豪華な装束を睨むケイは気が進まない。
全く趣味ではないからだ。それでもまぁ、着るしかないとわかっているからやるが、不本意ではある。
永井圭には、グァラルに到着するまでに相応しい服装が用意されていた。
黒と深紅を基調にした肩から羽織る黒のロングコートは銀の縁取りが施され、権威を感じさせつつも控えめな意匠で過度に主張はしない。
足元は黒のスラックスに濃紺のハーフブーツを履いている。動きやすさと品位を両立させた実用的な組み合わせだ。
腰には剣狼飾りの短剣を佩刀。儀礼用で抜く意志はなく、彼が戦ではなく知略や対話を重んじていることが伝わる。
剣を握らず、立場と知略で戦う者の装いであり。
深遠智謀によって舞い戻った皇弟ケイ・アベルクスにふさわしい、威厳と慎重さを兼ね備えた服装である。
そんな風におすすめされたから着ているだけだ。機能を果たすならなんでもいい。
「ケイ!領地に戻ったらあなたの服装を新調しましょう!絶対です。やはり以前のものは地味過ぎましたね。とても似合っていますよ」
クルシュはその姿に目を輝かせて舞い上がった。実際空を飛んでいた。
本当に飛ぶことが体に染み付いているらしい。
「ケイきゅん着せられてる感ハンパないからね?あんま調子乗んにゃよ?」
ドスの効いた声で脅しつけるのは久々にケイへ攻撃できるタイミングを掴んだフェリスだ。
このところ皇弟扱いをしなくてはいけなかったので、こういった不敬と周囲に思われる言動が制限されていた。
ここには三人しかいないため何を言ってもいいと思っている。
「クルシュ様!お揃いのお洋服買いましょう!絶対ぜったいなんですから!」
クルシュとフェリスのお買い物着せ替え大作戦が計画されていく。
ここは城郭都市グァラルの控え室。都市の代表に会うまでに準備がいるだろうと案内された場所である。
二人の対話を聞き流しつつ、外の風景を窓越しに眺める。
城壁の外、視界の彼方まで続く軍の列。無数の天幕が立ち並び、焚き火の煙が空へ筋を描く。
兵たちの喧噪と武具の軋む音が絶えず響き、粗末ながら規則正しい幕営が整備され、数万の命が同じ方角を見据えている。
城郭都市グァラルへと到達した軍団は、すでにその全てが都市には入りきらない規模になっていた。
想定と大きく規模は違うが、一応想定しておりグァラルにいるであろうアベルとも事前に話し合っている。
事前の準備を相まって外壁前に広い陣地が構築されていく。
その動きには都市のものたちも手伝い、早急に組み上げられていく。
次々に現れる領地の軍旗。
風にたなびくそれらが新たな希望と威圧を孕んで、列の最後尾が遠ざかっていく。竜車の車輪が止まらず、飛竜の影が空に重なるたび、城壁の外周が膨らんでいく。
やがて、その膨張はグァラルという都市そのものの輪郭を拡張していった。
城郭を中心とした街のような様相を呈しており、まるで一つの国のようでもあった。
しかしながらその城には現在、王はいない。
我が物顔で使っているのは、女王の如き風格の見知った人間だった。
こいつがグァラルの代表?なんでそうなった?
「不敬な視線を感じたぞ物書きよ。あまり調子に乗るでない。とはいえ総勢2万を超える軍勢。これが妾への貢物か、これまで贈られた贈り物の中では随分と上等な部類であるな。うむ。竜子にも衣装とはよく言ったものであるが、まぁ………大儀である。褒めて遣わす」
やけに長い間をおいて褒められた。なんだこいつ。
いや、ヴォラキアにいるのは知っていたが。
当人たちにも許可を得てラインハルトとプリシラにはずっと連絡用の人員をつけているし、大まかな動向は把握していた。
彼女がドラクロイ上級伯を頼ってルグニカに入ったことは調べがついていたし、関わるならアベル周辺であろうとは思っていた。
セリーナが言うには、飛竜を半ば勝手に乗っていったからどこに行ったかはわからないなどと言っていたが、ここにいたらしい。
「お元気そうで、良かったですよ。他にも土産はありますので、後で渡します。アベルとスバルは仲良くやってますか?」
「ふむ。存外平和で退屈していたところよ。あわや殺し合い寸前までは至ったのだが、どうにもアベルとやらは得難い存在を得たらしい。ひっ叩かれた時の顔は見ものであったぞ。あの二人が生きて大乱を終えることがあればあの一場面を絵画にして飾ってやろう」
ちゃんと決裂寸前まで行ったらしい。とはいえ仲裁され、今は皇帝に協力中というところか。
「あのふざけた噂は一体なんです?ナツミとかいう女の話があったかと思えば、昨日は皇帝の隠し子なんて噂まで聞こえてきましたよ。噂の皇弟だけで十分では?」
「貴様の予想を遥かに超えて人が集まったと見える。よくきたな。これこそが剣狼の国である。実際のところ、担ぐものはなんでも良いのだ。上等であれば一層やる気も起きるだろうが、狼たちは戦いそのものを目的とすることもできる。どうじゃ?貴様には理解できぬであろう?」
扇子で口を隠しつつ、カラリと笑うプリシラは上機嫌である。
「後でクルシュも来ますよ。会いたがっていましたから喜ぶと思います。レムはラムと?」
そこの一言に、プリシラは興味深そうにケイを見た。
「姉妹水入らずというやつよの。レムは随分と渋っておったが、妾の湯浴みまでに済ませよと言っておいた。逃げはするまい。混乱は大きいが、あれの芯は強いぞ」
プリシラはどこかの誰かと違って、人に興味がある。だからこそその違和感には言及しないと気が済まなかった。
「しかし、どういう心変わりじゃ?貴様がそこまで人に興味を示すなどとは、どうにも不似合いで不自然であるな。やはり偽物か貴様は。どれ、一度首を落としてやろう」
「それじゃ、『色欲』と判別できないでしょう。100年くらい考え込んでいたらしく、まぁ色々気づいたこともあるんですよ。どうやらそこが僕の弱点でもあったようなので、今は努力しています」
「ほう。あれだけ妾が言ってやっても変わらなかった倒木の如き枯れた感性が、何をどうしてそこまで芽吹いたのか気になるが、まぁよい」
それだけ言って、プリシラは歩みを進めていく。
どこに行くのか、とは聞かなかったのに。まるで聞こえているように答えだけが先に来た。
「レムとラムの泣き顔を拝んでやるとする。貴様は興味なかろうて。疾く失せよ」
言われずとも、やることがある。
ケイはこの都市を任されていた二将、ズィクル・オスマンとシュドラクの長がいる場所へと移動する。
その会議というか状況説明において判明したのは、アベルが現在動かしている戦略についてだった。
玉座を奪還するために戦乱の種を蒔き、そして『九神将』を可能な限り取り込む。
武力によって奪い返すというのがケイも事前に聞いていたことだった。
この都市が落ちているときには、門に将の首を飾っていることになろう。なんて語っていたアベルだが、無事にスバルという濁流に流されたらしい。
城塞都市グァラルを無血開城したとは驚かされる。
敵を殺したくないという発言は、ケイはあまりに気にしていない。できるならやればいいし、できないなら諦めてもらうだけだ。
彼にだけは、その試行錯誤が許されている。
そしてなるほど。相手が無闇に一将を派遣しない理由がわかった。
相手に陽剣が2本もある状態で、最大戦力を派遣して寝返りでもされれば一気に逆転する。
その辺りを見極めているらしい。
「そしてアラキア一将が襲来し、プリシラ様に助けられたという次第です」
ということは帝国で二番目に強いアラキアは謀反を知った上で協力しているということか。こちらにはつかないだろう。
さらにそれでわかることは、一番強いセシルスは敵がコントロールできていないという事実だ。
ラインハルトの如き戦力があって出し惜しみするのはどんなバカでもやったりしない。
その後アラキアには脱出されたらしいが、なぜ五体満足で適当に準超越者を拘束していたのかは何一つわからなかった。二度と馬鹿なことはさせない。危険な相手を無力化して殺さないなら、せめて手足くらいは奪っておけという話である。
物理的に奪うことはしないだろうから、拘束するという意味で。
強い拘束をしようと思ってスバルに止められたなら理解できるが、誰もそれをしなかったのだから全員に罪がある。
状況は把握した。
そろそろ『九神将』の一人であるヨルナ・ミシグレを説得に行ったアベルとスバルが戻ってくる予定らしいが、ぶっちゃけもう帝都に乗り込めるだけの戦力はあるだろう。
ちなみに、一番大事なところ。『青き雷光』の所在だが、しばらく前から誰も見ていないらしい。
これだけ戦いがあって大人しくしているはずがないため、勝手に国外まで戦いに行ったのではという予想が優勢というほど。
風船のように気ままに飛んでいく、まるで核を搭載した気球なんてふざけた戦略兵器が脳裏に浮かんだ。
それくらいは悪質だろう、何を考えているのだろうか。
レムとラムが互いに目を腫らして、戻ってきた。
ともに合流したプリシラもご機嫌である。
エミリア陣営は次々にレムへと挨拶を仕掛けるが、それをケイが待ったをかけた。
「その前に、重要なことを話しましょう。『暴食』がヴォラキアにいて、スバルと行動している可能性が高いです」
その一言に、弛緩した空気が一気に引き締まる。
「それは、一体どういうことですか?レイドになっていたロイはユリウスさんが拘束していたはず。ライは死亡が確認されていて、残るはあのルイ・アルネブですか?」
オットーが『暴食』の状況を整理した。
指摘したのはレイドを取り込むもその自我に器が耐えきれず、権能が解除されたロイのことだ。
元は『色欲』が捏ねて変えた別人だろうが、記憶を継承し因子も分けられているらしく。間違いなく『暴食』のロイと言えるだろう。能力は多少劣化しているだろうがこちらからは判別できない。
オットーからルイの名前が出た途端。レムは体を硬くしてそして胸を抑えている。
ラムがそれを心配するが、ケイは気にしない。
「ルイと思われる対象は、スバルの目撃証言だけではありますが発生から行動まで妙な状態でした」
ケイから語れるルイの状態は、どちらにも偏っておらずフラットなものだった。
可能性を羅列していくが、それは途中で止められる。
それはエミリア陣営からの意見である。
「冗談じゃァねェぞ。大罪司教たァ、なァに考えてッやがる」
ガーフィールは拳の骨を鳴らし、牙を見せながら前に進み出たのだ。
「しッかも、よりによって『暴食』だァ? そいつァ、俺様たちがぶっちめてェ野郎の上位独占ッしてる奴の一人じゃァねェか。それをどうするかなんッてのは決まってる。相談するってのがあり得ねェ」
ルグニカの温厚さと甘さを煮詰めたような陣営ですら、この意見だ。
この場において、それに反対するものは一人だけ。
「ちょっと、ちょっと待ってください。ルイちゃんは、さっきの弟さんの言葉通り決して人に危害を加えていません!」
弟さんと呼ばれて、ケイは思わず表情が硬直しかける。
皇弟扱いは普通に気まずい。バカみたいなことをしている気分になる。
少し、長くなりそうだなとソファに横になって趨勢を見守ることにした。
レムの非難する様な声は虚しく響く。
その場違い感を肌で感じレムは血の気が引いた。ああ、きっと自分は何かを知らないからこんなことが言えるのだと。そんな風に理解してしまう。
だってあれだけ優しく、再会に涙すら流してくれた人たちが苦渋の表情でそう言っているのだから。
そしてその時に、全く違う目線を見つけた。
あの男だ。陣地が襲われる直前に話した見えない誰か。あれはあのケイという人物と近い存在である。
なんなら本人なのではないかと思うほど、語り口調は似ている。
どうでもいい。やることをやるだけ。そんな腹立たしい目線だ。
でもそれで、お前は何をしたいのだと問われたことを思いだす。
私は、ルイちゃんを守りたい。
ではそれに何が必要だと、続けて問われている気がする。
ここで、彼女の無垢を叫ぶこと…ではない。そんな叫びに意味なんてない。
だから…
「別人の、可能性はありませんか?」
ふと、先ほどとは別人のような声が響いた。
レムの声には冷静さが宿り、整然とした響きに変わる。
「私は、魔女の残り香を感じ取れます。そうですよね?」
「スバルからはそうだったと聞いてるのよ。でもみんなその記憶はないかしら」
「起きたとき、あのナツキ・スバルの臭いを間近で嗅いで吐きました。それは間違いないと思います。彼も知っているはずです。だから断言できますが、ルイちゃんからはその匂いがしません。大罪司教なら、それはおかしいのではないですか?」
そうだ。感情に訴えて上手くいった試しはない。この短い人生の中でもそれくらいは学んでいる。
だから、事実を。可能性を並べておくべきだ。
ルイの味方はレムしかいない。しかしレムの味方は多くいた。
「――言っておくガ、スバルとレムの二人と我々は仲間ダ。その二人が連れていたのがルイである以上、ルイの行く末を決める資格は二人にあル」
「ミゼルダ様……」
目力の強い視線でこちらを射抜き、ミゼルダもルイを守る側につこうとする。
ミゼルダはシュドラクの代表格であり、他のシュドラクも彼女に従う。
それからいくつもの対話が重ねられる。大罪司教の危険性と、ルイを実際に見たものたちの意見は擦り合わず平行線を辿っていく。
対話で解決できなければ、次に行われることは決まっている。
その予兆に緊張感が高まろうとするが、その瞬間だ。パン!という手のひらを打ち合わせる音で意識を奪われる。
しばらく寝っ転がっていたケイがその場の進行を再び握った。
「このように、互いの表明ができたところで単純明快な解決策を講じます。彼女が大罪司教であろうとなかろうと、権能で人から奪ったり、再現をできなくすればいい。それを実現できる方法があります」
ケイにそう言われるとエミリア陣営は、即座にその解決策に思い当たる。
「誓約は便利な魔法というよりは、呪いに近い。多用してどんな反動があるかは一切保証はしないが〜ぁね」
「――。やめましょう。一瞬、それもありかと思いましたが」
その案をオットーは消極的に否定した。
『呪印』とは、対象に約束事を守らせるための魂の縛りだ。ロズワールがその身に刻んでいるものであり、破れば彼は命を落とすことになる。
『聖域』と旧ロズワール邸で起こった被害に際し、それを企てたロズワールが陣営に対する降伏を示すため、自ら刻んだモノだった。
その字が示す通り、呪印とは明確に『呪い』だ。
迷信めいた考えだが、呪いとはいずれ使い手に跳ね返るものという話もある。便利さにかまけて他者を呪いで縛り続ければ、いずれ呪縛は自らの魂も焼くだろう。
ペトラにそんな宿業を背負わせるつもりはないし、仮に実行してルイの行動を縛る呪印を刻めたとしても、それは保険以上の意味合いを持たない。
「何故なら、何を縛れば安心を買えるのか、僕たちは全容を把握できない」
大罪司教の権能、その全貌は誰にもわからないことだ。
どんな隠し球が飛び出すかわからない以上、究極的には何を縛ったところでオットーのルイへの警戒は解けない。それこそ、命を取らない限りは。
だとしたら、油断に繋がりかねない呪印などない方が警戒は安定する。そこまでをオットーは説明した。
「いいや、それは違う。無意識にスバルが拒否するようなことを嫌がっているだけじゃないのか?もっと頭が回るだろうに、スバルのことになるとみんなそうなる。気をつけた方がいい」
オットーの言葉を、ケイは真っ向から否定する。
「起こるかもしれない呪いの蓄積。それを被るのは術者であるロズワールと縛られる対象。あとはオドを捧げる僕だろう。そのリスクを受け入れるかは本人に聞くべきだ。それにあるかもわからない呪いの代償と、『暴食』の権能だったらどちらが脅威かなんて比較にもならない」
反論を挟む隙もなく、ケイの言葉は続いた。
「『暴食』の権能の発動条件はいくつか判明しているし、単純に他者への加害を禁止すればいい。単純ですよ。それはやらない理由を並べているだけだ。これまでは伏せていましたが、僕たちはあなたたちの想像以上にこの誓約を使ってます。カルステン家のメイドはこれで無事に『色欲』を切り抜けたこともある。使わない手はないですよ」
そしてまとめる。
「ルイの他者への加害を禁止。名前と記憶を含む人から何かを奪うことの禁止。他者の術技を扱うことの禁止。これくらい縛っておけば、ひとまず安心ではないですか?ルイという無垢な少女を守りたいのであれば、あなた達も問題ないでしょう?」
これは、ナツキ・スバルのやり方ではない。
それはなんというか。空気が違うのだ。清涼感がない。人の善性を信じた結果ではなく、どこまでも現実的な対応。
オットーが普段から心がけている役割を、オットー以上にケイという人物が演じ切る。
誰もが幸せになる策じゃないのかもしれない。けれど、ここらが手の打ちどころだった。
「それは!…それはルイちゃんの自由を制限するものじゃないんですか?」
感情的になるのを抑えて、レムが問う。
「人から何かを奪うこと。盗んで自分のものにすること。それらが個人に与えられた自由だと思うのなら、それこそ僕はここで話し合いなどせずに自由に彼女を殺しますよ。手段はいくらでもある。あなた達には防ぐことはできない。そんな顔をしないでください。僕が言ってるのは争わずに平和に済ませるための方法なんですから。わざわざ戦いたくなんてない」
ルイが人へ加害行為を行うことや。盗んだものを使うということを禁止する。その理屈には、誓約は危険なのでは?という曖昧なリスクしか指摘はなかった。
本人達が不在の作戦会議はまとまり、誓約を施すことで決定する。
「ていうかこの魔法、呪いでもどっちでもいいんですが。これを研究しないというのはあり得ません。不可能のはずの世界平和。それすら実現できるかもしれない。文字通りの魔法ですよこれは!他の魔法が全部どうでも良くなるレベルです。治癒魔法と同じ。いやそれ以上に人を救えますよこれは」
ケイは最も感情を込めて熱弁しているが、呪いをここまで熱心に勧める姿の印象は良くないようだった。
「理性と行動を強制的に結びつけるこの魔法は、本当に画期的だ。当人同士の同意がないと人から無理に植え付けることもできないのが素晴らしい。これさえあれば王は狂った戦争をできないし、貴族は汚職もできない。人々は盗みや殺しをできないし、人間が抱える根本的な問題への回答ですよこれは」
オットーはさすがに少し口を挟む。
「その世界はなんというか、いささか不健康であると思いませんか?」
「ええ、そうね。約束は大事だけど、それを無理に守らせるのって約束じゃあないわ。人を縛るのはいけないと思うの。ケイはすっごく頭がいいでしょう。だから正しいのかもしれないけれど、あんまりその考えは好きじゃないわ」
「そうですか。まぁこの手の議論は避けておきましょう。人の上に立ち、命を好きにできるならば、それくらいの誓約があっていいと僕は思いますけれど。蔑ろにされた命はいつだって反論すらできませんからね」
戦争がこの世界から無くならないのは、正義の側にも問題がある。
善性を信じ込めば、それがない人間のことを理解できない。脳の構造上、善意を抱けないものもいる。育った環境から人に優しくできないものもいる。
ケイとスバル。そのスタンスの違いは明らかであって、エミリアはまさにスバルの考えに近い。
クルシュはケイと近いだろう。これらは決して交わることはないだろう。
それで構わない。結局王になるのはどちらかになるのだから。その時に自ずと決まっていくのだ。
ケイはあくまで悲観的に、現実的に命を選び、命を守る。
城塞都市グァラルにおける民間人の避難を指示し、予想される攻めに対しての対応方法を周知させるのだった。
避難の計画と事前準備。その工事の内容と工期を知らされると、兵達は血の気が引いた顔で見合わせた。
マジでこれやるの?
全員が胸中でハモった。
だってこれは、デスマーチ確定である。誰でもわかる。
帝国兵をして地獄だったと語られるほどの想定量と対応幅。それに対しての時間のなさと容赦のなさが相まって、ケイのことを皇弟かどうか疑うものは一人も出なかった。
ちなみに最も割を食うのはズィクル・オスマンとアレクシス・カスターであり、彼らと兵たちの絆は深く結ばれていくのだった。