城郭都市の最上部。
そこでハインケルがプリシラの警告を今まさにズィクルへと伝えたところにそれは来た。
「くそっ!猶予がなさすぎる!プリシラ嬢は知ってたのか!?」
どこかで警報用の鐘が鳴る。その方角を見れば誰でも空に異常があると気づく。
押し寄せる黒点の群れを見て、都市の中心であり頂点にいたズィクルが呟いた。
「――飛竜の、群れ…」
「――ッ!私はシュドラクを動かス!」
直後、状況の危険さを悟ったミゼルダが、ズィクルの丸い肩を張り飛ばし、凄まじい勢いで床を蹴って庁舎の屋上から飛び出した。
「ハインケル殿!プリシラ殿は……」
「プリシラ嬢なら屋敷だ。何か起きるとは読んでた。すぐに動き始めるだろうさ」
振り向くズィクルに応じて、ハインケルは空の敵影に目を向ける。
ほんの数十秒で明らかに色濃く、大きさを増したそれは凄まじい速度で都市へと迫っている。もはや、一刻の猶予もない。
「『飛竜将』マデリン・エッシャルト……彼女は飛竜を操ります。間違いないかと」
「『九神将』っ!?でも『青き雷光』じゃあ、ないのか……!」
ヴォラキア帝国最強の剣士は、ラインハルトに引けを取らない実力者と聞いた時には即刻帰りたくなったし実際に酒を飲むために会議を退席したのだが、そいつは来ないらしい。
元々、ハインケルは帝国になんてくるつもりは毛頭なかった。
この城郭都市の存亡にだって、何の興味もない。
だが――、
「プリシラ嬢の機嫌を損ねるわけにはいかねえ……。プリシラ嬢が王様になっても、俺が追い払われてたら意味がない」
気紛れで、究極的には何を考えているのかわからないのがプリシラだ。
「うだうだと話してる時間はない。飛竜の群れを追い払うぞ。ズィクル、お前はここで全体の指示をしろ!」
「その予定ですが、ハインケル殿はどうされる?そういえば会議の際にはどこに?」
「――俺は、好きにやらせてもらう」
ハインケルのできることなど始めから一個だけだ。
「ハインケル殿っ!お待ちを!」
そう決断した直後、ハインケルはズィクルの制止も聞かず、都市庁舎のバルコニーへ駆け込み、そこから眼下の都市へと飛び降りる。
高い建物の屋根に足の爪先をかけ、屋上を蹴って走り、また次の建物へ。そのまま、風を浴びながら跳躍を繰り返し、向かう先は都市を囲む城郭の上だ。
すでに都市には敵襲を報せる警鐘が鳴り響き、あちこちで篝火が盛大に起こり、世界を煌々とてらしている。
「……ああ、クソ」
空気の匂いが明らかに変わり、舌の上の唾の味が苦くなる。
「クソ、クソ、クソ、どいつもこいつもクソったれめ……っ」
沸々と、胸の奥からどろりとしたどす黒い熱が全身に流れ込んでいく。
その手がゆっくりと、腰に下げている剣――『アストレア』の名を冠するそれへ伸び、ハインケルは柄を強く握りしめた。
そして――、
「――全員くたばれ、クソ共がぁ!!」
耐え難い怒りを吐き出すように吠えながら、ハインケルの剣が一閃され、喰らいつかんと滑空する飛竜の太い首が血を噴いて勢いよく吹き飛んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
鳴り響く警鐘と、逃げ惑う人々の絶叫、それらが絶妙におどろおどろしく重なり合い、城郭都市グァラルは阿鼻叫喚の支配する戦場と化した。
西の空から大挙して押し寄せる飛竜の軍勢、数百を下らないそれらに晒されすでに誰一人として攻撃などできていない。
凄まじい轟音と地を揺らす衝撃が伝い、フロップの傍らでシュルトが悲鳴を上げる。
無理もない。それほどに、飛竜を擁する敵の攻撃は苛烈で、効果的だった。
「飛竜に岩を運ばせて、それを高い空から落としているだけなのに」
やっていることは単純明快、ただそれだけの原始的な攻撃だ。
フロップたちも慌てて路地へ逃げ込んだが、ここは安全圏ではない。
都市に残った市民や兵たちには事前に知らされていた。飛竜が群れで来たなら火を焚いて地下へ逃げ込めと。
都市の至る所で火が起こされ、煙が竜たちの視界を多少なりとも奪っている。
「ミーたちガ、真ん中のでっかい建物にいル」
「ぷ、プリシラ様がお屋敷にいるであります……っ」
「ああ、そうだとも。だが僕たちが目指すのはどっちでもない。ここから一番近い入り口は…」
「た、助け……うわあああ!!」
フロップたちの路地の目の前、通りを逃げ惑う人影が悲鳴を上げ、消える。――否、消えたのではない。その男の体を、ものすごい速度で飛行する影がさらい、一気に空へと連れ去っていってしまったのだ。
「二人とも、聞いてほしい。これから僕が」
小さく息を詰め、フロップが決意と共に二人に方針を伝えようとする。
その言葉に幼い二人がフロップを見た、その瞬間だった。
「おおおおぁぁぁ――!!」
「――ッッ!」
血を吐くような怒号と共に、空から通りに何か巨大なものが落ちてくる。怒号と絶叫を絡み合わせて地面に叩き付けられたのは、全身からどす黒い血を流した飛竜だ。
その飛竜と一緒に地面に落ちて、勢いよく転がった人影がその背に飛びつく。そして、悶える飛竜へと剣を突き刺し、背後から心臓を串刺しにした。
「クソ、ったれが……」
大きく肩を上下させながら、死した飛竜の背中を赤毛の男が降りてくる。その姿に、フロップの腕の中のシュルトが「あ!」と声を上げた。
「ハインケル様!ご無事だったでありますか!真っ赤であります!ど、どこか大ケガしてるでありますか!?」
「怪我?ああ、この血なら返り血だ。してても、掠り傷ぐらいのもんだよ」
「よかった!執事くんとウタカタ嬢を連れて逃げ回っていたところだ。あなたがきてくれてホッとしたよ」
フロップがそう笑みを向けると、血塗れの男、ハインケルが視線を逸らす。
「今から、地下の避難所にいくつもりだったであります!ハインケル様もくるであります!」
「地下に避難所なんてあったか?……まぁ、あるんだろうな」
「僕たちは、飛竜の目と鼻を逃れながら地下を目指そうと思う。僕は道を知ってる。君は竜を倒せる。一緒に行こうじゃないか!」
「さっきから、勝手にお前らで盛り上がるな。なんで俺がお前らの言いなりにならなきゃいけないんだ」
「ええ!?」
しかし、そのシュルトの決意も空しく、ハインケルが顔をしかめてそう言い放つ。
彼は自分のマントで剣の血糊を拭いながら、顎で周囲を示して、
「言っとくが、俺はこの都市に何の義理もない。それよりも、このチビを守り損ねる方がプリシラ嬢の機嫌を損ねる可能性が高いだろう。俺はそれは御免だ。俺が守るのはこのチビだけ。プリシラ嬢を目指して俺が抱えて走ったほうが早い」
「ま、待った待った待った、赤毛さん!待ってほしい!それじゃあ、君はあのお姫くんの機嫌を守る方が、街を守るより大事だって言うのかい?このウタカタくんも置き去りに?……というか今すぐ地下に向かわないのかい!?」
「っ!ああ、そうだ。そうだよ!悪いか?ああ!?」
「――――」
はっきり、断定的な言葉で返され、フロップは思わず鼻白んだ。そのフロップの顔を見つめて、ハインケルは赤く汚れた顔の中、青い瞳をぎらつかせ、
「俺にはこの街よりも、誰かの命よりも大事なものがある。譲ってもらわなきゃならないもんがあるんだよ。それを手に入れるためなら、誰が何人死んでも知ったことか」
「赤毛さん…しかし、この状況で外にいることがどれだけ危険かは…!」
「それはお前らの問題だ。俺のじゃあない。身の程を知れよ。できることは限られてる。その外側に手を伸ばそうとするな。馬鹿を見るだけだ」
「――――」
「誰も、剣になんてなれないんだよ」
その独白への答えは、全く予想しないところから響いた。
「――お前か、竜を殺しているのは」
刹那、その一声と共に落ちてくる影が、猛烈な轟音と共に地面に降り立った。
「――――」
濛々と土煙が立ち込め、地面に大穴を開けた突然の闖入者。
一見して、それが何なのか理解するのが遅れる。
小さい背丈に愛らしい顔つき、傷一つない白い肌と、それを彩るのはやはり可憐さを引き立てる空色の装い。外見はシュルトやウタカタとそう変わるようには思えず、今しがた地面を砕くような衝撃と共に現れたとはやはり思えない。
しかし、起こった出来事が全てであり、それは何者にも否定できない。
現れた影はその金色の瞳を細め、通りに立つフロップたち四人を睥睨し、頷いた。
そして――、
「竜に血を流させた報い、その血を流し尽くすまで流して贖え。――愚人共」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『北部皇弟軍』の快進撃にあたって、たった一度。人知れず壊滅の危機が訪れていたことを知るものは少ない。
それは永井圭によって齎され、また解決されたのだが本当に何かを間違えれば全てが吹き飛んでしまうほどの危機であった。
カルステン陣営ならば頷ける。またしても、この最短を行く男によるデリカシー無視の結果であった。
「あなたは風を扱うのが下手ですね。ちょっと一緒に勉強をしましょうか」
そう言い放ったケイ。そしてそんなあり得ない暴言を吐かれたザーレスティアは自分のことであると一切思えなかった。
???
首を可愛らしく傾げてそんな疑問を受け流そうとするが、ここにいるのはケイとティアだけ。
「えっ?あんた、今のあたしに言ったわけ?聞き間違いよね。さすがに。もう一回言ってみなさいよ」
「あなたは風を扱うのが下手ですね。ちょっと勉強をしましょう」
その
周囲の木々は全て薙ぎ倒されて、根が見えるほどに大木をひっくり返すほどだ。
一瞬でその暴虐を成し遂げた大精霊は、しばらくの間その怒りを発散し終えるまで一切耳を貸さずにケイを殺し続けていたのだった。
「いい加減にしろ!!!お前は下手なんだから勉強しろって言ってんだ!聞けバカが!!」
「はぁ〜〜〜〜!!!!????いっっみ、わかんないんですけど!!?バカはそっちでしょ!ばーか!ばーかぁ!!」
幼子のように怒り散らしながら感情の制御が効かないのか、ちょっと涙ぐんでいる。
「あり得ないのに。違うのに!はぁっ…!はぁっ…!」
ようやく対話が再開したが、ケイもキレていた。そろそろ殺されておかないと発作が怖いと思い挑発じみた言い方になったが殺し続ける時間が長いし、周囲を壊しすぎだ。
行軍途中に抜け出して、クルシュに少し離れた山中へと投下してもらっていてよかった。
徒歩で行ける範囲でやっていたら軍が壊滅していただろう。
ケイはほとんど叫ぶように、言葉を言い放つ。
「弱体化していたとはいえ、どうしてクルシュが光珠を持たないだけの非常に強力な風の精霊であるお前に勝てたのか。説明できるか!?」
それは彼女にとって思い出したくないことである。ギリリと奥歯を噛んで、それでも無視はしない。とても大事な矜持に関わる問題であり、大体こいつは一切話をせずに無視しても三日三晩殺され続けても話しかけるのをやめなかった異常者である。
「できないわよ。運が良かったんでしょ。それしかあり得ない」
「いいや違う。クルシュの方が風というものを体系的に理解していた。『風読みの加護』は知識によって強化される。感覚だけで使うより、理解して使った方がうまくいくに決まってる。その点お前は元の地力が強すぎて、細かな性質を無視してどんな風でも起こせる。だから上達しないんだ。その必要がなかった」
「褒めてんのか喧嘩売ってんのか、どっちかはっきりしてくれる?死にたいんでしょ?そう言いなさいよ」
そう言って殺される。
「殺すのはいいから黙って聞け。いいか。風とはなんだ?説明できるか?なぜ風は吹く?そこに作用する力はなんだ?それらを知るだけで、風魔法は一段上の作用を発揮する」
「確かにあの女の風はちょっと見ないくらいに細くて鋭いけど、それが勉強なんかでできるなんて信じらんないわ。あり得ないっつーの!」
「いいから聞け。頭は悪くないんだから、理解できるまで説明してやる。『風』なんてものはない。それは現象に名前が付いただけ。そもそも空気とは、物体だ」
「はぁ!?殺されすぎてついに狂ったの?バカなの?死ぬの?」
永井圭は、ため息を押し殺しつつ空気、気体とは何か。物質とは何であるのかをザーレスティアに教え始めた。
風という現象を理解して初めてできることを、ティアにやってもらう必要があったから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「やはり、お前は戦士じゃない」
怯えたハインケルがその実力を一切発揮しないまま、降り立った『九神将』を名乗る少女に蹂躙された。
軽蔑し切ったマデリンの言葉が、ハインケルの横っ面に拳と共に叩き込まれる。
その後何度も殴打され、最後に武器でトドメを刺そうという瞬間。
フロップだけが少女に話しかけていた。
「やめないか、マデリン嬢。君の怒りはわかる。仲間を殺され、さぞや怒りに燃えているだろう。でも、襲われたなら反撃もやむなしと、襲われた側は言わざるを得ない」
ぎゅっと唇を噛んで気を引き締め、フロップはマデリンの背中にそう言った。飛翼刃を手にした彼女は背を向けたまま、「勘違いするな」とフロップに応え、
「竜は、この世で最も偉大な生き物だ。その竜にお前たちが噛みつくなら、お前たちが駆除されるのは当然だ。それも」
「それも?」
「こんなすくたれ者の仕業なんて、許せるものか」
マデリンの金色の瞳が怒りに揺れ、フロップは彼女の苛立ちの理由を悟る。
ハインケルは未だ気を失っていないにも拘らず、盾になろうとするシュルトを庇うそぶりすら見せていない。
止めに入ったシュルトごとその暴威は向けられ、儚い命が散ろうとしたその時。
歌が、響いた。
どこか、物悲しい。それでも美しい歌のような旋律がグァラルへと響いている。
どこから聞こえてくるのか。それはわからない。そして人間を遥かに超える聴力を持つであろうマデリンすらも、それは特定できていないようだった。
大気が震えて、歌っている。いや、泣いている?
「これは、なんだっちゃ!誰が、こんな声を竜に聞かせてる!?説明、しろ!!」
人智を超える存在に胸ぐらを掴まれているが、フロップはもう、目の前の脅威に反応するどころではない。このまま、ここにいれば死ぬ。
これは、この歌は。最後の警鐘だと言っていた。誰もが、そんな歌がこんな風に響くとは思っていなかったが。今は間違いなく全員が聞いている。
咄嗟にシュルトとウタカタの手をとって逃げようとするが、マデリンはそれを許さない。
コツコツと。何かが降ってくる。
フロップはそれを知らない。いや、帝国では珍しく火魔法と水魔法を扱えるという人に見せてもらったことがあるため氷は流石に知っているが。これを見るのは初めてだ。
雪ではない。氷の粒が、都市へと降り注いでいた。そういえばいつの間に、曇っていたのだろうか。
いや、あの雲は黒すぎる。竜が来た時には晴れていたというのに。ここまで急激に天気が変わるはずが…
そこまで気づくと、他の異常にもようやく気づける。聞こえるのは歌と、キーンという耳鳴り。
耳が詰まっている感じがする。これは以前に上空へと連れて行ってもらった時と同じような…
空を見上げると。何かが、その雲から降りてくる。
細い糸のような。何か。
ウネウネとまるで蛇のように。いや、蛇の舌のようにチロチロと空から伸びたそれは、地を舐めようと降りてくる。
豪!という風が吹きつけて、その舌に風が地上から集まっていく。
まるでそれを迎え入れるように、回転する風が上がっていくのだ。
塵が、煙が、そこに混ざり、人の目でもわかりやすく風がくっきりと輪郭を帯びる。
都市中の空気という空気がその蛇へと回転しながら集まって。巨大な渦になっていく。
風を、雹を、全てを
響き渡る雷鳴にフロップは身震いした。
そうだ。気づけば、帝国で感じたこともない冷気が風となって吹き込んでいる。
体を思わず震わすほどの寒気は果たして気温だけが原因だろうか。
周囲では轟々と焚き火が盛大に燃やされているというのに、心底寒いのだ。
「なんだっちゃ…これ、こんなの竜は…」
そう。誰も知らない。海のないこの世界にもなぜか風は吹くが、台風やましてや『竜巻』などは起きたことがない。
「マデリン嬢!今すぐに逃げよう。きっと君でも無事では済まない。まずは地下に行ってからっ!」
そう叫ぶ衣服を乱した男を視界に捉えるが、どうでもよかったその存在が途端に注目すべきものに変わった。
全ての関心が一気にその物品に奪われて、竜巻さえも意識の外へと消えていく。
「何をっ!お前、それなんだっちゃ。なんで、それを持ってる?なんで、お前が…」
マデリンは事態に追いついていない。困惑の連続で、ただひたすらに戸惑っていた。
「きみと語りたいっ!でもその大きな刃をまずは!できるだけ深く刺して僕たちが飛ばされないようにしてくれないか!!そうしないと話せない!!」
マデリンはあまり考えられず、その通りに体を動かした。
その男だけいればよかったが、小さな子供二人を決して離さなかったので一緒に掴むことになる。
「おい。なんだよ、これ。どうなってんだよ?っくそ!!聞いてねぇ!聞いてねえぞぉ!」
ハインケルは、パニックになって叫ぶ。彼は聞き逃していた。
ケイが立てた作戦を。ズィクルがかけた声を。再三告知された警告を。
その全てからハインケルは普段通りに逃げてしまっていた。
いざという時だけしっかりしても何も成せることなど無いと、世界がそう残酷に真理を告げてくる。
城塞都市グァラルに唐突に生まれた竜巻がその名の如く、
石畳が鳴り、風が吠える。
古びた尖塔の屋根が音もなくもぎ取られ、鐘楼が悲鳴のような金属音を残して崩れ落ちる。木造の家々はまるで紙のように引き裂かれ、瓦が空へと吸い込まれていく。
市場の屋台、果物、荷車、椅子、看板、街のすべてが、無慈悲な吸引力に抗うこともできず宙を舞った。人々の悲鳴が渦の唸りにかき消され、誰がどこへ消えたのかもわからない。
風に巻かれた竜車が空を転がり、逃げ遅れた衛兵たちは地面をつかむ暇もなく吹き飛ばされる。落とされた巨石すら飛び始め、風はまるで巨大な生き物のように執拗にすべてを飲み込んでいく。
そして空では、竜の群れが抗っていた。いや、抗おうとしていた。というのが正しい。
風に煽られれば翼は折れて、皮膜は裂ける。
巻き上げられた建材や人々の破片の中で翻弄される。
翼を広げて渦に抗うも、竜たちの咆哮は空に溶け、やがてその無数の影も轟音とともに渦の中へ消えた。
ハインケルもそれに抗うように剣をどうにか地面へと突き刺すが、体が持ち上がる。
「なんなんだ!くそ!くそ!くっそ!!!クソったれがぁ!」
それでも握力と腕力は裏切らなかった。
裏切ったのは、無理やりに鞘にされた地面だ。アストレアの名を冠する名剣の切れ味を証明するように大地を切り裂き、結果としてスッと剣が抜けて赤髪の男は空へと舞い上がる。
その悪態と叫びは、風へと溶けていく。
マデリンの刃は遥かに大きく、そして地面へと人外の力で埋められているがそれでも、その地面ごとめくりあげようとしてくる風に、彼女は人生で初めてゾッとした。
竜が、死んでいく。支配していた空に裏切られ。友であった風は見る影もない。
合理を突き詰める男が起こした、冷たく鋭い
風が歌う。死を運んでくる。死に巻き込んで舞い上がる。
気の触れた風が、