亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:181】幻指痛

扉を控えめに叩く音が聞こえた。

 

一体誰なのだろう。

 

礼儀作法は守っているが、どこか遠慮がちな『まるでこの部屋に入ることが嫌かのような』ノック音。

それくらいの違いはわかるのだ。

 

そして疑問を解決するため、扉にある穴を覗き込んだ。

 

この部屋には特殊な細工が施してある。機密を扱う部屋であったり牢獄であったりと、特別な用途に使う部屋の扉には、覗き穴がついているのだ。

それこそ王族や公爵であっても全員が知っているわけではない。嘘をつけない、偽りを避けるものたちには知らせてはいけないのがこの部屋だ。

 

ここは何か隠し事があるものしか使わないのだから。

 

魔石によって片方からしか見えないよう工夫をされている。だから訪問客を確認してから開けることができる。

 

当然、覗く。相手を確認してやろうと見てみれば、そこにいるのは近衛騎士たちだ。

 

まずい。

 

必死で叫ぶ。自分の子供達に、あれを早く隠せと。

 

はて、何を隠すのだったか。

いや、その前に自分が使ってしまう方が早い。

 

誰かに取られるくらいなら、あの薬を飲んでしまった方が…

薬とは、なんだ?

 

あれ?なんで近衛騎士なんかに、怯えているんだっけ?

自分がそんなものにどうこうされるはずがない。

 

あの反則だらけの剣聖ならまだしも、他の騎士であれば何でも一緒だ。むしろ相手がこっちを恐れるのが当たり前で…

 

そんな当たり前に腹が立つ。

誰が怖がれと言った?誰が嫌悪しろなどと言った?

 

ずっと言っているのに、なぜできない?

 

愛さえすればそれでいいのに、なぜ愚鈍な肉塊たちは誰しもできないのだろうか。

 

アタクシを愛せ。

 

たったそれだけだというのに、なぜそんなこともできない無能だらけなのか。

全くわからない。

 

人の話も聞かない。腰を振るしか脳がないクズ肉どもは救いようがない。アタクシしかそんなカスどもを愛してやることはできないんじゃないか。

 

 

もう一度、覗き穴を見てみる。

 

そこには、白い少女がいた。眼が合う。アタクシはまるで雷に打たれたかのように、その穴から離れようとする。

 

だけれど体が動かない。

 

パンドラ様の体から白い蝙蝠が生まれていく。それが穴を通ってこっちに来た!

 

いや!やめて!

 

何を言っても、手を振っても関係なし。

 

白い蝙蝠。このカスみたいなメス肉はアタクシの周りをキーキーと飛んで、風を起こす。公爵コウモリだ!忌々しい。

痛い。痛い。痛い。

 

なんでこんなことをするのか。

 

全部、あいつのせいだ。このメス肉も。何もかも、あいつさえいなけりゃ、愉快なおもちゃの、愛しいおもちゃのはずだったのに。

 

ハッとして鏡を見る。手に持っていた鏡に映っているのは。あの男だった。

黒髪黒目で、無表情。いつも何かを考えてそうな悪質な目つき。

 

それが鏡を通してアタクシを見ていた。

 

そして、笑って勝ち誇る。

風がアタクシを刻み続ける。

 

体が内側から発火する。ダメだ壊れる。壊れてしまう。熱いアツいあつい。ひび割れる。漏れる。

アタクシの中身が壊れていく。

 

それが限界に達して、そして…

 

ああ、これ、夢か。いや幻覚か…

唐突な自覚と共にうっすら意識が浮かび上がる。

 

 

何を、していたのだったか。

誰と、話していたのだったか。

 

私は、何を。

 

 

いや、アタクシは…

 

 

「カペラ・エメラダ・ルグニカ司教。目が覚めたのですね」

 

その声にカペラの意識は急激な覚醒を果たす。

 

 

目の前には、バラバラになった小屋の扉。

どこかの農村だろうか。貧相な小屋ではあるがきっと村長か何かの家だったのだろう。

 

どうやらこれをやったのは自分らしい。

 

左手には、握りつぶされた手鏡もある。

 

 

さっきのは、夢?いや、でもアタクシは起きて動いてた?

 

一体何が…

 

 

そして考えられるのはそこまでだった。飢餓感が、飢えのような苦しみが。

全身を襲った。

 

「ガァ!!あああああああ」

 

ヒューヒューと。ただそこに這いつくばって息をするだけで辛い。死ぬ。死にそうだ。

 

死ねるならまだマシじゃないか。こんなの、こんなのは。表現の方法さえ思いつかない。

 

ただ力一杯に暴れて、自分を傷つけてどうにか思考を保っていられた。

 

 

『カペラ・エメラダ・ルグニカ司教。落ち着いて私の話を聞いてください。どうか冷静に』

 

 

話を聞くのは当たり前だ。冷静になどと言われるまでもない。

 

「随分と、お久しぶりでじゃねーですか。パンドラ様はいつ頃いらしたので?」

 

「少し前に、あなたが心配で駆けつけてしまいました。とても辛い目にあったようですね。あなたの勤勉さこそ報われるべきだと、私は思います。いつも福音を現実にするのはあなたですから。私はあなたほど勤勉な司教を知りません。『あなたのゲートには何事もなく、いつも通り』で安心しました」

 

「パンドラ様にそう言っていただけるなんて、光栄ですねー。やりがいもあるってなもんです。とはいえ、ここのところは…あれ。アタクシってばそういや何を…」

 

脳の中で閃光のように何かが瞬いた。

 

地獄の苦しみが戻ってくる。最悪の欠落を思い出す。

 

 

「うぶぶぶぶぶぶうぶ」

 

薬指のあった所に噛みついて、左手ごと咀嚼する。

食べなきゃ。食べないとそだたたない。ゆびもどさないとはいちゃダメダメダメだめ

 

自分の肉と骨を吐き出して、また食べようとする。

 

 

『カペラ・エメラダ・ルグニカ司教。落ち着いて私の話を聞いてください。どうか冷静に』

 

 

なぜ、そんな当たり前のことをわざわざ?

 

「わざわざご足労いただいちゃったみたいで恐縮なんですが〜。一体どうしたんです?あれ、そういえば…」

 

『私の言葉に集中してください。お話をしましょう。細かいことは気にしないで構いません』

 

「はい。もちろん。それはいいんですが、何が聞きたいんで?」

 

カペラは他の疑問も抱かずにパンドラの言葉を待つ。それが当然というものだ。

 

「あなたは、なぜここにいるのでしょうか?このところ。福音の導きをご覧になっていないようでしたので。あなた程の人物がどんな事があれば我を忘れてしまうのかと、心の底から案じていましたよ」

 

「そ、れは。あとで、やろうと…」

 

「ああ、嘘はいけません。けれどあなたの直向きさを私は好ましいと思っていますよ。けれど福音の導きとは、そのような向き合い方は許されないとわかっているはず。仕方のない事情があったのだとわかっていますよ。カペラ・エメラダ・ルグニカ司教。私はあなたを理解したいのです」

 

ブチっと何かが切れた音がした。

そして感情の制御ができなくなる、この勘違いの肉塊をわからせなければ。

 

「うるっせぇんだよ!偉そうな黒幕気取りがっ!!そんなに大事なら自分でやれってんです!そこまで反則をやれんならさぁ!各地に目もあるくせに自分じゃあぜんっぜん働きゃしない老害の穀潰しが!!そのペラペラな服でバカ雄どもを誘惑してりゃ上手くいくとでも!?」

 

そう言って、変異させた巨腕でパンドラを叩き潰した。

 

「ざまぁみろってんすよ。ミンチ肉が…大体、オスメスもよくわからない謎肉が昔っから気に入らねぇってんです」

 

 

何か、忘れているような。そんな気がするが、気にしない。

当然そうだ。アタクシはそんな細かいことなど気にしない。

 

気にしない。気にしない。気にしない。

 

「元気そうで何よりです。身を削ってでもあなたが歩き出せるなら、それは本望というもの。さて、あなたは今頃別の場所でやるべき事があるはずですが。そちらに向かっていただいても?」

 

 

「そうしたいのも山々なんですがねー。問題がありまして、あれ、なんでしたっけ。ああ、そうだ。指。なんか指に関する事だったはずで…」

 

「なるほど、これは、根深いようです。お気になさらず、些細な事ですから。そもそも『あなたは無欠で完璧に綺麗な自分の指に満足しているでしょう?何の問題もない』と知っているのでは?」

 

「ええ、そうでした。カペラちゃん様が完全無欠ってのは当たり前ですし、なぁーにを気にしていたんだったか、気のせいってやつでしょうね」

 

 

カペラはいつだって自分を見るのが好きだった。特にこの美しき手と指は素晴らしい。

 

手の甲から指の関節、爪の先端に至るまで、自らの美しさに見惚れるように。ずっと見つめる。

金色の髪が風に揺れ、額を優しく撫でたが、彼女はそれにも気づかない。

 

磨かれた硝子のような爪に、淡く反射する空の色。

わずかにカーブを描く指の形に、呼吸を合わせて微細に動く筋。

そのすべてが、完璧だった。

 

彼女は口元を緩める。

恍惚とした笑みは、幸福ではない。陶酔だ。

 

全て完璧だ。『色欲』のカペラは深い笑みを浮かべ、ふと気づく。

 

「そういや、まだなんか忘れてる気がすんですが、何かご存知じゃないです?」

 

『いいえ、あなたはさっき戦闘をしなかった。薬品の記憶もなく体は再び作ったのだから問題はない』

 

「ええ、そうですけど。さっきから何を当たり前のことを言ってくださるんで?アタクシはボケちゃいませんが…」

 

「失礼しました司教。『当然、カルステン領やケイという相手のことも今は気になりません』あなたは素晴らしく、そして仕事熱心なのですから」

 

パンドラ様からのお褒めの言葉でカペラの気分は高揚している。こうしちゃいられない。早くやらないと。

そう思った次の瞬間には、福音に導かれた仕事先に立っていた。

 

 

子ども達がそこに待機しており、指示を待っている。

昨日から一緒に待機をし続けていたのだったか。グステコの寒さに文句ひとつ言わずに従うのは愛のなせる美しい姿勢と言えるだろう。

 

「さぁ〜て。いつも通りにお仕事ってなもんです。最近は左手薬指に指輪をはめるのが流行りなんだとか?みってくださいよこれ。アタクシ様の美しさを引き立てる見事な装飾だと思わねーですか?キャハハはは!!!」

 

自慢するように左手の薬指を見せつけて同意を求める。

横にいた子ども達が穏やかに微笑んで。そしてカペラを賞賛している。

 

よしこれでいい。いつも通りにやってやろう。自由に愛を貪るのだ。

 

「じゃあ、行きますか。これから会うお前は、どぉ〜んなアタクシが好きなんでしょうね〜?」

 

響く高笑いが闇へと消えていく。

 

子ども達は内心の不安を隠すことに長けている。

それができないもの達はすでに何かに変えられてしまっているから。当たり前だった。

 

だから誰一人、愚かなことはしなかった。

 

カペラの左手薬指など見えない。そんな無駄な真実を口にする愚者はとっくに死んでいたのだから。

親を指差す子どもは一人もいなかった。

 

幻の指は痛みを決して発さない。痛みをそこに溜め込んで隠すのだ。

何一つ気づかず『色欲』は誰かに決められた通りに、いつも通りに踊りはじめた。

 

 

福音の導きに『色欲』は踊る。踊り続ける。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

ルグニカへの帰還。『色欲』との対決。ザーレスティアとの契約。ボルドーの説得。

何をメインにしていいか悩むほど一気に事件が起きたものだが。それらから一週間以上が経った。

 

ヴォラキア国境付近にて、スバル捜索及びヴォラキア帝国救援部隊の首脳だけが集合している。

まだ兵達は来ていない。彼らが予告なく近づけば当然ながら戦争になるからだ。

 

 

「面会の許可が出たけれど。ドラクロイ上級伯はかな〜ぁり苛烈なお方だから失礼のないようにね〜ぇえ」

 

「話に行くメンバーは厳選しますよ。相手は一人だ。絞らないと失礼というより、邪魔ですので」

 

エミリア。ロズワール。クルシュ。ボルドー。アレク。そしてケイということで話はまとまる。

 

「そんなの、ここまで来てオットーさんまで入れないんですか?選定の理由がわからないんですけど」

 

ペトラという少女メイドが異を唱える。

ケイはその質問に一切子供扱いなどせずに真っ直ぐ答える。

 

「最低限、参加する人間には貴族としての格が必要だ。王選候補なら問題ない」

 

「でも、そんなあなたは平民じゃないんですか?そう聞きましたけど」

 

「実際どうかは関係ない。僕はヴォラキア皇族だと誤解されている可能性が高いしその噂を利用する。だから参加は必須だ。というか僕が皇帝と交渉したのだから入らない理由がない」

 

ペトラは簡潔な返答に納得したようで、そして慌てて礼を言い頭を下げた。

その疑問を持つ姿勢は好ましい。しかしメイドとしてはいかがなものか。

 

貴族でないものが許可なく発言しただけで叩き出されてもおかしくないのだ普通は。

ましてや社交界での失敗と違い、これから先は外交である。失敗は恥をかくだけでは済まない。

 

何かを間違えれば人が死ぬ。そこから数年に渡って死に続ける。

やはりエミリア陣営で暮らす元平民の少女ともなれば、貴族社会における社交には難があるのではないのか。

 

だって彼らは致命的な喪失を経験していない。なんでもなんとかなると思っている節がある。

それはスバルが育て上げた希望的観測であり、事実である。

 

彼女達の楽観を責めることはできない。だってそうやってうまくやってきたのだから。

 

 

だからこそ、今回の交渉はトップだけでまとめた。エミリアは基本的に勝手に発言しないと約束をしてもらう。

 

 

そのようなやり取りも踏まえて帝国へと向かうメンバーはケイが最終決定をしたのだった。

 

エミリア陣営からはベアトリス、ラム、オットー、ガーフィール、ロズワール。そしてペトラ、フレデリカというメイド二人は同行しないと決定。

 

非戦闘員のメイドまで当初は帝国入りさせるつもりだったらしいが、ケイは盛大に難色を示した。

不利な旗色に焦ったのか、ペトラがまたも直談判を行う。その行動こそが致命的だとケイに指摘され、あえなく居残りと相なった。

 

実際のところはケイは気にしないしそんな事実もないが、ヴォラキア皇族としての権威を行使しようとしている者と大貴族たちの会話に平民が勝手に口を出して良いわけがない。

それも注意された後だというのに。

 

スバルの影響で彼女はかなり危うい成長をしているとケイは判断している。

かなり現代的な価値観に育っているので個人的には話しやすいが、それと職務は別である。あとは主人であるロズワールへの不敬も節々に感じたため、やはり同行は許可できない。

それもどうせロズワールが悪いのだろうが、やはり子供は仕事と感情を分けることはできない。

 

それを求めることが理不尽とも言える。

 

こう言えばきっと子供扱いはやめろというだろうが、それは違う。

 

子供扱いと言うのは()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。周りに受容されているというのはまだ子供の証拠と言える。

 

 

彼女が不出来というわけではないし、むしろ優秀な方だろう。

けれど子供が子供として振る舞える環境の方が良い環境だとケイは考える。

 

ペトラという少女についてのケイの総評はこんなものだ。彼女は常識はずれのスバルに影響を受けすぎている。

スバルの元でなら問題ないだろうが、今はいないのだ。こちらに従ってもらう。

 

必然、子供を一人にするわけにもいかず、フレデリカも王国に残ることに決まった。

 

 

 

こちらの陣営で帝国へと向かうのは以下のメンバーだ。

クルシュ、フェリス、ケイ、ザーレスティア、黒竜のギャレク。

 

一応追加で戦力の当てはあるが、それでもこれで十分と判断している。

 

不在時に『色欲』を追い返す戦力は領地に必要だし、何よりこれから向かうのは帝国だ。

非常に高い確率で、悲惨なことになると予想している。

 

何より重要なのは逃げ足だ。フェリスが張り付いたギャレクは本当に落ちない。そこに乗れるだけの人員で向かう。

最低限の約束を果たし、最高の結果を持ち帰るためにこの内乱へと参加するのだ。

 

メィリィなどは議題にも上げなかった。当たり前だ。ケイは即座にメンバーから彼女を外している。

彼女を人と人が争う他国の戦場に呼ぶなど一切考えていない。

 

アウグリア砂丘においては相当に悩んだが、全員が死んでも彼女だけは生き残れる可能性すらあった場所だ。今回は全く異なる。

 

 

ケイは確かに常識を無視することは多いが、子供を仮想敵国の内乱に連れていくような非常識は絶対にしない。

あのケイローンの戦列を見て魔獣使いは参加させないのか聞いてきたロズワールには痛烈に断りを入れておいた。

 

 

他には、アレクシス・カスター公爵と賢人会のボルドーも一緒に帝国入りをする。

 

ちなみに、アナスタシア陣営はというと届け物をしてからカララギへと向かうようだった。

 

なんとロイを捕縛していたらしいユリウスは王都へと護送するらしかった。

レイドを打倒した時に、残ったのは意識のないロイだったとのことだ。陰魔法で封印をしつつ王都へと運びその後はカララギ経由で支援をするとの話になっていた。

 

『暴食』が殺されていないのは不安だが、まぁアナスタシアならなんとかするだろう。

この場からケイにできることはない。

 

『暴食』の処遇については、今後ゆっくりと取り組むとしよう。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

互いの国境の中心に位置する緩衝地帯。そこには無人の拠点が設置されている。

交渉などを行う施設だ。

 

灰褐色の石造りの拠点に、重い風を裂いて一体の飛竜が舞い降りた。

 

着地と同時、その背から飛び降りた女が、宙を滑るような動きで地を踏む。

舞い上がった砂塵が陽光を反射し、輪郭をぼやかす中、女傑の姿が浮かび上がる。

 

側付きの一人も帯同しないその姿を認めて、こちらも一人だけが静かに前に出る。

ロズワール・L・メイザースは歩きながら、大仰な衣装の袖を払って静かに微笑んでいる。

 

 

「やれやれ、このところ、私を訪ねてくる旧友は変わり種ばかりだ。おかげで退屈はしないのだがな」

 

そう言って、彼女――セリーナ・ドラクロイは額にかかる前髪をかき上げる。

その仕草ひとつで、場の空気が変わった。

 

緑の瞳が鋭く光り、唇に刻まれた笑みが野生のそれへと変わっていく。

すらりとした長身。肌を露出させすぎず、それでいて隠す気のない商船風の軽装。

腰に置かれた曲刀が鞘越しでも明確な圧を放っていた。

 

そして左頬――額から顎にかけて走る、真白な一閃の痕。

それが証明している。戦場で生きてきた者にしかない、命を懸けた軌跡。

 

それでも、彼女の美貌はそこにある。

 

『灼熱公』セリーナ・ドラクロイ上級伯。

 

それが目の前にいる女傑の名前と肩書きであり、ヴォラキア帝国でも指折りの大貴族の一人である。

そして、彼女と相対するロズワールにとっては、こうした事態に陥る以前から、国を隔てて交流のあった友人、と言えるだろう。

 

 

「ルグニカの重要人物達が、揃いに揃っているようだ。早速聞かせてもらおうか。なぜ、私に皇帝陛下からの連絡があったと知っている?そして皇帝からの信を得たという証拠などというものは一体なんだ?『三色の道化への土産は無事。至急回収されたし』とは一体なんなのだろうな」

 

 

『灼熱公』は噂通りの人物だったようだ。

 

まるで奇襲をかけるように単刀直入。

誰もが彼女の言葉に、言外の『警告』を聞き取っていた。

目を逸らせば潰される。臆せば飲み込まれる。即座に戦闘も辞さない。むしろ戦いたい。

 

そんな圧をまとっている彼女に常人ならば脂汗をかくだろう。

 

だがここにはすでに常人などというものはいない。

 

 

国境を越えるための交渉が始まった。

人外が魔境にて、確実に歴史に残る話し合いである。

 

 

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