亜人:ゼロから始める異世界生活   作:ZAT23

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【FILE:188】竜の舞

竜が死んでいく。羽虫のように飛ばされてバラバラにされていく。

 

これをやったのは人間などではない。一体なんだ?何が竜を殺しているのだ?

 

いや、いい。もうそんな事を気にしている場合じゃない。

 

不遜な風なんてものは、消してしまえばいいのだ。

 

「メゾレイアぁぁぁぁ――!!」

 

空を仰いだマデリンが、風に晒されながらそう叫んだ。

高い声が空に空に木霊するのを聞いて、フロップは必死で目を見張り、空を見た。

 

黒く分厚い、夜の闇そのものかと思うほどの雲から顔を出したのはこれまた巨大な竜。

 

いや、違った。竜などではない。これがきっと『龍』なのだ。

 

一目見ればわかる。存在としての格が違う。

雲から現れた絶対の力が、その息吹で竜巻を吹き飛ばす光景を目撃した。

 

余波だけで目が焼けそうになる。その衝撃にフロップは思わず転がった。

空中から竜巻へと横から放たれたそれは、グァラルを破壊することなく雲とそこから伸びる竜巻を消しとばす。

 

それは、巻き込まれた竜たちの死をも同時に意味する光だった。

 

 

「竜をっ!竜たちをっ!よくも…消し飛ばせぇ!」

 

『――我、メゾレイア。我が愛し子の声に従い、天空よりの風とならん』

 

再びの息吹によって濃紺の雲に風穴が空いた。

失われていた太陽が一時、姿を見せる。

 

黒い雲の洞穴のような空洞から一筋の光が差し込む。それに世界が照らされると、その惨状が目に入る。

 

街が、消えていた。

 

支柱はまばらに立っているし基礎は残っている。名残は確かにそこにあるのだが、ぽっかりと建物が失われているのだ。

 

おかしいのはそれが都市だけの被害であって、周辺に雑に張られている軍団のテントはその一切が無事だったということ。

 

いや、街の中から外の様子がここまで見えるのが、おかしい。

城郭都市の防壁は、跡形もなく飛んでいっていた。

 

この不自然な光景が証明している。これは当然ながら自然現象などではない。

 

先ほどまでは自然現象として最低限の振る舞いを忘れたように、散り散りになった風がまた集まっていく。

 

竜巻が集まり、そして『龍』へと殺到した。

 

そうだ。あの歌が、まだ続いている。

 

歌に乗って風が動き、束ねられる。明確な殺意をもって龍へと叩きつけられる。

 

龍が吠えるが、しかし出血などはしていない。

風は龍の鱗を引き裂けず、そして龍は敵を見つけることができていない。

 

 

襲撃するはずだった街は廃墟と化し、敵は見当たらない。

謎の風が執拗に龍を襲っている。致命打にはなっていないが、たった今翼膜を一部切られた。

 

風が翼に殺到し始める。

 

力強い羽ばたきが風を散らしているが、それにも限度がある。

 

 

その光景を見たマデリンは、その顔を歪ませそしてその場に倒れ込んだ。

 

 

『そこにいたっちゃか。妙な風。お前はなんだ?』

 

龍がその目に光を宿し、そして口から独特の言葉を発する。

神話の語りくらいでしか聞かない光景が、現実として展開される。

 

「相変わらずデカくで頑丈なだけのトカゲね。龍だなんとか名乗って偉そうに。あたしの空でデカい顔してんじゃないわよ」

 

『精霊か?お前、風であるのに雲龍たるメゾレイアを攻撃するなんて、どういう了見だっちゃ』

 

「はぁ!?あったま悪いわね。こっちがゆっくりお風呂でも入ろーかと思ってたら襲ってきたのはそっちでしょうが。龍のくせにそんなこともわからないわけ?だぁから絶滅すんのよ。あ〜思い出してきて腹立ってきたわ。龍なんてバカばっかり…」

 

『精霊風情が、龍に不遜な口を聞くなっ!!』

 

そして口内に生み出された咆哮は先ほどよりも遥かに熱量を溜めてていると誰もがわかった。

 

さらにその先、上から下へと撃ち下ろすような射線にはグァラルの残骸が含まれている。

 

『――消えろっちゃぁぁぁぁ!!』

 

その全力の咆哮が、放たれた。それは壊滅的な一息。終わりの光。

 

それでも、それに抗うことのできるものたちがこの場所には集まっている。

 

 

空中に、それは突如として現れた。

差し込んだ陽光を反射し、煌めく何かが唐突に龍の視界を埋めた。

 

山としか表現ができないほどの巨大な氷塊が、突如として龍と街の間に生み出された。

 

一つではない。

それぞれが中空に浮かび、一定の間隔を保って咆哮の射線上に展開され、そして龍へと射出される。

 

形状はまるでカットされたダイヤモンドだ。尖った方が龍へと向けられ、氷山の頂点が敵に向く。

 

 

火と水の魔法による冷却と硬化、それを極限まで高めて生み出された氷の障壁。

エミリアはいつも息をするように使っていたが、今回のこれはいつも通りの魔法ではない。

 

密度、配置、角度。

まるで計算でもされているかのように、一切の迷いなく秩序立っている魔法の行使は彼女の生来のセンスによるものではない。

 

ケイが事前に指示していた。大規模な範囲攻撃や砲撃が来た場合はどうするべきかという内容でエミリアに事前に準備をさせていたのだった。

 

「すごーく難しかったけど。一度できればお手のものよ!綺麗な宝石みたいにってやればいいの!」

 

当初の想定とは運用の状況は異なっていたが、早めのインプットが功を奏した形である。

 

 

咆哮が龍の口から奔流となって世界を焼く。

 

空間が軋み、氷が唸る。

 

一つ目が即座に破壊され、二つ目が少し耐えたのち砕ける。三つ目はさらに耐えるが、脆くも崩れ去る。

 

遂に四つ目。これまでとは別格の堅牢さを付与したそれがどうにか耐える。

 

氷が震える。轟音と共に掘削されるような異音が響いている。だが、砕けない。

 

いや、削れている。壊れている。

 

けれど、それ以上に早く壊れたそばから再構成されていた。

エミリアであってもそんな芸当は不可能だった。

 

そう彼女一人であれば。

 

「アル・ウォーラ」

 

ルグニカ王国という魔法大国においてもまず聞き覚えのないであろうこの詠唱を紡ぐのは。

 

空を泳ぐように飛ぶ道化だった。

 

 

 

次の瞬間、天に水満ちる。

 

湖が突如として現れるような光景は、見ているものでも理解できない状況だ。

 

かつてのスバルもそうだった。この魔法を見せた時に大いに困惑したものだ。

この世界における水魔法というものは、スバルをはじめとする現代日本人のイメージする魔法とは少し異なっていた。

 

いきなり水を生み出してそして相手を拘束するなんていうのはスバルでも思いつくものだったが、水魔法に適性があるはずのエミリアやレムもそんなことはできないのだった。

 

水という重く不定形のものを、無から生み出すということが魔法使いにはできないのだ。

なぜなのだろうとスバルは首を捻ったが、そういうものらしい。

 

氷にすることを予め決めておかないと、水というものはこぼれ落ちていく。

だから作れない。水場の水を操作することすら難易度は非常に高く、ごく一部の魔法使いにしか不可能。

 

それがこの世界の常識なのだ。

 

「わたしはできるけ〜ぇどね?」

 

そう言ってウインクするオッドアイが、乱入し納得しかけたスバルをさらに混乱へと叩き込む。

 

「ウォーラ」

 

手のひらに水の塊を生み出したそれを見ると、エミリアとレムは感嘆の声をあげたものだ。

 

「水のないところでこのレベルの水遁を?ってか。いや、すごいんだろうけど。なんでこれが超絶難易度なんだ?普通に火と水の混合してる氷魔法の方が難しくねぇ?」

 

若干納得しきれないままに、スバルはそれを常識として受け入れた。

 

 

世界最高の魔法使いが行ったマナ操作の極地。

水はそれ自体が氷へと姿を変え、溶かされても相手の熱量を削いでいく。

 

龍の咆哮との拮抗というあり得ない状況は、こうして生み出されたのだ。

 

それでも止まらない。

咆哮は重ねられた魔法をねじ伏せ、世界を貫こうとする。

 

だが、ロズワールの眉は動かない。

ただ天を見上げ、静かに口角を持ち上げた。

 

 

遂に龍の息吹きと氷山が拮抗する。まずは第一段階が成功だ。

 

しかし同時に生まれるのは当然の問題。エミリアは半ば龍へと打ち出す形で勢いをつけていたが、上から抑えられそして重力は容赦なく魔法へとのしかかる。

 

氷山が押され、当たり前に落ちてくる。

 

 

どうにか盾は空を護っていたが、このままでは大質量となって街を地下ごと破壊し尽くすだろう。

 

そしてさらに当然ながら、それを想定していないわけがなかった。

 

地上では、大地そのものが暴れ始める。

 

次の瞬間、そこにあったのは、異様な隆起。

土と岩が重力を無視し、噴き上がる。

 

隆起ではない。これは土の噴火とも言えるあり得ない光景。

 

火を伴わない噴火が起き、大地が隆起する。まるで意志を持つかのように大地そのものが天を目指す。

 

山というには急峻。

塔というには歪すぎる。

あるいはいつぞや魔獣を叩き潰した巨木のよう。

 

根元から枝分かれした柱群が、咆哮の軌道を遮るように迫り上がっていく。

 

礫と共に迸る、魔力の粒子。

空に届かんとするその塊は、もはや土ではなく、土属性魔法の極点。

 

見ていた衛兵の誰かが口にした。

 

「あれは……木?地面が木に、なってる」

 

氷の盾に接続し、見たこともないような塔になる。

 

大地が氷を支え、遂に龍の息吹を押し留める。

 

「ふむ、お膳立てご苦労。端役にしては良い働きをする」

 

紅の衣が揺れ、声が重なる。

隆起する大地の一柱に押され破壊の奔流へと迫るのは、傲岸不遜な笑顔を絶やさぬ紅の女であった。

 

空から抜かれた刃が、光を裂いた。

陽光を宿したその剣が、直線を描いて振るわれる。

 

空ごと、熱ごと、咆哮そのものを真っ二つに――断った。

 

その余波や熱も、燃えていく。

 

火の粉になって降り注ぐ。土と氷の塔の頂点に立って、誰よりも高所の似合う人物がわずかに顎を上げ、言い放つ。

 

「龍ごときが、頭が高い。不敬であるぞ」

 

空が、戻った。絶対のはずの脅威が消え去った。

切り裂いた光の中で、龍と一体となったマデリンはそのすべてを――見せられていた。

 

理解など追いつかない。

だが、わかってしまった。

 

咆哮は、人の手で止められたのだ。

 

 

「うそ……だっちゃ……」

 

誰にも届かないその言葉。

だが、喉を焼くように何度も脳裏で繰り返される。

 

竜を、人が止めた。

 

 

 

「へえ。よくやるじゃない。あたしほどじゃないけど。まぁまぁね」

 

風の化身。大精霊ザーレスティアは当たり前のように空に在る。

 

風が鳴く。歌が再び聞こえた。

 

いつの間にか気温が落ち、湿度が限界を割る。

龍ほど頑健な生き物には一切感知できぬその予兆は確実に進行し、一つの魔法を生み出した。

 

普段は魔法に予備動作など必要ない彼女が、全身を動かして全力で両手を上から下へと叩きつける。

 

それに合わせ、空が落ちてくる。

 

 

――ダウンバースト。

 

自然界では積乱雲が生む急降下の冷気の塊。

だが、これは違う。

ザーレスティアが意図し、引き起こした災害だ。

 

高高度で局所冷却を発生させ、空気を密にして一点へ落下させる。

 

誘導は最小限で済んだ。だって、今地表付近は熱だらけ。その風の通り道を作ってやるだけでいい。

 

大気の塊が、空気が質量として認識され重みを増す。

 

空が龍の背を打つ。

 

まるで、空そのものが叩きつけられたかのように、龍は地上へと落とされる。

 

『雲龍』が雲から引き剥がされ、叩き落とされた。

 

 

そして現在、龍と地上の間には一つ。物体がある。

 

先ほどまで盾であったそれは、雲龍が落ちてく現状では別のものへと変貌する。

 

大地を柄として、氷の穂先を備えた槍が『雲龍』を待ち構えている。

 

 

その切先が、『龍』の鱗を突き抜け破る。

 

 

それは龍を貫いた絶叫だった。

喉奥から、何かが割れるように響いたその音は、音としての限界を越えていた。

 

地下に隠れる一般人ではもはや耳で捉えきれない。皮膚が震え、骨が軋み、心臓が一拍跳ねる。

空間そのものが引き裂かれるような、低く、重く、底のない叫び。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

人の言葉に落とし込むことはできない。

裂ける身体の苦痛。空と雲に裏切られた怒り。地へ落ちてゆく絶望。

 

生まれながらの覇者としての誇りの崩壊。そのすべてが混じり合って、叫びになった。

 

高く、低く、尖り、割れ、押し潰すような声。

 

あれだけ堅牢を誇った塔が折れる。

マデリンは混乱の中で、無様に地上へと叩き落とされた。

 

世界がひっくり返ったかのようなその光景は、見たものは決して忘れないだろう。

 

 

 

 

 

土の匂い。石の軋み。

熱は届かず、だが視線は上にあった。

 

ケイはその全てを見ていた。目を逸らさない。

 

次々に街の状況を把握する。IBMを活用し、常人よりも広い範囲をつぶさに観察する。

 

そして――目当てのものを見つけたと確信し。即座に動いた。

 

彼は走り出す。目的に向かって最短を駆ける。『青』のフェリスも一緒に走る。

 

廃墟を越え、瓦礫を抜け、真っ直ぐに目的のためにひた走る。

 

永井圭には慢心も、迷いも、準備の不足もなかった。

 

それはまるで、剣のような生き様だ。

ハインケルがそうありたいと願い、そう評されたいと願った相手にも言われた言葉でもある。

 

それがハインケルを吹き飛ばすなど、なんという皮肉だろうか。

 

鋭い切先を向けられているのは、一体誰か。

剣閃は真っ直ぐに突き進む。




本作においては氷魔法は火属性と水属性の複合技という扱いにしています。
そんなに重要じゃないのでお気になさらず!こういう理屈をこねるのが好きなのさ。
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