『灼熱公』セリーナ・ドラクロイ上級伯。
ヴォラキアにおいて最強の『飛竜隊』を所持している彼女は非常に高い戦力と政治的な能力を兼ね備えている。
ルグニカ国境に近い領地を複数影響下においており、この度の交渉役としてはこの上ない人材でもあった。
人数の不利など微塵も感じない。覇気を纏って言葉を放つのは大貴族としての確かな矜持を感じさせる。
「はっきり言おう。私は疑っている。なぜ皇帝陛下が救援などというものを出す必要があるのか、災害など起こっていないのにだ。しかも他国にだと?ありえん。これにはどんな裏がある?何より私の元に届いた皇帝陛下の連絡は、なぜか帝都からではなかった。一体何が起こっているのだろうな?」
品定めするようにこちらを見る女傑。
視線は真正面にありながらも、対象の全てを透かして見ているようだった。
一つ一つの所作に反応するでもなく、どこかに集中するでもなく、その本質だけを射抜こうとする眼光。
緊張が空気に走っていた。
それを無視するのが得意な男が話を始める。
「帝都に今いる皇帝は偽物です。彼は陽剣を使えない。グァラルにいる方が本物ですよ。今からその証拠をお出しします」
「はは。そちらも無駄が嫌いと見える。良いだろう早く仕事が終わることは素晴らしいことだ」
無礼と言われてもおかしくない言いようであったが、それは気にしない性質らしい。
ここで激昂されて戦闘になっても、ある意味では手っ取り早かったが予定通りということに文句はない。
「なお自分は今から頭を吹き飛ばされますが、お気になさらず。すぐに戻りますので。よろしいですか?」
「ん?何を言っている?ルグニカの比喩にそんなものがあったか?それとも何か?目の前で処刑を見ていろと、そう言うのか?」
「はい。お目汚しを失礼しますが、不正がないようしっかり見ていてください」
こちらを信じがたい目で見てくる。眉一つ動かさぬまま、瞳だけがほんの僅かに細まる。
それは感情を剥き出しにするような疑念ではなく、言葉で測りかねる異質さへの純粋な反応だった。
信じたくても、信じられる材料がないと当然の疑問を持っている。
けれども、いくつかの問答を経て、それが実行されることになった。
以前と同じような惨状を再現し、そして白き赫炎を灯すところまでを行う。蛮行の再現である。
ケイが殺される時まで一切微動だにしなかったのは凄まじい胆力だ。
警戒を緩めず、ケイ以外をしっかりと全体的に眺めていた。
流石に再生中は目を丸くしてケイを見ていたが。
ぽっと毛先に火が灯るとセリーナ・ドラクロイは即座に立ち上がりそれを食い入るように見つめた。
白い炎があたりを照らす。揺らぎのないその輝きに、全員が沈黙する。
音も風も引いていくような緊張が、場に張り詰めた。
誰が最初に声を発するか、その一言がすべてを変えるとでもいうような、薄氷を踏む時間が流れる。
さぁ、帝国民の反応はどうなるか。
結果は、まさに愕然というもの。セリーナ・ドラクロイという人物が表現できる最大の驚きを持ってその結果は示された。
これを疑うことはできない。剣狼の一頭としてそればかりはできなかった。
「これは、間違いなく。陽剣が生み出す炎の輝きだ。それは認めよう…これを見間違える帝国貴族はいない。いるならばそれは直に見たことのない木端貴族だけだろう」
ただし、と言葉が続く。
姿勢と驚愕は正されて、すでに平静へと戻った様子で詰問が始まる。
「それが皇帝陛下のものであると、断言はできないだろう。多くの帝国民にとってその炎は唯一のもの。皇帝陛下の炎と疑わないだろう。だが、私は彼らとは違う。陽剣がまだ他にあると知っているぞ。それが君たちと交流があることもな。そちらの炎を借りてきて、そう騙っているだけなのでは?」
「へえ。その事情を知っているならその可能性は否定できません。ただし、彼女が帝国へと向かう際にこれを利用しなかったのに、このように僕に炎を託す理由は説明できませんよね。そんなことをするなら、僕らと一緒に来ればいい。急ぐなら先に通って後からでも追い付かせることもできる。だいたい、彼女がそんな小細工使うと思いますか?」
余裕そうな表情が、最後で少し苦いものに変わる。
「いくらでも反論してやろうかと思っていたが、最後のだけは反論できんな。ああ、そうだろうとも。あの太陽のごとき傍若無人な御仁はさっさと帝国内部へ飛んでいったよ。非常に身軽なものだったさ」
プリシラの苛烈すぎる生き様が共通言語となり、厄介な問答を押しのける。プリシラはどこでも揺るがない。その一貫性に助けられた。
「では最後に、一つだけ全く別の質問をさせてもらうぞ。お前が自分でその炎をつけたという可能性は?皇弟という噂が真実である場合はあり得るだろうに。自ら陽剣を抜いてこの演技をしている可能性は?」
「先ほどの場合でもあなたの今の案でも、グァラルにいる皇帝陛下からの連絡との符号に説明がつかない。というかそもそもですが、そうであったとて何か問題がありますか?」
「いや流石に問題だらけだ〜ぁからね。それは。彼女は常識に縛られはしないが、十分に知っている。私が保証するとも」
はっはと豪快に笑い。応答する。
「ロズワールにそう言われるとはな。だが、その通りだ。大問題だろう。他国の1000人を越える軍隊の国境越えは前代未聞だ。それを許したとなれば大罪人であり、当家どころではない範囲で首が飛ぶ。どちらが実際に本物なのかなどどうでもいい。勝った方が本物になるのだからな。私は負け戦に参戦するつもりはないぞ?」
ああ。ついに狼が本性を隠しきれずに出してきた。牙を向いて笑っているのは、お互いにもうこの議論の結論が見え始めているからだ。
大貴族らしくそれなりに儀礼を気にはするらしい。
「勝てる方への援軍として進軍すればよいのです。ギリギリまで見極めて、それで味方する方を選べますよ。というか我々がついたほうが非常に有利になる。最終的に誰が勝つのかさえわかればいいのなら、陽剣の有無などどうでもいいと言いましたが、それは暴論だ。陽剣があれば非常に勝ちやすい。今、帝国全土で噂が広がっているはずですよ。皇帝は陽剣を失ったとね」
そこまでをはっきり一切の澱みなく説明し、ドラクロイ上級伯は満足そうに頷いた。
「ふむ。全く悪くない。いやはや、これなら下手な交渉など必要ないか?もう気づいているんだろう?」
「ええ、これはロズワール様からの意見でもありますけどね。あなたは反乱を起こしたいと思っている。そして我々はあなた方よりも大きな戦力を持っている。協力するから早く国境を開けてください」
満足げな微笑が、劇的な笑顔へと変わった。
「我らが力で劣ると?今そう言ったか?どうやらその辺りは不勉強らしいな」
「不勉強は仕方ないことですが、相手の自信とその根拠を見通せているかどうかは慎重に検討すべきでしょう。事前の情報と違って相手がたまたま、強力な精霊と契約しているかもしれませんよ?」
「我ら鉄血の剣狼は精霊の有無如きでは揺るがぬぞ?それこそ、我らが大地…」
言葉を盗んで続きを紡ぐのはケイだ。
「四大精霊『石塊』ムスペル。それくらいでなければ関係がないと。そこまで言い切りますか?」
少し言葉を盗まれそして肯定されて調子を外されるのは面白くないようで、目が細まった。
「ああ、その通りだ。我らの誇りを軽んじられるくらいなら、真の精強とは何かを示すのが我ら帝国民であるとも」
「じゃあ、さっき言った通り国境を開けてもらいます」
『灼熱公』の目が細まり殺意が覗くが、それもケイの追撃には間に合わなかった。
「こちらが最後の参加者、四大精霊『最も美しい死神』ことザーレスティア様です」
「ようやく呼んだわね。どんだけ待たせんの?おっっっそい!!」
風がその会議上に舞い降りた。
そのマナを一切隠すこともなく誇示し、髪が風に揺れている。
誰でもわかる。この格の違いというものを見せつけた。
その圧倒的な存在感に誰もが平伏したくなっている。
貴族としての矜持を持って必死に抗う。それができるもの達が、ここにいるのだった。
「まぁ、いいわ。あんた達やるわけ?飛竜に乗ってるとか聞いたけど、それであたしに勝てると思ってんの?風そのものに喧嘩売って、空を飛べるなんてありえないっつーの!」
首を振って手をあげる。セリーナとしては完全に負けであると全身でアピールしている。
「ほら、これで解決なんでしょ。それならとっとと進みなさい。最初から吹き飛ばせば早いのに面倒なのが好きよね人間って」
あんまりな言い分に、セリーナは頬を引き攣らせて交渉相手であるケイを見た。
「降参だ。全くもって仰る通り貴方様の力があるならここを潰して行けただろうに、その配慮に感謝させていただく。大精霊様の寛容さにも、日々感謝を捧げております。どうか、ご容赦を」
「ちなみにそちらのエミリア様は、火の大精霊と契約をしています。以後よろしくお願いしますね」
「できる限りをすごーく。が、がんばるわ!余計なことは絶対の絶対、一言も言わないエミリアよ。よろしくね」
その後には自分の手でお口に蓋をする。エミリアは事前に決めたこと以外は喋らないことになっている。これでいい。いやよくはないが。
「ここまで嘘が吐けないことが威圧になるとはな。鉄火場を経験して長いが、純真無垢な脅しとは新しいな。いやはや平伏させていただくよ。まさに災害のお通りだ」
その言葉とは裏腹に目には殺意が滲んでいる。
交渉は綿密な論理と相互理解を以て進み。圧倒的な暴力で完結した。
これは帝国流ではあるが、それを力で覆すのもまた帝国流だ。狼の如く、後ろからいつ噛み付いてやろうかと狙っている目である。
その殺意を隠すことなどない。これは帝国の当たり前である。
力さえあれば押し通ることができる。それはルグニカ以外の全ての場所で共通している普遍的な道理だった。
しかしケイは目的を達成するために持てる全てを運用する。
有無を言わさぬ力があるなら、細かな交渉も合意も最低限でいい。
ザーレスティアという世界でも有数の力を相手を思いやって出し渋るなどありえない。
ただし、禍根は少ない方が良い。
「僕の名前は、『ケイ・アベルクス』皇帝である兄上の策によってルグニカで潜伏していた兄弟です。この国をあるべき人の手に取り戻すため。偽物を玉座から排するこの戦いに協力いただけますか?」
暴力で一度制圧し、それを仲良くやりなおす。
これこそが帝国の流儀にケイの方法が合わさったものだった。
それが決定的な一打となって、いよいよ『灼熱公』は笑顔で彼らを受け入れた。
一行は緩衝地帯を後にして、そのままヴォラキア領へと入っていく。
これにてルグニカ内乱編は完結です!
間に色々挟みましたがここまで来れました。
感想、待ってるぜ!
さて、次章は「剣狼の国 破」になりますが。更新は少し先とさせていただきます。
5/1より毎日更新を開始です。そこからは途切れずヴォラキア編をやり切る予定です。
それまでの間リゼロ原作などを読んでお待ちいただければ
ああ、こんな風に変わったんだ。ここはどう変わるのかな?と視点を少し変えて楽しめるはずです。
次章は結構視点が原作と異なるので読んでた方が良いかも?
帝国編のはじまりはこちらから
https://ncode.syosetu.com/n2267be/498/