さぁ。行こうぜ。
【FILE:183】快進撃
上級伯と協定を結んでからすぐのこと。
主要なメンバーは先にヴォラキア領土へと入り、ドラクロイ上級伯の屋敷にて歓待を受けた。
異国の接待はどれも目新しく少しの緊張と新鮮な驚きを一行にもたらしてくれる。
出迎えの従者たちは全員、武器を携えていた。
それがこの国の礼儀だと知っていても、無意識に肩が強張る。
鎧に彩色された一族の紋章と、戦地帰りのような無駄のない動き。彼らの「歓待」は武装と威圧の中で行われるのだった。
応接間に通されると、すでにテーブルには豪奢な果実と肉料理が並んでいた。
異国の香辛料がうっすらと香り、鼻腔に初めての刺激が残る。
食前酒には琥珀色の蒸留酒が出され、香りを嗅ぐだけでエミリアは酔いが回りそうなくらいだ。
出された酒盃に口をつけないというのは非礼にあたるため、少しは飲まないといけない。
ちなみに飲んで良い面子はケイから指示が出ていた。エミリアは筆頭である。しっかりと歓待を受けるようにと言われていたから仕方ない。
クルシュもそこには含まれており、一時の休息として羽を伸ばすようにと事前に許可があったのだ。
「エミリアと一緒に食事をするのは久しぶりですね。なんだか天翼の練習を思い出します。監視塔では大変だったようですが、無事でよかった…」
「プリステラではあんまりゆっくり話せなかったものね。クルシュと会ってお話しするのをすごーく楽しみにしてたのよ」
この二人は結構仲が良い。精神的に幼くこの一年で成長したことも、一番頼りにしている相手が無茶をする黒髪の異邦人というところも一緒だ。
ちなみに二人の間では、
酒気も入り、彼らの武勇を聞いた上級伯は上機嫌になり大いに笑った。
「なんだそれは!純朴な少女に見えるが、想像もつかないほどの戦士じゃないか」
「ふふ。そうなの!すごーく強いのよ!私たち!」
「最近私は、王道というよりはかなり変わった戦い方になってきてしまってますが…」
「正々堂々は気持ちが良いが、実際のところどうでも良い。勝つことが全てさ。傷跡がそれを語ってくれる」
酒好きだったらしい上級伯のコレクションを楽しみながらの本隊の合流待ちである。
これもまた必要な仕事だ。
立場もあるが脳筋で、そこらの猛者よりも強い彼女たちは大いに意気投合したのだった。
そしてそれらを補佐するのはそれぞれの男性陣である。
「エミリア様はもうお酒はそこまででお願いしますね。結構酔っ払うんですから!」
オットーは大好きな酒を一滴も飲まずに緊張感を保っている。
「僕はお暇します。忙しいので」
補佐を投げ捨てる男もいる。必要な人員は置いて離脱するあたりは巧みだ。
永井圭は、飲み会を躱すのも上手かった。
というか彼にこの場で上から物事を指図できる人間はいない。皇弟という肩書はあまりに強力すぎるのだ。
必要な人員である彼、アレクシス・カスター公爵はすでに10杯以上を飲まされ、上級伯の隣から逃げられなくなっている。
「かのカスター公がここまで若いとはなぁ!いやはや国境を隔ててずっと見つめ合っていた仲だろう。もっと飲め!若いんだからもっと食え!!」
アルハラなど概念として存在しないこの世界で揉まれる中間管理職がここにいた。
宴は非常に盛り上がったらしい。
ケイも少しヴォラキア秘蔵の酒を飲ませてもらった。当然やるべきことをした後でという話だが。
急いでやることとは何か。具体的には『種火』のお裾分けである。
この炎は燃え移る。そのように出してもらったからそういう性質の炎になった。意味不明だができるのだから使わない手はない。
種火を運び各地に燻っている火種や、着火を待っている燃料や爆薬たちへと分け与えるのだ。
ドラクロイ上級伯の手紙が添えられ、帝都を偽者から取り戻せと呼びかける。
待ちに待った機会である。ヴォラキアという国は即座に激烈な反応を見せるに違いない。味方になるにせよ敵対にせよ。彼らは絶対に戦う。日和見で戦を逃すものなど一人もいない。
翌日の酒宴においても帝国貴族はそういうものなのだと、酒を片手に女傑は語った。
セリーナ・ドラクロイは非常に上機嫌だ。
「ここまで優勢に反乱を進められるとは思わなかったぞ。いや、これは反乱ですらない、大義は我らにある。白き赫炎に乾杯だ!皇弟殿!」
この日の食後には舞踏ではなく、試合の披露があった。若い戦士たちが甲冑を鳴らし、火花を散らしながら剣を交える。
見事な一太刀には歓声が沸き、血が滲んでも誰も顔色を変えない。
それがこの国の“美”なのだと、嫌でも思い知らされる。
カスター公爵はここでも駆り出され、ルグニカを代表してその武技を披露した。
『色欲』には遥か及ばなかったが、彼もまた才に秀でた天才の部類であり剣狼たちにおいても一切遅れは取らず優勢である。
最初はぜひ戦ってくれとケイも誘われたが、当たり前の顔で固辞した。
ケイは普通に戦いが嫌いである。
そんな戦い嫌いの男が広めた種火は今や各地に灯っている。
陽炎をかざすヴォラキア史上初の反乱軍が誕生した。
その炎は急激に帝国の全土へと広がる。広がり続ける。
それは、上級伯の自慢の飛竜に乗って全土へと届けられていくのだから止める方法はない。
大義が燃え上がる。
当初それは小さな熱だった。炎とも呼べない白い火種。
しかしそれが、とある噂と合わさって爆発的に炎上する。
『黒髪黒目の皇帝の隠し子がいるらしい』
『皇弟が偽物を排するため戻ってきたらしい』
誰もがあらゆる情報を自分の都合の良いように受け取る。
『多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない』とはよく言ったものだ。
帝国北部の諸侯はドラクロイ上級伯に呼応し、他の領地は兵を集め始めた。
帝国が燃え上がるそんな準備がありえない速度で進んでいく。
きっとこれはこの一ヶ月の話ではなかった。
ずっと燻っていた何かに被っていた灰を誰かが吹き飛ばしたのだろう。
帝国に風が吹く、強い強い風がやってくる。
ちょうどそんな風に吹かれてその報は舞い込んでくる。
当初ロズワールはスバルの身柄を確保し即座に撤収するつもりであった。
災害支援の名目には乗るが、全てに同意するわけではないと交渉済みでもあった。
ケイは全ての条件を受け入れ、怪しいほどに無防備に交渉を終えたから一体何があるのだと疑ってはいたがこういうことか。
これでロズワールは適度なところで身を引くという選択肢を失った。
帝国の内乱により深く関わらざるを得なくなったのは、反乱軍に与する黒髪の乙女、『ナツミ・シュバルツ』の名前がドラクロイ伯の館に届いたからだった。
「ナツキ・スバルがそこにいるなら、きっと誰かを助け始める。どう考えてもそうなる。当たり前でしょう」
心底不思議そうに投げかけるのは、ケイからの言葉だった。
まだどこかで自分を基準に人を見ていたらしい。確かにナツキ・スバルならばとも思うが、流石に他国にまでここまで肩入れするとは思っていなかった。
反乱の火を広げ、軍の様相を整える。
今後増えていくだろう援軍も含む計画を立ち上げ、支援物資を調達する。
ある程度まで計画を仕上げたのちは、ケイは休息に入った。
カスター公爵は非常によく働いてくれている。昼間は事務。夜は酒宴と決闘。素晴らしい人材だった。
ケイは定位置を決めてソファーで横になりつつ今後のことを考える。ザーレスティアと対話をしてできる限りのことをしておく。
そんな日々を過ごしていると、ようやく準備が整ったようだった。
帝国の至る所で火がついた。一将を筆頭に帝国軍は必死で応じているのだが、それも間に合っていない。
理由は、彼らには非常に強い確信があったからだ。陽炎は裏切れない。
お前は帝都で陽剣を見たのかと。討伐軍が説得されて一度戻った場所もあるらしい。
永井圭とヴィンセントの焼き討ち作戦は、とんでもない威力を発揮していた。
それは帝都の玉座を揺るがすほどの疑念として襲いくる。
『玉座に陽光なし。黒髪の王血は我らにあり』
それが、現在帝国の全土で巻き起こる反乱の掛け声であり要求でもあった。
つまりはこうだ。
皇帝も、皇弟も、隠し子もこちらについているのだと、大義を主張している。
陽剣ヴォラキアを見せろ。それをしないなら偽物だ。
そんな要求が国民から立ち昇る。
サクラを仕込む必要すらないほどにこれは覿面であった。はっきり言ってこれに応じない方がおかしい。賢王と呼ばれた皇帝がそんな不合理を行うはずがない。
王に何かを望むなど不敬であると突っぱねることができるのも最初だけ。実際に反乱が起こりそれを鎮圧するたびに味方からも疑問の声が出る。
だってそうだろう。偽王と言われたら、かの陽光を束ねた真紅のあの剣を一目抜いてくれるだけでいいのだから。それくらいなんてことはないはずだ。
そうだ。そもそもゴズ一将が謀反などあり得ないと納得し、一部の二将すら離脱した。
この種火は今や大乱、いや完全に拮抗した内戦として華ひらく。
その情報がドラクロイ上級伯へと日々届けられている。
飛竜隊は各地へと火種を届け続け、情報を集め続ける。
そしていよいよ、周辺領地を取りまとめることができルグニカからの援軍すら取り込んだ。
現在帝国内において、正規軍に次ぐ勢力となった『北部皇弟軍』はついに動き出す。
王者の凱旋のように堂々と、一切の動きを秘匿せず真っ直ぐに南下し真なる皇帝へと合流を目指した。
途中で通過した領地と付近の貴族たちは全員がそれに恭順する。
もし地図を敵味方の色で分けていたとしたら、その染まり方は見ものだったろう。
本当に笑えるほどの進軍速度だったのだ。
正規軍の妨害もなく、グァラルに向けて膨らみながら進んでいく。
グァラルに到着する前にはすでに、2万を超える軍勢になっていた。
それぞれの領地が戦に備えていたのだろう。補給や糧食も大いに運ばれていて、なんならルグニカ南部からも次々と送られてきているのだ。
南部最大の穀倉地帯を持つグリーフィル領へと進んだカルステン領軍はしっかりとその役目を果たしていた。
グリーフィル令嬢には多大な恩ができた。そのうち返さないといけない。
ケイは令嬢事件を嫌悪しているが、彼女にも感謝をすべきだと心から思えるほどに協力をしてくれている。
「ケイ殿はやはり、閣下とご兄弟であらせられる。全てが上手くいっているというのにその思案顔というのは、やはり血筋なのだろうな。思えば顔立ちも似通っていないでもない。どうだ?今回の褒賞に私と縁を結ぶというのも。これは有効じゃないか?」
「皇弟が結婚するなら、ルグニカ女王くらいでないと足りませんね。女王の座を狙って王国に攻め込みますか?今なら王族はいませんよ」
「はっは!閣下と違って冗談にまで付き合ってくれるとは!だがそれをした瞬間に竜巻と吹雪に襲われていそうだ。魅力的だが、遠慮しておこう」
カスター家との縁談を冗談半分で提案してみたが、案外反応は悪くなかった。
帝国と王国の関係性によるだろうが、今後好転すればそれもありかもなと真面目に検討されている。
カスター公爵には少し悪いことをしただろうか。いやまぁ挽回の一つになる可能性もある。
ちなみにだが、進軍が開始してからクルシュとフェリスはここの陣地では一緒に行動はしていない。
協議を終えてからはギャレクに積んだ野営道具を用いて、山中や辺鄙な場所で休んでもらっている。頻繁に対話鏡の交信範囲で連絡を取ったり物資をやり取りもするが、基本的には軍と行動を一緒にはさせていない。
なぜなら、安全ではないからだ。
決まっている。だってそうだろう。『九神将』の弍。『精霊喰らい』アラキアが襲い掛かれば2万の軍勢も意味がなくなる。
当然、エミリア陣営もいるしザーレスティアが警戒をしているため一方的にはならないだろうがその際に他の戦力に攻められれば対応は難しい。
ロズワールも強いが、あくまでそれは多数に対する強みである。
「『九神将』の上位三人いや、四人くらいは普通に勝てないだろうね〜ぇ」とは本人の言である。本気を出せば個人としてはそうそう負けないらしいが、軍を守り切ることは不可能とのこと。
というか、何をしようが相手の『青き雷光』が出てくれば終わりだ。
その瞬間にケイを除く全員の死が確定する。彼の振るう魔剣はケイすら殺し切るかもしれない。
帝国における反乱とは、セシルス・セグムントを避けるゲームだ。
いや、この世界の戦いとは圧倒的な最強を避けるものだと言い換えてもいい。
あの元皇帝は「今あれは帝都にはいるまい。いればこうはなっておらぬ。そして死んでいることもまたあり得ぬ」などと言っていたが、はいそうですかと急所を晒す意味はない。
記録を見る分には、ラインハルトよりは万能性がかなり低いらしい。いや、あいつがやはりおかしいのだ。
圧倒的な高所を維持し続ければ簡単に殺されはしないだろう。
だからクルシュたちは基本空に上げている。
そんなことを考えていると、関所を正規軍が放棄して投降をしていたところだった。
これまで何度も見た光景だ。今やこの軍は、圧倒するか蹂躙されるかしかない規模になっている。
非常に平和である。
ケイはこれからのことを考える。自身の理想の展開を。狙っている目的を。いかに大切な人を無事に終わらせられるかを考え続けている。
なんにせよ、まずはスバルと合流することだ。そうするだけで多くの不確実性が排除できる。
道中に一切の障害もなく、問題もなく、『北部皇弟軍』は目的のグァラルに到着した。
ここから息が続く限り毎日投稿です。