がある。フェリスが接触した時に起こすことができるマナの暴走。
それを一人で起こす手段を模索した結果。見つけたのはボッコの実であった。スバルがゲートを壊した一因を思い出し、濃縮して丸薬にしてもらった。
調べると当然ながらすでに既製品はあったため。その濃度をさらに上げたものを作ってもらったのだ。当然違法だったが。
普通の人間が摂取すればマナの爆発によって即座にゲートが壊れるほどの劇薬に仕上がった。
白鯨戦において、ケイは火の魔石を厳重に保護して竜車に載せておいた。外部からの衝撃と圧力になら相当に耐えられる鋼鉄の箱に隙間だけを空けてだ。箱には槍の穂先も付けて、あまり噛まれないようにしておいた。
ここまでしなければどんな衝撃で爆発するかわかったものではないし、飲まれた際に浅いところで爆発しても威力が勿体無い。
しっかりと胃まで到達したのちに起爆する方法が必要だった。
それがこの丸薬である。
何度か死にながら複胃の奥に到達し。その箱に手を差し込んで丸薬を噛む。すると巻き起こるのは風と火の大爆発というわけだ。
それを今回は、『色欲』のゲートをぶっ壊すという作業に転用した。
治癒も作り直しも、基本的に肉体に作用するものであり、ゲートやマナ。オドについては変更されない。
水門都市のハエにされた人々を研究した結果分かった事だった。
こいつは自分の権能のヒントをばら撒いて悦に浸っていたバカである。バカには相応しい終わりというものがあるのだ。
「ギィ!ぃぃや。いやぁ!!!」
必死に何かを押さえつけようとするカペラは、何もうまくいっていない。
精神を壊すだけで安心などできるものか、こいつを捕縛して治療をさせるということも考えはしたが、危険が大きすぎる。
こんな狂人を当てにするなどあり得ない。大罪司教を頼ってはいけない。大罪司教を許してはいけない。大罪司教は生かしてはいけない。
あまりに当たり前すぎる。常識である。
変異させられたものたちは、龍の血で治すべきだ。
あの黒いティアが攻撃を躊躇うほどの、マナの高まり。そして断続的な破裂。
そして、その破壊は止まらない。どれだけ押さえ込もうとしても、すでに決壊して…
今のうちに追撃だ。よしやろうと思った。その時。
目の前に何かが現れる。
いや、新たに移動した発生したというよりはまるでそこに最初から居たかのような。
そんな唐突な登場だった。
一人の少女がそこにいた。
長く透き通る白金の髪は、まるで降り注ぐ日の光に形を与えたように甘く輝き、細い肩を伝って背中に流されている。
長い睫に縁取られる双眸は世界を閉じ込めたように深い青で、整いすぎた顔立ちは神すら指を触れることを躊躇うほどに精緻な造形美。
小柄な体は風に抱かれることすら危うげに思えるほどに可憐。
彼女に誰もが見惚れるだろう。この場所に常人が存在できていればという注釈がつくが。
その美しさの機微の全て。全部を無視するこの男が、敵意をしっかり滲ませて少女へと話しかける。
厄介そうだ。なんて辟易しながら。
「お前は、魔女か?」
「ああ、素晴らしい洞察力です。私は確かに他者から『虚飾の魔女』と呼ばれ、名乗ることもありました。パンドラと申します。この美しき土地で、あなたと出会えたこと。こんなに喜ばしいことはありません。以後よろしくお願いいたしますね」
「この惨状が美しいというのは同意できませんが、『虚飾の魔女』ですか。初耳ですね。それより、
「いいえ。彼女はきっと立ち直ってくれます。人の可能性というのは時に予想を上回る。生命の輝きというものは測れるものでは無いです。今は何より、失われようとしているかけがえの無い命を救いに来ました。私の微力であっても誰かの役に立つのなら、どのような苦労も厭いません」
『だって
カペラが消えた。
そして、同時に遠くで転がっていた大きすぎるカブトムシが人に変わった。
へえ。新しい反則か。なぜ僕たちを直接どうにかしないのか。それはこれが予定通りか、できないからだ。魔女因子は反則だけど万能じゃない。できないだろうと当たりをつける。
さぁ。こいつがどう出るか。ラインハルトを今すぐ呼び出したいが、ここで派手に暴れまくれば来てくれないだろうか。
「私はこれから司教と話さねばなりません。私の大切な友人を置いていきますので、よければ仲良くしてください。きっと友人は旧友との再会に喜ぶでしょう。またお会いできることを、心から楽しみにしていますよ」
クルシュが風を飛ばし、ロズワールが火を降らし、そして二人のザーレスティアがパンドラを名乗った少女へと風を浴びせる。
この世界でも最高火力の攻撃にさらされ、無惨に弾け飛ぶパンドラの体。
次の瞬間には、無傷の彼女が微笑んで立っていた。
そして来た時と同じように、少女は一瞬で消えた。そこに最初からいなかったかのように。
代わりに何かがそこにいた。
10mを超える巨体。四足の足が地を踏んで揺らす。
その頭部は大きく、胴体ほどもある。
そこに大きな角が頭部から生えて、他にも口の横、鼻の上にも二本ずつ角が生えている。
地竜の一種にトリケラ種という角が発達した種類がいるが、それに少し似ているか。
背中には魚の背鰭のような赤い突起が並んでおり、毒でも持っていそうな雰囲気だ。
胴体からは太い尻尾が伸びており、その先にも角のようなものが生えている。
全体的にずんぐりとした印象であり、眠そうな瞳に威圧感はない。
しかし、
ケイはこの存在を知っている。報告で詳しく聞いた通りだったから。
死んだはずの大魔獣『ジャイガ』が突然に現れた。
「これが友人?あいつ、絶対友達いないでしょ。かわいそ〜。人の話とか聞かなそうだものね!」
人の話を聞かず友達が
ケイも、クルシュも、フェリスも、ロズワールも友人の数についてはノーコメントだ。
黒竜であるギャレクだけが、気まずそうに低く呻いた。
黒竜よりも友達がいない、最強の精鋭たちと大魔獣との戦いが始まる。
空には場違いなほど綺麗な満点の星が輝き、風たちが殺意を歌う。
気の触れた風が、
僕たちは友達が少ない、人間強度が下がるから
ちなみにボッコの実の濃縮薬はマジで10月時点で設定考案してました。
その後ヘクセルが出て凄まじく興奮したものです。やっぱりあった!あったんだ!!